エリザベートはラインハルトの事が気になるようです 作:ren1828
エリザベートが着替えを終え、念の為ゆっくりと別館応接室へと向かう間、ラインハルトとアンスバッハの間ではひと悶着あった。
アンスバッハはラインハルトの携帯する武器の類を一時没収し、更に簡易的な爆発物検査を行った。その上ケンプを別室へと遠ざけた上で、会見の場にはアンスバッハら兵士数名も同席することなどをラインハルトに認めさせていた。
さすがのラインハルトもこのような対応は「恥辱」であると不満を露わにしていたが、アンスバッハはあくまで先の「クロプシュトック事件」の再発を防ぐ為という名目を盾にした。実際には全ての賓客相手にそのような対応が徹底されている訳でもなかったが、ラインハルトに対しては敢えてその原則を振りかざし、事実上の武装解除を強いたのである。
ラインハルトも再び忍耐の姿勢を思い出さなければならなかった。
「(俺もここまで出世を果たしてきたが、これまで気に入らない貴族や上官、そしてあの皇帝に対しても長らく頭を下げ続けてきたじゃないか……これが最後の辛抱だ。全ては宇宙を、いやあの天使を手に入れる為だ……!)」
このような煩悶に喘いでいる中、ようやくエリザベートが侍女を伴って応接室へと到着した。
一度深呼吸してから、意を決して入室するエリザベート。およそ半年ぶりの対面となった。
「(やはり、美しい……!)」
以前にも増してエリザベートの"天使の美貌"に磨きがかかっているようにラインハルトは感じた。相手は4つ年下ではあるが、落ち着きのある振る舞いに、姉アンネローゼの姿を重ねずにはいられなかった。そして尚も惜しんでいた。なぜ彼女がブラウンシュヴァイク家などに生まれてきてしまったのだ、と。
「(この人を……元帥閣下を味方につけないと……)」
エリザベートはラインハルトに対する期待と警戒、その気持ちが交錯していた。ラインハルトの容貌の華麗さは元より承知していたが、その鋭い眼光はまるで鷹のようであり、彼は望むままに全ての物を手に入れつつあるように見えた。もしこの人に嫌われてしまったら何もかもが終わる、そう人を身震いさせるような威風を彼は身に纏わせていた。現状の貴族でもそうそう持ち合わせてはいない"カリスマ"があった。
「お待たせ致しました……閣下には御多忙の中、父の主催する集会にご出席なされたとの事で、私からも御礼申し上げます。
皇女サビーネは体調が優れないとの事で、私だけで恐縮ですけれど、このような拙宅にお越しいただいて本当に嬉しく思っています」
「いえ構いませんよ。以前殿下からお誘いを頂いて恐縮ではありましたが、結果的に今日に至るまで互いにこのような機会を得られなかった事は至極残念でもありました。私は殿下にお会いする為、敢えてこの場に参上仕ったのです。
この度の内乱、私は殿下にお味方する事を誓います。そしてこの場にはおられないサビーネ殿下にも――」
「それはきっと、サビーネも聞いたら喜ぶと思います……」
「……しかし、あなたは相変わらずお美しい。以前に増して魅力的な女性になられたように思う。もしあなたが望むのなら、私は宇宙を手に入れて御覧にいれよう」
「それは、閣下のご手腕なら容易い事でしょうね……閣下は戦争の天才であると聞き及んでいます。閣下があと百年早くお生まれになっていたら、戦争はとうの昔に終結していたんでしょうね……」
「ない物ねだりをしても詮無い事です。人は置かれた時代で輝かねばならないのですから。そして今の銀河帝国も数百年前の時代であれば建て直しも可能だったでしょう。今となってはどうしようもない……」
アンスバッハら同席者はこの発言に反応する。ラインハルトが直接帝国を批判するような発言をした。「それだけでも死に値する」とまではアンスバッハも考えなかったが、注意すべき言動であると神経を尖らせていた。
しかしエリザベートはもう少し踏み込んだ話をしてみたいという欲望に駆られた。
「閣下も仰いますね。お立場もありますから自由にご発言しにくいでしょう。もし閣下のお心をお聞かせ頂けるのなら、人払いを致しますが」
「……宜しいのですか?私は先ほど准将から散々、皇女殿下に対する安全性を説かれていたのです。宇宙艦隊司令長官である小官すら信用が置けないと。その私があなたと二人になるなどと、果たして准将には納得して頂けるでしょうか」
「元帥閣下は国家に大功あるお方です。そして今後の帝国を担うお方でもあります。
アンスバッハ准将、申し訳ありませんが私の願いを聞き入れては頂けませんか?私はローエングラム侯から貴重なお話を是非お聞きしたいのです」
アンスバッハも戸惑った。
先ほどエリザベート自身もラインハルトの武器没収を要望していた。その舌の根も乾かぬ内にラインハルトと二人きりになる事を望むとは。
しかしこれもラインハルトを真の味方に引き込む為の連携策、とアンスバッハはあくまで柔軟に対応にした。
アンスバッハらは隣接する応接控室へと撤退した。余程の大声でない限りは、二人の会話を盗み聞きする事は困難な距離にあった。
こうして二人が親密に会話するには丁度良い空間となった。
「ご配慮頂き感謝の念に堪えません。私の心を聞きたいとの事だが……単刀直入に言おう、私はあなたの事を天使だと思っている」
「そういえば以前そんな事も仰っておられましたね。女性としてはもちろんそのように言ってもらって嬉しいですよ?」
「いやそれで……是非あなたの心が欲しいのだ。強引に我が物にしようなどとは思わない。それではあの淫蕩な皇帝どもと同類になってしまう。私は……そのようなやつらと同類になる気はないのだ」
「それは、もしかして結婚のお申し出という事でよろしいのでしょうか……?お気持ちは嬉しいのですけど、既に多くの方から縁談を頂いているので……一度父に相談してみませんと」
「……実を言うと、私はあの男を父と呼びたくはないのだ……!しかし、あなたの美しさに心を奪われてしまった、そしてサビーネ殿下にも……俺はどうしたら……」
「困りましたね……」
実際はエリザベートもそう困ってはいなかった。ラインハルトが自身に好意を抱いている、と最初から確信していればここまで逡巡する事もなかった。長期的な人間関係についてはともかく、まずラインハルトが自分の味方になってくれる、それも打算ではなく好意に基づいて。このアドバンテージは大きかった。
エリザベートは目の前の恋に悩むこの青年に、まずは手を差し伸べなければならなかった。
「閣下が、いえラインハルト様がそのように思ってくださるのは私にとっても嬉しい限りです。できればそのお気持ちにもお応えしたいのですが……私はもう少しあなたの事をよく知りたいのです。そしてその時が来れば、一緒に父を説得して欲しいのですが」
「それは、やはり私にとっては困難だ。あの男は嫌いだ。尊大で選民意識が服を着て歩いているような……とにかく、彼を義父とする事には極めて抵抗を感じるのだ」
「そうですか……家の中から見た父の印象はもう少し違うのですが……身内が言ってもあまり説得力はないかもしれませんね」
「すまない。だが最終的にはあなたと婚姻関係になる事も視野に入れている。元々お会いするずっと前から政略結婚自体は構想に入れていたのだ。本来は門閥貴族を解体しようと考えていたが、あなたがブラウンシュヴァイク家の者である以上やむを得ない。帝冠もあなたが被るといい。しかし、政権構想は私の好きにさせてもらう」
「元々皇帝になっても良くて傀儡だろうと覚悟していましたから……」
ここでほっと溜息をつく二人。政治的な枠組みに関してはひとまず解決した。
ラインハルトはブラウンシュヴァイク家を一定認めつつ、国家の全権を握る。
エリザベートは皇帝として国権をラインハルトに委ねるが、体制の保障を得る。
それでいて二人が個人的な関係を結べば、少なくとも現王朝としては安泰だろうと思われた。
「それでサビーネの事ですが……」
「実は、あの天使の事も私は好いているのだ……あなたにそれを聞くのは筋違いであると重々承知してはいるが、どうしたらいい……?」
さすがに頭を抱えるエリザベート。英雄色を好むといっても、それに付き合わされる側としては困惑せざるを得ない。
「サビーネは……」
「そう、あの天使は私に怯えていたように思うのだ。あの時ぶつかってしまったのが悪いのだろうか……あぁ一体どうすれば……」
「それに関してはあの子もただ誤解しているだけのように思います。あなたの事をまるで本物の野獣かのように恐れていますから。実際にちゃんと話せばあなたの純粋さや魅力に気付くと思いますよ?」
「そうだろうか……しかし、あなたとの関係とどう両立させればいいのだろうか……俺はあの淫蕩な皇帝共とは……」
「さすがにそれは私もノーコメントで。あなたとサビーネの問題ですし、私が嫉妬心を出してもしょうがないでしょう?それであなたが言いなりになるとも思えませんし。
ただ、せめてお願いするとしたら、あの子のリッテンハイム家もなるべく容赦してあげて欲しいのです。あなたが国家の全権を握るとなれば貴族全般に対する締め付けもきつくなるのでしょうから、できればご温情を……」
「善処しよう……しかし、本来ならここで大規模な内戦を引き起こすつもりだったのだ。門閥貴族を激発させ、その兵力を解体し、領地を没収する――そして軍権を握る私が帝国を手中に収め、残る叛徒も併呑する。
だがあなたを手に入れる為、計画を修正しなくてはいけなくなった。門閥貴族の権力を一部温存させることとなる。これは国家にとっての損失だ。
だがいずれにしても戦争遂行の為に公平な徴税は執り行わせてもらう。あなたには悪いがご家族にももう少し慎ましい生活で我慢してもらう事になるだろう。その点はあなたの側から説得してもらうことになるだろうが……」
「父や従兄をなるべく説得してみせます……それでも皆生き残る事ができるのですから……」
この将来の夫婦は、王朝を緩やかに延命させていく措置を講じていった。