彼はゆっくりと歩を進める。   作:molte

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彼はゆっくりと歩を進める。

似たような作品があったらご指摘下さい。

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「ふぅ〜」

 

 いよいよ本格的に寒くなってきた季節。些細な呼吸でさえ目視出来るほど水蒸気が口から出る。

 

 妹の小町に誕生日プレゼントで貰ったマフラーを巻いて、温かいマッカンを喉に通す。

 

 世間は受験シーズンに突入して、かく言う俺もその渦中に揉まれて今日も今日とて塾から帰路に着く。

 

 帰宅の際、人気ラーメン店が珍しく混んでいない事に視線が行き、思わず立ち止まってしまうが、可愛い妹の夕飯が待っているので足を早める。

 

 最近は第一志望合格に向けて準備は進めるも、本当に正しいのかと葛藤してしまう事が多々ある。恐らく不安なのだろう。

 

 ただ、小町や俺に冷たい両親も珍しく応援してくれる。

 

 期待をしてくれるのは嬉しいが、こんな事は今までなかったのでなんというか…すごく歯痒い。

 

 励みになっているのは確かなので、なんとか期待に応えたい。そう思っている頃だった。

 

「先輩?」

 

「ん? 一色か」

 

 横断歩道で今か今かと信号待ちしていた所に、亜麻色セミロングの髪型が後ろに居た。

 

「お久しぶりですね」

 

 おそらく買い物帰りだろうか、華奢な女子校生には重いであろう大きさのビニール袋を持っていた。

 

「重くないか?」

 

「なら先輩が持って下さい」

 

 気を遣ってやったが、この後輩は遠慮することなく持てと催促する。

 

 断れば後が面倒なので、ここは大人しく従っておくとしよう。

 

 ぼっちな俺でも最近、人間関係が良好(※家族に限る)なのだ。

 

 持った所で家まで送れという暗示なのは分かりきっているが、調子がいいのでそんなことは気にしない。

 

「案外素直なんですね」

 

「うるせっ。最近は調子が良いんだよ」

 

 へぇー。と全く興味のない相槌を打つ一色。完全に信用してない。

 

「先輩達と居れるのもあと半年ですか…。なんか寂しいですね」

 

「実際、年越したら自由登校が始まるからあと2ヶ月程だな」

 

 しかしこの場合、進学or就職内定に限る。国公立内定もしくは進路未内定は学校に行って授業があるが、多くの総武生がこれに当たる。

 

 一色にはさも俺が進学内定したような言い回しをしたが、日頃の意趣返しだと思ってくれ。すまんな。

 

「えっ…そうなんですか」

 

 その瞬間、すごい悲しそうな顔する一色。意趣返しなどするんじゃなかった。罪悪感が…。

 

「い、いや俺は違うけど」

 

「なんだー。先輩!受験勉強頑張って下さいね」

 

 ホッとした表情を一瞬浮かべ、すぐ取り繕った笑顔ではなく、一色本心からの笑みを浮かべる。

 

 その表情に思わず顔が熱くなってしまうが、決して照れているとかではない。今日のマッカンが熱いだけである。

 

「そうだ!今度結衣先輩達と一緒にお守り買いに行きましょう!」

 

「人混みが多いとこには行きたくねーよ」

 

 やたらテンションの高い一色。ただ、今日はなぜかあざとくない。

 

「ぶー。引きこもってたらカビが生えますよーだ」

 

 前言撤回。こいつはあざとい。一色いろはと書いて"あざとい"と読む。再認識したぞ。

 

 なんせわざわざ横から俺の前に出て言ってきたからな。

 

「へいへい。由比ヶ浜達は元気にしてのかね」

 

 少し独身教師の口調が移ってしまったが…そんな事を本人の前で言ってしまえば俺の脆弱な命は一瞬で砕け散るだろうな。

 

「それはコッチが聞きたいです」

 

 ま、その通りだわな。

 

 一色は知らないと思うが、修学旅行の件で複雑ないざこざがあって喧嘩別れした状態(?)みたいになっている。

 

 彼女らの空間はあの部に残っているだろうが、俺にはもう無い。いや、必要がなくなった。

 

 だがそれでも、あの空間に依存していた時もあった。ただそれは、『本物』ではなかった。

 

「先輩は辛くないんですか?」

 

「えっ?」

 

 唐突だった。

 

 いつもの一色とは違う雰囲気があって思わず情けない声が出てしまう。

 

 さっきから彼女の雰囲気に虜にされている自分がいる。

 

 ただ、それに縋り付いてしまうとまた『大事な物』を失うかもしれない。

 

 俺はぼっちだ。とか言いながらも結局は依存しないと生きていけない生き物なんだと何故か少しでもそう思ってしまった。

 

 いやこれは依存ではない。決して。と自分に言い聞かせる。

 

「ここ最近は行けなかったですけど…先輩とは奉仕部に行っても会えなくて、今日久しぶりに会ったらすごく哀しそうな表情で……もしかしたら何かあったのかなって」

 

 確かに何かあった。それも一年前の出来事。

 

 俺はその魔の手から逃れようと彼女らを置き去りにして逃げた。

 

「あー、まぁ色々あったんだよ」

 

 丁度、自販機があったのでマッカンの缶を捨てる。

 

「実は今日、奉仕部の部室に行ったんです」

 

 ほー。なんと行動力のある。この場合、好奇心が強いが所以か。

 

 というかさっきまであいつらの現状を知らなかったんじゃないのかよ。

 

 もしかしてこれが噂の意趣返し返しという奴か。

 

「お2人はいつも通りに私を迎えて下さいました。ですが…先輩の名前を出した途端、雪ノ下先輩に彼には関わるなと言われたんです…」

 

 そんなに恨まれているのかよ俺。

 

「じゃあ優秀なあいつの助言通りにした方がいいんじゃないか?」

 

 少し狡い言い方をしてしまっただろうか。

 彼女の心情が掴めないし、当事者でもない彼女に当たるのは良くない。

 

「いえ、私は……」

 

 案の定、言葉が詰まってしまう一色。

 

「悪い。今の言い方は悪かった」

 

 ここはすかざす謝っておこう。

 

 自分には理解できない"何か"が彼女に誤解を生ませたくないと主張する。

 

 彼女だけには信じて欲しいという、以前居た彼女らとの空間ではなく、別の心地よい空間が形成されているのが俺には感じ取れた。

 

 それが何かは未だに理解できない。ただ分かるのはコイツと2人きりでいると安心する。

 

 思わず妹にやる癖で頭を撫でてしまい、一色の顔はみるみる赤くなりだした。

 

 が、咄嗟に手を引っ込めて謝ろうとする。

 

「先輩。また『大事な物』を失いたくありませんよね?」

 

 また突然。

 

 その言葉を聞いて、急に視界が潤んでしまう。

 

 こんな優しい言葉がこの世にあるのか。今まで読んできた絵本や小説、テレビに映画。

 

 上目遣いをする彼女の前で、いや目が潤んで姿が見えないがそれでも確信できた。

 

 彼女こそが『本物』であると。

 

 

☆☆☆

 

 

「先輩!卒業おめでとうございます」

 

 春は出会いの季節であり、別れの季節であるというのはよく言ったものだ。

 

 俺は、総武高校を卒業して4月からは東京の大学に進学する。一応第一希望だ。

 

 あんだけ応援してくれた家族はたくさん祝ってくれた。

 

 そして目の前にいるこいつがなによりも…。

 

「先輩?どうしたんですか?」

 

「いや、なんでもない。ちょっと懐かしんでいただけだ」

 

 ふーん。っていつも通りだなーおい。

 

「正直、お前が居なかったら俺はここまで上手く行かなかっただろうな」

 

 ぽろりと聞こえないように溢した言葉は彼女の耳に入る事はなかった。

 

 俺はたくさん進むことができた。それもこれも全て目の前にいる彼女の支えがあって。

 

 3年前の俺はこんな心境を味わうなんて思ってもいなかっただろう。むしろ忌避していたな。

 

「一色ありがとな」

 

「はい?」

 

 奉仕部の行方は知らないが、彼女らは彼女らなりの進路を見つけただろう。

 

「お前が居てくれなきゃ俺は今日この場所にいなかったかも知れん」

 

 今度はハッキリと伝える。

 

 少し風が強くなってきて桜の花弁と共に彼女の亜麻色の髪が揺れる。

 

 生徒会長の彼女はこの後も片付けとかで忙しいだろう。だが、そんなのは関係ない。

 

 今だけはこの時間を誰にも邪魔して欲しくない。

 

「本当に変わりましたよね先輩」

 

 明らかに変わっただろうな。つか変わり過ぎたな。そんなのも人生の醍醐味だ。

 

 まだまだこれからのこいつと共に歩む人生は波瀾万丈かも知れないが、なんでも超えれる気がする。

 

 

 

 なぁ雪ノ下。由比ヶ浜。

 

 俺はもうあの時と比べて変わったぞ。

 

 ただ自分を正当化して生きる人間でなく、

 

 ただ物事を決めつけて判断して行動する人間ではなく、

 

 俺は俺なりの『本物』を手に入れたぞ。

 

 これが自分なりの答えだ。

 

 

 

 

「やはり俺の青春ラブコメは間違っていない…な」

 

「?」

 

 

 

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