1 車の轅 (ながえ) の前端に渡し、牛の頸の後ろにかける横木のこと。二頭をつなぐことが多い。
2 自由を束縛するもの。
レースの出走条件とか設定関連は史実とアニメとアプリ版で闇鍋すぎてよくわかんないから適当……。
グラスワンダーの二次創作もっとふーえてっ♡
勘違いされているがグラスワンダーは扱いやすいウマ娘ではない。
賢くて穏やかな性格なのはそうだが、我慢をすることが多く、ストレスのせいで調子がころころと変わってしまう。
また我慢できることの延長線にあるのだろうが、自身の身体や調子の変化に鈍感で、朝日杯フューチュリティステークスのあとのトレーニング中の怪我は自身の身体を把握できておらず練習を続けてしまったことによるものだった、とサブトレーナーは分析した。
サブトレーナーは他者の性格や状態を把握するのがうまい人間だった。グラスワンダーを抱えていたチームのトレーナーは彼女を扱いやすい娘だと思っていたがゆえに怪我にまで発展させてしまったようだが、トレーナーもグラスワンダー自身も怪我の原因はわかっていないようだった。
サブトレーナーだけが唯一グラスワンダーのことを分析できたのである。
怪我を未然に防げなかったことは負い目としてあったが、それよりも、よい素質を持ったグラスワンダーが彼女自身の性格によって伸び悩んでしまうことを予見した彼は、グラスの専属になりたいとトレーナーに申しでた。
トレーナーにとってはサブトレーナーの独立のために必要なことのひとつだったため、二つ返事で了承しようとしたが、怪我を抱えた娘の育成であることと本人の意思の確認ができていないことを理由にグラスとの面談を促した。
「私の専属、ですか?」
「うん。君は勝ちたいんだろう?」
「はい、勝ちたいです。すべてに」
グラスワンダーは両膝で握った拳に視線を落としながら強い声色で言った。
「エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー。強い娘がいっぱいいる。でもグラス、君は怪我で足踏みをすることになった」
「はい……」
「どうして怪我をしたと思ってる?」
「……運が悪かった、と」
「グラスワンダーは運で負けるウマ娘になっていいってことかい?」
「違います。でも怪我はすべての娘に平等に訪れます」
「それは防げる怪我をすべて防いだうえでの言葉だ」
「私の怪我は防げたと考えているのですか?」
「うん。たぶんだけど、君の性格のせいだよ」
「性格?」
「グラスが自分を甘やかさないかわりに、僕が甘やかそうと思う」
「はい?」
彼女は困惑した表情で頬に手をあて首を傾げた。サブトレーナーは耳が萎れているグラスワンダーを見るのは初めてだった。
◇ ◇ ◇
サブトレーナーとの懸命なリハビリにより、春先の怪我は梅雨前には治り、夏にはGIをとったときの状態に戻っていた。しかしグラスワンダーは、復帰戦での勝利を望み、さらなる状態の向上のためにトレーニングに打ち込んだ。
そして十月。毎日王冠の日を迎える。
「グラスワンダー驚異的な末脚でサイレンススズカに追いつく追いつく追いつく並んでゴール! サイレンススズカ天皇賞に弾みをつける勝利か、グラスワンダー復帰戦に華を添える強者の勝利か」
「いやー、グラスワンダーの末脚は恐ろしいですね。第三コーナーで息をついたサイレンススズカを見ての仕掛けも抜群でした。それを感じたサイレンススズカは一気にペースを戻しましたね」
「まだ着順掲示板は表示されていませんが、勝ちタイムはなんとレコードが記録されています! おっと場内リプレイを見る観客からは歓声が湧いていますね」
「レコードということはどちらにしてもグラスワンダーの復帰戦としては最上級のものとなりましたね」
「今掲示板が表示されました! 一着はサイレンススズカ! ハナ差でグラスワンダーが二着です! 三着は二馬身差でエルコンドルパサー、四着は――」
控室に戻ってきたグラスワンダーの表情は優れなかった。前髪が汗で張りついているのがより悲愴的だった。
「……負けました」
「レコード勝ちのサイレンススズカにハナ差ってことは実質勝ちみたいなもんだよ」
「サブトレーナーさん、掲示板の一番上に乗ることを勝ちというのですよ。勝ちに実質の勝ちなどありません」
グラスワンダーはかなり厳しい見方をする。
たしかに復帰戦の毎日王冠は勝ちたかったが、あのサイレンススズカにここまで健闘したのは完璧に近い復帰戦だったと言える。
しかしグラスワンダーは負けん気が強すぎて、この結果をよいものだと受け止められないようだった。
サブトレーナーは椅子に坐り項垂れるグラスに後ろから近づいて頭を撫でる。ぴこんと耳が立って、首を後ろに向けたグラスは驚いた表情を見せた。
「あの、恥ずかしいですっ」
「ライブ始まるまで撫で撫でするからな」
「どうして!?」
「グラスは褒められる走りをした。今のところこれくらいしか褒める手段がないけど、帰ったらなんでもしてあげるよ」
「でもあのレースは、あともうちょっとで勝てたんです……。あと少し、あと少し脚が前にいっていれば」
サブトレーナーは内心で溜息を吐いて、こりゃ重症だなと思った。ショック療法しかないな、とトチ狂った末に、グラスを後ろから抱きしめることにした。
「僕にとっては世界一のウマ娘だよ」
「サブトレーナーさん!?!?」
「なにも言わずに抱きしめられてろ」
「ええっ!?!?」
顔を真っ赤にして驚くグラスだったが、その尻尾はサブトレーナーの腰に寄りそうように巻きついていた。
ステージに立ったグラスは万雷の拍手で迎えられ、〈おかえり!〉と書かれた横断幕を見て一瞬涙ぐんだあと、笑顔で両手を振った。そのあと最前列にいるサブトレーナーを見つけたようで、小声で「ばーかっ」と悪戯に言った。
サイレンススズカ、グラスワンダー、エルコンドルパサー三名をメインに据えたウイニングライブは、その幕が降りても観客の声援がしばらく止まなかったほど盛りあがった。
グラスワンダーはライブを終え、清々しい気持ちで控室まで戻って来、サブトレーナーに迎えられた。
「いいステージだったよ。気持ちよかったみたいだね」
「ええまあ、久しぶりのステージでしたし、なによりファンの皆さんの顔がよく見えたのが大きいですね。うれしそうでした」
「僕もうれしいよ」
グラスはぷくーっと頬を膨らませてこう言う。
「年頃の女の子を抱きしめたらそりゃうれしいでしょうね!」
「でもライブが始まるまでずっと抱きしめられたままだったじゃない」
グラスは耳をぱたんと倒してなにも聞こえませんモードに入った。
サブトレーナーはようやくグラスワンダーとの距離を詰められたと安堵しながら、清潔なタオルでグラスの汗を拭ってやった。
◇ ◇ ◇
毎日王冠以降のグラスワンダーは順調そのものだった。
いつもならトレーニングを終えてもまだ走り足りないという表情をして、夜中にこっそりと抜けだして自主練をしてしまうのがグラスワンダーというウマ娘だった。
しかしサブトレーナーから実は毎日王冠に挑む前から秋華賞への出走登録をしており、枠が空いたから出走できるとの報告を受けたグラスワンダーは、サブトレーナーの指示をよく聞くようになり、またトレーニング終わりにスキンシップを要求するようになった。
そのスキンシップの頼み方がいじらしく、いつもよりすこしだけ距離が近くなり、耳と尻尾の落ち着きがなくなるという些細なものだったから、サブトレーナーはこれまで以上にグラスを観察する羽目になった。
グラスはよく視線が合うようになったと感じていたが、特段不思議に思うわけでもなく、むしろ自分を勝たせるために集中してくれているのだと考えていた。本当はグラスワンダーを甘やかすタイミングを見計らっているだけなのだが。
この年のティアラ路線は荒れた展開になっていたが、そんな荒れた秋華賞をグラスワンダーは実力でねじ伏せて掲示板の一番上に自身の名前を飾らせた。毎日王冠では華を添えられなかったが、秋の華を取ることはできた。
このご褒美としてサブトレーナーがしてあげた膝枕と尻尾のトリートメントをいたく気に入ったようで、トレーニング後のルーティンに組み込まれてしまった。
トリートメント中は他愛もない雑談が中心だとグラスワンダーは思っていたが、そのほとんどはエルのあれがあーだこーだだの、スペのあれがあーだこーだだのといった愚痴が主であり、サブトレーナーはストレスケアの一環としての必要性をひしひしと感じていた。
とはいえ、グラスがこのように甘えてくれることにうれしい気持ちのほうが強かった。
「今日、またエルが納豆にデスソースをかけて食べてまして、いつも注意するんですが「食べ方は人それぞれデース!」と言って取り合ってくれないんですよねぇ」
この愚痴を聞くのはもはや十度目くらいになるだろうとサブトレーナーは思いながらこう返答する。
「グラスはなにをかけて食べるのが好き?」
「やはり出汁醤油とからしが至高ですね。ついついご飯を食べすぎてしまうのが難点ですが……」
納豆のおいしさを思いだしたのか、サブトレーナーの手の中にあった尻尾がゆらゆらと揺れる。サブトレーナーはそれを掴まえてブラッシングを再開する。
「僕はそれにネギを追加するのが好きだな。あ、そういば僕のおじいちゃんは味噌汁に納豆を入れるのも好きだったな」
「なんですかそれ!?」
「そしてそれをねこまんまにするのも好きだったね」
「ひえぇ」
「味噌と納豆は元が大豆で相性がいいからね」
からからと笑うサブトレーナーをグラスの尻尾がぺしぺしと叩く。
「冒涜です。それは日本食に対する冒涜です」
「でも全部日本食だよ。ただの組み合わせの問題じゃないかい」
「それが一番重要なんじゃないですか。〈和〉とは調和のことです」
グラスが調和のことを言うのは笑わせてくれる、とサブトレーナーは思った。彼女はよく精神のせいで調和が乱れてしまうことが大きな欠点だった。和をもって貴しとなすという言葉もグラスには似合わない。友達であっても全力で叩き潰すのだ。
「――次は有馬記念ですね。セイちゃん、キングヘイローさん、エアグルーヴ先輩。強い娘がいっぱいいます」
「でも勝つのはグラス、だろ?」
「もちろんです」
すこし前までは切った張ったの話をすればすぐに闘志を滲ませていたグラスだったが、こうやってサブトレーナーの膝の上に乗せられて頭を撫でられているときは形無しだった。気持ちよさそうに目を細め、耳をぴこぴこと動かす。
ほかのウマ娘は、グラスワンダーの強さの秘訣がこんな膝枕と頭撫で撫でと尻尾トリートメントだとはまったく思いもしないだろう。
◇ ◇ ◇
そして有馬記念。秋華賞を荒らしたこともあってかそのままエリザベス女王杯も取ってしまおうかという悪戯心で出走したエリザベス女王杯も一着を奪い去り、これでGIを三つ制覇したことになる強いウマ娘グラスワンダーだったが、菊花賞をレコード勝ちしたセイウンスカイには僅差で人気を譲り二番人気となった。
「グラスワンダーが抜けてきた! 第四コーナーを通過! 直線に差し掛かるセイウンスカイが先頭だが集団との差が詰まっている。ああっとここで外からグラスワンダーだグラスワンダーの末脚は驚異だぞ! グラスワンダー集団をかわし先頭に立った! 残り百メートル後ろからメジロブライトが追走するが差は縮まらない! グラスワンダーの末脚! グラスワンダーの勝利への執念が今ここで実を結んだぁ! グラスワンダーやっぱり強い! ティアラを荒らした大和撫子はファンの心も荒らしていきました!」
サブトレーナーという精神安定剤を手に入れたグラスワンダーに敵はおらず、メジロブライトに二馬身差で勝利。来年度最注目のウマ娘だという声もよく聞かれるようになった。
◇ ◇ ◇
トレセン学園は短いながらも冬休みに突入する。終業式を終えたグラスは仲間たちとトレーナー室の近くへとやってきていた。
「トレーナーさん!」
スペたちと楽しそうにおしゃべりをしていたグラスは、トレーナー室の前に出したパイプ椅子に坐りながらタブレットを弄っているサブトレーナーを見つけて笑顔で手を振った。
セイウンスカイが小声で、グラスが変わったのってやっぱあのサブトレーナーが専属になってからだよね、というようなことをきゃいきゃい言っているのが聞こえてくるが、グラスにはまったく聞こえていないようだった。
「お土産は何人分買うかちゃんと計算できた?」
「もちろんですよ、ここにいるみんなの分と、チームのみんなの分と……」
「あれ、グラスはどこか旅行に行くの?」
「はい、有馬を勝ったご褒美に連れていってもらうんです。有馬温泉に」
「オヤジギャグじゃん……」
とセイウンスカイは肩を竦めて苦笑を浮かべる。
「お正月までには帰ってきますね。初詣一緒に行きましょうね」
「初詣! 私友達と行く初詣で初めてだなぁ! ねぇねぇ食べ物の屋台とか出るのかな?」
スペシャルウィークは早くも初詣でお腹いっぱいにすることを考えているようで、グラスたちは苦笑する。
そんななか、キングヘイローとセイウンスカイは、お正月までには帰ってくるって、それ何泊もするってこと? やばくない? 通報したほうがよくない? というようなことを話し合っている。彼女たちにはとびきりの口封じお土産が必要だろうとサブトレーナーは考えた。
◇ ◇ ◇
「温泉に来てまで膝枕、か」
「むしろそれがメインとも言えますね」
「メインは温泉に決まってるでしょ」
京都で買った椿油でグラスの尻尾を手入れしながらサブトレーナーはこの旅行の日程を思いだす。部屋に備えてあった浴衣を着たグラスの柔らかい感触から目をそらすためだった。
まず京都に寄ったふたりは寺社仏閣巡りをしたり、祇園で髪飾りや椿油などを買い求めた。漆塗りの蒔絵をしてあるウマ娘用の櫛があったのでプレゼントした。櫛を貰うときグラスは「これでまたお手入れしてくださいね?」とおねだりをすることを忘れなかった。サブトレーナーは昔のグラスとの変わりようを笑いながら、頭を撫でてもちろんだと頷いた。
有馬温泉は神戸市の外れにある。ずっと有馬温泉の宿に泊ったままだと関西圏の観光に不便であるため、有馬温泉に泊った次の日に神戸を観光し、そのまま大阪へ行って宿をとり、大阪、奈良と観光して府中へと帰るというスケジュールだった。
「熊野古道とか行ってみたかったですね」
「冬場は危険だからね。引退してからになるかなあ。それともトレーニングがてら登るというのもありかな」
「トレーナーさんが途中でへばっても私がおぶってあげますね。〈子を負うて肩のかろさや天の川〉なんて」
「僕はグラスの子かよ」
「ふふふ、でも実際子のような働きではありましたよ。昔は自分のためだけに勝とうと思っていましたが、今はトレーナーさんと一緒に、ふたりのために勝つと思ってますから。そういう意味ではトレーナーさんは本当にすごいですよね。私のモチベーションでもあり
「軛になることは狙ってたよ。でもモチベーションになれるとは思ってなかったかな。グラスはその負けん気だけでGIをとれるような娘だから外部にモチベーションは必要ないと思ってたし」
「ウマ娘にとって、モチベーションはいくらあっても足りることはありませんよ。ウマ娘というか、勝負の世界には、ですかね」
「グラスはさ、来年スペシャルウィークとかと真っ向からぶつかることになると思うんだけど、なんの
「もちろんですよ。スペちゃんだってああ見えてすごく負けず嫌いですから、私とやることになったら全力で来るはずです。私だって全力で叩き潰すつもりでいきます」
珍しくグラスワンダーの尻尾がピンと立った。サブトレーナーはなだめるようにかき撫でる。
「大舞台でスペシャルウィークとやるときになったら膝枕くらいじゃ足りなそうだなぁ」
「なにをしてくれますか?」
彼女はわくわくした表情で訊いてくる。
サブトレーナーはグラスの耳に口を近づけそっと囁いた。
グラスは顔を真っ赤に染め、彼の腕に甘えるように尻尾を巻きつけた。