黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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恥ずかしながら帰ってまいりました。
職場がどったんばったんおおさわぎ()しておりまして……土日の休みも急になくなったり、単純に普段の仕事が増えたりで時間が取れず、休みも疲れで気力が沸かずで遅くなってしまいました、申し訳ありません。

今回はブラックテイル海外遠征前、そして春の天皇賞です。


第30話 『その背に、夢を』+第123回天皇賞

「―――すみません、我儘を聞いてもらって」

「いえ、貴方が気になるのは当然と言うモノでしょう」

 

あと数日で検疫厩舎へ移動、というタイミングのある日。

朝の調教を終えて戻って来て、少し休んでいると、ふとそんな会話を耳にした。

2人、近づいてきている。

1人はテキだが、もう1人は全然聞いた事の無い声の人だ。

 

「ダービー馬による海外遠征……どうしても、気になってしまって」

「貴方がダービーを取った『あの馬』は、とても珍しい超長期遠征をして、GⅠ競争でも掲示板入りを果たしたりと活躍した……その後に続くのが、テイルですからね」

「えぇ……シンボリルドルフとの帯同ではなく、単独の渡欧……それも、様々なトラブルに遭いながらの渡欧でしたが、『彼』はその中でも頑張ってくれた。そんな彼の後に続いてくれる競走馬が、ダービー馬が美浦から出てくれた」

「ある種、運命のようなものすら感じますね……ほら『華藤』さん、見て下さい。アイツがテイル……ブラックテイル号です」

 

テキの横に立つ、1人の男性を見る。

見た所、鳥場さんと近い年齢だろうか。

ジーッと、少し首を傾げながらも見つめてみる。

 

「……これが、ブラックテイル号、ですか。ペインテドブラックの上から見た事はありましたけど、こうして見るのは初めてだ」

「中々デカいでしょう?」

「そうですね、馬体重は……500とか、510とかですかね」

「だいたいそれ位ありますかね、今だと。少しずつ成長し続けてます」

 

ペインテドブラックの鞍上の人、か。

ダービーや菊花賞では共に走った馬だったが、なるほど、その時の。

しかし、何故、今目の前に……?

 

「―――華藤さん。ブラックテイルに……『夢』を、託してくれませんか」

「こいつなら走れる、そう海老名さんも言ってくれました。日本で1番凱旋門に近づいた人のお墨付きを貰えた馬なんです、こいつは」

「僕ら陣営も、『こいつなら行ける』『きっと走れる』、そう思ってます」

「……貴方が、『彼』に見ていた夢を、こいつに託してみませんか……?」

 

ギュウッ、と力強く拳を握るカトウさんを見る。

この人は、海外遠征に……凱旋門賞に、何か思う所があるのだろう。

『彼』と言われている馬と、自分の間に、少しの共通点がある、だから気にかけてくれているのだろう。

 

こうして目の前に立つまでの会話から推測するに……どうやら、『美浦のダービー馬』、と言うのが共通点か。

それでいて海外遠征に挑んだ馬、それがこの人が乗った馬だったのだろう。

 

「―――シリウスシンボリ。ただ1頭、ダービー馬として凱旋門賞に挑んだ、私の……私の、『夢』だったんだ」

「……だが、凱旋門の扉は堅かった。当時最強と言われたダンシングブレーヴが相手だったというのもあるだろうが、2桁着順に敗れたときは、それは悔しかった……!」

 

シリウスシンボリ。それが、この人がダービーを取った時の馬。

美浦の先輩ダービー馬にして……自分よりも遥か前に、ダービー馬として世界に挑んだ馬。

 

「……小鷹さん。ブラックテイル号は、欧州でも走れる……そう、信じても、良いですか?」

「……はい」

「僕の……僕の胸に残る後悔を、晴らしてくれると、信じて良いですか?」

「……はい、信じて下さい。こいつは走りますよ、欧州だろうと、何処でだって走れる」

 

小鷹さんの力強い頷きを見て、思う所があったのだろうか。

カトウさんが、こっちを見る。

その眼は、とても真剣なまなざしで。

 

「―――ブラックテイル号。私の無念を、後悔を、晴らしてくれ」

「シリウスシンボリの代わりに、欧州を走って、勝ってくれ……美浦のダービー馬として、シリウスシンボリの後に続いて、勝って来てくれ」

「シリウスと共に行けず、後悔だけが残ってしまった、私からの願いだ……頼むよ、ブラックテイル号」

「―――君に、託す。『日本ダービー馬による欧州GⅠ制覇』を、成し遂げてくれ」

 

その瞳の奥に、燻っている炎が、見えた気がした。

しかしそれも一瞬で、直ぐに、何かを誤魔化すように笑ってしまう。

 

「―――馬に何を言ってるのやら。小鷹さん、今のはどうか忘れ『えいやっ』んぶっ」

 

ベロッ、と頬を舐める。

目を逸らすな、と、そういう意味を込めて。

 

『―――託してくれてありがとうございます、カトウさん。きっと、叶えて見せます』

『俺がきっと、やってみせます。貴方にも、テキにも、鳥場さんにも―――皆に、見た事の無い景色を、届けて見せます』

『だから、目を逸らさないで。誤魔化さないで、俺に託してください』

 

ジーッと、真っ直ぐに見つめる。

残念ながら、こっちは向こうの言葉を理解出来ても、こっちの伝えたい事は伝わらないのだ。

だから、出来るのはただ見つめる事だけ。

 

「―――華藤さん、きっとテイルには伝わってますよ」

「小鷹さん?」

「見て下さいよ、コイツの真っ直ぐな眼を。きっと、頼られて嬉しいんです……そういう、賢い馬ですから」

 

テキの言葉に、小さく頷く。

流石に普段関わりのない人の前であからさまな態度は取れないからね。

 

「華藤さん、僕らを信じてください……やってみせます」

「小鷹さん………分かりました。よろしく、お願いします」

 

 

 

「やっ、ブラックテイル。君がもうすぐ検疫厩舎に移ると聞いてね、移る前にちょっと様子見をと思ってね」

「岡部さんとタイミングが被るのは想定外でしたけど、俺も来たよ」

『岡部さんと海老名さん!お久しぶりです!!』

 

華藤さんから託されたあの日から数日。

今度は、岡部さんと海老名さんがやってきた。

 

「海外遠征、それも最初はイギリスに行って、その後にフランス、か」

「エルコンドルパサーとは少し違う道のりだが……目的地は同じ、か」

「凱旋門賞……あの日、届きかけて、しかし届かなかった場所」

「海老名さんからしたらそうなりますね……僕からしたら、行きたくても行けなかった場所ですね」

 

ふむ、海老名さんは言わずもがな、エルコンドルパサーとの去年の遠征の事を話しているんだろう。

けれど、岡部さんは……?

 

「―――ルドルフ、ですか」

「……そうだね。シンボリルドルフ、未だ誰も並ぶものない絶対の領域、『7冠』の皇帝」

 

シンボリルドルフ、その名前は……グローリーとの会話で、出てきたな。

グローリーの父、トウカイテイオーの父、つまりグローリーの祖父にあたる存在。

無敗3冠とGⅠレース7勝を成しえた、稀代の名馬と聞く。

そういえば、岡部さんはトウカイテイオーにも、シンボリルドルフにも乗っていたんだったか。

 

「……アメリカ遠征から、凱旋門賞へ、行くはずだったんだ。しかし……」

「サンタアニタのコースで、ダートを横切ったときに脚を、でしたね」

「そうだね……結果として、それが彼と共に走った最後のレースだった」

 

ギュウッ、と。

爪が食い込むんじゃないかと思う程に力強く拳を握りしめる岡部さん。

 

「……ルドルフと、行きたかった。今でもそう思う時があるさ、自分を偽ることなんて出来ないとも」

「岡部さん……」

「もしルドルフが走っていたら、そう夢想したことは1度や2度じゃない……しかし、それは夢想でしかない」

 

そう言い切った岡部さんが、こっちを見る。

 

「―――僕の後悔が晴れる位、思い切り走ってきてくれ。欧州に、日本競馬の意地を、見せてやれ」

「僕からも頼むよ。エルコンドルパサーの仇を、取ってくれ……大丈夫、僕が保証する。君は欧州でも走れる。君の脚なら、いける」

 

岡部さんと、蛯名さん。

華藤さんと同じく、凱旋門への未練が、後悔がある人たち。

……うん、2人が、その未練と後悔を、晴らしてくれると信じてくれている。

それが、ただただ嬉しい。

 

『そいやっ』

「んぶっ」

「おわっ」

『信じてくれて、ありがとうございます』

 

もはや定番と化した、ベロンと頬を舐める行為。

言葉が通じないなりの、親愛の表現。

ついでに、ニーッと歯を出して笑って見せる。

 

『俺、頑張りますね!』

「ハハッ……頼んだぞ、ブラックテイル」

「ホント、お前ってやつは……頑張れよ、日本代表」

 

 

 

―――テイルが、居ない。

ずっと、ずっと、僕の隣に居てくれたテイルが、居ない。

 

『センパイ……』

『ジーンズ、君もやっぱ、寂しい?』

『そうですね……兄ちゃんが居ないのは、やっぱ、寂しいです』

『だよね……』

 

怪我から帰ってきたあの日から、ずっと、ずっと、僕のことを支えてくれた、大切な存在。

カイガイ、という遠い場所……モンジュー達の生まれ故郷の方、遠い遠い場所へと、レースで走るために行ってしまう、だから今は居ないのだ。

 

「グラス、最近あんまり落ち着きが無い、って言いますか……大丈夫、ですかね?」

「テイルがいなくて寂しいんだと思います。あいつ等、最早コンビって言えるくらいに一緒に居ましたからね……こうなるなら、2月辺りから2頭を離して、慣らしておいた方が良かったかな……」

 

寂しい……なんて、そんなレベルじゃない。

どこか、胸にポッカリと大きな穴が開いたような、そんな感じすらしてしまう。

僕の中で、テイルの存在はそのレベルで大きな存在だったんだ、って、居なくなって初めて分かった。

 

「たぶん、大丈夫だとは思うけれど……レースに影響出ないかって聞かれたら、出ないって言い切れないかもしれないな……」

 

ヒトの言葉を、否定出来ない。

正直な所……この寂しさは、この不安は、あまりにも大きくて。

少し落ち着かない、というのは確かで。

レースにも、少し影響が出るかもしれない……それが、否定出来ない。

 

『……でも、それでも、僕は』

 

僕は、テイルの、『憧れ』、だから。

僕は、彼に対して誇れる存在でありたいから。

彼に対して刻み込みたいのは、『最高のグラスワンダー』でありたいから。

 

『―――僕は、君の【最高のセンパイ】だから』

 

―――テンノウショウ。3200m。

情けない走りは、出来ない。

出せる全力で、走って見せる。

 

 

 

 

 

『―――第121回、天皇賞。日本で最も歴史あるレースが、間もなく始まります。果たして、伝統の盾をつかみ取るのは菊の冠を取り合った3頭、テイエムオペラオーにラスカルスズカ、ナリタトップロードなのでしょうか。それとも、初の3200mに挑む現役王者、グラスワンダーなのでしょうか』

『今年から外国産馬も2頭まで出走可能となりました天皇賞、春はグラスワンダーが参戦しましたが、果たして初の3000m以上の長距離レース、走り切れるのかどうか』

『あるいは、この注目の4頭を、崩すモノが現れるのでしょうか。注目の1戦、間もなく始まります―――』

 

 

「―――随分とまぁ、変わったな……テイエムオペラオー、これは不味いかもしれない」

『アリマキネンの時とは、全く違う……』

 

1頭、明らかに存在感が違う馬がいる。

まるで、そう―――あの日の、サイレンススズカ。それくらいの存在感。

意識せざるを得ない。間違いなく強敵だ。

 

『―――やぁやぁ、アリマ以来だね、グラスワンダー』

『そうだね、テイエムオペラオー』

『ふっふっふっ……済まないが、あの時の僕と、今の僕は全く違う。今回は、勝たせてもらうよ』

『違うのは、分かるよ……だけど、そう簡単に勝てるとは思わないでね』

 

そう、アリマの時とは違うのは、分かるとも。

だけど、負けるつもりは、全くない。

 

『なぁに、そう簡単に勝てるとは思ってないとも。君もそうだが、キッカショウで僕に勝ったトップロードや、僕と競い合ったラスカルスズカも居る―――テイルは、居ないみたいだね』

『……テイルは、遠い遠い所で、レースを走るんだ。だから、今は居ない』

『そうか、彼とも走りたかったが……少し好都合、かな。僕はこれから先、負けるわけにはいかないからね』

『それは、どういう―――』

『ま、僕には負けられない理由がある、それだけさ―――【それだけ】の理由が、僕にとっては何よりも大事なんだけどね』

 

―――何よりも大事な、勝ちたい理由、か。

変わるのも、分かる。僕も、そうだから。

 

『そう、か。君にもあるんだね、勝ちたい理由が』

『へぇ、君もあるんだね』

『あぁ、そうさ―――テイルに誇れる、最高の僕でありたい。それが、僕が勝ちたい理由』

『―――リューイチと走りたい、僕にとっての勝ちたい理由に近しいモノを感じるよ。だからこそ、分かるよ……僕らは、お互い負けられないレースをこれから走るんだ、ってね』

『そうだね』

 

そうか、勝ちたい理由、負けたくない理由が、彼にもあるのか。

同じようなものが僕にもあるから、分かる。

だからこそ―――オペラオー、彼が言ったように、僕たちは互いに負けられない。

 

『後はレースで、互いの走りで語るとしようじゃないか』

『そうだね、結局どちらかが、もしくはどっちも負けるかもしれないんだし……勝つか、負けるか。僕らには結局それしかない』

『そうだ、僕らには勝ち負けしか―――いや、引き分けもあるにはあるか。でもま、結局僕らが同じレースで勝ち負けを競う事には変わりない。じゃあ、レースで競い合おう』

『うん、それじゃあ』

 

負けられない、負けたくない―――勝ちたい。

それを再確認。

3200m、不安はあるが……勝ちたいという気持ちが、それを上回る。

このレースすら制して、僕は―――テイル、君が胸を張って誇れる最高の馬に。

 

 

 

『―――さぁスタート!13頭飛び出して、予想通りにトキオアクセル、レオリュウホウに白い馬体のタマモイナズマ、3頭が先頭集団、ここは予想通りだがこの後ろが重要です。少し離れてステイゴールド、ステイゴールドがここに居る。ナリタトップロード、ノボグローリー、少し後ろにテイエムオペラオー。ラスカルスズカはかなり後方、テイエムの後ろにトシザプイが居て、ホッカイルソーが居てその後ろ、ラスカルスズカはこの位置です。グラスワンダーは少し前、ホッカイルソーの外に位置取っています』

 

予想通り、先頭集団が3頭。

テイエムオペラオーとナリタトップロードが前目なのも想定内。

少しステイゴールドが前目なのが気にはなるが……位置取りは悪くない、か。

 

グラスにとっては初の3000m越え、超長距離レース。

……あくまで僕個人の考えだが、グラスにはかなり厳しいレースになるだろう。

1600mから2500m、グラスがGⅠを制してきた距離はこれだけ幅広いが―――だが、流石に3200mは長すぎる、そう考える。

グラスワンダーは間違いなく名馬であるが、スタミナ自慢の名馬達……それこそメジロマックイーンやライスシャワーのようなタイプではない。

上手くスタミナを温存させなければ、勝ち負けすら厳しいだろう。

 

「落ち着いて、無理せず周りに合わせるんだ、グラス」

『無理はしない、無理はしない』

「2回も坂越えがある、そのスタミナを残すぞ」

 

淀の坂を2度越えねばならない、厳しいレース。

菊花賞出走馬とは違い、グラスは『それ』を経験したことがない……いや、そもそもグラスにとって京都は未知のレース場だ。

上手く走らせてあげないと。

 

まず一度、坂を越えさせて、改めて位置取りを考える。

……少し前、トシザプイの横、あるいはテイエムの横あたりまでは出ておこうか。

そこまで上げた後は体力を温存させ、2度の坂越えの後に仕掛ける。

この方針で行こうか。

 

「少し前に行こうか、グラス」

『ん、分かったよ』

「そう、だな……トシザプイの外に付けようか」

 

スッと上がっていくグラスの背から、辺りを確認する。

坂を越えて、観客席の前。

位置取りは、坂越え前に確認した時から大きくは変わっていない。

警戒すべきは菊花賞馬のナリタトップロード、そして菊花賞出走馬でも上位成績のテイエムオペラオーか。

ラスカルスズカやノボグローリーといった菊花賞上位馬も居るが、少し警戒の度合いは落とす。

ステイゴールドは……ラスカルスズカ達と同じくらい、といった具合か。

 

少しだけ位置取りを上げて、トシザプイの外へ。

後は周りに合わせて2度目の坂までは『溜め』に入り、グラスの体力を温存させよう。

グラスの体力が足りるなら、十分勝機はある。

 

 

『オペラオーにもトップロードにも負けないもんね!』

『今日は俺が勝ってやるよ!』

『フン、今日も僕が勝たせてもらうさ!』

『ぼ、僕だって……!』

 

『おーおー元気なこった…若い連中もそうだが、グラスワンダーも怖い、ってとこだな……』

『ステイゴールド、君も結構怖いけれど……一番はテイエム、だね』

『ケッ、油断はしてくれねぇか……』

 

 

【さぁ少しばらけた形で第一コーナー、注目の4頭の位置取りは、まずナリタトップロードが前目に居ます、ナリタトップロードのすぐ近くにはステイゴールド、テイエムオペラオーは中団といったところ。その後ろ、トシザプイに並ぶ形で外にグラスワンダー、ラスカルスズカはその後ろ少し離れた位置といった形で第二コーナーへ入ります】

 

 

2コーナーから向こう正面、ここからが重要になってくる。

ペースは……少しペースダウンした、といった具合。

2番手集団と中団を行っていた集団が固まろうとしている。

内で走る距離の有利を取るか、外で自由に走れる有利を取るか……グラスの体力が足りると信じるなら外、足りないと考えるなら内―――

 

「グラス、このまま前に出よう。ナリタトップロードの後ろあたりで」

『ナリタトップロードの後ろ、ね。分かったよ』

 

―――外を選択する。

吉と出るか、凶と出るかは分からないが。

有利に働いた時の恩恵が大きいのは、こっちだ。

 

少し掛かっているようにも見えるナリタトップロードのやや後ろ、外目の位置にグラスを移動させる。

あとは坂を越えた先が勝負所、それまでは温存させたいが……

後ろから、どの馬かは分からないが迫ってきている音が聞こえるな。

一瞬見えたのは黄色の帽子、となるとジョーヤマト……いやその後ろに別の帽子が見えた。

あれは黒い帽子、峪さんか。

 

 

【さぁ黄色い帽子、黄色い帽子のテイエムオペラオーが上がっていく、内からテイエムオペラオー上がっていく、その外でナリタトップロードがやや掛かってその後ろ、グラスワンダー鳥羽弘が不気味に忍び寄っている。ラスカルスズカはその後方、ホッカイルソーの後ろに居ます。峪穣の手が動いて、ラスカルスズカが差を詰めていく】

【―――さぁここからが正念場!京都の正念場2度目の坂越え、ここでラスカルが行った!ラスカルが行った!!しかしこの辺りでナリタトップロード2番手、テイエムオペラオーが3番手まで上がった、その後ろにグラスワンダー!!画面の端には黒い帽子のラスカルスズカ、中団からはノボグローリーが前に追いつこうと抜け出しにかかる!!】

 

 

坂の下りきり、仕掛け時と判断し鞭を振る。

ナリタトップロードの外から強襲し、抜け出してそのままゴールまで―――

しかし、手ごたえは『悪くはない』。

 

「グラス……!」

『脚が、重い……!!』

 

そう、『悪くはない』、その域を出ない。

追いすがる事は出来る。

出来るのだが、追いつき、追い抜くまでの抜群の手ごたえではない。

―――2度立ちふさがった淀の坂は、グラスの強みを、他馬を圧倒する末脚を殺しきった。

 

 

【さぁ最後の直線、グラスは伸びない!!グラスが伸びてこない!!!ホッカイルソーとレオリュウホウ粘っているがラスカルが来た!3頭の争いになりそうだ!内でステイゴールドとノボグローリーの叩き合い!グラスワンダー追いすがるがこれは届きそうにない!!】

【テイエムかトップロードかラスカルか、テイエム少し抜け出した!トップロード粘るトップロード粘る!外からラスカル!!外からラスカルスズカが迫る!!!】

 

 

「―――グラス、済まない」

『―――ごめん、トバさん、テイル……!』

 

 

【―――テイエムだ!テイエムだ!!ラスカルかわして2着まで!!!】

【テイエムオペラオーやった!!倭田龍一!!!】

【世代の頂点は俺だと言わんばかり!やってみせました!!!】

【グラスワンダーは流石に長すぎたか、掲示板の外、6着に沈みました!!!】

 

 

 

『―――ダメ、だったか……!』

『僕には、流石に、長かった、かな……でも、でも―――勝ちたかった……!!』

 

荒く息を吐きながら。

僕は、空を―――ずっと遠くに居るテイルの事を考えながら、見上げた。

 

『サイコウのセンパイでありたかった……!スペシャルウィークが勝ったこのレースを勝って、僕は、君に誇れる僕でありたかった……!』

『―――負けても、君は僕を責めないんだろう。君は、優しいから。距離が長すぎるのだって、分かってたんだろう。君は、賢いから』

『でも、だからこそ、勝って君を驚かせたかった!君に褒められたかった!!』

『僕は……僕は……!』

 

『―――距離の向き不向き、ってヤツの差だったのかな、グラスワンダー』

『テイルが言ってたよ。どんな馬にだって、向き不向きがある、ってね……アリマキネンの距離なら、勝敗は分からなかっただろうね』

『―――だが、僕がこの場は勝った。今は、それで良いさ』

『僕は負けない。負けられないんだ。リューイチと走るためには、僕は負けられないんだよ』




美浦の、凱旋門賞に思うところがある男たちの願い。
ブラックテイルはその想いを胸に、海外へ飛び立ちます。

グラスワンダーの天皇賞は、苦い結果に。
テイエムオペラオーにとっては、最良の結果へと。

次回はウマ娘回、それもギャグ回を挟んで海外遠征です。
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