エリザベートはラインハルトの事が気になるようです   作:ren1828

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第六話 エリザベートは微笑むようです

 「あれは、ローエングラム侯では…?」

 

 「まさか!孺子《こぞう》はリヒテンラーデ公の番犬ではなかったのか?」

 

 「ひょっとしてブラウンシュヴァイク公が引き入れたのでは…?」

 

 リップシュタットの森で行われていた貴族たちの非公然の集会、後に「リップシュタットの誓い」と呼ばれる事となるこの政治事件の舞台に、本来なら訪れる筈のなかった青年、ローエングラム侯ラインハルトが急遽姿を現した。

 彼は貴族集会開催の報を受けると、直ちにケンプ中将を伴ってブラウンシュヴァイク公の別荘のあるこの森に赴いていた。

 そして無理矢理、大集会の会場となっていた別荘はずれの広場に進んでいったのである。ブラウンシュヴァイク邸の者も相手が現役の宇宙艦隊司令長官ともなれば、追い返す訳にもいかなかった。

 

 「伯父上!これはどういうことです…!」

 

 「わからん…こちらを制圧しに来たわけではなさそうだが…」

 

 「ブラウンシュヴァイク公、これは卿の企みではないのだな?」

 

 「当たり前だ!リッテンハイム侯、さすがの儂でもこのような場に孺子《こぞう》を招いたりはせぬわ」

 

 周囲の視線を集めながら、ラインハルトとケンプは集会の中心、ブラウンシュヴァイク公オットーらの許へと歩いてゆく。

 貴族達は敢えてラインハルトらを取り押さえようとも阻止しようともせず、結果的に道を開けながら傍観に徹していた。

 基本的に丸腰の彼らは、軍服を着て銃も携帯しているであろうこの二人の軍人に、掴みかかろうとも飛び掛かろうとも思わなかった。或いはこれはブラウンシュヴァイク公による"サプライズ"なのではないか、とも推測した為、結果的に彼らをスムーズに通してしまったのである。

 

 「………おぉ、ローエングラム侯!卿まで来られたか。卿も我らの「正当性」を保障するというのだな?」

 

 恐る恐る話しかけるオットーに対してラインハルトは露骨にもこれを無視し、周囲を見渡した。彼にとって肝心のエリザベート、サビーネの姿は見えなかった。周囲は男性貴族ばかりであった。

 

 「皇女殿下らはどちらに?」

 

 「あぁ、エリザベートか。我が娘らは本館の方で先に休んでおる。さすがの我が屋敷といってもこれだけの賓客を全員館に入れる訳にもいかんからな。いくらかのご婦人方と共に先に饗宴を開いておるだろう」

 

 「まさか伯父上、この者も我らの列に加えるおつもりでしょうか!?」

 

 フレーゲルが叫ぶ。相手の思惑が未だ知れないものの、不倶戴天の敵を目の前にして怒りを抑える事はできなかった。

 

 「よせフレーゲル。ローエングラム侯どの、我らはこれよりとある「誓約」を交わす事になっておるのだ。帝国を憂い、帝室に忠誠を誓う者なら誰しも厭わぬであろう誓いだ。無論、卿もここまで来られたという事は、当然その腹積もりであろうな?」

 

 しばしの沈黙が流れる。ラインハルトも本当はそのような誓いなど行いたくはない。そして目の前の「尊大で選民意識が服を着て歩いているような」男とは目も合わせたくはなかった。

 しかしラインハルトにとって、「二人の天使」への渇愛は日増しに大きくなっていた。そしてキルヒアイスも「貴族との一時的な提携」を口にしていた。それならば…

 ラインハルトは出来るだけ最小限の言葉で、そして出来るだけ不愛想な態度で、この"人でなし"の相手をした。

 

 「多忙の身ゆえ誓約は遠慮させて頂く。代わりに皇女殿下らにご挨拶申し上げたい」

 

 「我らの趣意に賛同しているというのなら、ご案内致そう」

 

 「………賛同しよう」

 

 この日の事をラインハルトは終生思い出し続ける事となる。

 

 

 

 「我ら真に帝国を憂うる貴族は、逆賊リヒテンラーデらを糾弾し、正当なる新帝の即位を要望せんとするものである!

 そしてここに、先帝陛下の覚え目出度き、現・宇宙艦隊司令長官どのも同志に加わった!諸君、我らは勝利はますます盤石なものとなった!

 大神オーディンも我らを守護したもう。正義の勝利はまさに我らに在り!」

 

 「「おお!」」「「帝国万歳!」」「「勝利は疑いなし!」」

 

 ラインハルトにとっては悪夢の光景である。穴があったら入りたい、このような"下劣な者"たちに祭り上げられ、利用されるなど、あってはならない事だった。本来なら彼らのような貴族を滅ぼしてやりたかったのだから。

 そして変わり身の早い貴族達に対する軽蔑の念も一層増した。彼らはまさに付和雷同、ブラウンシュヴァイクに憎めと言われればその者を憎み、愛せと言われればその者を愛する、このような中身のない人形に自分は愚弄されていたのか、いっその事今持っている銃で一人でも多く冥府へと送ってやりたい、などと煩悶していた。無論、その場でラインハルトが軽挙を起こそうとしてもケンプが抑えただろうが。

 

 オットーの即興の演説がひとまず止むと、ラインハルトはアンスバッハ准将の案内でエリザベートらのいる館へと移動した。

 本当は駆けてでもその場から逃げ出したかったが、最低限残ったプライドが出来るだけ自分の惨めさを隠そうとした。

 ラインハルトの心境を想像し得ない多数の貴族達は、突如味方となった彼を頼もしく思い、神々しさすら感じていた。宮廷闘争による生き残りに必死な彼らは、敵と味方の区別が激しい。ブラウンシュヴァイク公の認めた味方ともなれば、あれだけ普段罵っていた「金髪の孺子」も一躍「金髪の軍神」に変貌した。

 

 

 背後で聞こえる称賛やシュプレヒコールなどを尻目に、ラインハルト及びケンプはアンスバッハに案内されるまま、「天使」たちの待つ館へと向かった。

 アンスバッハも二人をそのまま館内に通してもよかったが、途中で機転を効かせ、一旦別館の方へと案内した。

 念の為二人の武器を預かる必要もあったし、出来ればケンプと引き離しておくべきとも思われた。それに広場での一件を知らぬ婦人達にパニックを起こさせてもいけなかったし、逆に熱烈な反応で混乱が生じても良くなかった。元々一部婦人からの人気は高かったからだ。

 また、肝心の皇女らが面会を拒絶する可能性も考えられたし、女性には女性の都合もあるだろうとも思われたので、先に侍女らに伝え、こちらは暫し待つ必要もあった。

 そして、アンスバッハはラインハルトに対して警戒を緩める訳にもいかなかった。ラインハルトがすんなり貴族連合に味方したとも思われない、その一挙手一投足に注意を向ける必要があった。その為、饗宴の対応で慌ただしい本館からは隔離された別館の方に、一旦通した方が良いと判断したのである。

 場合によっては主君の気が変わり、暗殺を命じられる可能性も視野に入れて。

 

 先ほどのショックで頭が真っ白になっていたラインハルトを横目に、ケンプはこの場における「騙し討ち」の可能性を警戒していた。

 ブラウンシュヴァイク邸の警備能力の超過もあって、階級を盾にすんなり入る事は出来たが、ここまでマークされた上で邸内に居座るとなると、まさに「生殺与奪」を相手に委ねる事になる。

 当初はラインハルトの大胆な行動力に引きずられるようにケンプも後を付いてきたが、いざラインハルトの憔悴しきった姿を見ると、ケンプも防衛手段を考えざるを得なかった。最悪の場合、自ら奮戦してでも主君を守る以外ないか…と。

 

 

 

 「ローエングラム侯が…?」

 

 「はい…准将閣下曰く、ご多忙の中ローエングラム侯が"愛国連合"にご参加なされ、皇女様お二人方に謁見を希望なさってるとの事でして…」

 

 私室にてくつろいでいたエリザベートとサビーネは、侍女から報告を受けた。だが侍女の口もやや重い。アンスバッハから極力ローエングラム侯に対する警戒を緩めないよう、言付けされていたのだ。間違っても皇女殿下らに危害が加えられる事がないようにと。

 エリザベートとサビーネは家の事情により再び"会いやすい関係"となり、宴席を中座して二人でプライベートな時間を過ごしていたが、そのひと時に水を差されたような感もあった。

 

 「わかった…こちらも準備をするから、先方には暫し待っていただくようお伝えして」

 

 「ちょっとエリザベート、前も言ったじゃない!あの金髪のこぞうに会うのは危険だって!」

 

 「サビーネ様の仰られる通り、ローエングラム侯との会見は危険が伴われると准将閣下も懸念されておりました…ここは後日、日を改められた方が宜しいとも…」

 

 「いえ、ローエングラム侯はわざわざ我が別荘にまで来られたのでしょう?政治的事情に関しては私も詳しくは存じ上げないけれど、おじい様もお認めになった方をそこまで無下にはできないわ」

 

 「…私は絶対行かないし、エリザベートにも行ってほしくない…!だってあの時だってきっと私達をつけ回していたに違いないんですもの!それでわざと身体を触ってきたんだわ!あのギラギラした野獣のような目をエリザベートだって見たでしょう!?」

 

 エリザベートも複雑な心境ではあった。確かに例の「運命的な出会い」の時に、ラインハルトと身体が接触したのは事実だった。それを恥じらう気持ちもある。

 だが、「政治的事情」に関しては純粋に興味もあった。つい先日まで「リヒテンラーデ=ローエングラム枢軸」の一角と見なされていたラインハルトが何故、こちらの門閥貴族側に突如として付く事となったか。

 そして、長らく先送りにしてきたラインハルトとの対話、これがようやく実現する。

 もはや自分が皇帝になるのかどうかもわからない情勢ではあったが、彼女なりに国家に対して抱いていた危機感、そして皇帝という職責に付きまとうであろう孤独、これらの相談相手にもしラインハルトがなってくれれば、そういう"淡い期待"もあった。

 

 「サビーネ…私がローエングラム侯を確かめてくる。…もしかしたら本当にひどい人なのかもしれない、何かひどい事を企んでいるのかもしれない、でも一度話してみないと…もし私に何かあったら、その時はあなたが皇帝になって…?」

 

 「そんな事言わないで…!私はエリザベートとずっといたい…!それに私なんかよりエリザベートの方がずっと皇帝に向いているもの…!だから…うぅっ…」

 

 「ごめんサビーネ。私も十分気を付けるから。それにうちの屋敷の中なんだし、間違いは起きないと思うわ、たぶん…

 なるべくすぐ戻ってくるから、それまで待っていて?」

 

 「うん、わかった…待ってる。でも危なくなったらすぐ戻ってきて!絶対…!」

 

 涙を浮かべるサビーネに微笑んで見せるエリザベート。二人のやり取りを見守っていた侍女もうっすら涙ぐんでいた。

 

 

 部屋を出て、少し真面目な表情で侍女に向くエリザベート。

 

 「では少し着替えてから向かうと准将にお伝えして。それと万が一に備えて武器等をお預かりしておいて貰った方がいいのかしら…先のクロプシュトック侯の時みたいに爆弾を仕掛けられていても困るし…」

 

 「それも含めて准将閣下にお伝えしておきましょう…あと、できれば私もお側に控えさせていただけたら…」

 

 「ありがとう、なるべく近くにいてくれると嬉しいけど…」

 

 エリザベートはラインハルトと二人きりになってもいいものか、迷っていた。

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