エリザベートはラインハルトの事が気になるようです   作:ren1828

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第五話 エリザベートは宥めるようです

 「もうホント怖かった…だっていつもお父様から聞いているもの!金髪のこぞうって裏で何人ものご婦人方を囲っている変質者なのでしょう?もしエリザベートがいなかったら、今頃どこかへ連れていかれて、どんなひどい事されていたかわからないわ」

 

 「そんな事はないと思うけど…」

 

 ラインハルトと別れた後もその恐怖心を語るサビーネ。彼女は自分の目で見た物よりも、信頼する父親の言葉の方に従う傾向があった。この点に関しては逆に、自分の目で見た物の方をこそ信じたいエリザベートは、ラインハルトに対してある程度の"好印象"を抱いていた。

 

 「さっきエリザベートは何か誘われてたけど絶対行かない方がいいと思う!それに元帥府だなんて軍の所でしょう?そんなの危険じゃない?」

 

 「確かにそこに行くのは私もちょっと勇気がいるけど…場所はともかく、あの人とは今後社交界でもお会いするでしょうし、あまり先入観は持たない方がいいんじゃないかしら」

 

 無論、次期皇帝となるのなら、社交界どころか宮中でも顔を合わせる事になるだろう。彼は軍権の大部分を掌握しつつある実力者であり、年齢から言えば今後半世紀近く政府中枢にて君臨してもおかしくない。場合によっては政略結婚の可能性もある。

 エリザベートはラインハルトという人物を見極める為にも、再びきちんとした形で会って話をしたいと考えていた。

 

 

 

 茫然とした様子で元帥府・執務室にて過ごしていたラインハルト。皇帝葬儀のあの日に「運命的な出会い」をした二人の天使、エリザベートとサビーネの事ばかり考え、やるべき職務にも手を付けられずにいた。

 

 「ラインハルト様、どこかお身体の具合でも…?」

 

 「あぁ、キルヒアイス…馬鹿な事かもしれないが、できれば聞いてほしい…」

 

 「どんな事でも仰って下さい。私がお力になれる事でしたら、なんなりと」

 

 「出会ってしまったのだ、二人の天使と…これは姉上への裏切りだ。俺はどうしたらいい…?」

 

 「それは…何か問題がありましょうか?アンネローゼ様もラインハルト様の素直なお気持ちに心から祝福されるのではないでしょうか。まぁ、二人の天使との事ではありますが…」

 

 「そう、二人の天使なのだ。この世の穢れを知らぬ美少女…二人の皇女殿下だ」

 

 「えっそれは…門閥貴族のご令嬢の…」

 

 「それを言うな!あの二人が罪深い門閥貴族共の血筋にあるなどと考えただけで虫唾が走るのだ…!だがキルヒアイス、お前も二人の美しさと清らかさを見れば必ず俺の心がわかる筈だ」

 

 「それはまぁ、葬儀の式典の際にお二方のお顔は多少なりとも拝見しておりますが…確かにお美しい方だったと私なども思いましたが…」

 

 「そうだろう?俺は何とかあの二人を我が物にしたい…いや、それではあの皇帝と同じだ!力づくという訳にはいかない。それで俺は悩んでいるんだ。戦場であれば実力でこうしてのし上がって来れたが、この先どうすればよいのか…」

 

 「さすがにそれは私がお力添えできる範疇を超えているようにも思います…申し訳ございません…しかし、それでしたら相手と同じ女性の方に相談されてはいかがでしょうか。例えばヴェストパーレ男爵夫人などにお話しされてみては」

 

 「確かにそれも一つだろうが、あのお方に相談するのは少し勇気がいるな…それに後が怖い。だがキルヒアイス、今はまさに歴史が動く時だ。恐らく門閥貴族共との全面対決もあろう。それを考えれば、あまり悠長な事も言っていられないとも思うのだ」

 

 「そうですね、ラインハルト様がそこまであのお二方を想っていらっしゃるとしたら、作戦計画に関してももう少し柔軟性を持たせた方が良いのかもしれません」

 

 「それは、二人の身柄を直接押さえるという事ではなくてか?」

 

 「確かにそれもありますが、門閥貴族勢力との一時的な提携も視野に入れるという事です。無論、ラインハルト様のお心次第ですが…」

 

 「あの貴族共と手を結ぶ、か…」

 

 この時ラインハルトは直ちに明確な答えは出さなかった。

 

 

 

 「次期皇帝」を巡る宮廷闘争はリヒテンラーデ公が一応の勝利を飾った。

 皇帝の選出に関する方法は明確に定まっていなかったが、筋道としては枢密院に諮り、「次期皇帝」候補に関する上奏を以て決定とするという方向が検討されていた。これは枢密顧問官らを買収する事で多数派工作も可能になる為、ブラウンシュヴァイクら門閥貴族勢力は特に、この枢密院会議の開会を主張していた。

 しかし国璽を司るリヒテンラーデは、非常時における長期間の空位を避ける事を名目に、枢密院会議開会を中止し、故ルードヴィヒ皇太子の嫡男であったエルウィン・ヨーゼフ二世を「次期皇帝」に擁立した。

 この強引な手法には門閥貴族主流派以外からも批判が集まった。「新帝は皇帝の資格を有せず」「偽帝である」などといった誹謗が飛び交い、更にエルウィンの母親の血統問題すら再び蒸し返された。

 エルウィンの母、皇太子妃は殊更に低位の階級であったと貶められ、ルードヴィヒ皇太子の表に出せぬ病の元凶などと讒言され、子であるエルウィンの皇帝としての"器"にまで言及された。尤も、エルウィン自身も健全な保育を為されず、不適切な環境に置かれていた為、"器"はともかく、皇帝になるには荷が重いという指摘もあながち間違いではなかったが。

 

 「リヒテンラーデめ…ついに本性を現したか…!」

 ブラウンシュヴァイク公オットーは歯ぎしりしたが、その一方でかの"宰相気取り"を追い落とす大義名分を手にした。

 リヒテンラーデだけではなく現政府を打倒し、国璽を取り戻す為の名誉ある戦いとなる。その為に貴族連合を結成し、ブラウンシュヴァイク家の権威を最大限に高め、勝利する。

 彼は災い転じて福と為そうとしていた。

 

 

 一方、ラインハルトは方針転換を迫られていた。

 当初はオーベルシュタインの策に乗り、リヒテンラーデと手を組んで門閥貴族と敵対する道を選んでいた。後に覇業を為す事を考えれば、巨大な経済圏を保有する門閥貴族をいずれ解体する必要があったからだ。無論個人的な感情もある。

 しかし、皇帝の葬儀に際して「二人の天使」に心を奪われた為、彼女らを擁する門閥貴族らと直接対決をする訳にはいかなくなった。

 そうすると、リヒテンラーデとの「枢軸」も今となっては無用の長物であった。一応爵位が侯爵に上り、宇宙艦隊司令長官へと出世するという見返りだけは先に頂いたが、かといって当初の密約通り、門閥貴族との戦争に突入する訳にもいかなかった。どうするべきか。

 生憎キルヒアイスも所用で元帥府を離れており、丁度相談する相手がいない。ましてやオーベルシュタインはこの件の相談相手にはなり得ない。彼に恋愛の悩みを相談したところで袖にされるだろう事はラインハルトでも予想が付いていたからである。

 「あぁ、キルヒアイスさえいてくれれば…」

 

 

 ラインハルトが悶々と悩んでいたところ、突如、事前予約の無いとある貴族令嬢が面会を求めてきたとの報告を受けた。

 「このような忙しい時に、しかも非常識な…」

 と即刻追い返そうとも思ったが、取次のリュッケ中尉があまりにも懇願した為、渋々時間を区切って面会する返答を行った。

 中尉は

 「美しい令嬢が必死の表情で閣下を頼りに来られた」

 などと力説していたが、その点にラインハルトは興味を示せなかった。

 彼にとって"女性"とはアンネローゼ、エリザベート、サビーネの三人だけであった。それ以外は特に女性ではない、単なる"他者"、それだけである。

 

 

 単身、元帥府を訪れた気骨ある女性、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは後の宇宙を見据え、将来の覇者となるであろうラインハルトの許を訪れていた。

 短期的にはマリーンドルフ家の家門と領地の安堵が目的であったが、長期的にはラインハルトの覇業を補佐し、いずれ滅亡するであろう銀河帝国後の新体制において職責を得る、ひいては「この面白い時代の行く末を知る」事が目的であった。

 だが彼女は、既にこの将来の覇者が"二人の天使"に「骨抜き」にされているという事実を知らなかった。

 

 

 「この度の内戦に際して、マリーンドルフ家は閣下にお味方させて頂く事、申し上げに参りました」

 

 「内戦とは?」

 

 「明日にでも起こるであろう、ブラウンシュヴァイク公との」

 

 「ん?」

 

 「………あの、ブラウンシュヴァイク公以下門閥貴族はエルウィン・ヨーゼフ陛下のご即位に反対の意を示されております。

 そうなれば現政府軍を率いておられる閣下が治安維持の為に出動為されると…

 このような危急の内戦に際し、我らマリーンドルフ家は一貫して閣下にお味方する事を申し上げに来た次第でございますが…」

 

 「えっ?」

 

 「いやあの…」

 

 「私がブラウンシュヴァイク家と交戦すると仰られているのか?」

 

 「まぁ、ブラウンシュヴァイク家並びにリッテンハイム家、それら各家との不測の事態が起きた場合、という事ではございますが…」

 

 「フロイライン、あなたは少々誤解しておられる。私は確かに政府の公職に就く一軍人であり、勅命あらば軍を率いて出動せねばならない立場にある。

 しかし、この世で最も尊き皇女殿下らに危害を加えるが如き行動を、私が取る事は決してあり得ない!」

 

 「………は?」

 

 「これは失礼。フロイライン、あなた方が私の味方をしてくださるというなら心強い。そのご厚意には必ず報い、重く遇する事を約束する。しかし、状況は刻一刻と変化するものだ。昨日の敵が明日の友に、千変万化し得るのだ。それに、いつになったらエリザベート様は元帥府に来てくれるんだ俺はいつまで待っていれb」

 

 「閣下、貴族勢力に動きが見られました」

 

 「! 早速のようだ。フロイライン、確かにあなたの仰る通り一波乱起き得るかもしれない。しかしそのような事、私がさせぬ…!」

 

 ラインハルトは報告に来たケンプに連れられて部屋を退室した。

 

 一人部屋に残されるヒルダ。屈辱と敗北感に打ちひしがれるような、悲愴的な表情を浮かべていた

 「私の見込みが間違っていたの…?」

 突然の事、ヒルダは全く理解ができなかった。あれだけの"天才"が門閥貴族と「野合」するなどといった下策を取る訳がない、これは何かの間違いだ、或いは自分が大学で学んできた事の方が間違いだったのか、とその場から退室する事も忘れ、椅子に座ったまま落ち込んでしまっていた。

 

 「別にフロイラインは間違ってはいませんよ」

 後ろから怜悧な、だが冷たい剃刀のような声がヒルダにかけられる。

 「閣下は良からぬ迷妄によってその目を曇らせているのです。そしてそれが正されぬままとなれば、覇業も成就し得ないでしょう。

 フロイライン、あなたが代わりに宇宙を手に入れる覚悟がおありなら話は別ですが…」

 

 パウル・フォン・オーベルシュタインは再び主に見切りを付けつつあった。

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