竜の尾を噛む死にぞこない   作:ミ景

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第一章 三

 男の叫びと共に、アグへロの左手が霞む。

 手と刃が戻ってきた時には、跪く男の顔は鼻から上が消失していた。

 両手で自身の断面を押さえた男は、ほどなくして前に倒れ、遅れて鼻から上の頭部がビルの壁に激突。

 血と脳漿を壁に塗り付けて、頭部は落下し、断面を上にして逆さになった男の顔が路地に転がる。

 その両目は驚愕に見開かれ、血と涙は瞼に垂れていた。

 死者に雨が降り注ぐ光景を見て、アグへロは小さく笑う。

 残酷な光景を見て、笑う彼の震えはやがて痙攣へ変わり、そして止まった。

 アグへロの眼球には毛細血管が浮き、汗を掻いた顏は蒼白に染まり、体を折って激しく喘ぐ。

 苦痛に操られるように壁に背を激突させると、亀裂が刻まれ、咳き込んだ。

 剣を握ったまま、右手を懐に突っ込む。

 震えて引き戻された手には金属の小箱があり、何とか震えた指先で蓋を開け、十錠ほどの白い錠剤を握り込んだ。

 雨に打たれるのも構わずに錠剤を口に放り込み、貪るように噛み砕き、喉を隆起させ嚥下する。

 壁に背を預けて数分程すると、急速に薬効が現れて荒い呼吸が落ち着いた。

「これの効果時間も、ここまで短くなったか……」

 アグへロの目には自己嫌悪の痛みがあった。

 空になった小箱を路地に投げ捨てる。

 双剣を腰と背に収めると、声がした。

「ククク、"オーレリアの勇者"などという称号も、今では笑い話にもならぬではないか」

 声の主はアグへロの腰、老人を模した柄からであった。

 閉じられていた瞼は薄く開かれ、赤い瞳を覗かせている。

「……」

 その場から逃れるように歩み出したアグへロに声は続けた。

「しかし、お主も酷いやつだ。 他の三名はまだしも、最後のはお前の信奉者ではなかったのか? それを殺すとはお主も悪よのぉ」

 茶化すような声と一緒に腰の柄が震える。

 それが笑いなのだと気付けば何とも不気味だ。

「……いつから起きていた?」

 アグへロは静かに問うと、声は応じる。

「お主が儂を使った時からだ。 久々の血は童か生娘が良かったがこの際だ、贅沢は言えまい」

 歩むアグへロの背には名も知らぬ同郷の男の死体、更には他の死体の山を雨が血を洗い流していく。

「戦に明け暮れたかと思えば、わざわざ海を渡ってやって来たのがこんな平和ボケしてそうな奴らの街とは……一体全体どんな思惑があるのやら」

 魔剣の独白にアグへロは答えない。

 路地を進む彼の歩みは、雨を斬り裂く疾風となっていた。

 一陣の風となって、孤影はビルとビルの間を疾走する。

「アインよ、何故俺をこの街に呼びよせた?」

 路地の先にある行き止まりを前にしても、その疾走は止まらない。

 速度を載せて飛翔し、左側にあるビルの壁面に着地し、即座に跳躍。

 右手のビルの六階に着地したかと思えば、再び反射するように跳躍した。

「大金を手に入れる好機などと……お前らしくもない」

「堕ちた勇者か、最悪の虐殺者……どう捉えても碌なことにはなるまいにな」

「黙れ」

 アグへロは唇を噛みしめると、八階のビルの屋上から更に飛翔。

 雨の空に外套の裾が閃き、今日も眠らぬ夜の灯りが男の影を切りとった。

 

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