異常も日々続くと正常になる。といったのは誰だったか。
その言葉の通り、三日もたてばキングによる私のトレーニングも、日常として百獣海賊団の面々に受け入れられ始めていた。
以前と変わったことと言えば、クイーンによるキングへの罵倒の語彙に『鬼教官』が追加されたことぐらいだ。
……いや、鬼教官が罵倒になるかどうかは、ちょっと諸説あるところだと思うけれど。
トレーニングの成果も出始めて、父上からもらった金棒は数日前に手に入れたとは思えないほど、私の手にしっくりと馴染んでいた。
重さに振り回されるということもなく、自由自在にピタリと止めることができる。
これには鬼教官も満足げだった。普段が厳しい分、彼に認められるのは特別嬉しい。
「これなら、並の相手に殺されることはないだろう」
本当? 自信もっていい?
どうする? 後の四皇カイドウの娘、百獣海賊団の未来の幹部として華々しいデビューを決めちゃう?
などと、考えていた自分を心から後悔する。
ああ神様仏様、言い訳が許されるのならばあれは一種の冗談であって、本当に心からそうだと信じていたわけではないのです。
なので目的の海域に入る前に、他の海賊団から襲撃を受けるなどというイベントはやめてほしい。
しかもお相手さん、こちらより数は少ないなりに一応船団を組んでいる。それはつまり、一定の勢力を持てる船長とその部下が相手ということだ。
幸いまだ交戦は始まってもいないが、もうそろそろお互いの船が攻撃範囲に入るだろう。
キング先生、早急に教えてほしいことがある。
彼らは並の相手に入りますか?
そんなビビり散らかしている私とは裏腹に、
「いくぜゴミクズ共ォ――!!」
「ウオ~~~~!!」
「キャ――!」
フロアは熱狂していた。
熱源であるクイーンは後ろに控え、楽しげに笑っている父上、その隣で腕組みをし船員たちを見守るキング、その反対隣の私をさりげなく確認する。
無表情にローテンションな私を彼が見逃さなかったのを、私も見逃さなかった。
彼のなかで私は相当可愛くないに違いない。でも今回ばかりは許して欲しい、人生初めての殺し合いなんだ。しかめっ面にもなる。
流石に気を悪くさせることが続いていた為、笑ってみせたがどうしても笑顔はぎこちなくなった。
それを見たクイーンはわざとらしく口笛を吹く。及第点ということでいいんだろうか。
「さて、今回の切り込み隊長はカイドウさん直々の御指名だ~!
そんなうらやましい野郎第一位は~~?」
父上の指名というところは本当にうらやましいけれど、切り込み隊長というところは一切うらやましくなかった。
普通に死ぬ可能性が一番高いじゃないか。まあクイーン本人やキングあたりなら、危なげなく敵を切り崩して突破口を切り開けるだろう。
今の時点で彼ら以外に、相応しい人物はいないように思う。あるいは、私が知らないだけですでに飛び六胞の誰かが加入していたりするんだろうか。
「ダラララララ~~~~ダン! ヤマトお嬢!!」
「うおおおお~~~~~!!」
今、何って言った?
声援はさらに狂熱を増して、頭が割れそうな歓声にただでさえぎこちない笑顔が更に歪む。
知らない間に何か、父上の怒りを買うような事をしてしまったのだろうか。
もうすぐ11歳も近づいているとはいえ、まだ10歳の子供、それも初陣。
切り込み隊長とはこれ、死ねという意味では。原作の彼とは違って、おでんになりたいとか一言も言ってないのに。
「さて、気合十分なヤマトお嬢から開戦の一言をどうぞ!」
素人にいきなりマイクパフォーマンスを振らないでくれ。
混乱してまだ受け入れられない、こんがらがった頭のまま、ろくに言葉なんて浮かぶはずもなく。
むしろ口を開けば泣き言が出てしまいそうで、周りにとっては数秒だろうが、私にとっては永遠にも思える沈黙が続く。
と、敵の艦隊が一発目を撃ってきた。のんびりしている間に攻撃範囲に入ってしまったようだ。
大砲の球は綺麗に弧を描き、こちらに向かって真っすぐに落ちてくる。
このままでは甲板に命中するのに、クイーンも、キングも、父上すら動こうとしない。
船員たちの間ではパニックが起き始め、いくつかの金切り声が上がる。
まずい、このままでは本当に、ちょうど船員たちの集団にあたってしまう。
情けない話、走り出したのは多分、あのまま演説を考えるより、体を動かした方がずっと楽だったからだ。
甲板を蹴ると、思ったよりもはるかに素早く、はるかに高く自分の体が宙に浮く。
目の前には砲弾。大きさは私の体よりも大きいぐらいで、撃った船の大きさから考えるとスケールがおかしい気がするが、細かいことは気にしていられない。
金棒を振りかぶり、思いっきり殴りつける。
カァンと金属同士のぶつかる小気味いい音がして、上手いことそのまま敵船に向かって落ちていった。
着地すると同時に、再び頭が割れんばかりの歓声。
これは私、凄かったんじゃないだろうか。
及第点どころか、上出来というやつでは。
思わず船員たちを、その奥に座る父上を振り返る。
彼は、笑っていた。満足げに、あるいは得意げに。
ざわざわと心臓が逆立つような興奮と、喜びが全身を駆け巡って、体が芯から熱くなる。
死ねなんてとんでもない、私は初陣ながら期待されているのだ。他でもない、百獣のカイドウその人に、お前ならやれる、と。
興奮で真っ白い頭のまま、何も考えず近寄ってきた敵の船へ乗り移る。
後ろから大勢の船員たちがついてくるのを、気配で感じた。
思いっきり腕を振るえば、金棒に巻き込まれ2、3人の敵兵がまとめて海へと落ちていく。
私の力とトレーニングは十分どころか十二分に通用している。
努力は裏切らないという言葉が、ちらりと脳裏をかすめたが、なかったことにした。
結局開戦のスピーチで一言もしゃべらなかったのに気が付いたのは、それからまたもう少ししてからの事。
~・~・~・~
「ヤマトお嬢、ちっと渋すぎるんじゃねぇか」
カチカチと葉巻に火を点け、クイーンは煙を吐いた。
子供らしくない子供だとは思っていたが、まさかあそこまでとは彼も思っても見なかったのだ。
「あの歳でもう、腕と背中で語るのかよ、しびれるぜ」
しかし、本当に可愛げがねぇなと付け加える。
敵船の砲弾を凄まじい跳躍と父親から授かった金棒で打ち返し、船員たちを振り返って、それをもって開戦の一言とする。
子供どころか並みの大人にすらできたことではない。
凄まじい訓練でただでさえ人気があったヤマトだったが、あのパフォーマンスで百獣の海賊団側の戦意はオーバーフローした。
その証拠に、取るに足らない十把一絡げの末端船員たちですら、実力以上の力量を発揮している。
ちなみにカイドウ達が砲弾に手を出さなかったのは、まだ十分に対処が間に合うスピードと位置だったからであって、つまりヤマトは先走ったのだということを、本人を含めて誰も知る由がない。
「お前の狙いどおりだな、キング」
縦横無尽に暴れまわる小さな姿を眺め、満足げにカイドウはそういった。
「ガキがあれほど熱心に鍛えてて、心を打たれねぇやつはいねぇ。おかげでうちのやる気は振り切れちまってる」
「ヤマトお嬢の力量ですよ」
「ウォロロロ、そうだな、流石は俺の娘だ。初陣であんな風に笑う奴だとは思わなかった!」
その日の彼女の活躍は、以下のように語られる。
生涯初の戦場を前にして、心の底から狂気的に笑い、その顔はまさしく般若の面。
自らの腕を持って開戦の掛け声とし、船員一人一人の顔を眺め敵へ向き直り、背中で語るその姿は既に一船の船長の風格であったと。
本人は大勝利を父親から手放しでほめられ、一週間は浮き立ってうきうきだったのだが、そんなことは誰も知らないのだった。