エリザベートはラインハルトの事が気になるようです   作:ren1828

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第八話 エリザベートは応えるようです

 ラインハルトが門閥貴族側についたという報が駆け回り、リヒテンラーデもあっけなく観念した。

 元々陰謀の表舞台に出る人物ではなかったが、自身の余命も先が見える中、一世一番の大勝負を仕掛けたつもりではあった。

 しかし「毒を以て毒を制す」戦略に失敗し、門閥貴族に対する対抗手段を失ってしまった。一応、門閥貴族連合のNo.2、リッテンハイム侯を引き抜く策略も脳内にはあったが、そうすると既に擁立したエルウィン・ヨーゼフ2世の存在がネックになってしまう。

 ラインハルトを公職より追放しようと画策しても、軍務尚書や統帥本部総長が「中立派」となってそれを拒んだ。彼らは「軍は政治闘争には介入しない」と建前を述べたが、実際の所"金髪の孺子"の実力をよく知る立場にもあり、日和見を決め込んでいたのである。

 いずれにしても、固有の武力を持たないリヒテンラーデは唯一の戦力であったラインハルトを失い、全てを諦め恭順する以外なかった。

 一応、フェザーンもしくは自由惑星同盟へと亡命する道もあったが、多くの親族を引き連れて易々と逃れる事も難しい。そして本人にもそれだけの気力は残されていなかった。精々「エルウィン・ヨーゼフ陛下には寛大なご処置を……」と綺麗事を残すに留まった。

 

 結果的にこの「内乱」は血を見ずに終わった。

 エルウィン・ヨーゼフ2世の即位は無効であったとされ、かねての門閥貴族側の主張通り枢密院会議が開会され、エリザベートが遡って第37代皇帝に即位した。未成年の女帝である事から、父オットー大公が摂政に就いたのも規定路線であった。リッテンハイム侯は不満を抱いたが、娘サビーネが皇太子待遇となり、自身も公爵位へと昇った事がわずかな慰めとなった。

 ラインハルトは引き続き宇宙艦隊司令長官を続投したが、彼の動向が「内乱」阻止の決め手となった点は大きかった。女帝エリザベートはラインハルトへの恩賞と厚遇を父に嘆願し、それによってラインハルトは「帝国軍最高司令官」の称号を得る事となる。だが、この称号に実が伴うかどうかはラインハルト自身の今後の動きに依るところではあった。

 

 

 

 盛大に執り行われるエリザベート即位に関連する式典及び饗宴。先のエルウィン・ヨーゼフ即位の際は大部分の貴族が欠席していた事もあり、質素というより悲哀すら感じられる趣ではあったが、今回のそれはまさにその反動ともいうべき規模の騒ぎが三日三晩続けられていた。

 

 「相変わらず国費の浪費だ。帝国貴族共はこういう時ばかり金を使い、何者をも益しない。今は叛徒共、自由惑星同盟に一大攻勢をかける絶好の好機だというのに……」

 

 宴を抜け出し、度々密会を続けていたラインハルトとエリザベートは、公的にはまだ主君と家臣という関係に過ぎなかったが、見る人が見ればごく自然な恋人同士のようにも思われた。この二人の「逢引き」を知る幾人かの侍女はその微笑ましい関係にエールを送っていたが、中で行われる実際のやり取りまでは想像の範疇になかった。

 

 「これでも父には抑えるようにお伝えしたのですけど……今日の日はまさに父にとっても大望叶った絶頂のひと時なのでしょうから、こればかりはお止めするのも可哀想で」

 

 「それでも今日のこの私的な饗宴がブラウンシュヴァイク家の私費で賄われているのはまだ救いではある。これ以上の国費の持ち出しは制限させて頂きたいものだ」

 

 「以前、あなたが仰っていた貴族への課税強化の件ですけれど、うちが率先して上納する姿勢を見せれば、他家の倣いになるのではないかと……」

 

 「それもそうだが、本格的に絞り上げるともなればたちまち反発も大きくなるだろう。故にご実家の自主的努力などあてにはならない……遠からず数千家に及ぶ貴族への大粛清が必要になるだろう」

 

 「……方向性としては理解しています。それ以外に道がないという事も……」

 

 「私はこれまで貴族という存在を憎んできた。生まれた時より人から与えられ、特別扱いされて当然だと思い込んでいる驕り昂った連中だ。本当なら問答無用であのような連中は野に放逐し、この宇宙から消し去ってやりたいとすら思っていたのだ」

 

 「……それを言えばきっと私もその貴族と同類なのでしょう。あなたはご自分のお力でここまで来られましたけど、私は……」

 

 「いや、私はあなたを悲しませたくはない……その表情を曇らせたくはないのだ……私はあなたを愛している、それ故になんとかあなたをその不幸なお立場からお救いしたいと悩んでいるのだ……!

 貴族共への処遇の件はひとまず置こう。十年は様子を見る事をお約束する。その間に、彼ら自身にもその生き方を再考してもらう。

 軍において貴族の子弟も特別扱いはしないし、最前線にも送り込む。抵抗する貴族は軒並み絶家にするが、彼ら自身が家を背負って立って生きようとするならそれを認めよう。

 最終的に貴族と平民の実質的違いなど無い体制へと移行させるし、容赦なく税も取り立てる。己の財産を己で維持出来る者のみが貴族を名乗ればよいのだ」

 

 「そのお考えは立派だと思いますけれど、いずれ父とも折り合いをつける必要があるのでしょうね……それに今日明日すぐに生き方を変えられない人もきっと多くいるのだろうとも思います。

 あなたが帝国宰相になられた暁には、どうか身に合わぬ衣を着た"弱者"にも少しだけ、容赦してあげて下さい……」

 

 「彼らの罪を思えば、そのような配慮にどれだけの意義があるのか理解に苦しむが……他ならぬあなたの願いだ、ある程度は聞き入れよう」

 

 エリザベートとラインハルトの「貴族観」に関しては未だ隔たりがあった。貴族社会の内で育った者と、外で戦った者とでは温度差があるのもやむを得ない事ではあった。

 しかしラインハルトはエリザベートの為、少しだけ寛容な道を模索しようとしていた。貴族を許す訳ではないが、少しだけチャンスを与えてやろうと――

 

 「それで、婚姻の件なのですけれど、一度父にもお話し致しました。あくまで私の希望、という範囲ですが」

 

 やや頬を紅潮させるラインハルト。彼はエリザベートとは「国家統治のパートナー」としての話はスムーズにこなせたし、自ら愛の言葉をささやく事にも慣れが生じてきたが、逆に好意を向けられるかもしれないとなると、途端に緊張の色が増してしまった。

 

 「父君は、私を婿にするなど、反対されたでしょう……?」

 

 「あまりいい顔はしていませんでしたけど、あなたを帝室に加える事の「政治的効果」は納得されたようでした。むしろ相手の実家がうるさい大貴族よりも、あなた単身のローエングラム家の方がまだやりやすいとも……」

 

 「さすが陰謀と政治にだけは頭も動く方だ。あくまで打算で私を受け入れるというのならそれも結構、実権はいずれ奪って見せる。

 しかし、本当はあなたと共にいる事ができるのなら私はそれで構わないのだ!私はあなたの心が欲しい。以前もそう申し上げたのだが……」

 

 「覚えていますよ?そろそろ私もそのお気持ちに応えなければいけないと思っていました……是非一緒にいさせて下さい。そして帝国をお救い下さい……」

 

 ラインハルトはこの初白星に心逸りたくなる気持ちを抑えた。この「天使」に甘えたい、かつて姉との間で失ってしまった時間を新たな形で取り戻したい、そして新たな幸せを育みたい、そういったゴールが目前である事に狂喜したかった。

 しかし、大事なものが出来た事で、途端にそれを失う事への恐怖が生まれてしまった。

 もう二度と大切な人を失いたくはなかった。

 

 「手を……手を握って頂けますか、エリザベート陛下……」

 

 「……わかりました、いいですよ、ラインハルト閣下……」

 

 

 

 

 

 

 エリザベート帝の婿候補筆頭は、若き帝国軍最高司令官ラインハルトであろうという事は徐々に衆目の一致する所となった。摂政であるオットー大公がその風聞を否定しなかったし、貴族の大部分もラインハルトを「体制側」だと信じたかった為、自然な成り行きとして受け取られた。

 ただ、ラインハルトは"義父"となるオットーとの関係には未だ自信を持てなかったし、フレーゲルとの仲も依然険悪だった。

 エリザベートもサビーネにこれまで経緯を明かしたが、一応の祝福こそされたものの、やはり未だラインハルトの人柄については同意を得られずにいた。そんな彼女に対し、「実はラインハルトはサビーネの事も好いているのだ」と伝えるのはさすがに時期尚早であろうと思われた。無論、何故自分がラインハルトの「浮気」の手伝いをする必要があるのかと自嘲するところもあったし、いずれはラインハルトの「女癖」に対し自分も嫉妬心を燃やす事になるのだろうかと、苦笑せざるを得なかった。

 

 ラインハルトが「内乱」よりも「愛」を選択したという内幕は徐々に元帥府幕僚にも知れ渡った。

 「意外に俗物であったのだな」とロイエンタールなどは苦笑したが、「愛というのはそういうものだ。閣下もこれで一段大人になられた事だろう」とミッターマイヤーは感慨に浸っていた。

 しかしオーベルシュタインは不満を抱いていた。

 「(このような体たらくではあの人如きに宇宙を手に入れる事などできない……さりとてマリーンドルフ令嬢も大学へと戻ってしまった。この帝国に未来はない……)」

 彼はローエングラム元帥府を出奔し、自由惑星同盟へと亡命する事となる。この宇宙のもう一人の天才を頼りに――

 

 ラインハルトの"融和策"は確かに彼の覇業を十年は遅らせる事となった。

 先帝の時代より悪化の一途を辿っていた財政を立て直す必要があったし、貴族の弱体化も少しずつしか行えず、ドラスティックな改革には程遠かった。

 幸い、自由惑星同盟は先のアムリッツァの大敗により積極的な作戦行動が取れない状態にあったから、再び大規模な戦役が起き、攻められるという事もなかった。それ故、"地味な"内政に従事する余裕が得られた。いや、再び外征をする為の国力捻出に苦心せざるを得なかったのである。

 そして後は成婚の日取りさえ決まれば良かった。ブラウンシュヴァイク公を「お義父さん」と呼ぶ心の準備さえ整えば。




お読みいただいてありがとうございました。

皆様からアクセスを頂いたり、お気に入りに入れてくださったりと励みになりました。

一行ごとに悩みながら書いておりましたが、良い経験になりました。

本作もここで一区切りとさせていただきます。

もしアイデアが思いついたら……という未練もありますが、その時はその時で。

それでは失礼いたします。
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