作:『?』

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あなただけの幸福は分からないまま。


そのプリンは生きていた。

 プリンとは、何か。

 そんな問い掛けをされたとして、一体どう答えるのが正しいのだろうか。

 

「プリンはプリンなのだ。それ以外に何がある。」

 

 そんなX=Xという比喩が似合うような回答でも、決して間違いにはならないだろう。

 まるで答えにならない答えではあるのだが、しかし決して怠慢とは捉えられないものなのだ。

 きっと大抵の人類は、そう答えるに違いない。むしろ菓子作りを嗜まないものに、それ以上の回答を求めるのは、無茶振りというものだろう。

 

 あるいは……

「正式名称はカスタードプディング。卵・砂糖・牛乳を主体とするいくつかの材料を混ぜた卵液を円錐台のプリン型に流し込み、蒸して凝固させることで完成する洋菓子。後付けとして、主に砂糖と水からなるカラメルソースと呼ばれるシロップを垂らすことが多く、滑らかな舌触りとほろ苦いカラメルの風味が特徴である。」

 

 などという、Wikipediaや料理本を覗いたことが察せるような。あるいは菓子の知識に秀でていることが分かる解説でも、もちろん正しいだろう。

 それならばプリンが少女の柔肌のような瑞々しい薄肌色をしていることも、垂れる妖艶なカラメルソースの色彩を知らないものも、きっとプリンの様相を想像できるに違いない。

 

……しかし本当にそうなのだろうか?

 

 私は疑心の念を抱かずにはいられなかった。

 それは先程の解説が間違っていることを疑っている訳ではなく、むしろそれ自体は全面的に正しい説明であったとは思っている。だが、それだけでは不足しているのだ。

 

 プリンの正体とは?

 きっと俗世に知られた知識だけでは見出せない、なにかがあるに違いない。

 ただの洋菓子に執着することは…あるいは妄言のようだと理解してはいるのだが、それでもプリンには得体の知れない異常が存在しているのだ。

 

 なにせ私は考えることを知っている。

 そのような星の元に生まれたのならば、その命題から逃れることは叶わない。

 妥協や眠気に身を任せることで、どうにか疑問を忘れられたとしても…ふとした瞬間に顔を覗かせ、海底に沈んだ鯨が腐敗ガスによって浮かび上がるように、諦めきれない苦悩が浮上するのだ。

 

 そうして今も、プリンを哲学していた。

 模索の果てに答えがあるかも分からない問題であったが…しかし、思考を止めることも不可能であったがために。

 いつだって己は賢いのだと信じ切った理詰めの思考で、納得できる答えを探しているのだ。

 

 だが、そんな時分のことであった。

 

 冷え込んだ場所を、強烈な閃光が満たしたのだ。

 いや、おそらくこれは閃光などではない。長い時間を暗室で過ごしていたため、明るい空間を忘れてしまっていたのだ。

 主観ではフラッシュバンを食らったようにも感じられる光は、実際はそんな物騒なものではなく、何の変哲もない照明の光だと思われる。

 

 おそらく家主が冷蔵庫を開けたのだろう。

 尋常ではない熱風が吹き込んでくる様子も、その推測を正しいものだと補強する。

 しかし、いかんせん視界が悪すぎた。世界が煌々とした白色に覆われていて家主を捉えられず、彼女が何を目的としてここを開いたのか分からないのだ。

 時計がないため時間は知らないが、つい先程“ごちそうさま”だの“おなかいっぱい”だの声が聞こえたため、食事の類ではないだろう。

 

「今日のために取っておいた…さとうのプリンっ!」

 

 そんな私の考えに反するような言葉が聞こえて、直後に感じたのは揺れ。

 続け様に炎天直下の砂漠を思わせる…比喩ではなく身体がダメになるほどの温度すら襲いかかり、私の周囲は天変地異の様相を呈していた。

 

「仕事納めのご褒美だぁ!」

 

 ひどく嬉しそうな声と共に聞こえる、冷蔵庫を閉扉させる音。

 やがて視力が回復してくると、捕食者の姿が鮮明に映りはじめた。

 どうやら彼女は皿の上で震える私を、大層熱心に見つめているらしい。向けられている濃厚な視線に奇妙な感情が沸き立つ感覚を覚え、その楽しみだといった表情を隠そうともしていない顔面に、ありもしない鼓動が加速する感覚を覚える。

 

——まさか、今日が…その日なのか……!——

 

 それは恐怖であったのか、はたまた諦念であったのか。

 図らずとも漏れ出た声は、形容しがたい感情に満ち溢れていた。

 私はその強烈な感情を理解し、それがなんであるかを確信する。絶望に溢れ、目前にある死を嘆き、自身に課せられた理不尽な運命に怒っていたのだ。

 

 その日とはどういうことなのか、一体何が起きるのか。

 惜しくも思考する力を持っていた私は、これより起こる全てを察してしまう。

……つまり、食われるということ。

 

 だが待て。食事の音は聞こえただろう。

 腹は満たされているはずだ。それなのに私を食う意味とは…そこまで考えて、思い当たる物がある事に気が付いた。

『デザートは別腹』

 これは人間が頻繁に使う言葉のうちの一つだ。

 

——あぁ…そんなのってないぞ……——

 

 私はプリンである。故にこのような結末など、作られた時より決まりきっていたことだ。そして、それが天命であって、それ以外の結末は望まれないもの。

……だがそうであっても、そうであると知っていたとしても。

 

 こんなのは、あまりに理不尽だろう…?

 

 ただ意識があるまま食われるという、そのためだけに作られたのならば…存在などしないほうが良かったのだ。

 生きるということを知りながら、しかし何一つも残せずに食われるなど…そんな意思に意味などあるのだろうか。

 

 そうこう考えているうちにも、捕食者は私を食卓へと運ぶ。

 目的地を見ると牛乳が注がれたコップと、金属のスプーンが見えていた。どうやら食事の準備は整ってしまっているらしい。

 以前は『牛乳がない』という理由で食を断念していたが、おそらく今回はそうはならないだろう。決して逃れることは叶わないと、それを察するには余りある光景だ。

 流れていく景色を横目に、その瞬間が近づくということは、あまりにも悍ましく………

 

「あっまずっ……」

 

……だが彼女の動揺を含んだ声と共に、恐怖は驚愕へと変わった。

 一瞬の衝撃のあと、奇妙な浮遊感を覚えたためである。それとタイミングを同じくして、世界がメリーゴーラウンドじみた回転をはじめて、皿に触れている面を把握できなる。

 そして宙に投げ出されたことを確信した直後、急速に接近するフローリングを認識した。

 

——あぁ…なんてこ——

 

 衝突は台詞を中断させた。…そして代わりに響いたのは、弾けるような水音。

 我が身が飛び散っていって、割れた陶片が突き刺さる感覚もしている。

 それを漠然と理解し、そうでありながらこうも冷静に思考できている訳は、ひとえにプリンには痛覚がないためだろう。

……しかし冷静な思考とは打って変わって、私の内心はまるで只事ではないような、不可解な感情に溢れかえっていた。

 

——かな、しい…の、か……?——

 

 その感情の正体を知ってなお、理解することはできなかった。

 私はたしかに被食を恐れていたはずなのだ。

 喰われることを拒み、そうなるくらいなら捨てられる方がマシとまで思っていた。

 

 一体なぜ、と疑問が溢れる。

 実際に起きた捨てられることに相当する事態に私は喜べず、むしろそれとは正反対の性質を持った感情に支配されている理由がわからない。

 どうしてこのような感情を抱いているのか、全く分からないのだ。

 

「あ、あぁっ!?手が滑ったぁ…!」

 

 私を食わんとしていた者の声が空から…どうやら酷く悔やんでいるらしい。

 その声を聞くと胸が締め付けられるような、得も知れない何かに苛まれるのだ。

 

——わた、しは……——

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