前世の記憶というものがあるとして、それを思い出す切っ掛けとはいったい何だろう。
生まれ落ちたその瞬間か、あるいは何かキーマンとなる人物との出会いか。
それとも、印象的な場面や劇的な事件だろうか。
あえて分類するのなら、私のきっかけは四つ目に当てはまる。
劇的な事件。そう、まさしく悲劇的かつ喜劇的な。
「何故だ……」
男が呻いている。己の運命を呪い、涙すら流している。
雄々しい体には無数の傷があり、その中には目をそむけたくなるほど惨いものもある。
にもかかわらず、男は生きている。だからこそ彼は嘆いてやまない。
「何故死なねぇ!」
死なぬほど頑強な己自身を呪ってやまない。
多分、思い返せば酒が入っていたのではないだろうか。
そうでもないと、普段、あれほど感情的になることはない。
あるいは、それが一回目だったからだろうか。
私が10歳になろうかというころ、父親が初めて自殺した。
海軍の船団に突っ込んでいって大立ち回りをした挙句、ものの見事に全艦沈めて帰還した。
挙句、疲れ切って倒れこみ、吐いたセリフが上記のものだ。
その時私は前世の記憶を思い出し、一度にたくさんの事に気が付いた。
今私がいるのは、漫画ワンピースの世界であるということ。
恐らく原作の20年程度は前の時期であろうということ。
そして、私の父が百獣海賊団船長、のちの四皇カイドウであるということ。
あともう一つ、私が彼の息子――いや娘、ヤマトに成り代わっているということ。
残念ながら、私は原作のヤマトとは似ても似つかない。
おでんには憧れていないので、坊ちゃんとは呼ばれず、お嬢と呼ばれている。
当然手錠もついていなければ、幽閉もされていない。
加えて、私はカイドウが、父上がわりあい好きだ。
そりゃあ、ぶっちゃけまともな父親ではない。そもそも海賊だし、乱暴者でならず者だ。
計算高くて冷酷で、必要ならいろんなものを人を簡単に切り捨てる。
けれど、酒の席では手招きし、膝の上に乗せてくれることだってある。
いつ泣き上戸に代わるともわからない笑い上戸でも、大きな手で頭を撫でられるのは好きだった。
だから、そんな父親の自殺を目の当たりにして、私は真っ当にショックを受けた。
表情を失い泣くことも出来ず、棒立ちで立ち尽くす私が周りにどう見えたかは知らない。
けれど、百獣海賊団の面々が案外、あっさりとその自殺を受け入れたことは覚えている。
どうせカイドウさんなら死なねぇだろ、強ぇから。by クイーン
そういうことか?いや違うだろう。
死ぬ死なないの問題では無くて、いやそれも立派に大問題なのだが。
自殺願望があるということそのものが、由々しき問題じゃないのか。
わかってる。私だって、前世ではジャンプを定期購読してた。
カイドウの思想は知っているつもりだ。曰く、死は人の完成であると。
言っている事は理解できる。かっこいい死に方は憧れるし、理想だ。
あのクソおでんのせいだ。あいつが立派に死んだりなんかしたから!
八つ当たりだって分かっている。だって彼が死んだのは、父上とオロチさんのせいなんだから。
気に病むのも父上の自分勝手だし、文字通り死ぬほどひどい目にあわされた被害者は向こうだ。
しかし感情と理性は時として相反するものである。
要するに私はおでんが嫌いだ。父上の自殺癖の直接の原因だから。
でも故人を罵ったって仕方ないし、卑怯なだまし討ちで勝ってしまった父上の過去は変えられない。
私がするべきことは、父上の意識を死よりも生、過去よりも今に向けさせることである。
その為には、そのためには……
「どうすればいいんでしょうか……」
オロチさんを前にして、私は座布団に正座したまま畳に突っ伏し、ぼろぼろと涙を流していた。
呆れと困惑の半々の気配がする。見なくてもわかる。
同盟相手の身内とは言え、十歳になったばかりの子供が人払いまで求めて相談にきて、話し出したと思ったら、本題に入る前に泣き出したんだから、そりゃあ困りもするだろう。
申し訳ないと思うのだが、なかなか涙は止まらない。
眼球が干からびるのではないかと思うほど、後から後から湧いてくる。
ついでにしゃくりあげてしまって、まともに言葉が出て来ない。
ジンジンと頭も熱を帯びだして、いよいよ何もまとまらない。
「ち、ちちうえがぁ」
「おい、話があるんだろう、とりあえず落ち着け」
「ちちうえがぁ……しに……しにたいってぇ……」
「ああうん、わかった、わかったから」
顔も上げられない私では話にならず、かといってカイドウの娘の私を無碍にも出来ず、さぞオロチさんは困り果てたことだろう。
泣き止むまで待てなかったのか、多少強引にだが一応は優しく肩を掴まれ、体を起こされる。
涙と鼻水でぐちょぐちょの顔を見る視線は、台詞にするなら「あ~あ」と言ったところか。
「つまり、カイドウのやつが自殺をし始めて、お前はそれを止めたいと」
「………」
着物の端で顔をこすって、どうにか頷く。
「つってもなぁ……あいつの自由だろ、どうせ強いから死なねぇし」
「……ッ」
「ああおい!わかったからもう泣くな!後で何言われるかわかったもんじゃねぇ!」
どうにか口元を抑えて泣き声を殺す。
わかってるのだ。死にたいと思うのもある種自由で権利だし、親子とはいえ、私と彼は一個人同士の別人である。
私に彼を止める権利は、本当のところない、のかもしれない。
「わかってる、けど、やだ……」
「カイドウが死ぬのがか?」
「ちがう……ちちうえが、し、しにたいって、おもうのが、いやで……」
そういう面倒な権利だのどうこうおいておいて、とにかく死にたいなんて思ってほしくないのだ。
毎日元気に楽しく生きていてほしいし、何なら私より長生きしてほしい。
死が人の完成だというなら、永久に未完成のままでいて欲しい。有終の美なんてクソ喰らえだ。
「わからんでもねぇけどなぁ」
「……むり、ですか」
「いや、無理とまでは」
「……ちちうえぇ……」
「………」
思わず呻いた私に、容赦のないため息が刺さる。
いや申し訳ないとは思っている。望んでついた地位とはいえ、将軍ともなれば色々忙しいのだろうし。
泣いた子供をあやしてる暇なんてないだろう。私だってこんなに感情が決壊するとは思ってなかった。
「大体、どういうわけで俺のところに相談に来たんだ。死にたいやつの気持ちなんてわかんねぇぞ」
言われてみればそうだった。
オロチさんは普通ならとっとと自殺していてもおかしくないような境遇で、生き延びて復讐する方向に舵を切るメンタリティの持主である。
この手の相談の相手としては、あまり適当でなかったかもしれない。
けれど一応、私にも根拠というか、オロチさんを選んだ理由はある。
「……百獣海賊団の、みんなは、あてにならなくて……」
「まあ話が話だからな……」
「それに、父上は……オロチさんとお酒飲んでるときは、いつも、たのしそうだから……」
「……」
何とも言えない顔である。
あれだろうか、表面上のお付き合いという奴だったのだろうか。
取引先とのキャバクラでとりあえず笑っとけ見たいな奴だったのだろうか。
でも、少なくとも父上の方はそういうノリではなかったと思う。
心底から楽しく飲める相手を、いざとなるとあっさり殺してしまえるのが、あの人のヤバいところでもあるのだが。
「まあ、とにかくあれだ」
「あれ?」
「娘のお前がひっついてれば、自殺はしにくいだろ」
「……でもそれは、こんぽんてきかいけつには、ならないのでは……」
「小難しい考え方しやがってめんどくせぇ!」
パンパン、とオロチさんが両手を叩くと何処からともなくお付きの人たちわらわら集まってくる。
あれよあれよと帰り支度を済まされ、押し込まれるように籠へ乗せられた。
別れのあいさつ代わりに、大きな顔が小さな声でいう。
「誰もいないよりはなんぼかマシだろう」
ぱさ、と籠の御簾が降りて送り出された。
城の外まで出れば、後は百獣団の人たちに担ぎ手が変わるだろう。
一応私は彼らのお嬢なので、結構厳重に警護されている。
籠の中で揺られながら、私はオロチさんのさっきの言葉について考えていた。
そして、決意した。
今日この日から、私の私による私のための、カイドウ自殺癖脱却作戦が始まるのだ。
とりあえず第一ステップは、四六時中引っ付いて回ることから開始するとしよう。
普通に邪魔だったらしく、無情にも引きはがされ作戦失敗となってしまうのは、また別の話。