白露型といっしょ   作:雲色の銀

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江戸っ娘といっしょ

 執務室では、今日も提督が一人で仕事をこなしていた。

 今は開発資材のやりくりを考えているようだ。秋の大規模作戦も終えて、新任の艦娘も増えてきたため、新しい武装も欲しくなってきたところである。

 工作艦「明石」が新設した工廠にて既存の武装を強化更新するという手もあるが、必要な「改修資材」を集めるのに苦労するので、デイリー任務以外ではあまり頼りにしたくはない。

 

「今日はソナーでも狙うか」

 

 開発で狙う武装を決め、提督は使う資材の量をメモする。独り言を呟いた後、執務室は暖炉の薪が燃える音とペンを動かす音しか聞こえなくなる。

 

「ちわーっ! 提督ー、今日の秘書官はあたいだってー!? がってんだー!」

 

 そんな物静かな空間を派手に打ち壊したのは、勢いよく扉を開ける音と江戸っ娘気風な少女の大声だった。

 透き通った水のように綺麗な青い髪を二つ結びにし、白い袖なし制服を着た少女は白露型の末っ子、涼風だ。清楚な格好は五月雨と同じだが、性格は姉とは正反対で明るくサバサバとしている。

 ノックもせずに入って来た涼風は、提督が書き込んでいたメモを覗き込む。

 

「ん? これ、今日の開発任務の奴かい? だったら、あたいがちょっくら工廠に行って指示してくるよ!」

「ちょっ、待て涼風」

 

 涼風は書き込んでいた途中のメモを奪い取り、提督の制止も聞かずに工廠まで走って行ってしまった。

 涼風の性格からして、きっと資材数を投入できる最大量で指示するだろう。資材数を書き込んであるならまだしも、製作する数量しか書いていなかった提督は後々の結果を予想し、深い溜息を吐いた。

 

「いやぁー、ドンマイドンマイ! 次は何か良いの出るって!」

 

 少し経って、工廠から戻ってきた涼風からの報告はやはりと言うべきか失敗だった。資材数を改めて見れば各900は減っており、最大量で3回は回したことが分かる。

 ダンボール箱に詰まったよく分からない綿やペンギンのようなものを抱え、涼風は苦笑していた。

 悪気がないことは承知しているので、提督も溜息を吐くだけで特に責め立てはしない。それに、デイリー任務は工廠を回せだけで達成出来るので、資材を余分に減らしたこと以外は問題なかったのだ。

 

「それより、資料を纏めるのを手伝ってくれないか? 少し量が多くてな」

「おう! がってんだー!」

 

 提督から仕事を貰うと、涼風は失敗した開発物を放り投げて、衰えぬやる気を見せた。

 資料のファイリングだけでも気合を入れる涼風は、提督の手伝いをすることが好きなようだ。

 

「涼風、か……」

 

 涼風に聞こえないよう、提督は彼女の名前を呟く。

 白露型十番艦、涼風。彼女は現在鎮守府にいる白露型の姉妹達とは少し違っていた。

 実は、白露型は七番艦の海風から船体構造が作り変えられたため、七から十番艦までを「改白露型」とも呼称する。しかし、ここの鎮守府には海風、山風、江風の三人は配属されておらず、涼風ただ一人が改白露型ということになる。名前が雨ではなく風なのも、改白露型を表しているからである。

 ただし、制服については前期白露型の五月雨のみが涼風と同じ制服を着ているので、特別な分け方はないらしい。

 では、史実ではどうなのかと言えば、五月雨や前期白露型達と組んだことは特になかったりする。というのも、改白露型の4隻で第二十四駆逐隊を編成していたからだ。

 

「あれー? うまく入んねーなー?」

 

 資料を強引にファイルにしまおうとする涼風を眺め、提督は思った。

 姉妹としても、駆逐隊としても常に一緒だった3人がいない今、涼風は本当は寂しいのではないか。あの元気っぷりは寂しさの裏返しなのではないか。

 

「へっ、へっくしょんっ!!」

 

 その時、涼風は少女が出すものとは思えない程大きなクシャミを放った。

 あまりに強い勢いだったためか、涼風の前に積んであったファイリング用の資料は吹き飛ばされ、バラバラに宙を舞っていた。

 彼女自身が気付いた時には既に遅く、紙は周囲に散らばってしまっていた。

 

「て、提督~!」

「はぁ……またまとめてやるから泣くな」

 

 何とも言えないやるせなさに涙目になる涼風へ、提督は溜息を吐いて落ち着かせる。

 あぁ、この江戸っ娘気質と性格は間違いなく元来の物だ。そう提督は確信した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「そういえばさ、提督。さっき伊良湖が秘書艦お疲れって最中の引換券くれたんだ。あとで一緒に行こっ!」

 

 ファイルとの悪戦苦闘を終えた涼風は、ふと思い出してスカートのポケットから券を取り出した。

 提督が懐中時計を確認すると、時刻は午後2時半。もうすぐおやつの時間である。

 

「じゃあ、これが終わったら行こうか」

「うん!」

 

 提督の了承を得られ、涼風は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 それから少しして、2人は甘味処「間宮」を訪れた。甘味処はつい最近、間宮の妹分の給糧艦「伊良湖」が配属となり、人手が増えて助かると間宮が度々口にしていた。

 間宮はアイスが人気だが、伊良湖の自慢は最中である。この最中には艦娘達の戦意高揚に役立っているようで、現在では間宮アイスと併せて看板メニューとなっている。

 

「あ、涼風ちゃんに提督。いらっしゃい」

「うん! 早速使わせてもらうよ!」

「俺も同じのを貰おう」

 

 涼風は貰った券を伊良湖に渡し、提督も最中を注文して代金を置く。伊良湖が配属されてから、実は最中を食べたことがなかった提督は内心楽しみにしていた。

 

「よっ! 涼風、提督!」

 

 伊良湖に席について待つよう言われると、聞き覚えのある声に呼ばれた。

 声の主は薄いブルーのラインの入ったセーラー服に同じく薄いブルーのミニスカートから、陽炎型ということが分かる。そして、黒いショートカットに白のカチューシャを着けていた。

 

「おう、谷風!」

 

 涼風は呼びかけて来た陽炎型駆逐艦、谷風とハイタッチを交わして挨拶をした。

 谷風もまた涼風のように江戸っ娘気風の持ち主で、よく意気投合することが多い。

 

「谷風も最中か?」

「いーや、今日はMVP祝いに浦風がアイス奢ってくれるっていうからね。待ってんのさ」

 

 谷風は浦風、磯風、浜風と第十七駆逐隊を編成しており、数の多い陽炎型でも四人でいることが多かった。今日も十七駆と他の艦で出撃し、見事に谷風がMVPを飾ることとなったのだ。

 因みに浦風達は入渠中で、谷風は先に間宮に来て待っているということである。

 

「そういや、今日は涼風が秘書艦なんだってな。大変だなぁ」

「んなことないよ。あたいがいりゃ百人力さ!」

 

 先程のミスを棚に上げて、自信満々に胸を叩く涼風。江戸っ娘な駆逐艦2人のやり取りに、提督は苦笑を浮かべるのみだった。

 3人の姉がいない涼風は、確かに姉妹の中で置いてけぼりなイメージを抱きやすい。しかし、姉妹以外では史実上で関わりの深い艦がちゃんといるのであった。

 伊良湖は米潜水艦によって中破した際に、涼風が一人で曳航しようとしたことがあった。結果的に、他の多くの艦の手助けによって、伊良湖は沈まずに済んだのだが、もしも涼風がいなければ助けが間に合わなかったかもしれない。その記憶があるからなのか、伊良湖は涼風を特に気にしていた。

 一方、谷風とは米軽巡洋艦「ヘレナ」を魚雷で撃沈させた経歴がある。ヘレナは古鷹や吹雪達が沈んでしまったサボ島沖海戦のきっかけを作った艦であり、広い意味で見れば2人で古鷹達の仇を討ったことにもなる。

 

「ちーっす、最中6つ……お、涼風達もいたのか」

「どうも」

「天龍、磯波! 遠征ご苦労さん!」

 

 おやつ時だからか、提督達以外にも暖簾をくぐる艦がいるようだ。

 遠征から帰ってきた天龍が随伴の駆逐艦に最中を奢ろうとしていた。その中には吹雪型の九番艦、磯波の姿もあった。

 涼風と磯波は、天龍が被雷して沈没した際に生存者を救助。その仇敵「アルバコア」と一戦交えたが互いに仕留めそこなったことがある。なので、駆逐艦達の面倒見がいい天龍も、涼風と磯波には内心頭が上がらないようだ。

 何時の間にか賑やかになっていた甘味処。その中心には涼風がいるように見える。

 涼風の江戸っ娘気風は、多くの知り合いが自然と集まるからなのではないか、と考えながら提督は最中を頬張った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 暫く他の艦との休憩を楽しんだ後、涼風と提督は再び執務室での仕事に戻る。今は資材消費の計算を行っていた。

 特に涼風は頭を使うことが苦手なようで、書類いっぱいに記された地面を見る度にうーうー、と唸っている。

 

「少し休むか? 百人分」

「い、いやいや! まだやれる!」

 

 先程の百人力発言をしっかりと聞いていた提督は、遂に眠そうになった涼風を煽るように言葉を出した。

 涼風の性格上、言われてしまえば引き下がることは出来ず、また書類に目を向ける。このやり取りが彼是5回ぐらいは繰り返されていた。

 そろそろ限界かと提督が思っていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「入っていいぞ」

「失礼するわ」

 

 提督が応答すると、満潮がややキツめに言い放ちながら執務室に入って来た。次いで、時雨も何かを持って満潮の後に続く。

 

「どうしたんだ、2人共」

「もうすぐ夕食時だから、満潮と僕でおにぎりを作ってみたんだ」

 

 時雨はおにぎりが多く乗せられた皿を持って、提督の疑問に答えた。

 外は気付かない内に日が暮れていたようで、提督はハッとなって時計を見た。

 

「夕食の時間にも気付かないで働かせるなんて、ダメな司令官ね」

 

 提督を呆れ顔で睨んだ満潮は、頭から煙を出している涼風に顔を向ける。

 

「ほら、疲れたんなら休みなさい」

「あれ、満潮? 時雨も、何時からいたの?」

「今よ。おにぎり、作ってあげたから、食べたきゃ食べれば」

「うん! ありがとー!」

 

 提督への態度とは裏腹に、満潮は口調を穏やかにして涼風を休ませる。涼風も満潮の好意に甘え、差し出されたおにぎりを喜んで食べた。

 満潮といえば、同じ朝潮型や西村艦隊以外の艦に対してもツンとした態度を崩さなかったので、提督は満潮の涼風への対応に驚く。

 そこへ、時雨が皿を机に置いてそっと耳打ちした。

 

「実はね、おにぎり作って持っていこうって言い出したのも満潮なんだよ。涼風が秘書艦をやってるから、かな?」

 

 時雨が教えてくれた事実に、更に驚かされる提督。実は、涼風と満潮には深い関係性があるであった。

 第二十四駆逐隊は山風と江風が沈んだ後、第八駆逐隊の生き残り一隻を新しくメンバーに加えたのだ。それが満潮だった。

 しかし、満潮が加わってから三ヶ月後に海風と涼風も沈んでしまい、満潮は第四駆逐隊、そして西村艦隊所属となる。

 つまり、涼風と満潮は三ヶ月という短い間だったが姉妹に近い関係だったのだ。

 

「司令官も! 食べるなら食べる、食べないなら食べない! はっきりしなさいよ!」

「あ、あぁ。頂くよ、ありがとう」

「ふんっ、行くわよ時雨」

 

 時雨と提督が内緒話をしていることに気付き、満潮が声を荒げる。

 慌てて提督もおにぎりを食べ出すと、満潮は頬を少し赤らめながら執務室を後にした。

 

「ありがとう、時雨」

「うん、どういたしまして。それじゃ、頑張ってね」

 

 重要なことを教えてくれた時雨にも、提督は礼を言う。

 時雨も去った後で涼風の方を見れば、呑気におにぎりをムシャムシャと食べていた。こういう豪快なところも、涼風らしいといえばらしい。

 そう、寂しがる必要なんてなかったのだ。涼風には姉妹と呼べる存在も、仲のいい艦もたくさんいるのだから。

 

「涼風、よかったな」

「うん? あぁ、美味いな! 満潮の握り飯は!」

 

 提督の言葉に、涼風は大きく頷いた。但し、受け取った意味は違ったようだが。




でも涼風は寂しがり屋かもしれない(最期的な意味で)

運営様。海風、山風、江風の早めの実装お願いします

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