黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
次走についてと、ちょこっと先輩馬の顔出しとなります。
「コスモス賞、ですか」
「芝1800m、3歳オープン、9月1週目……本当は2000以上でオープン未満を走らせたかったけどね、無くってね。調べてみて当初予定に近いのを選んでみたよ」
札幌から帰ってきて、僕はテキと話をしていた。
『ブラックテイルの次の目標はどこにするか』、という話。
当初の予定では、クラシック路線の第1歩、皐月賞と同じかそれより長い距離という話だった。
ただ、僕もテキも、うっかりしていた。
「……3歳だと、そうなりますか」
「そうだね。4歳だったら選択肢が増えるんだけどなぁ……阿寒湖特別とか、走らせてみたいね」
「芝2600……気になりますね、確かに」
「まぁ、無い物ねだりしてもどうにもならない。ほぼほぼ1ヶ月先だからね、やれることをしよう」
3歳の馬が走ることが出来るレースに、2000mのレースが少ない。
あるけれども、9月頃には無かった。
……年末なら、芝2000mのレースはあるか。
「……テキ、更に先ですけど、ラジオたんぱ杯はどうですか?」
「芝2000、年末のレース……そうだね。コスモス賞を走らせて、結果が良ければラジオたんぱ杯、あまり良くなかったらダートのレースを探してみよう」
「ダートのレースですか?」
テキの言葉に、少し驚く。
1200とはいえ、芝でレースにしっかりと勝てた馬だ。
自分の疑問に、テキは少し悩みながらも答えた。
「ストームキャットの血をひいているからね」
「……洋芝、ダート向きの可能性もある、と?」
「うん。正確にはダート、マイル向きの可能性かな。ファレノプシス、知ってるよね?」
「えぇ、まぁ。今年の桜花賞馬ですね。オークスではエリモエクセルに乗ってましたし、知ってますが……あぁ、彼女も母父ストームキャットですか」
「そう。父はブライアンズタイム……名種牡馬と、母父ストームキャットと見ると、ね。ファレノプシスは新馬戦を1200mダートで2着に9馬身つけて圧勝してる。クラシック路線のみを見据えるよりは、広く視野を持った方が良いと思ってね」
「……分かりました。コスモス賞の結果次第で、決めましょう」
「そうしましょう。芝1800でいい結果が出せるなら、クラシック路線に進められる。そうなれば、皐月賞と同じ芝2000を速く経験させてあげられるラジオたんぱ杯は良い」
話は、纏まった。
1ヶ月後のコスモス賞、この結果を見て、その先を決める。
良い結果を出せたなら、クラシック路線を。
結果を出せなかったなら、芝のマイル、もしくは芝ではなくダートを走らせ、可能性を探る。
全ては、コスモス賞で決まる。
「芝の1800m……この間のレースと比べると、1.5倍だ。テイル、今度のレースは一気に長くなるぞ」
『ブルルッ』
テイルが札幌から帰ってきて数日。
この間、テキからテイルの予定が決まったと言われた。
9月1週目に行われるコスモス賞。
芝1800を走らせる、と。
そして、このレースの結果次第で、今後の路線が変わるかもしれない、と。
「あんまり結果が良くなかったら、ダートに転向するかもしれないってさ」
『ブフッ!』
テイルには、ストームキャットという馬の血が流れている。
洋芝やダート向きの、力の強い馬になりやすい、と。
だから、今度のレースの結果が良くなかったら、そっち路線で活躍する可能性を考えて、ダートのレースに出すかもしれない、と。
テキは、そう言った。
「……テイル。俺は、お前がクラシック路線で走る姿が見たい」
『ダービー馬の厩務員』、とか、そういう言葉に憧れが無いといえば、嘘になる。
けれど、俺がテイルにクラシック路線で活躍して欲しいと願うのは、自分の箔の為ではない。
俺は、こいつの、テイルの凄さを他の人に知って欲しいから。
だから、競馬で最も華々しい路線であるクラシック路線で、こいつに活躍して欲しいと思うんだ。
……正直に言うと、テイルの厩務員になると知った時、あまり乗り気では無かった。
『サンデーサイレンスの産駒は気性が荒い』という話を聞いていたからだ。
どんな馬なのやら、と不安に思っていた自分には、『関係者曰くとても賢く大人しい馬らしい。大丈夫だ』というテキの言葉が、気休めにしか感じなかった。
実際に運ばれてきたテイルは、とても大人しかった。
『借りてきた猫のように』という言葉は、この馬の為にあったんじゃ、と思うくらいに。
それくらいに、大人しい馬だった。
数日の間は『いつ本性をさらけ出すんだ』と警戒してたけど、今思えばなんと無駄な努力をしていたんだか……
また、とても賢いというのも本当だった。
人の言葉が分かってるんじゃ、と思う程に。
……いや、分かってるんだろうな。
じゃなければ、人の言葉に頷いたり、鳴き声で返事をしたり、首を傾げるなんて真似は出来ない。
言う事はしっかり聞いてくれるし、暴れないしで、手間のかからない馬だ。
今では、こいつに惚れ込んでいる自分がいる。
新馬戦で魅せてくれた力強い走りに、常に先頭を走り続けた漆黒の馬体に、1人確信した。
『きっと、世代の頂点に立てる』って。
今は休んでいる、うちの厩舎のGⅠ馬にだって、きっと負けないって。
それくらいに、俺はテイルの走る姿に、夢を見た。
「……頑張れよ、テイル。応援するよ」
『……バフッ』
撫でていると、グイッ、と力強く、頭を押し付けてくる。
その仕草で、『分かったよ』と言ってくれた気がした。
次のレースが決まったと、厩務員さんから聞いた。
なんでも、1ヶ月後のオープン?とやら、芝1800mのレースらしい。
本当はもうちょっと距離が長くて、格式の低いレースを走らせたかったけど、時期のせいもあり見つからなかったから近いのを探したらしい。
しかし、母の父、つまり母方の祖父、か。
どうやら母方の祖父、母父と言うらしいが、母父は中々有名な馬らしい。
今回はフルネームで言ってたから覚えた。ストームキャットという名前だそうで。
アメリカのサラブレッドで、その血をひく馬は海外の芝や砂地、つまりダートでよく走る馬が多いらしい。
自分もそうである可能性もあるから、今度のレースの結果を見て、今後の走る路線を決めたい、とのこと。
個人的、個馬的感想としては、芝の方が走っていて気持ちがいい。
しかし、ダートを走るのは、あれはあれで楽しい。
足をとられたりするので大変ではあるけどね。
なのでまぁ、仮にダート路線に切り替えると言われても、問題は無い。
けれど、けれど、だ。
『……テイル。俺は、お前がクラシック路線で走る姿が見たい』
……期待してくれてる人が、居るんだ。
クラシック路線という、競馬においてとても華々しい路線を駆ける自分を見たいと、願ってくれる人が居る。
いつも朝早くから世話をしてくれる、今生でとても世話になってる人が、願ってくれている。
ならば、期待に応えよう。
走ってやろうじゃないか、1.5倍の距離だろうと、なんだろうと。
競走馬は、期待に応えてなんぼ……だろ?
とまぁ、恰好つけてみたわけだが、実際の所1800mという距離は前回の新馬戦から1.5倍にもなる。
という訳で、鍛えるべきは1にスタミナ2にスタミナ、3、4もスタミナ5に走り切る根性、といった具合だろうか?
そして根性については自分の気の持ちようなので、鍛えると言ったらひたすら走って走ってスタミナ付けだ。
そして、スタミナ付けと言えばやっぱり坂路……ではなくて。
『調教メニューにプールなんてあるんだなぁ』
犬掻きならぬ馬掻きにて、今泳いでいる真っ最中です。
なんでも、足に負担をかけすぎない調教法だそうで。
しかも、水圧で肺に負担をかける分呼吸が深く大きくなるから、心肺能力を鍛えるのにも繋がるとか。
けど、それよりも大事なのは、だ!
『泳ぐの楽しい!水冷たくて気持ちいい!!』
「なんか、テイル活き活きとしてますね」
「泳ぐの好きなのか?」
そう、今は8月、夏真っ盛り。
プールが凄く気持ちいいのだ!
あと、泳ぐ事自体もそこそこ好きではあるが、これは前世が由来だ。
スイミングスクールに通ったりとそこそこ泳げる人間だったのだ、前世は。
「暑いだろうし気分転換でもと思ったので提案してみましたけど、この調子なら寒くなるまではテイルの気分転換にはプール入れてあげるのが良さそうですかね?」
「……有り、かな?今後様子を見てみようか」
「そうですねー……大人しすぎるし賢すぎるけど、なんていうか、その……子供らしいって言うか、そういう一面もあるんすね、テイル」
「そうだなぁ……なんか、安心するよね。落ち着きすぎているから、逆に不安になる時があるから」
ん?テキと厩務員さん、なんか言った?
馬掻きしながらも、ちょっと耳を2人の会話に向け……るのは止めよう。
とりあえずあと何周かは水の心地よさを満喫させて貰うとしよう。
馬掻き馬掻き……
「……テキ。コスモス賞の結果が悪かったらって話、本当なんですか?」
「……珍しいね、菊村君。君がそういう話をするのは」
「テキ」
「……私としては、テイルにはクラシックで活躍してほしいと思うよ」
馬掻き馬掻き……
「調教メニューは素直に行ってくれるし、手ごたえも良好だ。鳥場君の評価も良い」
「なら……!」
「でも、まだ新馬戦、芝の1200の一回だけなんだ。たまたま走れただけで、芝が得意では無いかもしれない。マイル以上になったら途端に崩れるかもしれない……可能性を絞ってはいけないよ」
「……………」
「それを見極める為の、芝1800だ。ここで結果を……そうだね、3着以内、もしくは1着との着差が2馬身以内なら、って具合かな。この結果を出せるなら、クラシック路線、少なくとも皐月の2000mは走る事が出来ると見て良いと思ってる。そうなれば、あとは結果を出せるように調教をするだけさ」
馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き……
「……すみません、テキ」
「いや、良いんだ。君だって、テイルが活躍してくれると、確信してくれているからこそ言ってくれたんだろう?」
「……こいつは、凄い馬です。『あいつ』にも負けてないと思ってます」
「……それは、難しい所かな?少なくとも、今の段階では何とも言えないよ」
「でしょうね。ウチの厩舎の初GⅠ馬ですから……でも、テイルならきっと……」
「……惚れこんでるね、テイルに」
「えぇ。こいつは、最高の馬ですよ……少なくとも、俺にとっては」
馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き……
「そういえば、そろそろ『あいつ』が帰ってくるね」
「そうですね……復帰戦、どうするんですか?」
「うーん……9月後半、いや、10月かな。ジャパンカップを視野に入れながら、レースを1、2回挟みたいね」
「分かりました。テイルは初めて顔合わせする事になるのか……」
「『彼』も賢くて大人しい馬だよ。きっと仲良くなれるさ」
「だと良いですけどね……」
馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き馬掻き……
「……なんか、テイルのヤツ、泳ぐのめちゃくちゃ上手くないですか?」
「……そう、だね。あそこまで綺麗に泳ぐ馬は初めてかなぁ……」
「ですよね……」
「そろそろ、良い時間だ。プールは終わりにしようか」
「分かりました。テイル!泳ぐのは終わりだぞー!」
馬掻き馬掻き……あ、終わり?
楽しくて夢中で泳ぎ続けてたら、プール調教は終わってしまった。
プールから出てブルブルと身体を震わせる。
「身体拭くからなー……楽しかったか?」
『めちゃ楽しかった!』
「おぉう、そんな勢いよく頭振るくらいか……」
「ミホノブルボンは坂路調教で鍛え上げられたと聞くけれど、テイルはプール調教で鍛え上げられた馬を目指してみるか?……いや、冗談だよ、テイル。バランスよく調教するからね?そんな期待した目を向けても駄目だよ?」
駄目?駄目か……馬生でも渾身の出来の上目遣いを披露したんだけどな……
まぁ、ワンチャン程度の期待だったけどね。風を切って走るのも楽しいから。
しかし、話にあがった、ミホノブルボン?という馬は坂路調教で鍛えられたのか……
あの急勾配を走り続ければ、鍛えられるのも納得ではある。
「まさか、ここまでプールを気に入るとはね」
「時折、入れてあげましょうよ」
「……そうだね。ここまで気に入ってくれるなら、リフレッシュ効果は大きく狙えそうだしね」
パカパカと、久しぶりに帰って来た……キューシャを歩く。
ケガをして、暫くの間、『僕』は此処を離れていた。
漸く、戻ってくる事が出来た。
『ん……知らない匂いだね』
キューシャに、知らない馬の匂いが混ざっているのが分かる。
長い間居なかったし、僕の居ない間に来たのだろうか?
そんな事を考えていると、1人の人がやってくる。
知ってる人だ。僕の事を鍛えてくれる人。
『久しぶりです』
「久しぶりだなぁ……元気になったか?」
『はい。もう大丈夫です』
「よし、よし……また、頑張ろうな。そうだ、お前の後輩を紹介しよう」
キューシャの奥の方に行くと、1頭の馬が、そこには居た。
真っ黒な馬だ。
「テイル。お前の先輩が来たぞ……こいつはテイル。ブラックテイルって名前だ。お前の後輩になる、仲良くしてやってくれ」
『貴方がこの厩舎のジーワン馬……初めまして、ブラックテイルです』
『初めまして』
真っ黒な馬、名前はブラックテイルと言うらしい。
頭を下げる姿は、悪い印象を感じなかった。
「テイル、こいつがお前の先輩だ」
『僕の名前は……グラスワンダー。よろしく』
名前を言って、軽く挨拶をする。
『グラスワンダーさん……よろしくお願いします』
『ん、よろしく』
今後、長い付き合いになるんだろうな。
なんとなく、そう僕は感じていた。
先輩馬、グラスワンダーとの顔合わせとなりました。
主人公ことブラックテイルの元馬なのですが、調べてるとグラスワンダーと同じ厩舎の所属だったんですよね。
しかも主戦騎手はグラスワンダー主戦騎手のあの御方。
もうこれはガッツリと絡ませるしかねぇ!と1人興奮しておりましたが、ようやく顔合わせさせてあげられました。
あと、サラッと流しましたが厩務員さんの名前も公開。
完全オリジナルとなっています。元ネタ馬の厩務員を務められていた方の名前が分からなかった為、このような形に……
ここで1つ謝罪しなければならない事が。
実は作者、作中にて触れていた阿寒湖特別を次走に考えていました。
ですが、調べていくと阿寒湖特別は4歳以上でして……
最初阿寒湖特別を調べた時に開いたのがファインモーションの出走した2002年のモノだったのですが、そちらは3歳以上と記載されてました。
馬の年齢表記が今と昔とじゃ違うのをすっかり忘れて、『お、3歳以上!』と食いついたのがこの勘違いの原因でした。
書き直す事も考えましたが、わざわざ読者の方に読み直して貰う程の変更では無いという判断により、作中のような次走決定となりました。
調教師、および鳥場さんの記憶違い、という書き方となってしまう為、御二人の元ネタとなっている調教師様、騎手様のイメージを損なうようであれば2話最後及び3話前半部の大幅な書き直しを行わせて頂きます。
『書き直した方が良い』と思われた方、どうか作者にメッセージで伝えて頂ければと思います。