作:『?』

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廃材群

失い、忘れて、生きていく

 

 終末が始まったのは突然のことであった。

 災禍の中心はとある男…いつも通りゲームを作ったり、ホームランを打ったり、タクシーを運転していた彼が消失したのである。

 その穴を埋めるように現れたのが、この吸引口であったのだ。

 

夢を失ったのだ。

 

 その穴が吸収を始めると、その場に居たあらゆる存在が蜃気楼のように解けて、まるで水に落ちた絵の具のように空間と混じり拡散していった。

 あらゆる壁や地面は感触を有さず、綿のように希薄なものとなり、質量を持った存在はその全てがあるかも分からない“底”に落ちていく。

 それはまさに悪夢のようであっただろう。

 

輝かしい未来への旅路を止めた。

 

 意思あるものは現実性の喪失によって発生する漠然とした不快感と、自己の喪失を持って訪れる恐怖と、痛みもなく身体が解けていく奇妙な感覚に慄き絶叫した。

 もはや絶叫できる口さえないものもいたし、空気や無機物が絶叫していることもあった。

 

君は目を瞑った。そして目を覚ました。

 

 その異常な空間の中央にて立ち尽くす消えた男の代わり…いわば排水溝の穴とも呼べる存在は、まるで子供が泣いているかのような甲高い唸りをあげている。

 しかしそれにはもう意思などない。意思が無いのだから、泣いているというわけでもない。

 それは1立法米もない小さな空間に押し寄せる現実が、急激に圧縮されて吸い込まれていく際に発生する異音であった。

……或いは世界が軋む音。その音が聞こえなくなるということはつまり、世界が完全に失われたことを示す。

 

どうか思い出さないで、私たちはもう傷でしかないのだから。

 

 未だ終末は世界中を満たしておらず、外縁は多少の違和感を覚える程度のものだろう。

……しかし喪失の半径は徐々に広がっていて、世界中の生命は漠然と終わりを認識していた。

 それでも迫り来る喪失から逃れようとするものはいない。

 

未来ある貴方の身体が膿んで汚されないように。

 

 皆、顔をくしゃくしゃに歪めて歌っている。

 それは1人の人間の、なんてこともない平凡な人生を讃える歌であった。 

 

 

人は「神は幼すぎたのだ」と思った。

 

 見上げれば渦巻いた円の周りに放射状の線が広がった赤色の太陽と、長円形の型をハートの上半分をいくつも使って囲ったような白い雲が浮かんでいる。

 空の色はグラデーションなど一切ない水色一色で粗く塗りつぶされていた。

 

 そのどれもが完全に硬直しているようだ。

 当然のように風もなく、一帯を支配する不自然なまでの静寂と相まって、まるで世界の時間が止まっているかのように見える。

 

 また、地上に立ち並んだ木は上層から枝分かれした幹の先に緑色の丸がいくつもついた形状をしていた。

 どこまでも広がる緑色の床には、例えるならバランのような…山が隣り合わせに3つ程連なった形状の平面が一定間隔で並んでいて、それが原っぱを表しているものであると気がつくことは容易であろう。

 

 そしてこの全てが蝋の画材で描かれたような質感であり、縁取りを粗く塗りつぶしたような…いわゆるクレヨン画というものを彷彿とさせた。

 下手ではないが洋式化された抽象的なモノだけで構成された世界観は、どこか不完全で違和感がある。

 

 それ以上にこの世界を説明できる言葉はなかった。

 

 どこまで歩いていっても上記した以上のものは見当たらず、5時間ほど直進すれば世界の端に到達してしまう。

 世界の端というのも緑色の床が途切れているだけで、それ以上のことはない。

 先には地面も空もない暗闇が広がっているだけだ。

 

……しかしそんな何もない世界の中央を見れば、そこにだけ抽象的な平原画ではないものがあった。

 それは奇妙な描きかけと、平面の木に黒い線で吊られている何か。

 

 描きかけのものはおそらく人間であるようで、一際丁寧に描かれている様子ではあるが…やはり子供の絵の粋を出ない程度のものである。

 女性的なものと、男性的なものと、子供のようなもの。それがたくさん。

 相変わらず平面的であり、しかしこれらは中途半端なまま絵画が止められている。具体的に言うと、ふたつを除いて首から上が描かれていない。

……その首から上が描かれている人間のうち、私が視界に捉えられる唯一の個体は顔面が黒く塗りつぶされているようで、はっきりと薄橙色に肌らしきものが見えるが、それの人相や表情を判別することは困難であった。

 

 そして木に吊られているもの。

 それはこの世界で唯一立体的な構造をしていて、大きさは120cmほどであろうか。

 周囲が黒い板状のもので覆われているため、正体は定かではないが…それの直下にある緑色の床は濡れた紙のようにふやけて、微かにアンモニア臭を漂わせている。

 

 時折呻き声のようなものを響かせ、定期的に大きく揺れるそれは紛れもなく神様であった。

 けれども指のない私は彼を下ろすこともできず、発声器官のない私は嘆くこともできない。

 

 私はただ、哀れなそれを眺め続けていた。




最近、お月様が冷たいです。
お話をしていても面倒くさそうで、つまらなそうで、正直なところ私もちょっと楽しくないです。
お月様の貴重な時間を奪っているようで、申し訳ない気持ちが少しずつ迫り上がってきて溺れそうになるのです。
多分お月様は私よりも太陽さんのことが好きなんだと思います。お似合いですね。
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