黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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お久しぶりです、生きていました。
仕事がね、もうね……36協定は浜で死にました(真顔

今回は放牧期間を飛ばして放牧明け、そしてあの馬の話です。


第19話 放牧明け+『漸く、君と』

『お久しぶりです、先輩。放牧、どうでしたか?』

『久しぶりだね、テイル。ゆっくり休んできたよ、これからはまたチョウキョウだね』

『はい。俺もゆっくり休めましたし、久しぶりに友達とも会えました』

『アドマイヤベガとロサード、だっけ?』

『それ以外にも、スズちゃんとドールちゃん……牝馬路線を走って来た子達とも会えました』

『ヒンバロセン、えっと、オウカショウ、オークスだっけか』

『はい!2頭とも頑張って来たみたいです』

 

先輩の宝塚記念が終ってから、自分は放牧に出されていた。

放牧先ではリラやローズ君もそうだけど、スズちゃんとドールちゃんも居た。

偶然なのか何なのかは分からないけれど、まぁ久しぶりに会えたのは嬉しかったのでその辺りは考えない事にする。

 

スズちゃんはフサイチエアーデル、ドールちゃんはトゥザヴィクトリーという名前になり、共に牝馬三冠路線を走ってきてどちらも掲示板内に入る大健闘だったというのだから、友達としてとても嬉しかった。

ローズ君も話によれば重賞制覇しているというのだから、自分たち5頭揃ってかなり活躍出来ているのではないだろうか?

 

放牧中に重賞という概念などを皆に説明したり、今後のレースについて話したり、放牧先の施設の人の話から情報を集めたりと色々やってきた。

まぁ皆取りあえずは3冠路線をそれぞれ走って、その先はその後決めるという事は確定しているらしい。

リラとローズ君は休み明けに京都新聞杯2200mで競い合う事になり、ドールちゃんとスズちゃんもローズステークス2000mで競い合うそうだ。

どちらも3冠路線最終戦、菊花賞と秋華賞のトライアルレースであり、重要なレースになるだろう。

皆頑張って勝って欲しいと願いながら、放牧先でのんびりと過ごしてきた。

 

で、厩舎に帰って来て、グラス先輩と久々に会えた、という訳だ。

見た感じ、特段変なところは無い。しっかり休めたみたいだ。

 

『そういえばテイル、牧場で黄色い草を見つけたんだ』

『黄色い草、ですか?』

『うん。こう、本当に綺麗な黄色で、目についたんだけど、いっぱい生えてて』

『……それって、こんな感じでした?』

 

ガリガリと、牧場の床、土の所に蹄で絵を描く。

 

『あ、そうそう、そんな見た目だったよ』

『タンポポ、って言うんですよ。草じゃなくって……いや、草は草ではあるけれど、黄色い所は花って言うんです』

『ハナ?』

『難しい事は説明出来ませんけど、取りあえずああいうのの緑色の所は草、別の色は花、って覚えてください』

『ふーん……テイル、タンポポって美味しいね、アレ』

『タンポポが、ですか?』

『うん。牧場で見つけた分、全部食べちゃった』

『えぇ……先輩。タンポポの花はですね、時間が経つと白くてフワフワしたヤツに変わるんです』

『ふんふん』

『それが風で飛んで、地面に落ちて、そこからタンポポがまた生えるんです。食べ尽すともう生えてこないので、ある程度残して新しく生えてくるのを待つと、ずーっと楽しめますよ』

『そうなんだ……』

 

蹄で擦って絵を消しながら、先輩にタンポポについて説明する。

詳しい事は自分も良く分からないし、簡単な説明だけど。

先輩の意外な好みを知る事が出来たので、長く楽しめるように絶滅させないよう説明する。

 

『タンポポって、人間の――生活をする夢を見た時、ちょっと食べた事はありましたけど、そんなに好きなんですか?』

『なんて言うか……変わった味がして、それが好きなんだ』

『野草の風味、って事か……先輩、タンポポはまだ大丈夫なんですけど、牧場に生えてる植物には、身体に悪い草なんかも生えてる可能性があります。変な植物は食べちゃ駄目ですからね?』

『そうなんだ……うん、気を付けるよ』

 

毒草が生えている可能性だって、ゼロとは言い切れない。

その辺りは、先輩に気を付けて貰うしかない。

 

『……元気そうで、何よりです、先輩。秋初戦に向けて、頑張りましょうね』

『うん。君に勝って、その先も勝つ。秋の初戦、お互いに全力で』

『はい!』

 

 

 

 

 

「小鷹厩舎、ここだな」

 

秋初戦に向けて、色んな厩舎が忙しくなってくる、そんな時期。

自分は、とある厩舎を訪れていた。

 

「おはようございます」

「海老名さん、どうも」

「ブラックテイル号の調教開始という事で聞いてます。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

お目当ては、秋のGⅡ、毎日王冠で今回自分が乗る馬、ブラックテイル号の確認だ。

去年はエルコンドルパサーで挑んだ同レースに、今年のダービーホースであるブラックテイル号に乗って出る。

同馬のレースは、別の馬の鞍上から見た事は何度かあるけれど。

やはり、直接触れ、乗って確認をしたい。

 

「ブラックテイルについて、鳥場さんから何か聞いたりとかは?」

「賢い馬、とは聞いてます」

「ははは、鳥場さんも中々意地悪だ……直接確認して貰うのが良いでしょうかね」

「?」

 

何やら気になる事を言われ、馬房に案内される。

目についたのは、2頭の馬。隣り合った馬房に入っている。

1頭は、今の競馬を見ている人達で知らない人は居ないだろう馬、グラスワンダーだ。

そんな彼と、馬房から首を出して何かを言い合っている様にも見える、黒い馬。

『漆黒』という言葉は、彼の為にあるのでは、そう思えてしまうほど、黒い馬。

自分たちの足音に気付いたのか、こっちを見てくる。

 

「テイル」

『テキ、その人は……』

「海老名さんだ。次のレースで、お前の鞍上を務めてくださる」

「小鷹さん、馬に何を言って………」

『海老名さん、おはようございます!』

 

小鷹さんが声をかけると、驚く事に、軽く嘶いた後、深く、深く首を下げて来た。

まるで、挨拶の為にお辞儀をするような、そんな仕草。

 

『今度のレース、宜しくお願いします!』

「あの、小鷹さん、これって……」

「―――テイルは、もしかしたら、私達の言葉を理解しているかもしれない。自分と、鳥場さんと、彼を担当する厩務員とで、そう思っています」

「いや、それは……」

「賢い、なんてモノじゃないんですよ、こいつは……後は、乗って貰った時に分かるかと」

「は、はぁ……」

『すみませんね、海老名さん……』

 

『ブルル……』と、小さく鳴くブラックテイル号。

そんな彼を、グラスワンダーが穏やかな眼で見ていた。

 

 

 

「テイル、まずはウッドチップコースだ」

『分かりました』

「……海老名さん。手綱で誘導しなくても、こいつは勝手に行ってくれますから」

「え?」

「ウッドチップコースで何度か走らせて、テイルの感覚を掴んでください。今日は初めてコンビを組んだ日ですから、感覚を掴む事を優先してください」

「え、えぇ……」

「じゃあ、宜しくお願いします……テイル」

『分かりました』

 

小鷹さんに軽く叩かれると、ブラックテイル号はスッと歩き出す。

厩舎から出て、確かにコースの方へと。

 

「……本当に、コースに向かってる、のか?」

 

不安に思いながらも、取りあえず好きにさせて見る事にする。

馬の誘導を考えたりしない分、ブラックテイル号を観察する。

 

馬体は、やや平均よりも大きい位だろうか。

一歩一歩、どちらかというと、軽やかな足取りではなく、しっかり踏みしめるような歩き方をしている。

体幹のブレ、上下の揺れもそこまで大きくない。安心して乗れる、そんな歩き方。

馬自体は、とても落ち着いている様に見える。

 

そんな事を感じながら、好きなように歩かせていると、確かにウッドチップコースにたどり着いた。

一度も手綱で誘導もしないのに、ちゃんとコースに。

 

「本当に、着いたな……」

『中身が人間なモノで』

「……取りあえず、順番を待つか」

『ですね……あれ、彼は……』

 

ブラックテイル号を走らせるために、順番を待つ。

すると、1頭の馬が、近づいて来るのが見えた。

その鞍上の人に、とても見覚えがあった。

 

「岡部さん?」

「海老名さん、どうも」

「どうも。その馬は?」

「テイオーの子供ですよ。屈腱炎から回復して、この間阿寒湖特別を取った馬です。次はセントライト記念を」

「テイオーの子供ですか!もしかして、初年度産駒ですかね?」

「はい。良い馬なんですが、どうもそっちのブラックテイルが気になったみたいで」

 

『テイル!テイル!!久しぶりだね!!』

『ノボグローリー、うん、久しぶり』

『うん!!僕ね、ずっと脚が痛くて、この間ようやく治ったんだ!』

『うん、上の人たちが言ってるね。屈腱炎、とてもつらいモノだって』

『そうなんだよー、ずっとずっと痛くてさー……でもね、君の言葉を思い出したんだ?』

『俺の?』

『僕の周りの人は、僕を勝たせてくれる為に、色々してくれる、って話。だから、信じたんだ。痛いのを、走りたいのを我慢した。そして、漸く治ったんだ!!』

『そっか、それは良かった……』

 

「……仲、いいですね」

「うん、なんか凄い仲が良いね……噂によると、ブラックテイルは仲の良い馬が多いらしいですね」

「そうなんですか?」

「イシノフォーチュンなんかは特に仲が良いらしいですよ。オグリの子で、ダービーにも出てた」

「あぁ、あの」

 

『ねぇテイル、僕、この間レースに勝ったんだ!アカンコトクベツ、って名前のやつ!』

『阿寒湖……北海道のレースかな?おめでとう』

『えっへん!それでね、次のレースなんだけど、セントライトキネンって言うんだ!』

『セントライト記念!そうか、君がそのレースに……』

『なんか知ってるの?』

『……そのレースに勝てば、俺とレースを走れるかもしれない』

『え!?そうなの!?』

 

「おっと、ノボグローリー、暴れない暴れない」

「興奮してる、みたいですね」

「仲の良い馬と会ったから、ですかね」

 

岡部さんと話をしながら、ちらりと周りを見る。

まだ、自分たちの順番は来ないだろう。

 

『セントライト記念に勝つと、菊花賞ってレースに出られるようになる。俺が走る予定のレースだ』

『本当に!?テイルと走れる!?』

『あぁ、本当だ』

『じゃあ僕頑張って勝つね!!……そういえば、周りの人達が言ってたんだけどさ、僕の父さん、そのキッカショウってレースに出られなかったんだって』

『そうなんだ?』

『なんだっけ……【ムハイニカン】だったけど、怪我で出られなくなったみたいな話だけど……』

『無敗二冠……簡単に言うと、一度も負けることなく、有名なレースに勝ってきた、って事だね』

『そっか。じゃあ、やっぱ僕の父さんは凄いんだね!』

『他に、なんか言ってた?』

『そういえば……上の人、【シンボリルドルフ】?って馬に乗ってたらしいんだ。僕の父さんの父さんらしいんだけど』

『シンボリルドルフ……?なんか、聞いた事が、あるよう、な……』

『【ムハイサンカン】の【ナナカン】って言ってたよ?』

『ブフォッ!?』

 

「どうしたブラックテイル?」

「せき込んだ、のかな?」

「体調悪いのか?」

 

急にせき込んだような反応をしたブラックテイル号を心配する。

フルフル、と首を横に振ったような仕草を見せるが……大丈夫、なのだろうか?

 

『無敗三冠、七冠、って……それ本当なんだね?』

『うん。なんか、【ムハイニカン】に似てるね』

『そうだな。無敗二冠の後も、負けないで更にレースに勝ってる、って事になる』

『へー……あれ、もしかして凄い?』

『うん。【無敗三冠】のシンボリルドルフ、その子が【無敗二冠】のトウカイテイオー、それでその子供が君で、その全てに乗った事があるのが、君の上の人、か……凄いな、それ』

『僕の父さんの父さん、かー……良く分かんないなー』

『シンボリルドルフの頑張りがトウカイテイオーに繋がって、トウカイテイオーの頑張りが君に繋がっているんだ。それだけでも覚えておくと良いかもね』

『ん、分かった』

 

「お、そろそろ出番みたいですね」

「岡部さん、先どうぞ」

「ありがとうございます……グローリー、行こうか」

 

『あ、僕行かなきゃ……またね、テイル!!』

『うん、またね』

 

互いに嘶き合って、ノボグローリーと岡部さんが離れていく。

軽やかな足取りで去っていくその姿は、とても屈腱炎だった馬だとは思えない。

 

「……ブラックテイル。次は自分たちの番だ。準備しておこうか」

『はい』

 

順番的に、次は自分たちの番。

今日、本来の目的はブラックテイル号の確認だ。

なんとなくは分かって来たが、一番はやはり走りを確認したい。

 

またも誘導することなく、自然とブラックテイル号はスタートする位置まで来ていた。

 

「……よし、行くぞ」

『はい!』

 

グンッ、と加速していく。

伝わってくる振動が、踏み込みの強さを物語っている。

なんと力強い走り。

エルコンドルパサーに引けを取らないかもしれない。

走る時もブレが無く、乗りやすい馬だ。

 

1周、コースをしっかりと走り切らせて、その感覚を思い出す。

 

(癖が無い……いや、無さすぎる、と言っても良い)

 

踏み込みがとても強いが、それは末脚としてはあまり大きく発揮されない。

逃げ先行に向いているのも納得である。

―――それ以外、とてもバランスが取れていて、癖が全くない。

 

(これは新人ジョッキーが乗ったらいけないな。他の馬に騎乗する時に、この馬を基準としてしまうかもしれない)

 

ある程度経験を積んだ騎手でないと、この馬に呑まれかねない。

だから、鳥場さんはあれほど騎手探しを真剣にしていたのか、と納得する。

 

「……お疲れ」

『いえ、ありがとうございました』

 

自分が声をかけると、またも首を縦に振る。

本当に、人の言葉を理解しているのだろうか?

偶然ではなく、返事として首を振っているのだろうか?

 

「……いや、どちらであっても、自分が乗って走る事には変わりはないな」

『?』

 

そうだ、どうあれ自分はブラックテイル号に乗る。

そこは変わらないのだ。

人の言葉を理解していても、していなくても、変わらない。

 

「よろしくな、ブラックテイル」

『はい!よろしくお願いします!!』

 

軽く首を叩いて、声をかける。

そんな自分に対して、ブラックテイル号は軽く嘶いて首を縦に振った。

 

 

 

 

 

このレースに勝てば。

誰よりも早く、あの板の前を通れば。

僕は、僕はやっと、彼と走れる!

僕の父さんが出られなかったレースに、彼と一緒に!!

 

―――――だから、僕の邪魔をしないでよ!!!

 

『今日は、僕が勝つんだッ!!!!』

 

 

『さぁ第4コーナー入って、ここでノボグローリー怒涛の追い上げだ!!ノボグローリーが1頭、2頭、3頭抜き去って、まだ止まらないまだ止まらない!!!』

 

 

まだ前に、もっと前に、もっともっともっと前に!!!

テイルが待っているのは、この先なんだ!!!

 

「行け、グローリー……行けッ!!」

『分かってるよ!!!』

 

僕の上の人、キシュさんが僕を叩く。

ちょっと痛いけど、でも、これは僕に頑張って欲しいって合図なんだ。

―――それに応えれば、僕は勝てる!!!

 

 

『最終直線入ってノボグローリー4番手、前には3頭!しかし手ごたえが違う!これは手ごたえが違うぞ!!!』

 

 

あの3頭、全部抜けば、僕は―――!!!

 

 

『じゃ、ま、だぁぁぁぁ!!!!!』

 

 

『まだ加速する!まだ伸びる!!マイネルバイエルン捉えられた!!ノボグローリー並ばない!!並ばない抜き去った!!まだ止まらない!!アサヒウィンロードも抜いた!!!』

『ホットシークレットが粘る!粘る!!―――だがしかしノボグローリーだ!!ノボグローリーだ!!!京都へ続く栄光の道、駆け抜けたのはノボグローリー!!!!』

『屈腱炎に悩まされ、春のクラシックに出られなかった無念を力に変えて、父が出走出来なかった菊の舞台へと!!今、栄光への第一歩を踏み出しました!!!』

 

 

『待っててよテイル―――僕と、勝負だ!!!』




放牧先のたんぽぽ壊滅、そしてノボグローリーセントライト記念制覇でした。

本来、ノボグローリーの元馬さんは1998年10月からずっと屈腱炎でレースを出ていません。
しかし、本作においては馬側が人を信じて我慢したりした事により、1999年夏から復活となりました。
因みに、このセントライト記念、現実ではブラックテイルの元馬さんが勝っております。

次回は毎日王冠か、もしくはウマ娘編です。
ウマ娘編の場合、掲示板回か、もしくはウマ娘世界線でのノボグローリーやイシノフォーチュン達に触れるかのどっちかになります。
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