レガシーワールド号は天国へと旅立ちました。
32歳という大往生でした。合掌。
その日。
深夜遅くなっても、ケンザンは眠りにつけなかった。
(……菊花賞への出走権利)
戸山から伝えられた事が、頭を駆け巡る。
(参加するウマ娘の一人が、負傷によって欠場……。それによって繰り上げによる出場……)
その負傷したウマ娘の姿が、脳裏をかすめる。
(……トウカイテイオー)
まだケンザンの中では、答えが出ていなかった。
翌日には、無敗の二冠ウマ娘が欠場と言う話題で、トレセン学園の中は持ちきりだった。
トウカイテイオーの居ない菊花賞では、誰が勝つのか?
少し耳を澄ませば、そんな話があっちこっちで聞こえてくる有様だった。
繰り上げの当事者となったケンザンとしては、胃が痛くなりそうな気分だった。
昼近くになり、ビュッフェ形式の食堂に立ち寄ると、チームメンバーの面々も丁度食事をとっていた。
「お? ケンザン先輩も食事っすか?」
まず声を張り上げたのはタニノが、手を振る。
「折角ですから、一緒に食べましょう」
ユートもニコリとほほ笑んで、ケンザンを呼び止めた。
「そうだな……。ご一緒させてもらうよ」
ケンザンは同じテーブルに着くことにした。
「今日の一押しは特大ニンジンハンバーグだから、早く取らないと無くなっちまうぜ?」
レガシーの前には、その一押しメニューがしっかりとキープされている。
「……その通りです。しかも、焼き立てで並んでいます」
ブルボンも同様だった。
「それだったら、是非私も同じものを食べよう」
ケンザンはフッと笑みを見せた。
ケンザンも無事に目的のメニューを取り、アンタレスは揃って食事開始となった。
「……所でさ。ケンザン先輩、菊花賞出ねーの?」
レガシーはそう口走った。
その瞬間。食堂の中の空気は完全に凍り付いた。
食堂に居る全員の視線が、アンタレスに突き刺さる。
「んななな……何言ってるんすか!?」
「もーレガシーったら!! 急に何言ってるのかしら!?」
慌てて、話題を逸らそうとするタニノとユート。
「へ? でもよ、昨日おっさんが……」
レガシーが何かを言おうとした瞬間だった。
「……そおい!!」
素早くバックに回り込んだミホノブルボンは、受け身を取らせる間もなく、レガシーにドラゴンスープレックをぶちかました。
日頃鍛えられた足腰によって放たれた大技が炸裂。脳天から地面に打ち付けられたレガシーの意識は、何処かへ飛んでいた。
「……これで静かになった」
「…………やり過ぎじゃないか?」
ポーカーフェイスのブルボンに、ケンザンは静かにツッコミを入れた。
「……いててて。何だ……?」
次にレガシーが起き上がった時、目に飛び込んだのは部室の天井だった。
「すげー頭痛てぇんだけど……部室か?」
周囲をキョロキョロと見渡す。
「……貧血で倒れたから、部室で休ませてた。お昼ご飯も、食堂から持ってきて置いたわ」
ブルボンは何時もの淡々としたペースで答えた。
「そうか……そいつはすまねぇな」
レガシーは何も疑わず、特大のニンジンハンバークの乗ったプレートを手に取った。
(……良かった。上手い具合に、記憶を飛ばしてる)
(強引にも程があるっすよ……)
ヒソヒソと話すブルボンとタニノには目もくれず、レガシーはハンバーグをがっついていた。
「……あはは」
ユートは乾いた笑いを出すしかなかった。
一度咳払いの声が聞こえると、一同は視線を向ける。
「……さて、ケンザン。腹は決まったのか?」
レガシーが気を失っている間に、戸山も部室に駆け付けていたようだ。当然、アンタレスのチーム員もそろい踏みだ。
「……実はまだ、踏ん切りがついていません」
ケンザンの表情には、葛藤が垣間見える。
「そりゃ、そうだろうな……」
そう答え、一呼吸置いてから戸山は話を続ける。
「……恐らく、今年の菊花賞を見る連中は、終わった後に訳知り顔でこう言うだろうな。“テイオーが出て居れば彼女が勝っていた”と。
俺に言わせりゃ、下らん戯言だ。
勝負の世界に“もし”は無い。仮定の話をした所で、トウカイテイオーがケガで不参加と言う結果は、何一つ変わらんのだがな……」
「…………」
「まして、繰り上がりでの参加となると、そう言う事を言い放つアホウがわんさか出てくる。
でもな……ケンザン。お前さんの走りはテイオーに負けん。少なくとも俺はそう信じてる」
「トレーナー……。私は、テイオーに勝てますか?」
そう聞き返したケンザンに、戸山はこう告げた。
「勝てるさ。例え素質で負けてても、練習量ならお前さんは誰にも負けん。誰よりも努力してきた事を、俺はよく知ってるからな」
「トレーナー……」
そう言われた時。ケンザンの目は、何かを覚悟した様に研ぎ澄まされた。
「ケンザン……菊花賞取りに行くぞ。
テイオーが出ていても、負かしていた。それ位の走りを見せてやれ」
「……はい!!」
戸山の言葉に、ケンザンは力強く答えた。
「……あーっ!!」
やり取りを間近で聞いていたレガシーは、突然大声を出した。
「ブルボン!! テメー、いきなりオレを投げやがったな!!」
一連の流れから、全てを思い出したレガシーは、一気に怒りが爆発していた。
「……しまった。バレた」
そう呟き、ブルボンは即座に部室から逃走を図った。
「待ちやがれ!! ブルボン!!」
そして、レガシーも追いかけるべく、部室から飛び出していった。
「……騒がしい奴らだな」
戸山は呆れかえる。
「ええ……。でも、退屈はしませんね」
ケンザンも苦笑いを浮かべる。
「レガシーもあの場であれを喋るもんっすから……」
タニノは頭を抱える。
「も~……皆、無茶苦茶だよぉ」
ユートも、嘆くしかなかった。
その日。戸山とケンザンは、菊花賞への参加を表明。登録は、正式に受理された。
そして、菊花賞当日の京都レース場。クラッシック三冠の最後のレースを見るべく、多くの観客が訪れてきた。
「……テイオーが居ないとなると、やっぱりレオターバンだろ。なんせダービー二位の実績があるんだぜ?」
「いやいや、イブキマイカグラだって調子を上げてるぜ?」
「アホ言え。ナイスネイチャを忘れちゃいかんだろ」
「皐月二位のシャコーグレイトも、注目しない訳には行かないぜ」
観客たちの話題は、テイオー不在の菊花賞で誰が勝つのか。そこら中で耳を澄ませば、その話ばかりだ。
当然アンタレスも、チーム全員でケンザンの応援に駆け付けている。
「う~……緊張する~」
自分がレースする訳でも無いのに、ユートは尋常じゃ無く緊張していた。
「心臓が口から出てきそうっす……」
タニノも、顔色が悪い上に、普段の元気は丸っきり出ていない。
「……レース出る訳でもねーのに、そんな緊張しててどーすんだよ?」
そんな二人をよそに、レガシーは大盛の焼きそばをすすり込んだ。
「全くです」
ミホノブルボンは大量のたこ焼きを、次々に口へ放り込んでいく。
「ユートとタニノは緊張しすぎてる。
だが、レガシーとブルボンは観光気分で食い過ぎだ。体重増えてたら、走って帰らせるからな」
戸山は冷静に、ツッコミを入れた。
『……いよいよ、メインレース。クラッシックレースの最終戦、菊花賞の選手入場です』
出場ウマ娘達がターフに姿を見せると、レース場の雰囲気は一気に緊張感を増していく。
何よりも、出場者達の気迫が見る者達を圧倒していた。
それはフジヤマケンザンも例外ではない。
(……集中。……私は負けない。……ひたすら攻めるのみだ)
その表情には、鬼気迫るものがあった。
この菊花賞に参加するウマ娘達全員には、ある共通した想いがあった。
『……全てのウマ娘がゲートに入りました』
スタート準備完了。
そして、今年の菊花賞の舞台の幕が開ける。
(……とにかく前に!!)
絶好のスタートを決めたケンザンは、果敢に攻める先行策で勝負をかける。四番手の位置で1コーナーに飛び込んでいく。
各選手、お互いの動きを伺いながら探りを入れる。
(……まだ、後ろに厄介なのが控えているからな。前の連中が落ちてきてからが勝負だ)
ケンザンも同様。まだ実力者が後方に控えている事を承知しており、後半に向けて思考を張り巡らせる。
裏の直線では、先頭から最後方までの差に広がりは少ない。全選手一団となったままレースを展開していく。
(……仕掛け所を誤れば、こっちが自滅する。痺れるような展開だ……)
ケンザンは背中に受けるプレッシャーを、ひしひしと感じていた。
今、全選手の見ているのは、ゴールへの道ではない。
(見ているか……トウカイテイオー。これが“私たち”の走りなんだ!!)
無敗の二冠ウマ娘。トウカイテイオーの幻影なのだから。
『ゴールラインを一番に駆け抜けたのは、レオダーバン!! ダービー二着の意地を見せつけました。
二位は見事な追い込みでイブキマイカグラ!!
果敢な先行策で、三位に入ったのはフジヤマケンザン!!』
着順の実況が、レース場にアナウンスされる。
勝者を称える拍手が鳴りやまない中、一人のウマ娘は笑みを見せながら呟いた。
「……見事な走りでしたわ。ウマ娘達の矜持……見せていただきました」
美しい葦毛をなびかせるウマ娘に向け、隣に座るスーツ姿の男はこう聞いた。
「……では一つ聞きたいね。仮に、トウカイテイオーがここに居たとして……彼女は勝てたと思うかい?
昨年の菊の覇者として、どんな見解をしているかな?」
「……そうですわね。私自身は……周囲が言う程、彼女が優位だとは思っていませんわ。恐らくは……負けているでしょう」
「ほうほう……。その心は?」
「彼女は“天才”と呼ばれることは多くとも、“怪物”とまでは呼称されていませんわ。あのオグリ先輩の様に……」
「なるほどね……」
「“速さ”は疑う余地は有りませんが、それだけでトゥインクルシリーズを戦う事は不可能ですから……」
「……君らしい見解だよ。“メジロマックイーン”」
「ふふ……。皆様とレースで戦える事を、楽しみにしていますわ」
彼女は終始、不敵な笑みを崩す事は無かった。
この菊花賞は、アニメでも描写されていた部分ですね。
テイオーから見た視点と、ライバルから見た視点は、意外と似てるような気もしています。
フジヤマケンザンは、ケーツースイサンと言う名前で出演していたそうです。