黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
皆様、お久しぶりです。
アヤベさんを天井してお迎えし、育成ストーリーも何もかもじっくりと味わって、ようやく戻ってきました。
アヤベさんの確度が大きく向上したので、今後の執筆に活かしたいと考えております。
それはそれとして、今回はグラスワンダーの宝塚記念、そしてもう1つお話を書かせて頂きました。
『先輩、いよいよ宝塚記念ですね』
『そうだね、明日、走る事になる』
『この為に先輩、しっかり頑張ってきましたからね。大丈夫ですよ!』
『うん、頑張ってくるよ』
「うーん、相変わらず仲良いですね、グラスとテイルは」
「本当ですね……顔を寄せ合って、小さく嘶き合って……」
「管理している身としては、とても楽をさせて貰ってるね、あの2頭は。大人しいし賢いし、ああして一緒に居ると機嫌も悪くならないから」
「厩務員としてもありがたいですよ、ホント……テイルを担当している時の感覚を、他の馬に持ち込まないように気を付けないといけないですけどね」
「それはそうだね……グラスもなんか賢くなってきてる気がするんだけど、気のせい、かな?」
「……気のせいじゃないと思いますよ、それ。小西さんも言ってましたし」
「やっぱりそうかぁ……」
この厩舎で、今最も勢いのある2頭を見ながら、厩務員の菊村君と話をする。
何かを話し合っているようにも見える、そんな2頭。
片方は既にGⅠ3勝、去年のアルゼンチン共和国杯から無敗というこの厩舎1の名馬、グラスワンダー。
もう片方は6戦4勝のダービー馬、今後にも期待出来るブラックテイル。
どちらも鳥場騎手のお手馬であり、とても仲が良い。
「……秋には、2頭が競い合う、か」
「そう、ですね……」
「どっちが勝っても、この厩舎としては良いんだけどね」
「……自分はやっぱ、テイルに勝って欲しいですけどね」
「そうだよね。きっと小西さんなら、グラスに勝って欲しいと言うだろう」
「そうなりますよね」
秋初戦、同厩舎対決になることが決まっている。
まだ発表はしていないが、大きな反響があるだろう。
同厩舎対決と言うだけでも話題になるが、それがグランプリホースと今年のダービー馬の対決となれば、かなりのものだ。
「楽しみだね」
「はい。ただ、その前に、宝塚です」
「そうだね。いよいよ、明日だ」
そう、同厩舎対決の前に、夏の休養前最後のレースである宝塚記念が待っている。
恐らく、最大の敵となるのは、去年のダービー馬、スペシャルウィークだろう。
好走こそすれど勝ちきれないステイゴールド、同じく好走はするが勝ちきれないキングヘイローは、ある程度警戒はしている。
前走の目黒記念で勝利しているローゼンカバリーも、もしかしたらいい線に来るだろうか。
だが、やはり一番警戒するべきはスペシャルウィークだ。
「春の天皇賞を勝って、勢いに乗っているスペシャルウィークが出て来ますね」
「どうも、ここ最近は峪騎手が最大の敵として立ちふさがる事が多いね……」
「峪騎手から見ても、もしかしたらそうかもしれませんね。クラシックではテイルが、古馬ではグラスが居ますから」
「かもしれないね……さて、今回も勝たせて貰いたいがね」
峪穣、才気溢れる騎手。
確かに、去年、今年とうちの厩舎にとっての最大の壁、とも言えるだろう。
―――だが、グラスワンダーが、鳥場騎手が、勝つ。
言葉にこそしないが、私はそう信じている。
『阪神競馬場にお集まりの皆様、いえ、全国の競馬ファンの皆様。快晴の空の下、何処までも先頭を走り続けた、1年前のサイレンススズカが思い出されます。そして、今年もまた、皆さまの、そして私の夢が、この阪神競馬場を走ります』
『皆様の夢は、スペシャルウィークか、それとも、グラスワンダーでしょうか』
『―――私の夢は、サイレンスズカ。叶わぬ夢ではありますが、ダービー馬やグランプリホースを相手取り、なお先頭を走るサイレンススズカこそが、私の夢であります』
『ねぇ、そこの君』
『僕かな?』
『そうそう、君。僕に乗ってる人が気にしてるからさ、ちょっと気になって。僕、スペシャルウィーク!』
『君が、去年のダービー馬の……グラスワンダー、僕の名前だ』
『グラスワンダー……聞いたような、ないような?僕の事、知ってるの?』
『うん。コーハイから教えて貰ったよ。僕とは同い年なんだってね』
『あ、そうなんだ』
ゲート前、1頭の馬が近付いて来る。
元気な馬……スペシャルウィーク。
僕と同じ歳の、ダービー馬。
3200mを走り切って1着を取っている、今回のレースでの最大の敵。
『君と走るのは初めてだね。今日は、よろしく』
『うん、よろしくね!よし、けっぱんべぇ!!』
「おっと…それじゃあ鳥場さん、あとはレースで」
「えぇ、レースで」
スペシャルウィークが去っていくのを見て、僕もゲートへと近づく。
僕は5枠5番、内側よりの位置だ。
外から抜き去る走りをする僕にとっては、なんとも言えない場所である。
でもまぁ、無理に外から内に寄せる必要がないのは楽だ。
なら後は、トバさんを信じて、走ろう。
「……グラス。今日も、勝とう」
『勿論さ。僕たちで勝とう』
天気は良く、馬場状態も悪くない。
ならば、後は簡単だ。
―――セイシンイットウ、ナニゴトかナらざらん。
最高の走り、それの為に、全てを捧げる。
その先に、きっと『彼』をも超える走りがあると信じて。
『さぁ、各馬ゲートイン……スタートしました。先頭を行くのはニシノダイオー、ニシノダイオーが先頭に立ちその後ろステイゴールド、ヒコーキグモが並んでその僅かに後ろキングヘイロー落ち着いているように見えます、そしてさぁスペシャルウィーク、グランスワンダー2頭並んでいますが、ややスペシャルウィークが前を行きます』
スタートは、やや前めの位置取りになった。
僕の前にはスペシャルウィークが居る。
なるほど、確かに力強い走りだ。
そして、キングヘイローは……うん、前見た時より落ち着いている様に見える。
「スペシャルウィークの真後ろだ」
『了解』
真後ろに入る。
テイルが言うには、スリップストリーム、と言うらしい。
前の馬を風除けにして、体力を温存する走り方だとか。
本当に色々と詳しいコーハイだ。
「この位置を維持するぞ」
『うん、分かったよ』
『さぁ第二コーナー入ったここで先頭から整理しましょう。ニシノダイオーが11頭引き連れて先頭です。そして4、5馬身程離れた2番手以降ご注目、ヒコーキグモが居てその後ろ、内からステイゴールドが不気味に、そしてその外スペシャルウィーク峪穣……おっと峪穣左右を確かめている?グラスワンダーを探しているのでしょうか?スペシャルウィークの隣にはキングヘイロー、そしてグラスワンダーは真後ろだ、真後ろにグラスワンダー鳥場弘!これと決めた時の鳥場弘ほど怖い騎手は居ませんが、今日はスペシャルウィークを徹底マークか!?』
(居ない……?いや、もしかしたら、真後ろから響くこの足音が、グラスワンダーか?それとも、見えない程後ろに下がったのか?)
『どうしたの?』
「……いや、僕たちは僕たちの走りをするだけだな」
「グラス、少しずつ外に……いや、このままだね。向こうから内に寄ってくれる」
『僕らは無理に動かず、前が空いたらそこを進めばいい、か』
「今日は結構応えてくれるな……よし、コーナーで行くぞ、キングヘイロー」
『なるほど、これが【乗ってる人を信じる】、という事か……!中々、走りやすい!!』
『さぁ第3コーナー過ぎて第4コーナーだ!ここでスペシャルウィーク、スペシャルウィークが早くも先頭に立った!その後ろグラスワンダーも上がって来た!2頭の一騎打ちとなるのか!!騒然となる阪神競馬場!!スペシャルウィーク先頭!スペシャルウィーク先頭だ!しかし後ろから黄色い帽子!グラスワンダーだ!!』
―――前が、空いた。
ここだ、このタイミングだ!!
「―――行け、グラス!」
『―――さぁ、行こう!』
鞭が入ると同時、僕は力強く、土煙が上がる程に力強く、踏み込む。
「来たか!」
『わわ、グラスワンダー君!?』
「スペシャル、抜かされるな!」
『分かってるけど、でも、速ッ!?』
僕が近付いているのに気づいたのだろう、でも、もう遅い!!
溜めていた脚を、解き放つ!!!
『最終直線入って穣の右鞭が飛んだ!もう言葉は要らないか!?2頭の完全な一騎打ちだ!!グラスワンダー並ばない!グラスワンダー交わした!!他を離した一騎打ちだが、先頭はグラスワンダー鳥場弘!!』
さぁ全力を出し切れ!
最高の、僕の走りを、見せつけてやれ!!
『やはりこの男だ!!やはり怖かったぞ鳥場弘!!グラスワンダー1着!!!』
『2着はスペシャル、3着はステイゴールド、そして4着はローゼンカバリーとキングヘイロー並んだか!?』
『やはり強い馬は強かった!強い馬は強かったが、勝ったのはグラスワンダー!グラスワンダー鳥場弘!!』
『悔しいー!!』
『良い走りだった。けど、今日は僕の勝ち』
『強いねぇグラスワンダー君!でも次は勝つからね!!』
『―――次も負けないよ、僕は』
『―――いーや、僕が勝つ!!』
「スペシャル、そんな睨まない睨まない……すみませんね、なんか」
「いや、睨むくらいだったら大丈夫ですよ、きっと」
「……鳥場さん、次は勝ちますよ」
「いえ、次も僕が勝ちます」
「勝利ジョッキーインタビュー、宝塚記念を制しましたグラスワンダーの騎手、鳥場弘さんにインタビューをさせて頂きます。まず鳥場さん、宝塚記念勝利、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「どうでしたか、今日のレースを振り返って」
「グラスワンダーらしいレースが出来たんじゃないかな、と思っています。折り合いもしっかり付けられて、道中しっかりと溜めて、最後に一気に抜き去る……うん、思い返しても、良いレースだったと思います」
「スペシャルウィークとの一騎打ちとなりましたが、どうでしたか?」
「第3コーナーあたりの手応えが向こう良さそうだったから、どうかなとは思ったけど……4コーナーあたりで思ったより伸びなかったみたいだったから、『行ける』と思いましたね」
「なるほど……グラスワンダーの今後、秋の戦線などは、陣営として決まっているんでしょうか?」
「聞かれると思って、確認はしていますね。毎日王冠を始動に考えている、と」
「毎日王冠、なるほど」
「ブラックテイル号も、毎日王冠を始動にすると言っていました。僕は、グラスワンダーに乗りますが、楽しみですね、今から」
「―――――えっ?ちょ、鳥場さん!?それって!?」
「―――同厩舎対決となります、はい。僕からはこれ以上言えることはありません」
「わ、分かりました……さ、最後に、ファンの方々に一言頂けますか?」
「グラスワンダーは、とてもファンの多い馬ですからね。グラスワンダーらしいレースが出来て本当に良かった、そう思っています。これからもグラスワンダーの事を応援、お願いします」
『―――僕と、テイル、が?』
『―――はい。先輩、次のレースは休養を挟んでの毎日王冠、芝1800m……俺もそこに出ます』
キューシャに戻ってきて、レースの結果を教えて。
そうして、テイルから言われた言葉に、衝撃を受ける。
マイニチオウカン、そう、サイレンススズカとエル、2頭と走った、あのレースで。
僕は―――テイルと、走る。
『鳥場さんはグラス先輩に乗る事になっています。俺の騎手を務めて下さる方も、この間決まりました』
『それは、誰、なんだい?』
『海老名正利さん。エルコンドルパサーの鞍上を務めていた人です』
『そう、なんだ』
テイルのキシュさんは、エルのキシュさんがやるらしい。
僕の事を良く知っている人だな……
『……先輩。1つ、宣言させてください』
『何、かな?』
『自分は、全力で先輩に挑みます。だから、手加減なんかしないで、全力で相手をしてください……自分からの、お願いです』
なんだ、そんなお願いか。
『―――勿論だよ、テイル。僕は、君を全力で抜き去ってみせる。最後まで諦めないでね?』
『勿論です!先輩と一緒に走れる、またとないチャンスですからね!!』
『ふふっ、今から楽しみだなぁ……!』
力強く、僕を見てくれる、最高のコーハイ。
君と走れるのが、楽しみだ。
「―――先生。どうですか?」
「……恐らく、大丈夫だと思います。早期に発見されたのが幸いだったのでしょう……完治したと、思われます」
「では」
「これも、『彼』の血の起こした奇跡なのかもしれませんね……本格的な調教をしても、良いかと」
「それは、良かった……!」
「ですが、彼を蝕んでいたのはあの『屈腱炎』です。再発の可能性は、常に付き纏う……それだけは、お忘れなく」
「勿論です。ですが、馬主さんとも話をして、その上で決めましたから」
「分かりました……復帰戦は、何時を?」
「可能であれば、8月末の阿寒湖特別を予定してます」
「目指すは菊花賞、ですか……『彼』が出る事叶わなかった、最後の冠に」
「えぇ」
「しかし、騎手はどなたを?」
「実はそれが……『彼』の初年度産駒という事で、興味を持ってくれたようでしてね」
「それは、まさか……」
「えぇ……そのまさか、ですよ。美浦に来る予定があったという事で、今日、直接ノボグローリーを見て下さるそうです」
『よし、よしよしよし!脚ももう痛くない!もうすぐ、多分もうすぐ走れるぞー!!』
バボウ、っていう所の中で、僕は軽く足踏みする。
ずっと、ずっと痛かった、僕の脚。
『クッケンエン』って言うビョーキ、それが僕の脚にずっと起きていた。
ずっと痛くて、走る事だって全然出来ない位で。
どうにかしようとしてくれる人を信じて、あんまり動かないようにしながらずっと我慢し続けて。
痛みが、やっと、やっと消えた。
これでテイルに会える!テイルと走れるんだ!!
『早く走りたいな!って言うか、久しぶりに会うんだから、まずはお喋りし……………テイル、僕の事覚えてくれてるよね……忘れて、ないよね……?』
ずっと、会っていない。
どれくらいだろう?
テイルと会って、初めてレースに勝って、それから2回レースで走って……その前あたりで、ちょっと会ったけど、そこからずっと、ずっと会ってない。
『……なんか怖くなってきたかも……』
ションボリとしていると、僕のバボウに近づく音が聞こえて来た。
僕たち、馬の歩く音じゃない。
これは、人が近付いて来る音だ。
そっちの方を見てみると、僕の事を鍛えてくれる人と、見たことない人が、僕を見ていた。
「彼が、そうなんですか?」
「はい。ノボグローリーです……屈腱炎で長期休養してましたけど、今日の診断で、復帰しても大丈夫だろうと」
「そうか、それは良かった……穏やかな眼をしていますね、余り此方を警戒していない」
「分かりますか?結構人懐っこいヤツでして」
「それに、額の流星……確かに、どこかテイオーらしさを感じますね」
「貴方から見ても、そう感じますか」
「えぇ、はい」
……なんでだろう?どうしてだろう?
初めて見る筈なのに……なんでか、『懐かしい』なんて、感じる、ような?
気になるから、ちょっと近づいてみる事にした。
「ノボグローリー?近づいてきたのか」
「……近くで見ると、ますますテイオーの面影が……いや、それに……」
「……『彼』の面影も?」
「少しだけ、ですがね……うん」
……なんだろう?
この人も、なんか、僕の事を穏やかな眼で見ている。
うーん……?
「……15年、か。京都で3本指を立てた、あの日から、もう」
「『彼』の孫が、クラシックを走るくらいに、時間は経ったんですね」
「ですね」
「……復帰戦は、阿寒湖特別でしたね?」
「はい。そのままセントライト記念、菊花賞と進めたら、と」
「……テイオーが走る事の出来なかった、その場所に、行かせてあげたいですね」
テイオー、って、僕の父さんの事だよね?
僕の父さんを、知ってる人、なのかな?
「……騎乗依頼の件、受けさせてください」
「良いんですか?」
「えぇ。良ければ、どうか」
「是非、お願いします!」
「宜しく、お願いします」
なんか、話は終わったみたい?
知らないはずの懐かしい人が、僕の方をまた見る。
「テイオーの子供、ルドルフの孫……3代に渡って乗る事になるなんて、騎手人生で初めてかな」
僕の事を見て話すその姿は、やっぱり穏やかな顔だった。
宝塚記念、宣戦布告、そしてノボグローリー復帰となります。
ノボグローリーの鞍上を務めるのは、『あの方』です。
相変わらず悩みに悩んだのですが、今回はこのような形にさせて頂きました。
ここで、とある事について報告させて頂きます。
この度、ナリタトップロードウマ娘化に伴い、本作のウマ娘編に登場しているナリタトップロード周りの書き直しを予定しています。
少々時間はかかりますが、原作ナリタトップロードの理解を深めてから書き直しをしようと考えておりますので、暫くお待ちください。