エリザベートはラインハルトの事が気になるようです   作:ren1828

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第一話 エリザベートは見惚れるようです

 「付け上がるなよ、孺子(こぞう)……!」

 

 「別に付け上がってはおりません。ただ度々躾の悪い犬に吠えかけられるので、時には蹴飛ばしてやるのが犬の為でもあろうという気がいたしまして。」

 

 「おのれ……っ!」

 

 ブラウンシュヴァイク邸にて行われたエリザベートの16歳の誕生日を祝う饗宴。

 ホール内でもひと際目立つルドルフ大帝の肖像画前で二人の青年が言い争っていた。

 帝国の若き英雄にて皇帝陛下の義弟、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥、もう一人はこの屋敷の主オットーの甥、フレーゲルである。

 

 後に「クロプシュトック事件」と呼ばれる事となるこの現場で、二人の喧騒を遠巻きに眺めていた少女がいた。

 パーティの中心、皇女エリザベートである。

 

 「(あれがローエングラム伯……確かに綺麗な人……)」

 

 16歳になったエリザベートは少し早めの"社交界デビュー"を果たし、初めてのお披露目の日を迎えていた。彼女にとってこの日は「大人の世界」に仲間入りをするという特別な日であり、普段見慣れた屋敷さえもとても新鮮に見えていた。

 既に何人もの賓客、特に後の縁談を見据えた若い青年貴族等とも挨拶を交わしていたが、ラインハルトはそれらと比べても群を抜いて魅力的に見えた。

 

 「(ローエングラム伯とお話ししてみたい……!)」

 

 エリザベートにとって、ラインハルトの外見的魅力に惹かれる面があったのも事実だったが、自身が皇帝に即位した後の事を考えるならば、ラインハルトは決して無視しえない国家の重鎮であった。

 エリザベートの実家ブラウンシュヴァイク家は、現皇帝の信任厚いラインハルトを脅威と見做しており、一門であるフレーゲルなどは特にラインハルトを敵視していた。彼らの犬猿の仲についてはエリザベートも承知していたが、こうして実際に口論しているのを見るのは初めてだった。

 

 エリザベート自身、宮廷闘争や政治闘争の裏側を詳細に知らされていた訳ではない。それ故、「皇帝になる」という事の重みやその内実については自分で想像を補う以外なかった。

 しかし、皇帝という立場に伴う責任、誤りを許されない無謬性、そして気軽に人に相談できない孤独、そのような先に対する不安から彼女の心は徐々に締め付けられていった。

 彼女は気の許せる相談相手を欲していた。そして、できれば国家の将来について頼れる"パートナー"を――

 

 「(あの人と、もし心を通わせることが出来たら……いつか私の味方になってくれるかもしれない……!)」

 

 次期皇帝候補筆頭、エリザベート16歳はこの時勇気を出して一歩を踏み出そうとしていた。

 

 ルドルフ大帝肖像画の前でラインハルトとフレーゲルが口論をするのを、周囲の出席者達は気まずい雰囲気で見守っていた。

 フレーゲル男爵が上流社会の"暴れん坊"であるのは周知の事実であったが、一方でローエングラム伯も気性が荒く、度々青年貴族と対立している噂も有名であり、周囲の"良識ある大人たち"はこの場違いな口喧嘩に辟易としていたのである。

 

 エリザベートもこの微妙な雰囲気を感じ取っていたが、それでもこの二人に、特にラインハルトに話し掛けようとしていた。

 口で言い負かされる事の多い従兄フレーゲルに助け船を出しつつ、噂の人であるラインハルトの人柄を直接確かめようとしていたのである。

 

 しかし、彼女が躊躇していたところ、先んじて父オットーの方がこの場の"仲裁"を行った。

 

 「皇帝陛下に於かせられては、既に新無憂宮を出られ、こちらへ向かっておられるとの事である。各位にはお出迎えの準備をされて、お待ちいただきたい…」

 

 出席者達は一様に安堵の声を上げた。やや険悪だった空気が解消され、これもブラウンシュヴァイク公の"場を察する配慮"であると心の中で感謝の言葉を浮かべつつ、そそくさと別室へ移動を始めた。

 

 エリザベートは自分が一歩出遅れた事を悔やんだ。絶好のタイミングを逃してしまったと痛感したが、しばらく後、「クロプシュトック事件」が発生してしまった事もあり、この日の内に彼と話す事は出来なかった。

 

 

 

 クロプシュトック侯の持ち込んだ爆弾により、ブラウンシュヴァイク邸では100名以上が死傷する大惨事に陥ってしまったのである。

 この時、図らずも爆弾を別室へと移動させたのは、老婦人の看護を買って出ていたラインハルトだった。彼も負傷していたが、その功を誇る事なく、屋敷を後にしていた。

 

 娘の披露式を台無しにされた挙句、家人や賓客も含めて多くの死傷者を出し、自身も負傷していたブラウンシュヴァイク公は憤慨し、直ちにクロプシュトック侯討伐に出陣した。

 

 クロプシュトック邸は速やかに包囲されたが、現場のフェルナー大佐の判断により侯爵の「自決」が許され、敵兵は武装解除された。元々侯爵側の戦力はわずかな資産で雇った傭兵が主体であり士気も低かったが、徹底抗戦ともなれば双方の損害が甚大になる。それ故、フェルナーは独断で侯爵側の「名誉の自裁」を奨め、地上戦を回避したのである。「ルドルフ大帝像があった為、総攻撃が行えなかった」というのは独断専行による責任を回避する為の方便であった。

 

 やや遅れて現場に到着したブラウンシュヴァイク公にとっては、この対応に不満があった。出来る事なら侯爵は生け捕りにし、犠牲者遺族らの無念を晴らす為、公の場で処刑を行いたかったからである。この点は幾人も友人を失ったフレーゲルも同様であった。

 

 いずれにしても、客人によって易々とテロを引き起こされてしまったのは主催者側たるブラウンシュヴァイク家の警備不備、落ち度とも見做された。

 無論、直接そう指摘した出席者がいた訳ではない。しかし公爵自身はそのように恥辱を感じ、大いに威信が傷つけられたと憤激していた。

 

 せっかくの特別な日がこのような惨事となってしまったエリザベートもひどく落胆していた。

 幸い彼女は父の近くにおり、被害も軽傷で済んだが、この一件は彼女にとってトラウマになってしまった。つまりは、権力に近付く者はいつ何時、こうして凶弾に倒れてもおかしくない、そういった過酷な現実を身を以て体験する事になってしまったのである。

 

 友人を幾人か失ったフレーゲルの落胆の度合いも大きかった。彼も伯父オットーと共にクロプシュトック侯討伐の勅命を受けたが、実際に自らの手で恨みを晴らす事は出来なかった。

 また本来は些末な事かもしれないが、皇帝に拝謁しに赴いた折、ラインハルトと偶然遭遇し、いらぬ口論を招いてしまっていた。

 無論、ラインハルトも亡くなった貴族らへの弔意を表してはいたが、尚も悪態をつくフレーゲルに対し、「先祖の名声に値しない存在」「そのような己を自慢するような身分の友人を持たなくてよかった」などと面罵していたのである。

 ラインハルトの攻撃の対象はあくまでフレーゲルであり、それも厭味なフレーゲルへの仕返しのつもりであった。しかし傷心のフレーゲルはそうとは受け取らなかった。自分に対する罵倒であると同時に、死んでいった友人達に鞭打つ暴言であるとも捉えてしまっていた。もしその場が謁見室周辺の回廊でなければ、掴みかかり、大喧嘩を演じていただろう。無論、その場では返り討ちに遭っていただろうが。

 

 

 

 ブラウンシュヴァイク家にとってこの惨劇は、まさに悪夢以外の何物でもなかった。このような惨事が起きる度に、他家の者を信用できなくなり、逆に親族の結束力が強まるという面もあったが。

 

 エリザベートも母アマーリエや父オットー、従兄のフレーゲルら、主だった親族が無事生還し得た事に胸を撫で下ろしていた。

 普段は疎んじているフレーゲルに対してすら、この時ばかりは同じ危機を乗り越えた掛け替えのない家族であると強く認識していた。

 フレーゲルは家中でもプライドの高い青年ではあったが、この時ばかりはひどく落ち込み、エリザベートとも一時的に素直に話をしていた。前述のラインハルトとの一件などもエリザベートは愚痴のような形で打ち明けられたのである。

 

 「あの人がそんなひどい事を……?」

 

 フレーゲルの口から聞かされたやり取りから判断すれば、さすがのエリザベートでもラインハルトに対する認識が揺らぐ部分もあった。

 しかし、その一方でフレーゲルはやや思い込みの強い人物でもある。実際の所はどのようなやり取りだったのか、それに本人も負傷する中でそのような言葉を本当に発したのだろうか、とエリザベートも戸惑っていた。

 従兄としては頼りないフレーゲルも、友人を想う心はある。その一方、ラインハルトはどのような人物なのか、直接会って確かめなくては、とエリザベートはラインハルトに対する興味を募らせていった。

 

 エリザベートは、自分の目で世界を確かめていきたかった。

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