レガシーワールドに立ちはだかった競走馬は、結構ウマ娘化されてるんですねー。
無事入学手続きを済ませたレガシーは、トレセン学園の施設内をたづなに案内されていたのだが。
「……こりゃまた、でっけえ施設だな」
北海道の田舎出身の彼女にしてみれば、その規模におののくしかなかった。
「ここでは、日本各地から多くのウマ娘が集まりますから。これでもまだ一部なんですよ」
たづなは笑顔でそう伝えた。
(……迷子になりそうだぜ、こりゃ)
レガシーは思わず苦笑いするしかなかった。
「……そう言えば、調べさせてもらったんですけど。レガシーさんは元々モガミ塾の塾生だったんですよね?」
「そうだぜ。これでも、同期の中じゃ負けなしなんだぜ」
レガシーは誇らしげに胸を張った。
全国各地にウマ娘が集う学園は幾つか存在し、この中央トレセン学園は特に最大の規模を誇る。
そのトレセン学園の進学するより前は、通常の学校に通いながら、ウマ娘専用の競技クラブでトレーニングを積むのが通例である。
野球で例えればリトルリーグ等、モータースポーツで言えばジュニアカート等が当てはまるだろう。
「モガミ塾と言えば、競技クラブでは強豪の一つに挙げられますよ。あの史上初のトリプルティアラに輝いた、メジロラモーヌさんの出身クラブですものね」
「あー……ラモーヌ先輩はオレらの中でも、伝説的な先輩の一人なんすけど……」
「けど……?」
「めちゃめちゃ腕っぷしが強い……。多分三回か四回はボコボコにされてる……」
レガシーの言葉に、たづなは呆れかえる。
「……喧嘩したんですね」
「ああ……。二回目で気が付くべきだった……」
(……喧嘩になる前に気が付くべきですよ)
たづなは内心で突っ込んだ。
施設を一通り見終わった所で、レガシーの携帯電話が鳴りだした。
「……おっさんからか」
≪……ようレガシー。学園内は大体見終わったか?≫
「まあ、一通りはな」
≪そうか。だったら、今からうちのチームの部室に来い。お前さんと共に走る仲間を紹介してやる≫
「……りょーかい」
愛用のスマートフォンをポケットに突っ込むと、レガシーは鼻息を荒くする。
「戸山さんからですか?」
「ああ。今から部室に来いって呼び出しだよ」
「そうですか。所で、部室の場所は分かるんですか?」
たづなに言われ、レガシーの思考はフリーズした。
「……わかんね」
「では、案内しますね」
たづなはニコリと笑みを見せていた。
案内されるがまま、戸山がトレーナーを務めるチームの部室についたレガシーだが……。
「…………ボロッ」
学園内の施設は綺麗に整備されている筈なのだが、校内の片隅にあったその部室は、ボロボロのプレハブ小屋だった。
「では、私はこれで失礼します」
「うん……あんがと」
「……それと、レガシーさん」
「……ん?」
「健闘を祈ります。……では」
たづなは、そう言い残してその場を後にした。
「……失礼しまーす」
薄汚れたドアを開けると、そこには戸山。そして、四人のウマ娘がパイプ椅子に腰を掛けて待っていた。
「よく来たな、レガシーワールド。歓迎するぜ……ようこそチーム“アンタレス”へ」
「……チームアンタレス?」
レガシーは、今一つピンと来ていない。
「トレセン学園が主催する、トゥインクルシリーズに参加するウマ娘は、大体はどこかしらのチームに所属する事が通例だ。
もっとも、所属しないでレースに参加する事も可能だが、その場合はトレーナーも居なけりゃ他のウマ娘と合わせて走る事も出来ん。
最初はウマ娘個人で走っていても何もメリットは無い。大体はどこかのチームに落ち着くことになるのが普通だ。
仮に単独で活動しててレースに勝てるようなら、他所のチームから大体誘われるだろうがな……」
「そういう事ねえ……。
仲良しこよしをする気はサラサラねぇが、おっさんには学園に入る手引きをしてもらった恩があるからな……。
このチームに入れてもらう、レガシーワールドだ。よろしく頼むぜ」
レガシーの挨拶は簡素だった。
「私はユートジェーンと言います。よろしくお願いしますね」
パッと見は、育ちが良さそうな大人しい雰囲気だとレガシーは感じた。
「フジヤマケンザンだ。私は学年が一つ上だが、よろしく頼む」
長身でロングヘアーが特徴のウマ娘が次に名乗った。どちらかと言えば、気が合いそうだと感じた。
「タニノボレロっす。アタイの事はタニーって呼んでくれッ」
こちらも、元気が良さそうな印象のウマ娘。悪ガキ的な笑みが印象的だ。
「……ミホノブルボンです」
そして、最後に名乗ったウマ娘は、実に淡々としている様子だった。
「……さて。じゃあ自己紹介も終わった所で、さっそく始めるか」
戸山は、よっこらせとパイプ椅子から立ち上がった。
「……始めるって、何を?」
「そんなもん、決まってるだろう」
ニヤリと口元を歪めた戸山の表情を見た瞬間、レガシーは嫌な予感が脳裏によぎった。
チームアンタレスに、レガシーの歓迎会等と言う雰囲気は微塵も無かった。むしろ、入門と例えた方が適切だったかもしれない。
そして、日も落ち始めた夕方。戸山が見守るなか中、ようやく走り終えたチームアンタレス。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
「ぜー……ぜー……」
「もぅむ~り~……」
レガシー、タニノ、ユートは、地べたにへたり込んで、肩で息を切らせている。
「……流石に初っ端からこのペースは厳しいようだな」
ケンザンは、多少息を切らせている物の、まだまだ余裕が垣間見える。
「その様ですね。ですが、この程度はセンセイのトレーニングの中では、まだウォーミングアップ程度ですから」
そう答えるミホノブルボンは、息一つ乱していない。
(……20キロ近く走ってウォーミングアップだと!?)
レガシーは驚愕するしかなかった。
(何より……ミホノブルボンって奴は、あんだけ走ったのに涼しい顔してやがる……)
同時に、負けず嫌いの闘争心がメラメラと燃え出していた。
「センセイ。ランニングも終わったので、坂路の練習をしたいのですがよろしいですか?」
「構わんぞ。ただし、二本までにしておけ。それ以上はオーバーワークになるからな」
「分かりました」
ブルボンは顔色一つ変えてない。
「……オレもだ」
そう名乗りを上げるレガシー。
「……ほう」
戸山はレガシーをジッと見つめた。
「お前、正気か!? 坂路のトレーニングは生半可じゃないぞ!? そんな簡単に出来るもんじゃないんだぞ!?」
唯一の年長者であるケンザンは、止める様に勧める。
「……構わん。やらせてやれ」
「ですが……」
「……鬼トレーナーと呼ばれて俺も長いが……。初日から坂路を走るなんて言い出すバカは、初めてだからな。
納得いくまでやらせてやれ」
「わかりました……」
戸山の言葉に、ケンザンは首を縦に振るしかなかった。
トレセン学園のトレーニング施設の中でも、最もエグいと言われるのが坂路コースだ。
全長約一キロ。高低差三十二メートル。最大傾斜4.5パーセントの上り坂を全力でダッシュするというメニューだ。
体中にかかる負荷は、平地とは比較にならない。走る事が大好きなウマ娘でも、躊躇する程の厳しいトレーニングメニューだ。
ミホノブルボン。そして、隣に陣取るレガシーワールド。
「……では、行きます」
ブルボンがスタート。それにならう様に、レガシーもスタートする。
「……ッ!?」
その直後。レガシーは、この坂路の恐ろしさが身に染みた。
(……こりゃ、重場なんてもんじゃねえぞ!?)
脚が地面を踏みしめるが、その地面が余りにも柔らかいのだ。
その地面を苦にする事も無く、坂を駆け上がっていくミホノブルボン。
(くそっ……待ちやがれっ!!)
レガシーも必死に地面を蹴り上げるが、スピードが一向に乗らない。
二人の走りを見ながら、戸山はニヤリと笑った。
(……坂路は関節に負担がかかりやすい分、ウッドチップを敷いて地面を意図的に柔らかくしてある。
その分、正しく足の裏でしっかり地面を蹴らなきゃ前には進まないし、上り勾配だから鍛えた足腰じゃなきゃ速度は乗らない……。
チャレンジ精神は買うが、まず完走は不可能だろう……)
戸山はそう思っていた。
ミホノブルボンは、坂路を一本走り切った。
(初挑戦で坂路を走り切るのは、いくら何でも厳しい……。……彼女ではさすがに走り切るのは無理だと……)
そう思いながら、後ろを振り返る。
そこには、遅れながらも駆け上がってくるレガシーワールドの姿が、ブルボンの視線に飛び込んできた。
「……余裕そうなツラしてんじゃねぇよ。癪に障るぜ……」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せながらも、レガシーは坂路を走り切ったのだ。
「……ざっとこんなもんよ。次はお前に背中を拝ませてやる……」
吠えるレガシーに、ブルボンは顔色変えずに答えた。
「……楽しみにしてる」
そう答えた時、ブルボンの口は僅かに笑みが出来ていた。
(……大したウマ娘だ。
まさか初挑戦で走り切るとは思わなかった……。スタミナも無い、技術も無い。それでも、気合と根性だけで坂路を上り切りやがった……)
レガシーワールドの精神力に、戸山も思わず口元をニッとさせていた。
理事長室にて。
レガシーの案内を終えた後、たづなはレガシーが所属したチームについて、やよいに報告を入れた。
「……うむ。無事にアンタレスに籍を置いた訳か。
もっとも、戸山君が入学の手引をしたのだから、当然と言えば当然……」
「ええ……。
チームアンタレス。トレセン学園でも長い歴史を持つチームであり……。
そして……最もスパルタで知られるチーム……」
「アンタレス……。またの名を“戸山組”と恐れられる、名門チーム……」
それが、レガシーが籍を置いたチームの正体だった。
レガシーワールドの父に当たるモガミは、元々フランス生まれの競走馬で、シンボリ牧場とメジロ牧場が共同所有していました。引退後には、種牡馬として日本に輸入されました。
主に活躍した産駒として、作中に登場したレガシー、ラモーヌ以外ではウマ娘化されているダービー馬のシリウスシンボリ。障害競走で活躍した、メジロマスキット、シンボリクリエンス等、一時代を築き上げました。
どの産駒もスタミナ豊富で勝負強い反面、気性が物凄く激しいせいか、気性難の代名詞とも言われていたそうです。
普通にレガシーの母親にするよりも、幼少期の師匠的な存在にした方が話の流れ的に面白いと思って、こういう設定にしてみました。