黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
スプリングステークス周りと、もう1つ、とある物語を入れました。
『もう3月、新年度が近づいてきてるな……それに、俺のレースが、近づいてる』
『シンネンド?』
『人の暮らしで、4月から来年の4月までの1年間で物事を考える方法があるんです。それが年度、って考え方でして、新しい年度だから新年度です』
『なるほどなぁ』
エルコンドルパサーの海外遠征の話を聞いたのが、もう2ヶ月前位か。
あれからは休養を挟んでから調教を重ね、あと1週間でスプリングステークスというところだ。
『スプリングステークス、だっけか。芝1800mのレース』
『はい。目標の皐月賞の前哨戦で、3着までに入った馬には、皐月賞の優先出走権が与えられる、クラシック戦に向けての大事なレースです』
『成程ね……大丈夫、君なら勝てるよ。君が頑張って来たのは、知っているから』
『グラス先輩……はい、がんばります!!』
『僕も、本当ならレースがあったんだけどね……』
『筋肉痛、でしたっけか』
―――グラス先輩は、当初は中山記念というレースを予定していた。
しかし、調教に真面目に取り組みすぎた結果として筋肉痛になり、レースを回避する事になったのだ。
『鍛えすぎると、身体を壊す……うん、学んだよ』
『難儀ですよね。強くなりたいなら鍛えないといけないのに、鍛えすぎるとダメ、って』
『うーん……気を付けないとね』
結果として、今年の初戦は4月頭、大阪杯というレースになるそうだ。
ジーワンレースを初戦に選べるグラス先輩、凄いよな……普通ならもっと下のレースを選ぶと思うんだけど。
『でもまぁ、次以降はこんなヘマはしないよ。僕はもっと強くなりたいからね』
『向上心、流石ですね……俺も見習わないと!』
『一緒に頑張ろう』
『はい!!』
さて、そんな訳で調教なんだけれども、ここで意外な馬との再会となった。
『む、ブラックテイルじゃないか。自分の事を覚えているか?』
『君は……イシノフォーチュン?』
『そうだ。シンバセンを走る日に、君と出会ったんだ。久しぶりだな』
『そうだね、もう結構経つ』
そう、自分がコスモス賞を走る日に、競馬場でたまたま会話する機会があった馬、イシノフォーチュン。
もう1頭会話した馬、ノボグローリーと競い合って2着に敗れたとは聞いていたけど……
『この間レースに出てな、3着に入ったんだ。フリージアショウ、というレースだったんだけどな?』
『うーん……名前からしてオープン戦かな?でも、3着おめでとう』
『ありがとう……ただ、今まで1回しか1着が取れなくてな。素直に喜べないよ』
『そう、か……』
『次のレース、周りの人達が【頑張ってとって欲しい】と言っているのが聞こえたんだ。だから、なんとかして勝ちたいんだが……』
『次のレース、名前は?』
『ワカバステークス、と言うらしい』
『若葉ステークス!?』
「なんか、イシノとブラックテイル、見つめ合って動かないですね」
「あー……たぶん、何か話してるんじゃないですかね?」
「そう言うモノですかね?」
「ブラックテイルならありえそう、って思いますね、うちの厩舎だと……」
なんと、イシノフォーチュンが出るのは若葉ステークスなのか!
たしか、2着までに入った馬に皐月賞の優先出走権が与えられる、スプリングステークスとはまた違う皐月賞トライアルレース。
そこをとって欲しい、という願いはつまり……
『イシノフォーチュン、君の周りの人は、君の頑張る姿をもっと多くの人に見て貰う為に、まずは次のレースを頑張って欲しいと願っているんだ』
『自分の、頑張る姿を……』
『そうだ。君の偉大な父、オグリキャップの血を受け継ぐ馬……そんな君にこそ、頑張って欲しいと願われている』
『父の血を、受け継ぐ……そう、か』
流石に騎手さん達を待たせるわけにはいかないので、手短に伝える事をつたえよう。
『それに、若葉ステークスを勝てたら、その次のレースで……もしかしたら、俺と走れるかもしれない』
『ブラックテイル、君とか?』
『あぁ、そうだ。若葉ステークスを勝った先には、皐月賞というレースが待っている。本当に多くの人が見に来る、最高の舞台だ』
『サツキショウ……』
『―――俺は、そこで待ってるぞ。一緒に走ろう』
『―――あぁ、分かった。必ず、そのサツキショウに出て見せる。そこで、君と走りたい』
『お互い、頑張ろう』
「おぉっと、どうしたイシノ、走りたいのか?」
「テイル、お前まさか、他の馬を焚きつけた、のか?……なんて馬なんだ」
やる気を出してくれたみたいだ。
競馬素人の前世ですら聞いた事のあるビッグネーム、オグリキャップの子。
彼はどんな走りをするのだろうか、と、気になって仕方がないんだ。
自分が人間だったら、レースを見に行く事も出来たのだろうけど。
馬の身では、それも叶わない。
―――ならば、同じレースで走るしかないだろう?
『よし、俺もスプリングステークスに勝って、イシノフォーチュンと走れるように頑張らないとな!!』
「お、テイルもやる気だな?頑張ろうなー」
『頑張ります!!』
『雨降る中山競馬場、馬場状態は不良馬場との発表です。これより本日のメインレース、フジTVスプリングステークス、芝1800mが行われます』
『クラシック初戦、皐月賞のトライアルレース。多くの名馬たちがこのレースに勝利し、そのままクラシック戦線を駆け抜けていきました。ここ数年の競馬を例にしますと、無敗2冠を達成したミホノブルボン、シャドーロールの怪物と謳われた三冠馬ナリタブライアンが勝ち馬となっております。これから行われるレースの勝者が、クラシックの冠を戴く可能性は十分にあります』
『1番人気はモンテカルロ、岡部幸男とのコンビであります。芝、ダート問わない足が不良馬場での対応力有りと踏まれた形でしょうか』
『2番人気はブラックテイル。ラジオたんぱ杯で見せた見事な逃げ、この天気と馬場で発揮出来るかに注目が集まります』
『3番人気入りましたのはオースミブライトです。前走では芝2000mで1着を勝ち取っていますが、その前ラジオたんぱ杯にてブラックテイルに敗れております。リベンジはなるか?』
『4番人気は……………』
「不良馬場、か。雨もそれなりに降ってる……」
皐月賞トライアル、重要なレースだというのに、ついてない。
―――などと、嘆くことは無い。
「『ついている』ね、テイル」
やる気に満ち溢れているテイルに、声をかける。
『ブルルッ』という低い彼の声に、集中しているのだと感じる。
―――ブラックテイルという馬の強みは、幾つか存在する。
その中でも僕が特に信頼しているのは、脚力だ。
それも、末脚として発揮される脚力ではない。
荒れた馬場を踏み抜き走破する力、そちらで現れる脚力だ。
「今日は思い切り逃げようか」
雨で濡れ、重くなった芝。
10のレースによって荒れた馬場は、雨と混ざり合い脚にまとわりついて来るだろう。
―――それでも、この馬なら走れるという『確信』がある。
「君の脚なら、走り抜ける」
母父、ストームキャットの血が、彼の脚に走破する力を与えてくれたのだろう。
なるほど、洋芝、ダート向きというのは確かかもしれない。
そこに、しっかりと日本の芝でも走るサンデーの子としての性質が上手く混ざり合って、ブラックテイルというサラブレッドは完成したのだ。
「―――見せつけてやろう。君の、力を」
一度だけ、力強く頷いたのを確信し、笑みを深める。
スッと静かにゲートへと収まって、レース開始をテイルと共に待つ。
『クラシック戦線への切符を手にするのは、どの馬か!第48回フジTVスプリングステークス―――スタートしました!!!』
スルリと、滑るようなスタートを切る。
誰とも競り合う事なく、レースの先頭に立つことに成功する。
スタートの良さ、これもテイルの強みの1つだ。
特に『逃げ』『先行』を得意とする彼にとっては、前めに出ておくのは重要となる。
その為の武器を、彼は持っているのだ。
『先頭を行くのは青毛の馬体、ブラックテイル、ブラックテイルです。左後方にワンダーファング、その後ろにはゴルデンコークがついてこの3頭が先頭集団を形成しています』
後方に2頭、近い位置を走っている馬が居る。
チラリと見れば、ワンダーファングとゴルデンコーク。
どちらも逃げ、先行を得意とする馬だ。
「テイル、少し前に出ようか」
そう言えば、グンッ、とテイルは加速していく。
今日に限っては競り合いなどさせない。テイルの後方に位置してもらおう。
『さぁ第2コーナーから直線に入りますが、先頭3頭順位変わらず、しかしブラックテイルがワンダーファングに2馬身リードという形、かかっているようには見えません、落ち着いて走っているように見えますブラックテイル鳥場弘』
不良馬場を走っているとは思えない程に、テイルは落ち着いて走っている。
脚が重そう、等という事は無い。
のびのびと、いつものテイルの走りが出来ている。
「コーナーでもっと突き放そう……出来るね?」
僕の言葉に、僅かに、しかし確かにテイルが頷くのが見えた。
ならば問題ない。
この馬は、苦手な事や出来ない事は首を横に振る。
縦に振った、という事は……『やれる』という事に他ならないのだから。
『第3コーナーに差し掛かりますが、ブラックテイル先頭は変わらず、後続はタイクラッシャーが近づいて来ているが、2番手ワンダーファングとブラックテイルの差が3馬身程あります!先ほどから恐ろしい事に、差が縮まらないどころか段々と開き始めています!!!』
「行くよ、テイル」
言葉1つで、全てを察してくれたのだろう。
『突き放せ』という指示に向かって、テイルが加速していく。
―――ブラックテイルという馬は、鋭い末脚というよりは、長く持つ脚を持つ馬だ。
早めに先頭に出して、それを保たせる走りこそ彼を上手く活かせる走りだ。
周りは勝手に雨と馬場にもがき苦しんでいる。
その中でただ1頭、この馬だけは自由に走れる。
「君の全力を、示そう」
他馬と競り合う事も無く、余計な体力を使う事も無い。
テイルが、全力で駆け抜けられる状況は、整っている。
『我々は、何を見せつけられているのか!?ブラックテイル加速!ブラックテイル加速!!この馬場で、この雨で!!あれだけ走ってまだ余力があるのかブラックテイル!?今単独で最終直線に入りました!!!』
鞭を持ち上げる必要は、無い。
全く恐ろしい事に、テイルは『自分から』スパートをかけているのだから。
この馬は、ゴールに向かって、全力で走っているのが分かる。
ならば、自分がするのは、最高の乗り方で、彼の邪魔を一切しない事だ。
『4馬身!まだ広がる!!まだまだ広がっていくぞ!!!』
雨の中に、青毛の馬体がただ1頭、先頭を駆け抜ける。
荒れた馬場も、ぬかるむ地面も、重い芝も、雨に濡れ重くなった身体も、何もかも関係ない。
ただひたすらに、己の力の限り、駆け抜けていく。
『5馬身!6馬身!!圧倒的な差をつけて!!!今、独走で、ゴールイン!!!我々に、信じられないような光景を見せつけてくれましたブラックテイル!!!』
「―――最高の走りだったよ、テイル」
僕の言葉に、テイルは嬉しそうに『ヒヒン』と小さく嘶いた。
1999年3月21日 フジTVスプリングステークス 芝1800m
1 ブラックテイル 1:49:7
2 ワンダーファング 7
3 タイクラッシャー 2.1/2
4 シルクガーディアン 3.1/2
5 モンテカルロ アタマ
ただ一度、偶然話す機会があった、それだけの関係だ。
だけど……彼は、『自分』と走りたい、そう言ってくれた。
賢い君よ。誰よりも黒く綺麗に輝く、強い君よ。
『あぁ、そうだ……自分も、君と、走ってみたいんだ!!!』
この願い叶える為に、自分の出せる全力を!!
『さぁ最終直線、後方から上がってくる2頭、マイネルプラチナムとイシノフォーチュン!2頭並んで上がって来た上がって来た!!!』
『スティアーズマンを、キンショーテガラも交わして、ドラゴンブライアン!ドラゴンブライアンと並んだ!並んだ!!3頭並んでゴールイン!!!』
『僅かに、僅かにマイネルプラチナムが先頭か!?しかしドラゴンブライアンとイシノフォーチュン、この2頭はここからでは分からない程、完全に並んだように見えます!!』
「……良くやった、イシノ」
『キシュさん……』
「届いた、俺には分かる、届いたよ、お前は……クラシックに、届いたぞ」
『判定出ました!1着マイネルプラチナム、2着、2着はイシノフォーチュン!イシノフォーチュンが2着!』
『皆様、ご覧ください!オグリキャップの子が、皐月賞出走の切符を手にしました!!!』
―――あぁ、自分は、届いたんだな。
ブラックテイル、君と走れる、その場所に、届いたよ。
スプリングステークス、そして繋がりのあった馬、イシノフォーチュンについてでした。
ブラックテイルについては、彼にとって好条件が揃ったレースだったので全力を出して貰う事に。
タイムの参考はミホノブルボン。
ミホノブルボンのスプリングステークスは小雨、重馬場との事でしたので、それを参考にしつつ、ブラックテイルにとって好条件である事を考慮した結果このタイムに。
イシノフォーチュン、参戦!
というのも、史実でもイシノフォーチュンの元馬が若葉ステークスに出走しているのを見つけた時には『こうしたい』と思ったのです……
史実と成績が変わった競走馬
スプリングステークス出走馬
ブラックテイル1着により、全馬着順が1つ下がっている。
若葉ステークス出走馬
ドラゴンブライアン、キンショーテガラ、スティアーズマン
2着にイシノフォーチュンが入った事により、それぞれ着順が1つ下がっている。