作:『?』

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廃材群

汚染

 

 鳴いた友人を捨てるなら、君の心を満たせよう。

 僕らは後目に視界を滲ませる。

 鯨髭めいた木々の群れに吸い込まれていくタンクトップの小さな影を見送った。

 

 

 

 切り立った崖の端から青々として波打つ海に「君が好きだ」叫んでみると、向こう側から声が返ってきた。

 はつらつそうな若い女の声で「私もよ」と!

 その直後に背中に感じた衝撃に驚いて後ろを見ると、思わず顔が引き攣ってしまう。

 頬を薄紅色に火照らせた喜色満面の娘が、秋風に群青色のおかっぱと薄手のワンピースをはためかせて、両手を突き出していたのだ。

 

「だから一緒になりましょう?」

 

 耳元で囁かれた声に思わずなんて色狂いだろう、と考えてしまった。

 あなたは毎日たくさんの人と一緒になっているというのに、なんて。

 そんな風に思いながらも内臓が浮くような落下感に、思わず口角が吊り上がってしまう自分もいる。

 

 なんだかんだ言って嬉しいのだ。

……でも仕方がない。彼女の一部になれることを喜ばない男なんていないのだから。

 

 

 

贖罪無い夢

 

 ベンチに座って空を見上げれば、鉛のようにも見える鈍い灰色の曇天がある。

 気付けば被服は凍えそうなほどに冷たくて、逆らいがたく感じる重力が僕自身の罪深さを教えているような気がしていた。

 

 その感覚は心地良い。

 

 泥に塗れた傷口をぐちゃぐちゃに掻きまわして、泣き喚く僕を捕まえて鉄の寝台に張り付けて、致命的激痛が溢れるそこに何度も何度も塩を塗りこんで教えられたいのだ。お前はとんでもない悪人なのだぞ、と。

……しかしそのデカダンスな安心感に伴って呼吸が早まる。息苦しさに胸を抑える。冷たく顔を打ち付ける液体の中に奇妙な熱さを感じてしまう。

 

「こんなことに意味はないのに」

 

 僕はただ、許してほしかったのだ。

 誰も思い出してくれない星屑のような罪たちを。

 

 

未来感

 

 混雑する往来の隙間からわずかに見える路地裏のほうで、こちらを見て佇む男を見た誰もが直感的に「彼は浮浪者なのだ」と思ったことだろう。

 鼠の毛皮めいた黒灰色の脂ぎった髪を無秩序に伸ばし、薄汚れて燻んだ布切れを幾重にも纏っていたのだ。

 それ以外にも無精ひげであったり、立ち振舞であったり、その男の素性を物語る要素はいろいろとあったのだけれど…不意に目が合うと不気味な理解と共に肌が粟立って、彼が普通の浮浪者ではないのだと察してしまった。

 

 僕の目を見詰める黒々とした光が、余裕のない血走ったものや希望を失った死んだものではなく、まるで子供の様に爛々とした無邪気な瞳であったのだ。

 それも無邪気なだけでなく狂気的な…とにかく嫌な感じで溢れている。

 

 気が付けばこちらに向かってきている男を見て、僕はしまったと思った。

 視線を送りすぎたことに酷く後悔したし、何よりも恐ろしかった。逃げても無視しても無駄だと理解したのだ。

 アクセルを限界まで踏み切った酔っぱらいの運転するトラックの前に飛び出してしまったかのような、尋常ではなく取り返しもつかない失敗を犯してしまったような気がして…

 

「お前は亀なんだろう?」

 

 迫りくるものに慄いて目を瞑っていると、意外なことに飛び込んできたのは言葉であった。

 

「あぁ、待っていたんだよお前を。俺は!亀だよ、俺の亀。夢にまで見た。お前は俺にとっての脳味噌なんだ。北西線上に見えるだろう、海の上に浮かぶ忘れたる小天地が。行くんだ、僕はそこに。行くんだよ。だから連れてってくれないか?夢の夢の空の上にある深海の竜宮城に」

 

……もっともそれは明らかにまともではない狂人の言葉だろう。

 それはそれで十分怖ろしげなものではあったけれど、刃物や鈍器でも振り下ろされるのかと思っていたので拍子抜けではあった。

 ただその異常な語群に圧倒されて、ぐいぐいと近づいてくる狂気的な瞳が恐ろしくて、ただ後ろに後ずさることしかできない。

 

「あぁ違ったよ。間違いだ、お前は亀じゃないのかも。人間だからな、俺は特別な知恵を持っているんだよ。俺は腐り落ちた樹の祟り神だから、いや違う人間。僕は?あれ?んんんんんん?」

 

 急に喃語めいた語尾に着いた疑問符を正しく想像できる呻きと共に、首をひねって路地裏のほうに戻っていった男を見て、僕は膝を折ってその場にへたり込んでしまった。

 誰かも知らない男の人が心配そうに「大丈夫ですか?すぐに警察が来ますから」と僕に言ってくるけれど、言葉を返すことはできないまま時間が過ぎてしまう。

 

「あ、いや…」

 

 その理由は呆然としているわけでも、あるいは安心しているわけでも、恐怖に震えているわけでもなかった。

 焦っていたのだ。

 

「間違った…間違った……ッ!!」

 

 地面を見詰めるようで何も見ず、外側から暗転していくように狭まる視界。

 その絶望的展望を回避する方法がないという事実。

 アクセルを踏み切ったトラックの前に飛び出し~などという比喩が言い得て妙で洒落にならないものであったなど、誰が想像できたのだろうか。

……いや別の人なら予測できたことだったとしても、僕が想像できなかったのだから意味がない。

 

 ただ確かなことは、不意に毒を呑まされたということだけであった。

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