「オロチ様、今回のカイドウ様の遠征についてご報告です」
「おお!どうだった!?」
ここはワノ国花の都、将軍オロチの住まう場所。
屈強な侍たちが首をそろえて列をなし、主のために命を捨てんと刀を振るったのも今は昔。
毎日のように宴が開かれ賑やかそのもの、御伽草子に聞く竜宮城に勝るとも劣らない、極楽の城である。
少なくとも、表向きは。
この権勢もカイドウ率いる百獣海賊団の協力によって成り立っており、目下の大敵であるおでんが死んだ後もその重要性は変わらない。
未だ赤鞘の侍たちと光月家の跡取り、モモの助の死体は見つかっておらず、毎日のように彼らの支持者が刑場へ運ばれていた。
百獣海賊団の成功はオロチの成功、その失敗はオロチの失敗であるといっても過言ではない。
故に、遠征ともなればその動向は特別注視され、彼は福ロクジュの報告を心待ちにしていた。
「見事お味方の大勝利、今はワノ国への帰路につかれている最中だとか」
「おお! そうか、そうか! ムハハハハ!苦しゅうない!」
膝を打って機嫌よく呵々大笑し、酒を煽る。
恐らくは戦勝祝いと称し、今日も今日とて大宴会が開かれることだろう。
その準備を言いつけようと女中を呼びかけたオロチを制し、福ロクジュは声を潜める。
「興味深い話を聞きまして、隠されている情報でもありませんが、念のため御人払いを」
顔を歪める将軍に対し、ご心配為されるようなことはありませんと、彼は殊更に気を使った声を出した。
彼が二度手を叩けば、あっという間に使用人たちは姿を消し、あとは二人だけが残される。
「で、どうした」
「カイドウ様のご息女、ヤマトお嬢様についてです」
「あいつか」
「この度、初陣ながら切り込み隊長のお役目を、それはご立派に果たされ、武勲華々しいことこの上なし、と」
「あいつが!?」
思わずぎょっとしたオロチの頭に浮かぶのは、つい半年ほど前の事である。
突然城に現れ、相談と称しては今のように人払いを行い、二人きりになったとたん取り乱した幼い少女。
それはもう、酷く泣いていた。顔が涙と鼻水で溶けおちるのではないかと思ったほど。
彼女が『武勲華々しいことこの上なし』とは、男子三日会わざればならぬ、女子三日会わざればとしても、えらい変わりようだ。
「カイドウのやつの親バカじゃねぇだろうな」
「いえ、それが、そういうわけではないようで」
一度咳ばらいをし、福ロクジュは報告を読み上げる。
百獣海賊団船長、その娘、ヤマトについて。
弱冠10歳ながら、生涯初の戦場を前にして、心の底から狂気的に笑い、その顔はまさしく般若の面。
自らの腕を以って開戦の掛け声とし、船員一人一人の顔を眺め敵へ向き直り、背中で語るその姿は既に一船の船長の風格であった、と。
加えて、勢いそのままに敵船へ単身特攻。
父譲りの金棒を一薙ぎすれば、大の大人が3人まとめて海へ落とされ、5人まとめて吹き飛ばされる。
しかし流石に多勢に無勢、敵に囲まれた彼女を死なせるものかと、船員たちも後を追い、攻め込む姿はさながら雪崩か稲妻か。
幼い彼女の雄姿に煽られ、実力以上の力を発揮した味方も多く、死者どころか怪我人すら軽微。
余りの気迫に敵も恐れ戦き、逃げるのも諦めて、船長直々に彼女の前にひれ伏し、命を乞うたとか。
切り込み隊長として先陣を切るのみでなく、味方を鼓舞し疾風迅雷でもって勝敗を決してしまったのだ。
「その活躍、極上の更に上を行く、見事な隊長、いや大将っぷりであったと」
「いや……いや……」
おもわずオロチは頭を抱え、首を左右に振った。いくらなんでもあり得ない。
確かに彼女はあのカイドウの娘である。体躯も同じ年頃の男児と比べても2倍近くはあるし、それは膂力にも恵まれているだろう。
幼い少女が旗印となれば、士気も高まろう、特にそれが自分達の慕う船長の娘ともなれば、格別である。
しかし、しかしだ。
大人を3人まとめて海に落としただの、味方を鼓舞して戦の勝敗を決しただのは、いくらなんでも絵物語的に過ぎる。
「お疑いになるのも無理はありません、ですが少なくともヤマト様が腕が立ち、それによって士気があがったのも間違いがないようです」
「それで大人を5人まとめて吹っ飛ばしたってのか? 前に会った時はただのガキだった、半年でそんなに変わるとは思えねェぞ」
人間、短期間で変わることは勿論あるが、それは余程のことがあった場合の話。
そして、百獣海賊団のお嬢様として扱われる彼女が、余程の目に遭うことなどあえない。
何より、カイドウがそうはさせないだろう。とそこまで考えて、オロチの頭に何かが引っかかった。
「それが、この半年で相当なトレーニングを積まれたと。しかも、それが尋常ならざる、過酷なものだったようで。
泣き言一つ言わず一心不乱に打ち込まれるそのお姿に、胸を打たれた船員も多く……」
「あ」
「どうかされましたか? 何かご存知で?」
「いや、ああ、うん、なるほどな……」
ぴたり、とピースが嵌りオロチは思わず声を上げた。
そう、ちょうど半年前、ヤマトには余程のことがあった。父親の自殺未遂である。
元はと言えば、相談と言うのもその事だったはずだ。
一度それに気づいてしまえば、あとは雪崩のように辻褄が合う。
要するに、彼女は父親を力づくで止められるだけの強さを欲したのだろう。
親の命がかかっているのだから、それはもう訓練には熱心に打ち込んだに違いない。多少、狂気の域に至ってもおかしくはない事情だ。
そして、あとの事は単純だった。
もともと血筋には恵まれているのだから、相応の努力さえあれば大人以上の力を手に入れるのも不思議ではない。
ただでさえ強さを至上とする百獣海賊団のこと、一心不乱に強さを求める彼女の姿に、心奪われた船員も多かろう。
人は、好いたものの為なら命を捨てることが出来る。その覚悟で力を振るえば、普段の自分など軽く超えられる。その恐ろしさを、オロチはよく知っている。
開戦の演説云々は、正直受け取り方次第である。
極論、言葉に詰まっているところにたまたま砲弾が飛んできて、たまたま打ち返しただけかもしれない。
問題は、この種明かしを誰にも、それこそ福ロクジュにもできない所だ。
ヤマトの行動について話そうとすれば、カイドウの自殺未遂についても触れざるを得ない。
万一、今後も続くようなことがあればいずれは知れ渡るだろうが、未だ反抗勢力が根強いこの現状で、その情報が洩れれば情勢が一変する恐れがある。
加えて、あまりネタばらしする意味が、オロチにはなかった。
同盟相手の一人娘が、優秀であると思われている。完全に間違いではない、少なくとも強さそのものは真実であろうから。
ならば、それを否定する利益がどこにあるというのか。
「こっちの話だ、気にするな……報告はそれだけか?」
「いえ、ここからが本題でして」
「何?」
「曰く、ヤマトお嬢様はいずれはカイドウ様を倒し、自身が百獣海賊団の頭となるおつもりだとか……」
思いっきりずっこけた後、オロチは頭を抱え、しかしその理由を話すことも出来ず、一人唸るしかなかった。