ペルソナ3 ムーン•オブ•スーパースター‼︎   作:事故フェウス

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今回ようやくペルソナが登場します。それと、お気づきかもしれませんが、ベルベットルームのシーンにおいてエリザベスはいません。
理由なども追々判明しますが、ひとまず今回は理のペルソナ覚醒回です。


#04 Reach for that dream

“影時間"。

それは午前0時になった瞬間に現れる1日と1日の狭間に現れる隠された時間。

適性を持つ者のみ深夜に訪れる時間帯、その影時間にかのんは巻き込まれてしまったのだろう。

 

 

『遅かったね、君を待ってたよ』

 

 

「………!?」

 

理が裏路地で後ろを振り向くと、そこには囚人服のような服を着た少年が立っていた。

 

「恐がらなくていいよ。僕は君の友達みたいなものだから」

 

「友達……?」

 

「君が失った記憶を取り戻したら、僕のこともわかるようになる」

 

少年が理に微笑むと、少年の手に黒い闇のようなものが現れ、やがてそれが実体を帯びて何かの形に変化する。

 

「これは……」

 

「受け取って、これは君の忘れ物だから」

 

それは間違いなく鉄の重みを感じさせる"拳銃"だった。

銃のスライドの部分には『S.E.E.S』という文字が刻まれている。

 

理がその文字をまじまじと見つめていると、横から少年がその顔を覗き込んでいるのに気がついた。

 

「……思い出せるといいね、君の記憶」

 

「ああ……」

 

新たに渡してきたホルスターを受け取って腰に巻き、銃を差して片手に木刀を持って歩き始める。

頭上には不気味な輝きをした巨大な月が存在し、その月に自分はなんだか見下ろされているようだと感じた。

 

「……気をつけてね、今起こっているこの時間は前とは違う。時間そのものが変化したんだ」

 

理が振り向き、少年の顔を見ると少年の表情はどこか申し訳なさそうな感じの表情に変わっていた。

 

「今回の試練は決して“振り返らない"こと。まるで幽玄の奏者の失敗のようにね。彼女は自分の失敗を振り返り続けることであのときの闇に囚われ続けてるんだ。彼女の望む光は目の前にある、あとは彼女がそれを受け入れるだけだよ」

 

不気味な笑いを浮かべながら、少年は闇に溶けていく。

 

「……また来るよ。がんばってね、結城理くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈影時間〉

 

『澁谷さん、課題曲の歌唱を』

 

「……いや」

 

『澁谷サン、課題曲の歌唱を』

 

「……いや!」

 

『澁谷サン、かだイキョクノかショウを』

 

「ひっ……!」

 

バグったように不規則な人の声を流す黒い怪物を見つめてかのんは震える。

それは間違いなくかのんの審査をした理事長の声だが、その声に混じって無数の生徒の声が聞こえてくる。

 

『逃げるんだ?』

『卑怯者』

『音楽から逃げ出した』

『自分で資格を手放した』

 

『『『卑怯者』』』

 

「はぁ……はぁっ……!」

 

失敗したときのことをフラッシュバックさせて怯えるかのんに周囲の影はその時のことを責め立てる。

 

「違う!そんなんじゃない!」

 

『何が違うの?音楽を怖がってたくせに』

 

『あなたなんか、誘わなければよかった』

 

「ぁ……あぁ……!」

 

可可の声が目の前の影から聞こえてきて、かのんは絶望に打ちひしがれる。

 

(ほんとは、ほんとは私は……)

 

かのんは今にも泣き出しそうな顔をして、涙で歪んだ視界で化物を見上げている。

 

(私は……!)

 

今頃素直になろうとしても、もう遅かった。

黒い手が絡み合ったような見た目の化物はその手に剣を持ってかのんに迫る。

 

「やめて、こないでっ!!」

 

その叫びで怪物が止まるはずもなく、化物の力任せに振るった腕にかのんは吹き飛ばされた。

地面に叩きつけられて転がったかのんは立ち上がることができず、化物の方を見つめる。

 

「ごめんね……可可、ちゃん……」

 

死を覚悟したかのんが思わず目を閉じた、その時。

 

化物の後ろに誰かが立っている。

結ヶ丘のブレザーを着て、音楽プレイヤーを首から提げた少年。

 

 

 

「待たせたね」

 

 

理は耳に付けていたイヤホンを外し、ホルスターに差していた銃を手に取る。

 

「ゆ、結城さん、どうして……」

 

「大丈夫……」

 

「!?な、何をしてるんですか結城さん!」

 

突然理は持っていた銃を自分のこめかみに突きつけた。

傍から見たら自殺を試みているようにしか見えず、それを見てかのんは慌て始める。

 

 

 

『我は汝……汝は我……』

 

 

懐かしいと感じる声、理はそれを聞いて頭の中でまるで欠けたピースが埋まって何かが解放されるかのような感覚に包まれる。

 

 

『さあ、始まるよ……新たな"運命"が』

 

 

路地裏で話した少年が理の脳裏に浮かび上がり、笑いを浮かべたその瞬間、理は目を見開く。

 

 

「ぺ ル ソ ナ————!!」

 

 

迷わず引き金を引き、理のこめかみから青白い光が飛び散る。

その光が理の後ろで実体化し、竪琴を背負った白髪の長い前髪を持った存在が現れる。

 

 

『我は汝、汝は我。我は汝の心の海から出でし者、幽玄の奏者「オルフェウス」なり——!』

 

 

「オルフェウス……?」

 

それはギリシャの吟遊詩人の名を意味する言葉だとかのんは知っている。

オルフェウスと化物が睨み合った末、オルフェウスは竪琴で化物に殴りかかり、胴体を蹴り飛ばす。

更に歌うように開口しながら琴を奏でると突然炎が化物を包み、絡み合った腕の数本が燃え尽きる。

 

『————!』

 

化物が残った腕の数本を伸ばし、斬撃を繰り出してオルフェウスを斬り裂いた。

するとオルフェウスは青白い光になって消滅し、理一人になった。

 

「結城さん!」

 

それを見たかのんが声を上げ、化物が理本人にまで腕を伸ばすが理は見事な動きでそれを躱し、持っていた木刀で腕を断ち切っていく。

 

「オルフェウス……!」

 

隙を見た理が再度銃を自分のこめかみに押し当てて引き金を引き、ペルソナを召喚。

現れたオルフェウスが琴を奏で、炎が化物を包む。

 

「すごい……」

 

燃え盛る炎を瞳に映し、かのんは目の前の光景に驚愕していた。

魔法や怪物の存在など物語の中での出来事だとずっと思っていたが、今それが目の前にいる一人の同級生によって行われている。

腰を抜かして倒れているかのんの前に片手で木刀を持ち、もう片方の手で化身の召喚器として使っているであろう銃を持って背中を向けている少年、結城理は前髪に隠れていない方の横顔を向ける。

 

「俺に任せて、大丈夫。必ず勝てるよ」

 

「理、さん……」

 

そう会話を交わしていると、絡み合っている腕が少なくなってきた化物は自暴自棄になったかのように理に向かって突撃してくる。

 

「理さんっ!!」

 

「オルフェウス!」

 

理が名前を唱えると幾度となく化物を炎が包み、炎をもろに受けた化物はスピードを緩めると同時に理とオルフェウスの前で燃え尽きて黒い灰と化した。

 

 

 

 

〈影時間 結ヶ丘女子高等学校の講堂〉

 

 

「俺のこと、分かる?」

 

「理さん……結城理、さん」

 

それを聞いて、理は安堵する。

どうやら影時間内のシャドウに精神を貪り食われる前にかのんを助けることができたようだ。

 

「あなたは、いったい……」

 

「結城理だけど……」

 

「いや、そうじゃなくて……さっきの力はいったい何なの?」

 

「あれは"ペルソナ"、もう一つの自分が実体化したような物で、さっきの化物、"シャドウ"と対抗する為の力だよ」

 

「ペルソナ……シャドウ……」

 

かのんは胸に手を置いて、混乱したような表情をするが普通の人なら関わりようがない時間に巻き込まれて、化物に襲われた直後なのだから理解する余裕がないのも無理はない。

 

「大丈夫……?」

 

「怪我はしてないから大丈夫!……だけど」

 

かのんは影時間内の講堂を見渡して、悩ましげな表情をする。

 

「私、小さな頃からずっと思ってた……私は歌が好き、ずっと歌っていたいって」

 

「なら、歌ってもいいんじゃないかな?」

 

「……ううん、ダメだよ。だって、私は可可ちゃんにあんなことを言っちゃったから、もう資格なんてない……」

 

「……それは、違うんじゃないかな」

 

肩を落とすかのんの横に立って、理ははっきりとその言葉を否定した。

 

「不本意に人を傷つけてしまったり、自分が出した答えで自分が傷つくことは誰でもある。でも、それで資格がないとか、自分は死んだ方がいいなんて思う必要はないと思う」

 

「理さん……でも、私は可可ちゃんにがっかりするって……」

 

「それでもやりたいって言ってた」

 

「えっ……?」

 

「可可は、それでもかのんさんとスクールアイドルをやりたいって、そう言ってた」

 

「………!」

 

その言葉にかのんは目を見開いた。

そして、その場に崩れるように座り込んで涙を流し始める。

 

「確かに君は失敗の経験をした。でも、その経験したことはいつか君を強くする。君の大好きな事を否定する誰かの為に君が変わる必要はない、俺はそう思うよ」

 

「私……私は……!」

 

ふと後ろを見れば、かのんを影時間の住人にするためにかのんを否定していたシャドウが現れていた。

理はかのんを守る為に一応召喚器の銃を構えるが……。

 

『——歌っていれば、遠い空をどこまでも飛んでいける。暗い闇も、すさんだ気持ちも、全部力に変えて前向きになれる』

 

「はぁ……はぁ……!」

 

その影の中に、小さな頃のかのんらしき少女が立っていた。

息を荒くして頭を抱えるかのんの後ろに立ち、その背中を押すようにして小さなかのんは手を触れる。

 

『いつだって、歌っていたい。そうでしょ?』

 

「やっぱり私……私は、歌が好きだっ!!」

 

その瞬間、小さなかのんは青白い光に包まれて宙に浮かんだ。

かのんに迫っていたシャドウ達の無数の手を消滅させて、かのん自身の仮面(ペルソナ)へと変わる。

 

かのん本人に似た長い髪、胸元に羽のマークを持ち、背中に棺桶にも見えるギターに似た琴を背負ったペルソナが生まれる。

 

「これが私、『エウリュディケ』……!」

 

「おめでとう、かのんさん」

 

「はい!……!?あれ、私……」

 

かのんは気がついたら自分と理の立っている位置が変わっていることに気がついた。

自分はステージに立ち、胸と喉に熱いものを感じて満足感に満たされている。

 

「もしかして私、歌えた!?」

 

理が頷くと、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいにかのんは喜びに溢れた表情を浮かべた。

その後シャドウ達がいた場所に理が持っているのとは違う召喚器の銃が落ちていることに気づき、それを拾って理は影時間が終わる前にかのんと一緒に学校を出た。

 

 

 

 

 

 

 

〈4月9日 朝〉

 

理は帰る家がないためかのんの家に泊めてもらい、その翌日の朝に歌が聴こえてくる。

 

「カフェオレ焼きリンゴ〜だっいすきっさルルルル〜」

 

ギターの音に混じって聴こえる歌声はどうやらかのんの声らしい。

陽気で楽しげな歌声は昨日のかのんの様子を全く感じさせないようなものだった。

 

「なに……?」

「私が聞きたいわよ……」

 

階下まで聴こえてくるかのんの歌声にかのんの母親と妹のありあは困惑した表情を浮かべていたが、理はあえて深い事情は説明しなかった。

 

「おはようございます」

 

「あら、おはよう、結城くん。ごめんなさいね、空いている屋根裏部屋を使わせちゃって……」

 

「いえ、一晩泊めていただいただけで、本当に助かりました」

 

「理さんはお家はどこなんですか?」

 

「……わかりません」

 

「えっ……」

 

ありあの質問に理は素直に答えると、母親とありあは言葉を失った様子だった。

 

「わからないって……もしかして、記憶喪失とか?」

 

「はい……今俺がわかっているのは、自分の名前くらいで……」

 

「そう、大変ね……ご両親とか心配してるんじゃないかしら」

 

「さぁ、どうなんでしょうか……」

 

かのんの母に淹れてもらったココアを口にしながら理は冷静な様子でそう答える。

 

「ねぇ、お母さん……」

「……そうね、それはいいかもしれないわね」

 

「……?」

 

2人は理に聞こえないように耳打ちをした後、かのんの母が真剣な表情をして理に話しかける。

 

「ねえ、結城くん。もしよかったら、ウチで住み込みで働かない?」

 

「……いいんですか?」

 

「男女が一つ屋根の下でなんて言われるかもしれないけど、結城くんなら大丈夫そうだし、ウチの店はバイトも募集してたしちょうどいいと思ったの」

 

そういえば、店のドアに【バイト募集中!】の張り紙の文字を見た気がした。

宿泊ホテルを利用するにもいずれ限界がくるだろうし、かのんの母の提案は理にとってもありがたいと感じた。

 

「そちらがよろしければ、喜んで働かせてください」

 

「決まりね!ふふっ、若い従業員を得られて嬉しいわ。これからよろしくね」

 

「よろしく、理さん!ウチのお姉ちゃん、あー見えて家では色々うるさいけど、仲良くしてあげてくださいね」

 

「まるで君がお姉さんみたいだね……こちらこそ、よろしく」

 

かのんの母と妹のありあと知り合い、2人との仲に淡い繋がりが生まれたのを感じた。

 

………!?

 

突如、理の頭の中で強く響く声がする。

 

——我は汝、汝は我。

汝、新たなる『法王』の絆を見出したり……。

 

声が止むと、理の中で新たな解放感を感じて力が芽生えるのを感じた。

理はその現象をペルソナに目覚めたと同時に思い出した記憶の中で思い当たる節があった。

 

人と人との繋がりを示す"絆"——『コミュニティ』だ。

 

 

「おっはよー!ありあも今日から2年生だね?がんばってねー!」

 

「むっ……お姉ちゃん、お母さんから話があるみたいだよ」

 

「いっただきまーす!……で、話って?」

 

テンション高めで登場したかのんは食パンを食べながら、母とありあの話に耳を傾ける。

 

「昨日泊まった結城くんだけど、そのままウチで住み込みで働いてもらうことにしたから、仲良くするのよ?」

 

「えっ?住み込みって、お家に連絡とかしなくていいの?」

 

理は改めてかのんに自分の名前以外の記憶がないこと、記憶がないために自身の家や家族のことがわからない事を説明した。

 

「そっか……大変だね。私は昨日のお礼とかもあるし、私なら全然大丈夫だよ!」

 

「「昨日のお礼?」」

 

かのんの言葉に2人が反応したため、かのんは視線で昨日のことを話していいかを理に確認する。

それに対して理は目を閉じて首を横に振ったため、かのんは慌てながら誤魔化す。

 

「えっと、ほら!昨日道に迷ってたところを理さんに助けてもらったから!」

 

「あんたそれで1日帰ってこなかったの!?」

 

「しっかりしてよ、お姉ちゃん……」

 

「あはは、ごめんってばー!」

 

両手を合わせて謝罪を口にするかのんの横で理はココアを飲みながらのんびりとしていた。

 

 

「それじゃ理さん、行こ!」

 

「ああ。それじゃ行ってきます」

 

「「い、いってらっしゃーい……」」

 

やたらとテンションの高いかのんに困惑しながら、母親とありあは2人に向かって手を振っていた。

 

 

「テンション高いね……」

 

「うん!だって、私……人前で歌を歌えたんだよ!」

 

通学路で両手をポケットに入れてマイペースに歩く理に対し、かのんは見るからに体をウキウキとさせてスキップしたり走ったりしている。

 

「スクールアイドルなら、私も歌える。私の夢を掴める……!」

 

そう言うと、突然かのんは立ち止まった。

そこは街中の広告ディスプレイの建物の前で、その画面にはスクールアイドルの広告がちょうど流れている。

 

「でも、きっとこれは応援するって言ってくれた可可ちゃんのおかげだから。ううん、それだけじゃない……昨日の夜、私を助けてくれた理さんのおかげ」

 

そういうと理の方に振り返り、かのんは理に対して満面の笑顔を浮かべる。

 

「これからよろしくね、理さん。学校でも家でも、これからは自分の本当の気持ちを言葉にしていくから、どうか見ていてください」

 

「ああ、わかった。君達のことは応援してるよ」

 

「はい!えへへっ!」

 

かのんとの間に繋がりを感じて、絆が深まった気がした。

 

「っ……!?」

 

「理さん!?」

 

突然、理は強い頭痛とともに頭から響く声を感じてその場で膝をついた。

 

——そのアルカナは示すだろう。

心の奥から響く声なき声、それに耳を傾ける意義を。

その絆が真なるものになりし時、汝を導く光の道にならんことを……。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

かのんとの絆、【女教皇】の絆が芽生えたのを感じるが、先ほどかのんの母やありあから感じたものとは違う何かを感じた。

声が鳴り止むと同時に感じられなくなってしまったため、それが何だったのかは今となってはわからないが……。

 

「理さん、大丈夫……?」

 

「……ああ、大丈夫」

 

春真っ只中だというのに滝のように流れている汗を拭き、理は立ち上がる。

感覚的にはすみれから聞いて思い出した影時間の時の感覚に近いものがあるが、なにか関係があるのだろうか。

 

「学校に着いたら保健室に行ってみようよ、なにかあったら心配だから」

 

「……ああ、そうするよ」

 

かのんの提案に頷いて、2人で学校を目指した。

 

 

 

 

〈教室〉

 

その後、学校に着いた後保健室に向かって容態を診てもらったが、特に問題はなかったため理は教室に戻ってきた。

 

「あ!きたきた!」

 

そこには理を待っていたかのんが座っており、可可の方はなぜか机に項垂れている様子だった。

 

「どうだった?」

 

「特に問題はないそうだから、教室に戻ってきた」

 

「そっか、よかった……」

 

理のその言葉にかのんは安堵した様子で微笑んだ。

可可は項垂れたままだったため、理がその様子を見つめていたがその視線に気づいたかのんが説明し始める。

 

「私も戻ってこれたことだし、可可ちゃんはスクールアイドル部の申請書を出しに行ったみたいなんだけど……」

 

「葉月さんに、また"スクールアイドルはいらない"って断られました……」

 

「……それでそんなに落ち込んでるんだ?」

 

「……はいデス」

 

彼女の氷の女王に等しい冷たい眼差しは理も印象深く、できるならそう何度も向けられたくない眼差しだと感じていた。

 

「聞いたところによると、部活関係は彼女を中心とした生徒会を通さなければ受理されないわけで……」

 

「……避けては通れないか」

 

「こうなったらしょうがない。私と理さんに任せて!」

 

「うん。……えっ」

 

さりげなく自分も巻き込まれたことに疑問を抱きつつ、理を含めた3人は生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

〈生徒会室〉

 

「答えは同じです」

 

「ダメか……」

 

恋の答えは理やかのんが居ても同じだった。

部活申請書の部員欄にはかのんと理の名前も加わり、少なくとも2人以上の部員は有しているはずだが。

 

「どうして?」

 

「同じ説明を二度したくないのですが」

 

「わかんないよ!だって部活だよ?生徒が集まってやりたい事をやってなにがいけないの?」

 

「……スクールアイドルにも音楽という要素があります」

 

「それが?」

 

聞き返すかのんに対して恋はムッとした表情で振り向く。

これではまた一触即発の状況になりかねないため、恋が言おうとしていることを理解した理が代わりに答える。

 

「スクールアイドルにも音楽という要素があるから、この学校の部活動だとしても半端なものは認められないと?」

 

「それもあります、ですがそれだけではありません。音楽科があるこの結ヶ丘はどんな活動であっても他の学校より秀でてなければ、この学校の価値が下がってしまいます」

 

「つまり、レベルの高いものでなければダメってこと?」

 

「それなら大丈夫です!可可とかのんさんなら——」

 

「本当にそう言えますか?今やスクールアイドルはどの学校でも多く行われているのに、あなた達がこの学校の代表として恥ずかしくない成績を残せると言えますか?」

 

「……どうしてそこまでして上を目指す必要がある?」

 

「……あなたもわからない人ですね。この学校ではどんな音楽であっても秀でてなければこの学校の価値が下がると言っているでしょう」

 

「それがこの学校の伝統なのか?まだ俺はこの学校に来たばかりだけど、他の生徒を見た限りそこまで感じたことはない気がするけど……」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

恋は理を殺さんばかりに睨みつけ、可可やかのんよりも更に冷たい声色で接してきているように理自身感じていた。

 

「君だけが神経質になっても、どうしようもない問題だと思うけど」

 

「っ……!それを、あなたが言うのですか……」

 

「えっ……?」

 

小声で言っていたために聞き取れなかった理が聞き返した瞬間、恋は表情を歪めて机を強く叩き、まさに憎しみがこもったかのような目で理を睨みつけた。

 

「月光館学園から来たあなたがそれを言うんですか!!」

 

豹変したともいえる恋の様子にはさすがの理もたじろぎ、その様子を目撃した可可とかのんは目を開けて絶句している。

 

「せ、生徒会長……」

 

「……とにかく、どうしてもやりたいのであれば他の学校に行くことですね」

 

しまった、と言わんばかりの表情を一瞬見せつつ、恋はどこかわざとらしくそう言った。

 

「かのんさん、理さん、行きましょう……」

 

「……うん」

 

これ以上取り合っても無駄だと判断した3人は生徒会室を出て行った。

 

「結城理、気にくわないわ。お母さんを殺した竪琴の化物みたいで……」

 

そういって恋は怒りに任せて机に拳を叩きつけた。

 

 

 

 

〈かのんの家 喫茶店〉

 

場所は変わってかのんの家の喫茶店。

可可の手には「退学届」と書かれた紙が握られていた。

 

「あ〜のこんちきしょうゆるすマジ〜……!!」

 

恋に対する怨嗟の声を漏らしながら可可は紙をテーブルに叩きつけた。

 

「2人も書いてください!」

 

「えっと、これは?」

 

「退学届です!」

 

「えぇっ!?」

 

「退学!?」

「3日目で!?」

 

「そりゃこうなるよ!理さんも何か言ってよ!」

 

「……諦めも肝心だよ」

 

「いやいや諦めるのはやっ!?ちょっとストーップ!」

 

心折れたのか理までまさに自決用と言わんばかりのシャーペンの芯をカチカチ、と出して退学届に名前を書こうとしている。

 

「こんな学校にいても仕方ありません。私達で他の学校に行って、別の学校でスクールアイドルを始めましょう」

 

「いやいや、無理でしょう……」

 

「どうでもいい……」

 

「どうでもよくないからっ!あーもう2人とも落ち着いてよ〜!」

 

可可は完全に暴走しており、理に至ってはイヤホンを装着して現実逃避を始めている。

 

「編入試験で他の学校に行くこともできますから、お二人とも家はどこら辺デスカ?」

 

「二人とも、ここです……」

 

「ソウデシタ……では、ここら辺の学校で」

 

「決まりだね」

 

理の事情は今日の朝全て可可は聞いており、3人とも真顔でコントにすら見えてくる会話内容が繰り広げられている。

 

「決まりじゃないよ!?もうっ、二人とも待って!気持ちはわかるけど、さすがにそれは親も許してくれないよ……」

 

「お姉ちゃん……」

「学校辞めたいの……?」

 

「やめないっ!大丈夫!」

 

「あ〜どうしてこうなるデスカ〜……」

 

「ごめんね、突然いなくなったあげくこんなことになっちゃって……」

 

「違います!かのんさんは悪くありません!可可はかのんさんが戻ってきてくれてとても嬉しくて、どんな形になろうと可可はかのんさんとスクールアイドルがしたいのデス!」

 

「可可ちゃん、ありがとう……」

 

2人の間にも絆が芽生えてきているのを理は感じた。

 

「そういえば、まだ私が巻き込まれたあの時間について聞いてなかったけど……」

 

「ん?」

 

ティーカップに入ったコーヒーに砂糖をトポトポと入れ、部外者感を出している理を見つめた。

可可がいる手前、その話をしていいのかかのんにはわからなかったからだ。

 

「話てもいいのかな?あの夜のことを、可可ちゃんに」

 

「別に構わないと思う。彼女にも知る権利はあるだろうから」

 

「わかりました……それじゃあ教えてくれませんか?理さんが言っていた、"影時間"のことを」

 

「影時間、デスカ……?」

 

「……わかった。でもその代わり、色々とキツい内容もあるよ?」

 

「覚悟は、できてます」

 

一応釘を刺すと、かのんは頷いた。

可可も理とかのんの顔を交互に見つめた末に頷いた。

 

そうして話し始めた内容をかのんと可可はしっかりと聞いていた。

理が思い出した影時間の知識、1日と1日の間に存在する空白の時間『影時間』。

その時間に適性のない人間は「象徴化」とよばれる現象で棺桶の形のオブジェクトに変わってしまうこと、同時に適性を持ち、かつ対抗する力を持つ者を「ペルソナ使い」とよび、影時間の間に闊歩する化物「シャドウ」と戦うことのできる者達である事を説明した。

 

「ペルソナ……シャドウ……?うーん……」

 

実物を見たことのない可可は説明されただけでは理解できず、頭を抱え続けていた。

それに対してかのんは昨日の時点で大体内容は理解していたため、現時点で疑問に思っていた事を尋ねる。

 

「じゃあ最近起こっている失踪事件とか、無気力症って……」

 

「多分、影時間内にいるシャドウの仕業だと思う。今回君は深夜0時を迎える前に影時間内に落ちたけど、たまにシャドウの呼び声に誘われて影時間に落ちる人がいる……いや、この場合は落とされたっていうべきかもだけど」

 

それに関しては理も腑に落ちない点だった。

理が記憶しているところによると、シャドウに誘われるのはせいぜい影時間になった時だけで、今回のように日中の間に落とされるなんて話は聞いたことがなかった。

自分が失った記憶の中にその知識があるのか、それとも裏路地にいた時の少年が言ったように、自分が知らない"変化をした"結果なのか……。

 

「よくわかりませんが、そのシャドウという怪物のせいでかのんさんは危ない目に遭ったということデスカ?」

 

「まあ、そういうこと……」

 

「許せません!可可の大切な友達であるかのんさんを!」

 

「……理さんはこれからもあの時間で戦うんですか?」

 

「一応そのつもり。あの影時間に俺が失った記憶の手がかりがあるだろうから」

 

「一人では危険ですから、私も!」

 

「……それは、やめたほうがいいと思う」

 

意気込みを見せるかのんに対して理ははっきりと首を振って断った。

 

「まだ理解をしていないかもしれないけど、影時間でシャドウと戦うということは命をかけるということに他ならないから。今の君にその覚悟はある?」

 

「命を、かける……」

 

その言葉に実感を持てず、あのシャドウを前にしたときに自分は震えることしかできなかった自分を思い知っているがためにかのんは理の問いかけに頷くことができなかった。

 

「今はとりあえず、スクールアイドルのことを考えるのに集中した方がいいと思う」

 

「……はい」

 

なんとも気まずい空気が流れるが、可可が今後の方針を決めるために口を開く。

 

「どうにかスクールアイドルを受理できる方法がないか、考えましょう!」

 

「そのためにはまず敵を知るところからだね。あの葉月って人が一番問題だけど……」

 

「葉月……あっ」

 

かのんは前に葉月恋のことを教えてくれた親友、嵐千砂都のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

〈ベルベットルーム〉

 

場所は変わって、ベルベットルーム。

昨日行った裏路地、正確にはかのんの家の横にある隙間の道にベルベットルームの入口を見つけたため理は利用しているのだが。

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。どうやらお客人は無事、ペルソナの力を取り戻したようですな」

 

「なんとか無事にね。それと、聞きたいことがあって来たんだけど……」

 

「フフ……大体予想はつきます」

 

イゴールは不敵に笑いながらそう口にして、その手に一枚のカードが出現した。

 

「それは?」

 

「これは本日貴方が手に入れた特別な力を秘めた"繋がり"でございます」

 

「"繋がり"というと、あのかのんとの絆を感じたときに聞こえて来た声のこと?」

 

「おっしゃる通り……これが貴方にとって何を意味するのか私にもわかりませんが、いずれ貴方の旅路において"重要な鍵"となるのは確かでしょうな」

 

"重要な鍵"?どういう意味だと尋ねようとしたが、

 

「そろそろ時間が来たようだ。では、また会うときまでご機嫌よう……」

 

イゴールがそう言うと、理の視界は暗転していき、意識が遠のいていった。

 

 

 




「うぃっすうぃっすー!」

「本気でスクールアイドルに興味あるの!」

「それ、俺も言わなきゃだめ……?」

「可可、運動苦手デス……」

「一緒に走ろう!」

次回、「My feelings of not giving up」

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