黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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お待たせしました。
今回は有馬記念、そしてもう1つ……?という感じになります。


第24話 第44回有馬記念+『ありがとう』

『アリマキネン、2回目だけど……今回は【彼】が居る』

 

パドックにて、僕は1頭の馬を睨む。

向こうも、僕に気付いているのだろう。

その視線は、確かに僕に向けられていた。

 

『―――スペシャルウィーク』

 

最初の出会いは、タカラヅカキネン。

その時は、僕が勝った。

次の出会いは、ジャパンカップ。

その時は、僕が負けた。

そして、今。

今年、最後のレース。冬のグランプリ、アリマキネン。

―――今日、スペシャルウィークは、ターフを去る。

これが、最後の舞台。

僕らが走る事が出来る、最後のレースになる。

 

 

 

『―――天気に恵まれました中山競馬場、これより始まるのは第9レース、第44回有馬記念、メインレースとなります。競馬ファンの願いが、祈りが、全て集約した夢のグランプリレース!まもなく出走です!!!』

 

 

 

『―――やぁ、そこの君達』

『おや、僕の事かな?』

『アァン?誰だアンタ?』

『テイエムオペラオーに、ナリタトップロードだね?僕の名前はグラスワンダー……テイルのセンパイ、同じキューシャの馬だ』

『テイルの知り合い?なんの用だよ?』

 

ゲート前、2頭の馬に顔を合わせる。

テイルのクラシック戦線の相手、3冠を分け合った2頭。

ふーん……なるほど、確かに。良い仕上がりだ。

テイルと勝った負けたのレースをしたというのも頷ける。

 

―――けれど。

 

『―――僕の大切な、大事なコーハイが世話になったみたいだからね?顔を見てみようと思っただけさ』

『『―――ッ!?』』

 

そう、僕にとって、テイルはとても大切な存在なんだ。

そんな彼を負かした馬が、目の前に居る。

思う所が、無いと言えば嘘になってしまう。

 

『良いレースを、しよう。ね?』

『……お、おう』

『ふ、フフ……よろしく頼むよ』

『うん、それじゃ―――』

 

軽い挨拶は済ませたから、ゲート前を立ち去ろうと考える。

そして、彼らに背を向けようとして……

 

『―――テイル?もしかしてブラックテイルの事?』

『ん?君は?』

『フサイチエアデール。テイルから聞いてるかな?【スズちゃん】だよ』

『あぁ、君が』

『そう。テイルの【トモダチ】の1頭。そういう貴方は……テイルが言ってた【センパイ】、なんだね』

 

テイルに比べると少し明るい黒の馬。

話には聞いた事がある。

テイルには、同じボクジョウで生まれた、同じ父親を持つ【トモダチ】が居る、と。

その中でも、ヒンバの友達の1頭。それが、目の前の馬、みたいだ。

 

『そっか、テイルのセンパイが一緒かー』

『テイルのトモダチが一緒とはね。今日はよろしく』

『よろしくお願いしまーす……テイル、元気にしてる?』

『うん。元気で、明るくて、色んな事を教えてくれる、最高のコーハイだ』

『そっか、いつも通りみたいだね、良かった……テイルの傍に居るなら、テイルの事、よろしくね』

『言われるまでも無いさ』

 

年下のヒンバ、にしては良い目をしてたな。

良い【トモダチ】が居るじゃないか、テイルは。

それに少し安堵して、最後に声をかけたい馬の方へと寄る。

 

『―――スペシャルウィーク』

『―――グラス君。えっと、その』

『このレースを最後に、君はインタイする……そうなんだね?』

『ッ……うん、そうみたい。これが、最後のレースだ』

 

スペシャルウィークの言葉には、どこか悲しみや、後悔の念が籠っている。

 

『……もっと、君と早く出会いたかった。もっと走りたかった』

『それは、僕もだよ。だけど、レースを選ぶのは人の方だからね』

『うん、それはそうだ……だから、このレース、最後のレースを、全力で走るよ』

『そうしよう。僕たちが一緒に走る、最後のレースだ』

 

―――もしも、僕がクラシックセンセンに出られたら。

―――もしも、君がクラシックセンセンに出られなかったら。

もっと一杯、僕らは一緒に走れたのだろうけれど。

でも、そうなったら、僕は今の僕じゃ無くて、君も今の君じゃない。

違うレースを、違う経験を積んだからこそ、僕らはこうしてぶつかり合う事が出来たんだ。

なら、戻れない過去を惜しむ、その手間を惜しもう。

 

『『―――君に、勝ちたい』』

 

―――全ては、これから始まるレースに。

 

 

 

 

 

『さぁ、各馬ゲートイン体勢完了!第44回有馬記念……スタートしました!!!』

 

スッと、ゲートを出て周囲を確認する。

大きく遅れた馬は居ない。

さて、どうしようか、トバさん?

 

「そうだな、後ろの方に行こうか」

『抑えるんだね』

「後方集団の前の方、その辺りに控えよう」

『分かったよ』

 

「スペシャル、一番後ろに行こうか」

『そんな後ろ?』

「あぁ……グラスワンダー以外、気にするな」

『うん、分かったよ!』

 

スッと後ろの方へと付けて行く。

前の方にナリタトップロード、その少し後ろにテイエムオペラオー。

そこに並ぶようにしてフサイチエアデール。

その後ろには……あ、ステイゴールドだ。

他にも、所々に見た事がある馬達が居る。

 

 

『さぁ先頭を奪ったのはゴーイングスズカ、ゴーイングスズカが強引に先頭を奪いました!そのすぐ後ろを行くのは菊花賞馬トップロード、並んでダイワオーシュウが行きます。その後ろ、内シンボリインディ外にこれは皐月賞馬テイエムオペラオー!すぐ後ろにはフサイチエアデール、後ろをピッタリ行くのはステイゴールドです!!』

 

 

……スペシャルウィークは、僕の後ろか。

彼の末脚は見事なモノがある。

最後のカーブ辺りで、一気に仕掛けるつもりかな。

 

「焦るなよ、グラス」

『分かってます』

 

「よし、よし、予想通り…!」

『グラス君以外は気にしない、気にしない…』

 

 

『さぁ向こう正面に14頭が入っていきます!先頭は依然変わらずゴーイングスズカ、ゴーイングスズカが先頭ですが、馬体を合わせているのがナリタトップロードです。2頭の後ろにダイワオーシュウ、少し離れてフサイチエアデール、その後ろ内シンボリインディ、外テイエムオペラオー。その後ろにも2頭、インコーススエヒロコマンダー並んでステイゴールド、外目を行くのはツルマルツヨシです!その内行くのがユーセイトップラン、その後ろメジロブライト、そしてその外にグラスワンダー!グラスワンダーこの位置です!!少し離れてファレノプシス、そして最後方にスペシャルウィーク!!!』

 

 

先頭まで、そこまで離されていない。

十分に詰め切れる距離、ではあるけれど……

後ろから感じる、鋭い視線。押しつぶさんとばかりに飛ばされるプレッシャー。

後ろに居るのは、僕が1度負けた相手……スペシャルウィークだ。

 

考える間も、レースは続く。

もうすぐ第3コーナー、4コーナーと続き、最後の直線だ。

―――トバさんがタヅナを引っ張るのと、僕が少し外に行こうとしたのは、同時だった。

 

 

『「―――行こうか」』

 

 

『さぁ第3コーナーに差し掛かる―――ここで遂に来た!遂に動いたグラスワンダー鳥場弘!!外に持ち出してメジロブライトを交わす!ユーセイトップランも交わす!大外からこれはスペシャルウィークだ!スペシャルウィークも仕掛けて来た!!!』

 

 

『―――来るか、スペシャルウィーク!!』

『勿論、行くよ!!!』

 

「大外一気、来るか!」

「今年は苦い思いばっかりさせられてますけどね、ここは勝たせて貰いますよ…!」

 

僕らが少し外へと動くと同時、更に外へ行く蹄の音が1頭分。

―――3200m走れるスタミナがあるんだ、2500mのレースで少し外に出ても問題はないか!

自慢の末脚で、勝負に出てきたな!

 

1頭、1頭と抜き去っていく。

しかし、全力で走っても尚、後ろからの蹄の音は小さくならない。

むしろ、段々と大きくなってきている!

 

 

『4コーナー終わって直線!!ツルマルツヨシ先頭に立つか!?しかし外からスペシャルウィークだ!!グラスワンダーだ!!!外から2頭!!最強の2頭だ!!!最強の2頭が襲い掛かる!!!』

 

 

僅かに前に、1頭。

それさえ抜けば……とは、ならない。

なぜなら、僕の少し後ろには、『彼』が居る。

 

―――この310m、もう、余計な事は一切考えない。

【セイシンイットウ、ナニゴトかナらざらん】

全てを、走る事へと―――!!!!

 

 

『ツルマル粘る!ツルマル粘る!しかし2頭が一気に突き抜ける!!やはりこの2頭だ!!やはり最強の2頭だ!!!ツルマル懸命に追う!その後ろからこれはテイエムオペラオー!!!』

 

 

『これが、テイルの仲間―――僕の超えるべき壁!!!』

 

『グラス、ワンダァァァァッッ!!!!!』

『――――ッッ!!!!!』

 

 

『スペシャルウィークか!?グラスワンダーか!?どっちだ!?どっちだ!?どっちなんだぁぁぁ!!!』

 

 

 

 

 

 

『――――――――』

「グラス」

『――――――――』

「グラスッ!」

『―――あ、トバ、さん』

「……お疲れ様」

『おつかれさま、です』

 

首筋を叩かれて、漸く、レースが終わった事を認識する。

デンコーケージバンは……あれ、何て読むんだろう?

……思い出した、テイルが蹄で書いてくれていた文字だ。

あれは、確か……

 

『―――シャシン、ハンテイ』

『フヒィ……ハヒィ……グラス君、シャシンハンテイってなにぃ?』

『あ、スペシャルウィーク……えっと、僕らのどっちが先にゴールしたか、人が判断してくれるまで待ってる、って事だよ』

『あ、そうなんだぁ……ハー疲れたぁ……もう1歩も走れないよ……』

 

「……今年何度目ですかね、これ」

「数え無い事にしてますよ。今年はこういう年だ、ってね」

「それもそうですね。でもまぁクラシックでも古馬戦でも、縁がありますね」

「ですねぇ」

「……最後のレース、勝たせてあげたいんですがね」

「彼と走れる最後のレースだからこそ、こっちも勝たせてあげたいんですけどね……ジャパンカップで負けなかったら、年間無敗だって視野だったんですからね」

 

僕はスペシャルウィークと、トバさんはタニさんと。

息を整えながら会話をして、時間を潰す。

 

「写真判定ってやっぱ落ち着かないですね、これ」

「なんなら自分たちが勝った、ってウィニングランしてきますか?」

「外したら恥ずかしいなんてものじゃないですよそれ……これで負けてたら、スペシャルウィークにも、馬主さんにも悪いですし」

「ハハッ……さぁて、どうなりますかね」

 

本当に、どうなるのやら。

……にしても、時間かかってるなぁ。

 

『―――ねぇ、グラス君』

『ん?』

『楽しかった。君と最後に走れて、良かったよ』

『……僕も、全力で走れて、良かった』

 

―――楽しいという気持ちすら置き去って、走り抜けた。

そこに悔いはない。全力を出した、そう言いきれるから。

それだけ追い込まれていた、という事でもある。

 

『レースを走らなくなったら、僕はどうなるんだろう?』

『……聞いた話だけど、君はシュボバ、っていう仕事をするみたい』

『シュボバ?』

『沢山子供を作って、その子供たちに君の強さを受け継がせて、こうしてレースを走らせる……それが仕事なんだって』

『へー……詳しいね、グラス君』

『テイルから聞いた話』

『あの時の黒い馬、だよね?凄いね』

『うん、凄いんだ、テイルは』

『でも、そっか……僕の子供が、未来でこうやって走るのか』

 

僕の言葉に、少しだけ考えるような仕草をして。

スペシャルウィークが、少し、笑った。

 

『―――僕の子供と、君の子供も、いつかこうやって走るのかな』

『……そう、だね。きっと、いつか』

『そっか。じゃあ、君より先に、そっちの仕事について、待ってるからね。君もいつか、こっちの仕事につく事』

『うん。先に待ってて。いつか、僕もそっちに行く』

 

―――耳が痛くなる程の、人の声が、響き渡る。

デンコーケージバンを、見る。

 

 

『―――結果が出ました!!僅かな差、ハナ差の決着を制しましたのはグラスワンダー!グラスワンダー鳥場弘、グランプリレースを3連覇!!!有馬記念連覇はスピードシンボリ、シンボリルドルフ以来3頭目、グランプリ3連覇はスピードシンボリ以来2頭目となる大偉業です!!!』

 

 

『―――負けたんだね、僕は』

『―――あぁ、僕の勝ちだ』

『じゃあ、次の勝負は、僕が勝ってみせるからね。すっごい子供が生まれて、君の子供に勝ってくれるさ!』

『それは、どうだろね?』

『……………じゃあね、グラスワンダー』

『じゃあね、スペシャルウィーク』

 

 

 

 

 

『…………………………』

『テイル?テイル?』

『……………あ、先輩。お帰りなさい!』

『うん、ただいま……どうか、したの?』

 

キューシャに戻って、テイルに声をかける。

いつもなら、僕以上に、テキやトバさん以上に勝利を喜んでくれるテイルだけど、今日は反応が薄い。

なにか、あったんだろうか……?

 

『え、あー、その……だ、大丈夫ですよ!』

『………テイル』

『………はい、すみません。実はちょっとだけ』

『何があったの?』

『えーっと、その……ちょっと待ってください』

 

テイルの事を少し睨むと、観念したのか、テイルが動き出す。

どうやら、僕の方とは反対側のバボウの馬に話しかけているみたいだけど……

テイルの奥から、ちょっと首を出したウマが1頭、見えた。

 

『【兄ちゃん】、この馬が……?』

『そう、グラス先輩。正式な名前はグラスワンダー。俺は先輩に色々お世話になって、ここまで来れたんだ』

『ふーん、成程なー……』

『……その馬は?』

『あ、すみません先輩。えっと、こいつは……』

 

 

 

『こいつの名前は【ブラックジーンズ】……父親も母親も同じ、俺の1つ年下の全弟です』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少し、時は遡る

それは、ジャパンカップが終わった数日後の出来事。

先輩が有馬に向けての調教に向かう中、自分は暫く休みという事もあり軽い運動での様子見で終わった。

ささっと馬房に入れられて、厩舎に居るのは自分と、テキといった感じ。

……まぁそれだけではなくて、自分の横の馬房、グラス先輩が入る反対側の馬房に、1頭の馬が居た。

 

「なぁテイル。お前が人の言葉分かってる、って前提で話すぞ」

『えっ』

「首傾げなくても良い。自分と菊村君、あと鳥場さんの3人はほとんど確信してる……この3人だけしか居ない時は、もう遠慮せず反応してくれ」

『……良いんですか?』

 

少し不安に感じながらも、テキの言葉に頷く。

元々隠すつもりなんて無かった。

向こうがどう思っていようと、自分は自分らしく生きているだけだった。

けれど、まさか自分の反応を、信じてくれるとは思っていなかった。

 

「安心してくれ。研究所とかに飛ばすつもりは一切ない。お前は俺が面倒を見る……信じてくれ」

『……分かりました、テキ』

「頷いてくれたな……ありがとう、テイル」

 

頭を撫でられ、思わず目を細める。

自分の反応に満足してくれたのだろうか、テキが1つ頷いて、話を続ける。

 

「じゃあ、話をしよう……隣の馬なんだが」

『あぁ、この』

 

チラリ、と隣を見る。

青毛……いや、少し違うか?おそらく青鹿毛、という所だろう。

自分よりも少し大きい馬だ。

そして……記憶が正しければ、あまり見覚えのない馬だ。

 

「入厩が遅くなってな、1月からデビューする馬になる」

『自分の後輩かぁ』

「……弟だ」

『………???』

「お前の弟だ」

 

思わず、ガバッと勢いよく隣の馬の方を見る。

何の事?と言わんばかりに、隣の馬はぼんやりとしていた。

 

「1997年3月9日生まれ、生まれはノーザンファーム。父サンデーサイレンス、母オーピーキャット、母父ストームキャット。馬主は金尾さん、つまりお前の馬主さんで、厩舎はウチ……分かるか?」

『わ、分かりますけど……えっ?えっ??』

「頷いた、って事は分かるんだな……正真正銘、お前の弟。それも全弟だ」

『……俺の、全弟……』

 

―――何と言う事だ。

弟……それも、全弟。

競走馬としての生を歩んできて、良く分かっている。

『母方の血の繋がらない兄弟達』なら、沢山居る。

でも、『母方の血まで繋がった兄弟』というのは、きっと珍しい存在だ。

それが、目の前に居る。

 

「……テイル」

『……はい』

「仲良く、してやってくれ。血の繋がった兄弟で同じ厩舎に居るなんて、珍しい事なんだ」

『はい!』

「よし、よく頷いてくれた……頼むぞ、テイル」

 

そう言うと、テキは隣の馬……弟の方を見る。

ポンポンと優しく触り、注意をこっち側に向ける。

その馬がこっちを見たのを確認して、俺に話しかけてくる。

 

「改めて紹介するぞ。こいつの名前は【ブラックジーンズ】、お前の全弟だ」

『ブラックジーンズ……』

「ブラックは冠名という訳では無いが、まぁ見て分かるがこいつも中々良い具合に黒い馬体だ。兄弟という事もあって、『黒』を冠した名前にしたんだろう」

 

なるほど、冠名とかでは無いのか。

 

「実はもう少し前から来ては居たんだがな……お前、賢すぎるからなぁ。ジャパンカップに影響あると思って教えないでおいたんだ」

『あーなるほど……すみません』

「この頷きは、謝ったな?別に謝らなくて良い。お前が賢い事にはもう慣れた」

『えぇ……』

 

内心申し訳なさを感じていると、テキが優しく首筋を撫でてくる。

 

『テキ?』

「テイル。お前は凄い馬だ。人の言葉を理解して、人を信頼して、今では立派なダービー馬……一流のサラブレッドだ。その力で、弟を支えてやってくれないか」

『弟を……』

「あぁ、そうだ……競走馬の世界は、狭い門しか存在しない。お前はあっさりオープン馬に上がったけど、それですら本来一握り、そこから先重賞馬になるのは更に上澄み、GⅠホースなんて本来夢のまた夢の領域なんだ……グラスワンダーがすぐ傍に居るから、感覚が狂うかもしれないけどな」

『やっぱ先輩凄いな!』

 

グラス先輩の凄さを、改めて認識する。

ジーワン競争を……5勝。5勝もしているのだ。

自分も1勝出来たが、それも接戦の末。

競馬の世界は、大変だ。身をもって知っている。

 

「何度も言うが、競走馬の世界は険しい。その険しい世界の中で、お前は確かな結果を残してきた。これからもきっと、お前は輝ける……その才能を、弟の為にも振るってやってくれないか?」

『……俺に、出来る事なら』

 

自分に出来る事、その範囲内であれば。

こうして巡り合えた弟に、なにかしてあげよう。

競走馬の世界の経験者として、支えてあげられることもあるはずだ。

そう思って、テキの言葉に頷く。

 

「頷いてくれてありがとうな、テイル……お前は賢い。人間の言葉を理解して……グラスにも、色々教えてくれてたんだろう?同じことを、弟にもやってくれ」

『はい!』

「よし、頼むぞテイル!」

 

テキの言葉に、しっかりと頷く事で反応する。

そして、弟……ブラックジーンズの方を見る。

自分の視線に気づいたのだろうか、彼もまた、こっちを見た。

 

『……えっと、何?』

『こうして話すのは初めて、だね。ブラックテイルだ』

『あ、どうも……僕は、えっと……』

『ブラックジーンズ。君の名前は、そうだね?』

『ブラックジーンズ……あ、うん、僕を呼ぶとき、そんな声で呼ばれる』

『アハハ……これから、良く会う事になると思う。よろしくね』

『あ、うん、よろしく』

 

―――リラなんかに初めて出会った時を思い出すな。

自分が色んな事を教える前。馬としての知識しかない彼らとの会話を思い出す。

そこからまぁ時間をかけ、色々と教えて、今のリラ達が居るのだ。

テキから任せられたのだ、弟にもいろんなことを教えてあげよう。

そして、君の未来が、少しでも良いモノになるように、支えてあげよう。

 

 

 

 

 

『……という訳でして。色々教え込んでたのでちょっと疲れがですね……』

『―――そっか、そっか。テイルの、オトウト……』

 

ジーッ、とテイルの奥に居る馬を見る。

テイルよりは、ほんの少し明るい感じの色に見える。

僕よりもテイルは大きいけれど、そんなテイルよりも少しだけ大きいような気がする。

 

『えっと、こんにちは』

『こんにちは。兄ちゃんから色々教えて貰ってます、グラスワンダーセンパイ』

『ん……彼にとっても、僕はセンパイか』

『はい!上下関係はしっかり叩き込んでおきましたからね!』

『僕より前にキューシャに居た馬はセンパイ、センパイはケーケンホーフな馬だから、基本敬う事……僕、覚えました』

『よし、良い子良い子。大事なのは【基本】だからな、見習うべきところは見習う、駄目なところは【ああはなるまい】と反面教師にする。これが大切だからな』

『うん』

 

良い子良い子、とテイルが彼のオトウトに頬をすり合わせる。

どこか心地よさそうに、目を細めてそれを受け入れるオトウト……………ウラヤマシイナァ……………

 

『……先輩?』

『―――え、あ、うん。どうかした?』

『んー?……大丈夫です、か?なんだか、上の空みたいですし……レースの疲れが溜まってるんでしょうね、きっと。今日から暫くレースは無いですから、ゆっくりと休んでくださいね』

『う、うん……』

 

テイルからそう言われると、僕も強く言い出せなくなる。

心の底から、僕の事を思ってくれての言葉だって、分かってしまうから。

それ程に、彼の視線は、言葉は優しい。

でも、温かな気持ちに包まれる中でも、彼のオトウトに対するドロドロとした気持ちは抑えらレナクテ―――

 

『あ、先輩!』

『ン……?』

『―――改めて、ですけど。有馬記念1着、おめでとうございます!やっぱり先輩こそ日本1の名馬ですね!!』

『―――』

『グランプリ3勝、有馬記念連覇……流石です!直接見られなかったのが残念ですけどね』

『……ありがとうね、テイル』

『いえいえ!』

 

テイルの言葉で、気持ちが穏やかになっていく。

僕の事を褒めてくれるテイルの視線があまりにも真っ直ぐで。

僕の事を見てくれるその瞳が、あまりにも綺麗で。

暗い、ドロドロとした気持ちが、晴れていく。

 

『遠慮しないで……いつもありがとう』

『わわっ、先輩!?』

『仲が良い馬は、こういうのをするんだって、ケガで休んでた頃に知ったんだ……嫌、だった、かな?』

『い、いえ、驚きましたけど……嫌じゃ、ない、です』

『そっか、そっか……時折、こうしたいんだ。テイルからも、こうしてくれるかな?』

『え、えっと、その……俺なんかで、良ければ』

 

ヒトの言葉で、なんだったかな……あぁ、そうだ、『グルーミング』というらしい。

ボクジョウで、とある馬同士でやっていた行為を、そう言っていた。

首や背中なんかを、優しく噛んだり、頭を擦り付けたり……そう言う事を、お互いにするのだとか。

このキューシャの馬で……いや、僕の会った馬の中で、そういう事をするのなら。

僕は―――テイルが、良いな。

やってみたい、っていう順位で次にくるのは、スペシャルウィークかな。

 

『ねぇ、テイル、テイル』

『なんですか、先輩?』

『―――ありがとう』

『何度も言わなくても良いんですよ、先輩』

『それでも、言わせてよ……ありがとう』

 

―――君と出会えて、良かった。

いつも思っている事だけれども。

改めて、僕は感謝の言葉をテイルに伝える。

 

 

 

―――君が居なかったら、どうなっていたのか。

その恐怖から、目を背けるために。




有馬記念、そしてブラックテイルの全弟『ブラックジーンズ』の登場。
そして、グラスワンダーとテイルの関係を少し深められたかな?といった具合。

ブラックテイルの元馬様の全弟、それがブラックジーンズです。
この世界線ではどのような成長、活躍をしていくのかは、今後をお待ちください。
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