黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
今回は有馬記念、そしてもう1つ……?という感じになります。
『アリマキネン、2回目だけど……今回は【彼】が居る』
パドックにて、僕は1頭の馬を睨む。
向こうも、僕に気付いているのだろう。
その視線は、確かに僕に向けられていた。
『―――スペシャルウィーク』
最初の出会いは、タカラヅカキネン。
その時は、僕が勝った。
次の出会いは、ジャパンカップ。
その時は、僕が負けた。
そして、今。
今年、最後のレース。冬のグランプリ、アリマキネン。
―――今日、スペシャルウィークは、ターフを去る。
これが、最後の舞台。
僕らが走る事が出来る、最後のレースになる。
『―――天気に恵まれました中山競馬場、これより始まるのは第9レース、第44回有馬記念、メインレースとなります。競馬ファンの願いが、祈りが、全て集約した夢のグランプリレース!まもなく出走です!!!』
『―――やぁ、そこの君達』
『おや、僕の事かな?』
『アァン?誰だアンタ?』
『テイエムオペラオーに、ナリタトップロードだね?僕の名前はグラスワンダー……テイルのセンパイ、同じキューシャの馬だ』
『テイルの知り合い?なんの用だよ?』
ゲート前、2頭の馬に顔を合わせる。
テイルのクラシック戦線の相手、3冠を分け合った2頭。
ふーん……なるほど、確かに。良い仕上がりだ。
テイルと勝った負けたのレースをしたというのも頷ける。
―――けれど。
『―――僕の大切な、大事なコーハイが世話になったみたいだからね?顔を見てみようと思っただけさ』
『『―――ッ!?』』
そう、僕にとって、テイルはとても大切な存在なんだ。
そんな彼を負かした馬が、目の前に居る。
思う所が、無いと言えば嘘になってしまう。
『良いレースを、しよう。ね?』
『……お、おう』
『ふ、フフ……よろしく頼むよ』
『うん、それじゃ―――』
軽い挨拶は済ませたから、ゲート前を立ち去ろうと考える。
そして、彼らに背を向けようとして……
『―――テイル?もしかしてブラックテイルの事?』
『ん?君は?』
『フサイチエアデール。テイルから聞いてるかな?【スズちゃん】だよ』
『あぁ、君が』
『そう。テイルの【トモダチ】の1頭。そういう貴方は……テイルが言ってた【センパイ】、なんだね』
テイルに比べると少し明るい黒の馬。
話には聞いた事がある。
テイルには、同じボクジョウで生まれた、同じ父親を持つ【トモダチ】が居る、と。
その中でも、ヒンバの友達の1頭。それが、目の前の馬、みたいだ。
『そっか、テイルのセンパイが一緒かー』
『テイルのトモダチが一緒とはね。今日はよろしく』
『よろしくお願いしまーす……テイル、元気にしてる?』
『うん。元気で、明るくて、色んな事を教えてくれる、最高のコーハイだ』
『そっか、いつも通りみたいだね、良かった……テイルの傍に居るなら、テイルの事、よろしくね』
『言われるまでも無いさ』
年下のヒンバ、にしては良い目をしてたな。
良い【トモダチ】が居るじゃないか、テイルは。
それに少し安堵して、最後に声をかけたい馬の方へと寄る。
『―――スペシャルウィーク』
『―――グラス君。えっと、その』
『このレースを最後に、君はインタイする……そうなんだね?』
『ッ……うん、そうみたい。これが、最後のレースだ』
スペシャルウィークの言葉には、どこか悲しみや、後悔の念が籠っている。
『……もっと、君と早く出会いたかった。もっと走りたかった』
『それは、僕もだよ。だけど、レースを選ぶのは人の方だからね』
『うん、それはそうだ……だから、このレース、最後のレースを、全力で走るよ』
『そうしよう。僕たちが一緒に走る、最後のレースだ』
―――もしも、僕がクラシックセンセンに出られたら。
―――もしも、君がクラシックセンセンに出られなかったら。
もっと一杯、僕らは一緒に走れたのだろうけれど。
でも、そうなったら、僕は今の僕じゃ無くて、君も今の君じゃない。
違うレースを、違う経験を積んだからこそ、僕らはこうしてぶつかり合う事が出来たんだ。
なら、戻れない過去を惜しむ、その手間を惜しもう。
『『―――君に、勝ちたい』』
―――全ては、これから始まるレースに。
『さぁ、各馬ゲートイン体勢完了!第44回有馬記念……スタートしました!!!』
スッと、ゲートを出て周囲を確認する。
大きく遅れた馬は居ない。
さて、どうしようか、トバさん?
「そうだな、後ろの方に行こうか」
『抑えるんだね』
「後方集団の前の方、その辺りに控えよう」
『分かったよ』
「スペシャル、一番後ろに行こうか」
『そんな後ろ?』
「あぁ……グラスワンダー以外、気にするな」
『うん、分かったよ!』
スッと後ろの方へと付けて行く。
前の方にナリタトップロード、その少し後ろにテイエムオペラオー。
そこに並ぶようにしてフサイチエアデール。
その後ろには……あ、ステイゴールドだ。
他にも、所々に見た事がある馬達が居る。
『さぁ先頭を奪ったのはゴーイングスズカ、ゴーイングスズカが強引に先頭を奪いました!そのすぐ後ろを行くのは菊花賞馬トップロード、並んでダイワオーシュウが行きます。その後ろ、内シンボリインディ外にこれは皐月賞馬テイエムオペラオー!すぐ後ろにはフサイチエアデール、後ろをピッタリ行くのはステイゴールドです!!』
……スペシャルウィークは、僕の後ろか。
彼の末脚は見事なモノがある。
最後のカーブ辺りで、一気に仕掛けるつもりかな。
「焦るなよ、グラス」
『分かってます』
「よし、よし、予想通り…!」
『グラス君以外は気にしない、気にしない…』
『さぁ向こう正面に14頭が入っていきます!先頭は依然変わらずゴーイングスズカ、ゴーイングスズカが先頭ですが、馬体を合わせているのがナリタトップロードです。2頭の後ろにダイワオーシュウ、少し離れてフサイチエアデール、その後ろ内シンボリインディ、外テイエムオペラオー。その後ろにも2頭、インコーススエヒロコマンダー並んでステイゴールド、外目を行くのはツルマルツヨシです!その内行くのがユーセイトップラン、その後ろメジロブライト、そしてその外にグラスワンダー!グラスワンダーこの位置です!!少し離れてファレノプシス、そして最後方にスペシャルウィーク!!!』
先頭まで、そこまで離されていない。
十分に詰め切れる距離、ではあるけれど……
後ろから感じる、鋭い視線。押しつぶさんとばかりに飛ばされるプレッシャー。
後ろに居るのは、僕が1度負けた相手……スペシャルウィークだ。
考える間も、レースは続く。
もうすぐ第3コーナー、4コーナーと続き、最後の直線だ。
―――トバさんがタヅナを引っ張るのと、僕が少し外に行こうとしたのは、同時だった。
『「―――行こうか」』
『さぁ第3コーナーに差し掛かる―――ここで遂に来た!遂に動いたグラスワンダー鳥場弘!!外に持ち出してメジロブライトを交わす!ユーセイトップランも交わす!大外からこれはスペシャルウィークだ!スペシャルウィークも仕掛けて来た!!!』
『―――来るか、スペシャルウィーク!!』
『勿論、行くよ!!!』
「大外一気、来るか!」
「今年は苦い思いばっかりさせられてますけどね、ここは勝たせて貰いますよ…!」
僕らが少し外へと動くと同時、更に外へ行く蹄の音が1頭分。
―――3200m走れるスタミナがあるんだ、2500mのレースで少し外に出ても問題はないか!
自慢の末脚で、勝負に出てきたな!
1頭、1頭と抜き去っていく。
しかし、全力で走っても尚、後ろからの蹄の音は小さくならない。
むしろ、段々と大きくなってきている!
『4コーナー終わって直線!!ツルマルツヨシ先頭に立つか!?しかし外からスペシャルウィークだ!!グラスワンダーだ!!!外から2頭!!最強の2頭だ!!!最強の2頭が襲い掛かる!!!』
僅かに前に、1頭。
それさえ抜けば……とは、ならない。
なぜなら、僕の少し後ろには、『彼』が居る。
―――この310m、もう、余計な事は一切考えない。
【セイシンイットウ、ナニゴトかナらざらん】
全てを、走る事へと―――!!!!
『ツルマル粘る!ツルマル粘る!しかし2頭が一気に突き抜ける!!やはりこの2頭だ!!やはり最強の2頭だ!!!ツルマル懸命に追う!その後ろからこれはテイエムオペラオー!!!』
『これが、テイルの仲間―――僕の超えるべき壁!!!』
『グラス、ワンダァァァァッッ!!!!!』
『――――ッッ!!!!!』
『スペシャルウィークか!?グラスワンダーか!?どっちだ!?どっちだ!?どっちなんだぁぁぁ!!!』
『――――――――』
「グラス」
『――――――――』
「グラスッ!」
『―――あ、トバ、さん』
「……お疲れ様」
『おつかれさま、です』
首筋を叩かれて、漸く、レースが終わった事を認識する。
デンコーケージバンは……あれ、何て読むんだろう?
……思い出した、テイルが蹄で書いてくれていた文字だ。
あれは、確か……
『―――シャシン、ハンテイ』
『フヒィ……ハヒィ……グラス君、シャシンハンテイってなにぃ?』
『あ、スペシャルウィーク……えっと、僕らのどっちが先にゴールしたか、人が判断してくれるまで待ってる、って事だよ』
『あ、そうなんだぁ……ハー疲れたぁ……もう1歩も走れないよ……』
「……今年何度目ですかね、これ」
「数え無い事にしてますよ。今年はこういう年だ、ってね」
「それもそうですね。でもまぁクラシックでも古馬戦でも、縁がありますね」
「ですねぇ」
「……最後のレース、勝たせてあげたいんですがね」
「彼と走れる最後のレースだからこそ、こっちも勝たせてあげたいんですけどね……ジャパンカップで負けなかったら、年間無敗だって視野だったんですからね」
僕はスペシャルウィークと、トバさんはタニさんと。
息を整えながら会話をして、時間を潰す。
「写真判定ってやっぱ落ち着かないですね、これ」
「なんなら自分たちが勝った、ってウィニングランしてきますか?」
「外したら恥ずかしいなんてものじゃないですよそれ……これで負けてたら、スペシャルウィークにも、馬主さんにも悪いですし」
「ハハッ……さぁて、どうなりますかね」
本当に、どうなるのやら。
……にしても、時間かかってるなぁ。
『―――ねぇ、グラス君』
『ん?』
『楽しかった。君と最後に走れて、良かったよ』
『……僕も、全力で走れて、良かった』
―――楽しいという気持ちすら置き去って、走り抜けた。
そこに悔いはない。全力を出した、そう言いきれるから。
それだけ追い込まれていた、という事でもある。
『レースを走らなくなったら、僕はどうなるんだろう?』
『……聞いた話だけど、君はシュボバ、っていう仕事をするみたい』
『シュボバ?』
『沢山子供を作って、その子供たちに君の強さを受け継がせて、こうしてレースを走らせる……それが仕事なんだって』
『へー……詳しいね、グラス君』
『テイルから聞いた話』
『あの時の黒い馬、だよね?凄いね』
『うん、凄いんだ、テイルは』
『でも、そっか……僕の子供が、未来でこうやって走るのか』
僕の言葉に、少しだけ考えるような仕草をして。
スペシャルウィークが、少し、笑った。
『―――僕の子供と、君の子供も、いつかこうやって走るのかな』
『……そう、だね。きっと、いつか』
『そっか。じゃあ、君より先に、そっちの仕事について、待ってるからね。君もいつか、こっちの仕事につく事』
『うん。先に待ってて。いつか、僕もそっちに行く』
―――耳が痛くなる程の、人の声が、響き渡る。
デンコーケージバンを、見る。
『―――結果が出ました!!僅かな差、ハナ差の決着を制しましたのはグラスワンダー!グラスワンダー鳥場弘、グランプリレースを3連覇!!!有馬記念連覇はスピードシンボリ、シンボリルドルフ以来3頭目、グランプリ3連覇はスピードシンボリ以来2頭目となる大偉業です!!!』
『―――負けたんだね、僕は』
『―――あぁ、僕の勝ちだ』
『じゃあ、次の勝負は、僕が勝ってみせるからね。すっごい子供が生まれて、君の子供に勝ってくれるさ!』
『それは、どうだろね?』
『……………じゃあね、グラスワンダー』
『じゃあね、スペシャルウィーク』
『…………………………』
『テイル?テイル?』
『……………あ、先輩。お帰りなさい!』
『うん、ただいま……どうか、したの?』
キューシャに戻って、テイルに声をかける。
いつもなら、僕以上に、テキやトバさん以上に勝利を喜んでくれるテイルだけど、今日は反応が薄い。
なにか、あったんだろうか……?
『え、あー、その……だ、大丈夫ですよ!』
『………テイル』
『………はい、すみません。実はちょっとだけ』
『何があったの?』
『えーっと、その……ちょっと待ってください』
テイルの事を少し睨むと、観念したのか、テイルが動き出す。
どうやら、僕の方とは反対側のバボウの馬に話しかけているみたいだけど……
テイルの奥から、ちょっと首を出したウマが1頭、見えた。
『【兄ちゃん】、この馬が……?』
『そう、グラス先輩。正式な名前はグラスワンダー。俺は先輩に色々お世話になって、ここまで来れたんだ』
『ふーん、成程なー……』
『……その馬は?』
『あ、すみません先輩。えっと、こいつは……』
『こいつの名前は【ブラックジーンズ】……父親も母親も同じ、俺の1つ年下の全弟です』
―――少し、時は遡る
それは、ジャパンカップが終わった数日後の出来事。
先輩が有馬に向けての調教に向かう中、自分は暫く休みという事もあり軽い運動での様子見で終わった。
ささっと馬房に入れられて、厩舎に居るのは自分と、テキといった感じ。
……まぁそれだけではなくて、自分の横の馬房、グラス先輩が入る反対側の馬房に、1頭の馬が居た。
「なぁテイル。お前が人の言葉分かってる、って前提で話すぞ」
『えっ』
「首傾げなくても良い。自分と菊村君、あと鳥場さんの3人はほとんど確信してる……この3人だけしか居ない時は、もう遠慮せず反応してくれ」
『……良いんですか?』
少し不安に感じながらも、テキの言葉に頷く。
元々隠すつもりなんて無かった。
向こうがどう思っていようと、自分は自分らしく生きているだけだった。
けれど、まさか自分の反応を、信じてくれるとは思っていなかった。
「安心してくれ。研究所とかに飛ばすつもりは一切ない。お前は俺が面倒を見る……信じてくれ」
『……分かりました、テキ』
「頷いてくれたな……ありがとう、テイル」
頭を撫でられ、思わず目を細める。
自分の反応に満足してくれたのだろうか、テキが1つ頷いて、話を続ける。
「じゃあ、話をしよう……隣の馬なんだが」
『あぁ、この』
チラリ、と隣を見る。
青毛……いや、少し違うか?おそらく青鹿毛、という所だろう。
自分よりも少し大きい馬だ。
そして……記憶が正しければ、あまり見覚えのない馬だ。
「入厩が遅くなってな、1月からデビューする馬になる」
『自分の後輩かぁ』
「……弟だ」
『………???』
「お前の弟だ」
思わず、ガバッと勢いよく隣の馬の方を見る。
何の事?と言わんばかりに、隣の馬はぼんやりとしていた。
「1997年3月9日生まれ、生まれはノーザンファーム。父サンデーサイレンス、母オーピーキャット、母父ストームキャット。馬主は金尾さん、つまりお前の馬主さんで、厩舎はウチ……分かるか?」
『わ、分かりますけど……えっ?えっ??』
「頷いた、って事は分かるんだな……正真正銘、お前の弟。それも全弟だ」
『……俺の、全弟……』
―――何と言う事だ。
弟……それも、全弟。
競走馬としての生を歩んできて、良く分かっている。
『母方の血の繋がらない兄弟達』なら、沢山居る。
でも、『母方の血まで繋がった兄弟』というのは、きっと珍しい存在だ。
それが、目の前に居る。
「……テイル」
『……はい』
「仲良く、してやってくれ。血の繋がった兄弟で同じ厩舎に居るなんて、珍しい事なんだ」
『はい!』
「よし、よく頷いてくれた……頼むぞ、テイル」
そう言うと、テキは隣の馬……弟の方を見る。
ポンポンと優しく触り、注意をこっち側に向ける。
その馬がこっちを見たのを確認して、俺に話しかけてくる。
「改めて紹介するぞ。こいつの名前は【ブラックジーンズ】、お前の全弟だ」
『ブラックジーンズ……』
「ブラックは冠名という訳では無いが、まぁ見て分かるがこいつも中々良い具合に黒い馬体だ。兄弟という事もあって、『黒』を冠した名前にしたんだろう」
なるほど、冠名とかでは無いのか。
「実はもう少し前から来ては居たんだがな……お前、賢すぎるからなぁ。ジャパンカップに影響あると思って教えないでおいたんだ」
『あーなるほど……すみません』
「この頷きは、謝ったな?別に謝らなくて良い。お前が賢い事にはもう慣れた」
『えぇ……』
内心申し訳なさを感じていると、テキが優しく首筋を撫でてくる。
『テキ?』
「テイル。お前は凄い馬だ。人の言葉を理解して、人を信頼して、今では立派なダービー馬……一流のサラブレッドだ。その力で、弟を支えてやってくれないか」
『弟を……』
「あぁ、そうだ……競走馬の世界は、狭い門しか存在しない。お前はあっさりオープン馬に上がったけど、それですら本来一握り、そこから先重賞馬になるのは更に上澄み、GⅠホースなんて本来夢のまた夢の領域なんだ……グラスワンダーがすぐ傍に居るから、感覚が狂うかもしれないけどな」
『やっぱ先輩凄いな!』
グラス先輩の凄さを、改めて認識する。
ジーワン競争を……5勝。5勝もしているのだ。
自分も1勝出来たが、それも接戦の末。
競馬の世界は、大変だ。身をもって知っている。
「何度も言うが、競走馬の世界は険しい。その険しい世界の中で、お前は確かな結果を残してきた。これからもきっと、お前は輝ける……その才能を、弟の為にも振るってやってくれないか?」
『……俺に、出来る事なら』
自分に出来る事、その範囲内であれば。
こうして巡り合えた弟に、なにかしてあげよう。
競走馬の世界の経験者として、支えてあげられることもあるはずだ。
そう思って、テキの言葉に頷く。
「頷いてくれてありがとうな、テイル……お前は賢い。人間の言葉を理解して……グラスにも、色々教えてくれてたんだろう?同じことを、弟にもやってくれ」
『はい!』
「よし、頼むぞテイル!」
テキの言葉に、しっかりと頷く事で反応する。
そして、弟……ブラックジーンズの方を見る。
自分の視線に気づいたのだろうか、彼もまた、こっちを見た。
『……えっと、何?』
『こうして話すのは初めて、だね。ブラックテイルだ』
『あ、どうも……僕は、えっと……』
『ブラックジーンズ。君の名前は、そうだね?』
『ブラックジーンズ……あ、うん、僕を呼ぶとき、そんな声で呼ばれる』
『アハハ……これから、良く会う事になると思う。よろしくね』
『あ、うん、よろしく』
―――リラなんかに初めて出会った時を思い出すな。
自分が色んな事を教える前。馬としての知識しかない彼らとの会話を思い出す。
そこからまぁ時間をかけ、色々と教えて、今のリラ達が居るのだ。
テキから任せられたのだ、弟にもいろんなことを教えてあげよう。
そして、君の未来が、少しでも良いモノになるように、支えてあげよう。
『……という訳でして。色々教え込んでたのでちょっと疲れがですね……』
『―――そっか、そっか。テイルの、オトウト……』
ジーッ、とテイルの奥に居る馬を見る。
テイルよりは、ほんの少し明るい感じの色に見える。
僕よりもテイルは大きいけれど、そんなテイルよりも少しだけ大きいような気がする。
『えっと、こんにちは』
『こんにちは。兄ちゃんから色々教えて貰ってます、グラスワンダーセンパイ』
『ん……彼にとっても、僕はセンパイか』
『はい!上下関係はしっかり叩き込んでおきましたからね!』
『僕より前にキューシャに居た馬はセンパイ、センパイはケーケンホーフな馬だから、基本敬う事……僕、覚えました』
『よし、良い子良い子。大事なのは【基本】だからな、見習うべきところは見習う、駄目なところは【ああはなるまい】と反面教師にする。これが大切だからな』
『うん』
良い子良い子、とテイルが彼のオトウトに頬をすり合わせる。
どこか心地よさそうに、目を細めてそれを受け入れるオトウト……………ウラヤマシイナァ……………
『……先輩?』
『―――え、あ、うん。どうかした?』
『んー?……大丈夫です、か?なんだか、上の空みたいですし……レースの疲れが溜まってるんでしょうね、きっと。今日から暫くレースは無いですから、ゆっくりと休んでくださいね』
『う、うん……』
テイルからそう言われると、僕も強く言い出せなくなる。
心の底から、僕の事を思ってくれての言葉だって、分かってしまうから。
それ程に、彼の視線は、言葉は優しい。
でも、温かな気持ちに包まれる中でも、彼のオトウトに対するドロドロとした気持ちは抑えらレナクテ―――
『あ、先輩!』
『ン……?』
『―――改めて、ですけど。有馬記念1着、おめでとうございます!やっぱり先輩こそ日本1の名馬ですね!!』
『―――』
『グランプリ3勝、有馬記念連覇……流石です!直接見られなかったのが残念ですけどね』
『……ありがとうね、テイル』
『いえいえ!』
テイルの言葉で、気持ちが穏やかになっていく。
僕の事を褒めてくれるテイルの視線があまりにも真っ直ぐで。
僕の事を見てくれるその瞳が、あまりにも綺麗で。
暗い、ドロドロとした気持ちが、晴れていく。
『遠慮しないで……いつもありがとう』
『わわっ、先輩!?』
『仲が良い馬は、こういうのをするんだって、ケガで休んでた頃に知ったんだ……嫌、だった、かな?』
『い、いえ、驚きましたけど……嫌じゃ、ない、です』
『そっか、そっか……時折、こうしたいんだ。テイルからも、こうしてくれるかな?』
『え、えっと、その……俺なんかで、良ければ』
ヒトの言葉で、なんだったかな……あぁ、そうだ、『グルーミング』というらしい。
ボクジョウで、とある馬同士でやっていた行為を、そう言っていた。
首や背中なんかを、優しく噛んだり、頭を擦り付けたり……そう言う事を、お互いにするのだとか。
このキューシャの馬で……いや、僕の会った馬の中で、そういう事をするのなら。
僕は―――テイルが、良いな。
やってみたい、っていう順位で次にくるのは、スペシャルウィークかな。
『ねぇ、テイル、テイル』
『なんですか、先輩?』
『―――ありがとう』
『何度も言わなくても良いんですよ、先輩』
『それでも、言わせてよ……ありがとう』
―――君と出会えて、良かった。
いつも思っている事だけれども。
改めて、僕は感謝の言葉をテイルに伝える。
―――君が居なかったら、どうなっていたのか。
その恐怖から、目を背けるために。
有馬記念、そしてブラックテイルの全弟『ブラックジーンズ』の登場。
そして、グラスワンダーとテイルの関係を少し深められたかな?といった具合。
ブラックテイルの元馬様の全弟、それがブラックジーンズです。
この世界線ではどのような成長、活躍をしていくのかは、今後をお待ちください。