悪童ウマ娘   作:囃子とも

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2021年8月18日。
レガシーワールド号は天国へと旅立ちました。

32歳という大往生でした。合掌。



6R 本命不在

 

 

 その日。

 深夜遅くなっても、ケンザンは眠りにつけなかった。

(……菊花賞への出走権利)

 戸山から伝えられた事が、頭を駆け巡る。

(参加するウマ娘の一人が、負傷によって欠場……。それによって繰り上げによる出場……)

 その負傷したウマ娘の姿が、脳裏をかすめる。

 

(……トウカイテイオー)

 

 まだケンザンの中では、答えが出ていなかった。

 

 

 翌日には、無敗の二冠ウマ娘が欠場と言う話題で、トレセン学園の中は持ちきりだった。

 トウカイテイオーの居ない菊花賞では、誰が勝つのか?

 少し耳を澄ませば、そんな話があっちこっちで聞こえてくる有様だった。

 

 繰り上げの当事者となったケンザンとしては、胃が痛くなりそうな気分だった。

 

 昼近くになり、ビュッフェ形式の食堂に立ち寄ると、チームメンバーの面々も丁度食事をとっていた。

「お? ケンザン先輩も食事っすか?」

 まず声を張り上げたのはタニノが、手を振る。

「折角ですから、一緒に食べましょう」

 ユートもニコリとほほ笑んで、ケンザンを呼び止めた。

「そうだな……。ご一緒させてもらうよ」

 ケンザンは同じテーブルに着くことにした。

「今日の一押しは特大ニンジンハンバーグだから、早く取らないと無くなっちまうぜ?」

 レガシーの前には、その一押しメニューがしっかりとキープされている。

「……その通りです。しかも、焼き立てで並んでいます」

 ブルボンも同様だった。

「それだったら、是非私も同じものを食べよう」

 ケンザンはフッと笑みを見せた。

 

 ケンザンも無事に目的のメニューを取り、アンタレスは揃って食事開始となった。

 

「……所でさ。ケンザン先輩、菊花賞出ねーの?」

 

 レガシーはそう口走った。

 

 その瞬間。食堂の中の空気は完全に凍り付いた。

 食堂に居る全員の視線が、アンタレスに突き刺さる。

「んななな……何言ってるんすか!?」

「もーレガシーったら!! 急に何言ってるのかしら!?」

 慌てて、話題を逸らそうとするタニノとユート。

「へ? でもよ、昨日おっさんが……」

 レガシーが何かを言おうとした瞬間だった。

「……そおい!!」

 素早くバックに回り込んだミホノブルボンは、受け身を取らせる間もなく、レガシーにドラゴンスープレックをぶちかました。

 日頃鍛えられた足腰によって放たれた大技が炸裂。脳天から地面に打ち付けられたレガシーの意識は、何処かへ飛んでいた。

「……これで静かになった」

「…………やり過ぎじゃないか?」

 ポーカーフェイスのブルボンに、ケンザンは静かにツッコミを入れた。

 

 

「……いててて。何だ……?」

 次にレガシーが起き上がった時、目に飛び込んだのは部室の天井だった。

「すげー頭痛てぇんだけど……部室か?」

 周囲をキョロキョロと見渡す。

「……貧血で倒れたから、部室で休ませてた。お昼ご飯も、食堂から持ってきて置いたわ」

 ブルボンは何時もの淡々としたペースで答えた。

「そうか……そいつはすまねぇな」

 レガシーは何も疑わず、特大のニンジンハンバークの乗ったプレートを手に取った。

(……良かった。上手い具合に、記憶を飛ばしてる)

(強引にも程があるっすよ……)

 ヒソヒソと話すブルボンとタニノには目もくれず、レガシーはハンバーグをがっついていた。

「……あはは」

 ユートは乾いた笑いを出すしかなかった。

 

 一度咳払いの声が聞こえると、一同は視線を向ける。

「……さて、ケンザン。腹は決まったのか?」

 レガシーが気を失っている間に、戸山も部室に駆け付けていたようだ。当然、アンタレスのチーム員もそろい踏みだ。

「……実はまだ、踏ん切りがついていません」

 ケンザンの表情には、葛藤が垣間見える。

「そりゃ、そうだろうな……」

 そう答え、一呼吸置いてから戸山は話を続ける。

「……恐らく、今年の菊花賞を見る連中は、終わった後に訳知り顔でこう言うだろうな。“テイオーが出て居れば彼女が勝っていた”と。

 俺に言わせりゃ、下らん戯言だ。

 勝負の世界に“もし”は無い。仮定の話をした所で、トウカイテイオーがケガで不参加と言う結果は、何一つ変わらんのだがな……」

「…………」

「まして、繰り上がりでの参加となると、そう言う事を言い放つアホウがわんさか出てくる。

 でもな……ケンザン。お前さんの走りはテイオーに負けん。少なくとも俺はそう信じてる」

「トレーナー……。私は、テイオーに勝てますか?」

 そう聞き返したケンザンに、戸山はこう告げた。

「勝てるさ。例え素質で負けてても、練習量ならお前さんは誰にも負けん。誰よりも努力してきた事を、俺はよく知ってるからな」

「トレーナー……」

 そう言われた時。ケンザンの目は、何かを覚悟した様に研ぎ澄まされた。

「ケンザン……菊花賞取りに行くぞ。

テイオーが出ていても、負かしていた。それ位の走りを見せてやれ」

「……はい!!」

 戸山の言葉に、ケンザンは力強く答えた。

 

「……あーっ!!」

 やり取りを間近で聞いていたレガシーは、突然大声を出した。

「ブルボン!! テメー、いきなりオレを投げやがったな!!」

 一連の流れから、全てを思い出したレガシーは、一気に怒りが爆発していた。

「……しまった。バレた」

 そう呟き、ブルボンは即座に部室から逃走を図った。

「待ちやがれ!! ブルボン!!」

 そして、レガシーも追いかけるべく、部室から飛び出していった。

 

「……騒がしい奴らだな」

 戸山は呆れかえる。

「ええ……。でも、退屈はしませんね」

 ケンザンも苦笑いを浮かべる。

「レガシーもあの場であれを喋るもんっすから……」

 タニノは頭を抱える。

「も~……皆、無茶苦茶だよぉ」

 ユートも、嘆くしかなかった。

 

 その日。戸山とケンザンは、菊花賞への参加を表明。登録は、正式に受理された。

 

 

 そして、菊花賞当日の京都レース場。クラッシック三冠の最後のレースを見るべく、多くの観客が訪れてきた。

「……テイオーが居ないとなると、やっぱりレオターバンだろ。なんせダービー二位の実績があるんだぜ?」

「いやいや、イブキマイカグラだって調子を上げてるぜ?」

「アホ言え。ナイスネイチャを忘れちゃいかんだろ」

「皐月二位のシャコーグレイトも、注目しない訳には行かないぜ」

 観客たちの話題は、テイオー不在の菊花賞で誰が勝つのか。そこら中で耳を澄ませば、その話ばかりだ。

 

 当然アンタレスも、チーム全員でケンザンの応援に駆け付けている。

「う~……緊張する~」

 自分がレースする訳でも無いのに、ユートは尋常じゃ無く緊張していた。

「心臓が口から出てきそうっす……」

 タニノも、顔色が悪い上に、普段の元気は丸っきり出ていない。

「……レース出る訳でもねーのに、そんな緊張しててどーすんだよ?」

 そんな二人をよそに、レガシーは大盛の焼きそばをすすり込んだ。

「全くです」

 ミホノブルボンは大量のたこ焼きを、次々に口へ放り込んでいく。

「ユートとタニノは緊張しすぎてる。

だが、レガシーとブルボンは観光気分で食い過ぎだ。体重増えてたら、走って帰らせるからな」

 戸山は冷静に、ツッコミを入れた。

 

『……いよいよ、メインレース。クラッシックレースの最終戦、菊花賞の選手入場です』

 

 出場ウマ娘達がターフに姿を見せると、レース場の雰囲気は一気に緊張感を増していく。

 何よりも、出場者達の気迫が見る者達を圧倒していた。

 

 それはフジヤマケンザンも例外ではない。

(……集中。……私は負けない。……ひたすら攻めるのみだ)

 その表情には、鬼気迫るものがあった。

 

 この菊花賞に参加するウマ娘達全員には、ある共通した想いがあった。

 

 

『……全てのウマ娘がゲートに入りました』

 

 スタート準備完了。

 そして、今年の菊花賞の舞台の幕が開ける。

 

(……とにかく前に!!)

 

 絶好のスタートを決めたケンザンは、果敢に攻める先行策で勝負をかける。四番手の位置で1コーナーに飛び込んでいく。

 

 各選手、お互いの動きを伺いながら探りを入れる。

(……まだ、後ろに厄介なのが控えているからな。前の連中が落ちてきてからが勝負だ)

 ケンザンも同様。まだ実力者が後方に控えている事を承知しており、後半に向けて思考を張り巡らせる。

 

 裏の直線では、先頭から最後方までの差に広がりは少ない。全選手一団となったままレースを展開していく。

(……仕掛け所を誤れば、こっちが自滅する。痺れるような展開だ……)

 ケンザンは背中に受けるプレッシャーを、ひしひしと感じていた。

 

 

 今、全選手の見ているのは、ゴールへの道ではない。

(見ているか……トウカイテイオー。これが“私たち”の走りなんだ!!)

 無敗の二冠ウマ娘。トウカイテイオーの幻影なのだから。

 

 

『ゴールラインを一番に駆け抜けたのは、レオダーバン!! ダービー二着の意地を見せつけました。

 二位は見事な追い込みでイブキマイカグラ!!

 果敢な先行策で、三位に入ったのはフジヤマケンザン!!』

 

 

 着順の実況が、レース場にアナウンスされる。

 勝者を称える拍手が鳴りやまない中、一人のウマ娘は笑みを見せながら呟いた。

「……見事な走りでしたわ。ウマ娘達の矜持……見せていただきました」

 美しい葦毛をなびかせるウマ娘に向け、隣に座るスーツ姿の男はこう聞いた。

「……では一つ聞きたいね。仮に、トウカイテイオーがここに居たとして……彼女は勝てたと思うかい?

 昨年の菊の覇者として、どんな見解をしているかな?」

「……そうですわね。私自身は……周囲が言う程、彼女が優位だとは思っていませんわ。恐らくは……負けているでしょう」

「ほうほう……。その心は?」

「彼女は“天才”と呼ばれることは多くとも、“怪物”とまでは呼称されていませんわ。あのオグリ先輩の様に……」

「なるほどね……」

「“速さ”は疑う余地は有りませんが、それだけでトゥインクルシリーズを戦う事は不可能ですから……」

「……君らしい見解だよ。“メジロマックイーン”」

「ふふ……。皆様とレースで戦える事を、楽しみにしていますわ」

 彼女は終始、不敵な笑みを崩す事は無かった。

 




この菊花賞は、アニメでも描写されていた部分ですね。

テイオーから見た視点と、ライバルから見た視点は、意外と似てるような気もしています。


フジヤマケンザンは、ケーツースイサンと言う名前で出演していたそうです。
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