作:『?』
登りゆく希望
飛行機の中にて。
緩やかに昇りゆく空を窓越しに認めて、僕は無様に叫んでいた。
雄弁な異音が正気を刈り取るように響く中、それでもアナウンスは強かに非常事態を伝えていて、程近くに見えるはずだったエンジンは探せど見つけることは出来ず、羽根に至っては半ばから千切れているようにさえ見えている。
無残というに憚らないほど凄惨な機体。
目前に横たわった『死』は、恐怖を通して生々しい実感を伝えていて、まるでそれは避けられないことを教えているようにも思えた。
「いつか死ぬよ」
不意に悲鳴の中で、奇妙に響いた女の声。
君は確かな力を持って、明瞭な言葉を吐いていた。
恐怖以上に安らぎを、しかし希望はない。
甘い終末を胸いっばいに抱きしめて、目を閉じてただ待つだけなのだ。
暗闇にあって暗闇にあることを自覚できない、そんな死の忘却を待ち、受け入れることこそが望ましいのだと啓蒙する声に耳を傾けるだけ。
そして私は思うだろう。…「意味なんてなかった」と。
きっとひどい絶望と共に、間際。いつか目を輝かせた未来を夢に描いて、それがどう足掻いても叶わない夢だったと絶望して。
その絶望が死に関わらず普遍したものだと、不意に理解すること。
恐怖に紛れて薄れる絶望が、希薄な生への欲求を高めていく中で、それと反比例するように高まる徒労感があった。
……しかし、そういうものなのだ。
死にたいと思いながら生きていくことなどつまらないものだから。緩やかに死んでいくだけの命に意味など無いから。
生きたいと願いながら死ぬ方が、ずっと素晴らしいに決まっているのだ。
「パンケーキ!」
叫び声。特に意味はないただの狂乱だった。
今は何でもいいから叫びたかったのだ。
堪えきれない何かが溢れかえって、口から飛び出す感覚……
「パンケーキ!!」
かつては下方に見えた雲海を突っ切る様子が窓に見える。雨の音、轟音。
どうせ助からないのに落ちてきた酸素マスクを使って、やがて地上と出会った果てにある結末に想いを馳せる。
離れたいと思いながらも、近付くことをやめられない様。
居ない君を横目に、それでも思ってしまうのだ。
そんなの「まるで愛のようじゃないか」と。
嗚呼、馬鹿げている。
なんてくだらない人生だったのだろうか。
……それでも死ぬのは怖いのだ。
望まざるを騙るイカロス
青空を見上げた。
白く輝く太陽が眩しく、ぼんやりとした雲が憎らしいほど自由に揺蕩っている。
希望に満ちた空だった。
まるで世界が平和を謳っているみたいだ。
……しかし私は薄暗い場所で、曖昧としたままあることを是としたもの。
突然望ましいものを突き付けられ、照らされると、生理的な恐怖と嫌悪で立ち竦んでしまう。
堪えきれずに溶けてしまえば、全身を受け止めたのはひび割れ、微かな老朽を感じさせるコンクリートであった。
なにもない。
なにもないから、死のうよ。
気色を混ぜて囁く声は、脳裏で反響して魂の奥深くまで染みこんでゆく。
努めて無視すれば、酷い罪悪感が胸中を襲った。
どうして生きるのか。
君に分からないなら、誰が生きる道を照らすのか。
君だけが、君の生きる意味なのに。
脳裏で囁かれる声。
そういえば誰なのだろうか?…耳を擽るのは、音ではないものだった。
僕はそれに従うことができず、しかし逃れることも出来ずにいる。
光は毒のようだ。
その気は無くとも、いつか消えてしまうだろう。
コンクリートに溶け出した僕を留めるものはいなかった。
これまでも。また、これからも。
不滅の唄
夢を見るなら僕は死ぬ。
広がる脳裏に希望を抱いて、闇色の幕が目を塞ぎ、きっと瞬く宇宙色が僕を攫ってくれるだろう。
ゆらゆら揺れる足先が、静かに夜明けを教えてくれた。
逃れられない地表は地の底。見詰めたならば、空気に溺れてしまうのだから。
あぁ、だから夢見る流れ。
不思議な世界は渦を巻く。
息継ぎを忘れ、腐っていくのだとしても。空気がやがて澱みを帯びて、肺の奥に溜まっても。
僕は決して忘れない。
例え瞳が窪んでも。
綺麗な終末、恋する世界、受け継がれゆく尊いものども。…それこそが、僕の記憶。
鬱屈な生の始まりだった。たとえそうだとしても、恨むことはないのだけれど。
損壊を伴い、死にゆく腐れ。
ハゲワシに啄まれて形を忘れ、蠅や蛆虫に巣喰われて醜く崩れ、しかし絢爛な王冠ばかりが輝いている。
腐れた肉に埋もれたそれは、ひどく滑稽なものだろう。
腐肉の王は無知蒙昧。死んでいるように意思を持たない。
それは最も貴い御方、その為れ果てた姿…なのかもしれない。
あるいはただの死体なのかも。
だって人かどうかも分からない肉塊に、判別なんて付かないでしょ。
あなたもそう思わない?