UMA COMBAT ZERO   作:名無子

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Q.政府や競馬の悪者扱いが過ぎひんか?
A.ここはそういう世界線なんだよ、ロック。だから、この話はここでおしまいなんだ。


mission 02

場数を踏むたび、あいつの速さが目についた。

ひたすらに速い。

やっかみ混じりに三本脚、なんて呼んでる奴もいた。

並んで走るこっちはいい迷惑だったけど、気がつけば色んな奴があいつを見てた。

出走のたび観客が増えてたなぁ。

普段はレースなんて興味ないような連中まで競バ場に詰めかけてた。

みんなあいつの姿を目に焼き付けようとしてた。

私も――もう少し見ていたかった。

 

■■■

 

函館、衝撃のメイクデビューから札幌で2戦。

本州に進出し、初の舞台となる中山での2連戦。

その全てに勝利し、うち4つがレコード勝ち。

 

圧倒的な戦績を見せつけた『彼女』は、この頃から広く民衆にその名を知られるようになる。

だが、その陰で「三本脚」という呼び名もまた、静かに広がり始めていた。

 

俗に「ウマ娘は四本の脚で走る」という。

言わずと知れた、走行中における腕の重要性を説いた言葉だ。

腕の振りによって生まれる遠心力は、推進力を生み出すと同時に、前傾する身体へのカウンターバランスとして働く。

ウマ娘たちにとって、それは比喩ではなく事実だ。

それも、生死に関わるレベルでの。

身体のコントロールを失えば、彼女たちは時速70kmにも達する速度のまま地面に叩きつけられることになるのだから。

 

『彼女』は、右腕に故障を抱えていたらしい。

 

常にその左腕は包帯に覆われ、走る姿も明らかに怪我を庇う形を取っていた。

それでもなお勝ち続けたことこそが『彼女』の力の凄まじさを物語っている。

だが、それは同時に、時代の負の側面そのものでもあった。

 

――賭博競バ。

 

日本競バ会解体から始まる、農林省による全体管理。

伝統ある遊戯の、節度ある振興活動。

公正な運営主体たる農林省がレース場と運営権を独占し、ウマ娘は賭場に押し込まれ、配当金の行方を決めるための労働(レース)に従事していた。

 

そのような時代にあって、多少の故障など顧みられるべきものとは見なされなかったのだ。

もっとも、当時は人間もまた、多くが同じように扱われていたのだが。

 

■■■

 

56戦20勝。

GⅠでの勝利こそ無いが、出走したレース全てにおいて9割以上の入着率を誇る古豪。

 

ヒロホマレ

 

二度『彼女』とターフに見え、そして敗北した女。

引退した現在は、札幌大学で歴史学の教授を勤めている。

 

――●REC

 

まあ、散々だったわね。

メイクデビューは最下位、そこからも底辺をウロウロして、ようやく勝てたのは5戦目になってから。

その後も中々1着にはなれなかった。

物凄く悔しかったわ。胸を掻きむしりたくなるくらいにはね。

それでも気概まで折れたわけじゃなかった。

いつだって私は本気だったし、重賞だって諦めてなかった。

少しずつだけど実力もついてきて、とうとう8戦目でGⅠに手が届いた。

 

朝日杯フューチュリティステークス。

 

あのときの私は誇りに満ちていた。

家族の応援もあったしね。

これまでに積み上げた全てを叩きつけて勝ってやろう。そう思ってた。

温かいところでぬくぬくしてきた連中になんて、絶対に負けない。

私の成すべきことは、優勝杯を家に持ち帰ること。

弟にも妹にも、そう約束してた。

 

中山のパドックに出て、私は怒りを覚えた。

熱狂している観客達。

連中の視線は大半が同じウマ娘に向けられていた。

それもたった3人。

それが人気ってものだ、と言ってしまえばそれまでなんでしょうけどね。

もちろん、人気が着順を決めるわけじゃない。それは間違いのない事実だった。

でも、始まってみれば……

 

『鋼の脚』と『嵐の女王』――あの二人が序盤から仕掛け合った。

レース全体を暴風のように巻き込んだ超高速の展開。

序盤の定位も中盤の遷移も、そんな小細工なんて何の意味もないと断じるかのような。

だけど、『彼女』は更にその遥か先を走ってた。

大逃げでも破滅逃げでもない。

全てを焼き尽くすような速さ。

戦略が間違ってたとか、策に嵌って掛からされた、とかそういうレベルの話じゃない。

ついていけなかった者は振り落とされ、力尽きて沈む――ただそれだけのこと。

 

結果は7着、惨敗だったわ。

 

悔しくない――と言えば、嘘になってしまうけれど。

ええ、勝てるものなら勝ちたかったわ。ウマ娘なんだもの、当然でしょう?

 

けど、無理だった。

あんな化物たちの棲む世界には、一生かけたって追いつけない。

この世界には、絶対に自分の手には届かないものがあるってことを、否応なく理解させられてしまった。

 

だからってレースに出ることを辞めるわけにはいかなかったわ。

家族の生活がかかっていたんだもの。

だから――まあ、そうね。

以降は『より上を』ではなく『確実に獲れそうな』試合を狙うようになったわ。

 

その後は知っての通りよ。

大抵のレースは入着できるぐらいにはなれたし、その中にはいくつかの重賞レースも含めることができた。

結局、最後まで一着は取れなかったけど。

あの頃まで感じていた、胸を焦がすような感覚はもう感じなかった。

悔しいとか次こそはとか、そんな思いは、あの日の中山で焼き尽くされてたから。

そうされたからこそ、最後まで走り続けられたのかもしれないけれど。

結果として家族の食い扶持を稼げたし、趣味に打ち込んで新しい仕事が手に入ったんだと思えば――あの二人には感謝しておくべきかしら?

 

それが正しかったのかは……今でも分からない。

 

まあどうあれ『彼女』のおかげで、ずいぶん違う人生を歩むことになったわね。

 

■■■

 

ミツハタ

 

中山と東京の2つを主戦場とした栗毛のステイヤー。

長距離の覇者として君臨し、4度のGⅡ、1度のGⅠを勝ち取った重賞ウマ娘。

現在は雇われたバーに居着き、用心棒とマスターの兼業生活を送っている。

 

――●REC

 

思えば、あの日は中山に向かう途中から妙な気がしてた。 

そりゃそうだ。

何しろメイクデビュー以来無敗なんて化物が三人も雁首揃えて出走してたんだからな。

 

実際、パドックの時点で既に、出走者の誰もが連中のことを酷く意識してた。

私もその一人ではあったけどな。

まあ混乱も今だけ、レースが始まればどいつもこいつも落ち着くだろうと思った。

なんせ朝日杯フューチュリティステークスだ。

GⅠってのは、少なくともそれ相応に経験を積んだ奴しか居ないはずだったからな。

 

でもあれを見て冗談かと思ったぜ。

自分の目の故障を疑ったくらいだ。

先頭2人がスタート直後からバカみたいなハイペースで競り合い始めたんだ。

だってのに、更にその先で知らん顔して一人旅を決め込んでる阿呆が居やがる。

おまけに3人共、逆噴射どころか垂れもせずに延々そのペースを維持し続けるときた。

周囲を見ても、皆私と同じ間抜け面を晒してた。

それで分かったよ、ああこりゃあ現実だってな。

レースではたまにああいう奴が現れる。

特異体ってやつだ。

もちろん、その程度のことじゃ勝負を諦める理由にはならない。

私は目を凝らして状況を確認した。

バ場状態、天候――奴らの姿、走り方、残りのスタミナ。

いけると踏んだ。

だが……予想を超えてた。

こっちの目に狂いはなかったんだがな。

 

とは言え、私にも意地ってモンがある。

その後は、連中が出るレースにはことごとく噛み付いてやった。

 

特にあのいけ好かない『嵐の女王』とは派手にやりあったよ。

そうだ。

私とあいつ、適正距離は違った。私はステイヤーで、あいつは……まあ2000メールまでってとこだったな。

だけど、そんなモンは関係ない。どんな条件だろうが、とにかくこいつだけには負けたくねぇ。

そういう相手っているだろ。

 

『奴』はどうだったかって?

 

そうだな。

何を考えてるんだか分からん奴だったよ。

どこか遠くをぼけっと眺めてるような目で、いつも包帯巻いた右腕を擦ってた。

右腕、左膝、右足首。

レースを重ねるほど、包帯が増えてた。

いつだって景気の悪そうな顔色で――その癖、いざ走り始めれば誰も彼も突き放していっちまう。

辛うじて食いつけたのはあいつくらいだが、それでさえ2バ身差まで詰められれば上出来だった。

そんなザマだったからな。

世間はあの二人を……いや、あいつが『奴』に追いつけるのかどうか、ただそれだけを見てた。

おかげでこっちは日陰者さ。

曲がりなりにもGⅠだって獲ったし、本職の2400メートル以上じゃ一度しか負けてねぇってのにな。

ほれみろ、アンタも私のことなんざ何も知らなかったろ。

そういうことだよ。

……まあ、仕方ないとは思ってるよ。

あんな奴らが居たら、その他大勢なんざ何やったって霞むしかねぇ。

 

ずっと先頭で、誰もが注目してて。

あいつらこそがまさに世界の中心って感じだったな。

それなのに、少なくとも『奴』は、そんなことを一度でも気にしたような風がなかった。

誇るでもなく、受け流すでもなく、だ。

 

『奴』には――どんな世界が見えてたんだろうな。

 

■■■

 

『三本脚』と呼ばれたウマ娘。

その凄まじい活躍に心が踊った。

仕事を忘れ、インタビューの合間に集めた資料を読みふけった。

 

――彼女が『三本脚』と呼ばれ始めたこの時期、世間には国営競バに対する批判的なムードが漂い出している。

 

彼女の活躍により、競バ界に流れ込む金の流れは明らかに増大した。

運営者達にしてみれば、我が世の春といったところだろう。

だが、それは同時に世間の耳目がレースを取り巻く制度、そしてそこを走るウマ娘たち――彼女らが置かれた境遇へも向けられることを意味していた。

不満すら抱かせないほどに、当たり前の常識としてそこに在り続けた矛盾。

静かに染み込むように、その構造への疑問が世間へ浸透していく。

だが、組み上げられた強固な構造は、その程度のことで揺らぐようなものでもなかった。

 

古い城塞が、その圧倒的な質量を以て、今後も揺るぎなく在り続けるように。

競バとて……いや、国民の一大娯楽としての地歩を固めつつあった競バなればこそ、その例外ではない。

そうなる筈だった――本来ならば。

 

そう、ここからが隠された真実の歴史。

私はその事実に眼を見張った。

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