黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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大変お待たせいたしました(開幕土下座
アニメを見て、台詞聞いて、そこに主人公が居たらどんな会話になるか考えて、書いて、アニメ見ての作業がかなり大変でして……しかも元のアニメの完成度が高すぎる為『ブラックテイルを入れると異物感凄いなコレ』とずっとなっておりまして……
本当に申し訳ございませんでした。

この小説は『ウマ娘ブラックテイル編』とは違い、『転生馬ブラックテイルがウマ娘になったモノ』ではなく『競走馬ブラックテイルから考えられたウマ娘ブラックテイル』です。
つまり、元26歳転生者が中身に入っておりません。
そこだけは


もしもウマ娘プリティーダービーRTTT1話にブラックテイルが居たら

―――『ウマ娘』。

彼女たちは、走るために生まれてきた。

ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。

それが、彼女たちの運命。

 

この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、まだ誰にもわからない。

彼女たちは走り続ける。

瞳の先にある、ゴールだけを目指して───

 

 

『―――さぁ先頭に立ちますはアベックブレイズですが、徐々にその差が縮まってまいりました』

『各ウマ娘最終コーナーにかかります。弥生賞を制し、クラシックロードをいち早く駆けるのはどのウマ娘か!』

 

―――雨降る中山レース場。

メインレース、弥生賞。クラシック戦線の1戦目、『皐月賞』のトライアルレース。

このレースに勝利したウマ娘からクラシックの冠を手にするウマ娘が数多く存在する、注目の一戦。

 

『さぁ直線に入った!ナリタトップロード此処で上がって来た!外からはナリタトップロードです!』

『アドマイヤベガはまだ中団の後ろ!』

 

栗毛のウマ娘が、グンと前に出る。

雨を切り裂き、先頭を走るアベックブレイズとの差を詰めていく。

 

「トプロ委員長ー!頑張れー!」

「いけー!!」

「―――ッ!」

 

少女の瞳が、観客席に向けられる。

声援の方を、そして、その横、1人の男を見る。

笑みを浮かべ、頷く男―――己のトレーナーを、捉える。

 

(応えたい……皆の期待に、必ず!)

 

応援してくれている、期待してくれている。

その事実が、少女の脚に更なる力を与えてくれる。

グッ、と力を込め、更に前へ、前へと突き進む。

 

『外からナリタトップロード!ようやく追い込んできた1番人気アドマイヤベガ!アドマイヤベガが来た!!』

 

鹿毛のウマ娘が、一気に差を詰める。

疲労のソレではない、鬼気迫る表情で、その末脚を発揮させる。

 

(―――負けられない!『あの子』の為にも!!!)

 

最後方から一気に他のウマ娘を抜き去り、栗毛のウマ娘――ナリタトップロードを追い抜かんと迫る。

 

(来ると思ってました―――でも!)

 

―――しかし、ナリタトップロードが粘り、ゴール板前を駆け抜ける。

 

『アドマイヤベガが追い上げますが――しかし!僅かに届かないか!?』

『ナリタトップロードゴールイン!勝ったのはナリタトップロード!!鮮やかな勝利です!!』

 

「よくやったぞトップロード!!」

「滅茶苦茶すごかったよー!」

「カッコいいぞートップロード!」

 

歓声に応え、ナリタトップロードが大きく手を振る。

その姿を、息を荒げながらアドマイヤベガが見る―――

 

「―――アヤ!」

「―――クロ」

 

―――そこへ、1人の少女が声をかける。

アドマイヤベガの視線の先、『漆黒』の髪の少女が小さく手を振る。

 

「かっこよかったよ、アヤ」

「……そう、かしら」

「うん、とても」

 

穏やかな笑みを浮かべ、アドマイヤベガと話す少女。

しかし、その瞳の奥には、闘志の炎が灯っていた。

 

「―――次は、私が君に見せる番だね」

「―――楽しみにしてるわ、クロ」

 

 

―――――――――――――――

 

 

「ハァッ…ハァッ…行きますッ!!!」

 

トレセン学園のコースを、ナリタトップロードが駆ける。

眼前には、意図をもって並べられたコーン。

それにぶつからぬ様に、ナリタトップロードは走る。

―――が、脚がもつれ、理想として描いた軌道から大きく外へと身体が流れていく。

速度を緩め彼女が振り返れば、コースの最内から真ん中あたりまで並ぶコーンより大きく外側、外ラチぎりぎりの辺りまで足跡が残っているのが分かってしまう。

 

「全然駄目……もう一度ッ!」

 

理想へと近づく為、ナリタトップロードが駆けだす。

そんな姿を、遠くから1人の男―――彼女のトレーナーが見つける。

 

「ったく……今日の朝練は無しだって言ったんだがなぁ……」

 

愚痴を零すが、内心ではやるだろうと思っていた。

だからこそ、彼はこうしてコースを……コースで走るだろう彼女の様子を見に来たのだから。

 

(小回りが相変わらず苦手、か……)

 

トレーナーである彼は、コースに並べられたコーンから何をやっているか瞬時に察する。

苦手の克服……立派な心掛けではある。

だが、つい先日彼女はレースを終えたばかり。

本番までに少しでも休ませたいところである。

息を荒げ足を止めた彼女に近づき、声をかける。

 

「―――そろそろ終いにしとけ」

「ハァッ……ハァッ……あ、トレーナーさん!おはようございます!」

「レース翌日に、無理するんじゃねぇよ」

「すみません…でも!次はいよいよ本番か、って考えると落ち着かなくて!」

 

尻尾を振りながら興奮気味に語るナリタトップロード。

そんな彼女の言葉に、顎に手を当ててトレーナーが呟く。

 

「―――『本番』、か」

「一生に一度の、夢の舞台―――クラシック3冠レース初戦、『皐月賞』!」

 

2人の脳裏に、歴代の皐月賞ウマ娘達の姿が過る。

それは学園で直接会ったウマ娘達であったり、写真で見ただけのウマ娘達であったりとしたが……

―――歴史に名を刻む、名ウマ娘達であることは共通であった。

 

「―――絶対に、勝ってみせます!」

「随分と大きく出たなぁ……」

「だって、約束ですから!」

 

ナリタトップロードが、力強く拳を握る。

 

「トゥインクルシリーズの頂点に2人で立つ、って!まだ、何物でもなかった私を、トレーナーさんはここまで連れてきてくれました……今度は、私の恩返しの番です!!」

 

真っ直ぐな瞳が、トレーナーを見つめる。

込み上げてくるナニカを隠すように、わざと帽子を深くかぶり直し、トレーナーはある方向を見た。

 

「―――そのためには、もう一度アイツに勝たなきゃいけないな」

 

視線の先、鹿毛の髪を靡かせながら走るウマ娘―――アドマイヤベガの存在を見つめる。

弥生賞では最後方から10人以上のウマ娘を抜き去って来た、鋭い切れ味を誇る末脚の持ち主。

間違いなくクラシック路線での、ナリタトップロードのライバルとなる存在だろうと予想しているウマ娘。

 

「アヤベさん、も、そうですけれど……彼女も、ですね」

「あぁ、分かっているさ」

 

そして、2人の視線の先には、もう1人、ウマ娘が立っていた。

青いスクイズボトルを2本持ち、アドマイヤベガの走る先で待っている少女。

『漆黒』の髪を靡かせたその少女は、今から約2週間後に行われるレースの本命の一角を担うウマ娘であり……

ナリタトップロードよりも前に、アドマイヤベガと激戦を繰り広げた、クラシック路線の有力候補であった。

 

「―――ジュニア級重賞レース2着を含めた3戦2勝、今度の『スプリングステークス』の有力候補……『ブラックテイル』」

「はい。彼女もきっと、皐月賞の舞台に上がってきます……!」

 

 

 

「おはよー」

「おはようございます!」

「あ、トプロインチョーおはよ!」

「おはようございます!」

 

教室への道すがら、挨拶をしながらナリタトップロードが走る。

そんな彼女の姿を、ある3人のウマ娘が見つけた。

 

「あ、トップロードさんだ!」

「おはようございます」

「おはよー」

「おはようございます!!」

 

スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイ。

1年前のクラシック路線を盛り上げた、3人のウマ娘達。

そんな彼女たちの挨拶にも、元気に返事をしながら横を駆け抜ける。

 

「いやぁ、元気だねぇ」

「何時もの事じゃない?」

 

そんな会話を聞きながら、ナリタトップロードは教室へと入っていく。

 

「おはようございます!」

「トプロ委員長だ!」

「おっはよー」

「宿題、集めちゃいますね!皆さん、ノートの提出をお願いします!」

 

学級委員長である彼女は、教卓の横でそう言う。

彼女の言葉に反応し、教室内のウマ娘達が教卓へノートを置いて行く。

 

「委員長ぉ~、後でまた勉強教えて~……」

「私が力になれるなら、喜んで!」

「助かる~!」

 

間延びした声のクラスメイトの話を聞きながら、ノートを確認していく。

すると1人、ノートを持って近づいて来るウマ娘をナリタトップロードが認識する。

今朝もトレーナーと話し合っていた、クラシック路線でのライバルとなるだろうそのウマ娘に、声をかける。

 

「アヤベさん!おはようございます!」

「おはよう…これ、よろしく」

「はい、確かにお預かりしました!」

 

ノートを預け、立ち去ろうとするアドマイヤベガ。

しかし、ふと立ち止まって、またナリタトップロードの方を見る。

 

「どうか、しましたか?」

「………傷」

「へ?」

「擦りむいてる……」

 

言われ、ナリタトップロードは自分の脚を見る。

左足、確かに擦れている部分が見えた。

 

「あぁ、全然気づいてませんでした…」

「早朝から頑張り過ぎなのよ…来て」

「あっ」

 

手を引っ張られ、廊下へと連れ出される。

傷口を水で流し、サッと拭かれ、そのまま大き目の絆創膏を貼られる。

慣れた手つきで、あっという間に処置は終わっていた。

 

「ありがとうございます」

「放っておく、良くないから……」

「そうですね。気を付けます」

 

用は終わった、と言わんばかりにアドマイヤベガが立ち去ろうとする。

そこに、今度はナリタトップロードから話しかけた。

 

「ところで、アヤベさんも朝はトレーニングされてたんですか?」

「……」

「もしかして、コースに居たから、私が転んだのも知ってたのかな、って」

「……そうね。居たわ」

 

一度立ち止まったが、答えたらまたアドマイヤベガが立ち去ろうとする。

そこに、更に言葉を投げかける。

 

「皐月賞の為、ですか?」

「……えぇ。もう、これ以上負けるわけにはいかないから」

 

アドマイヤベガが立ち止まり、ナリタトップロードを見る。

鋭い視線が、ナリタトップロードを射ぬく。

 

「特に、弥生賞で先着された、貴方には」

「―――嬉しいです!他でもないアヤベさんから、そう思って貰えるだなんて!」

「……どういう意味?」

 

ナリタトップロードの反応に、思わず疑問の言葉が零れる。

 

「だって、私にとって、アヤベさんは理想の姿そのものですから!」

「理想……?」

「はい!」

 

答えながら、ナリタトップロードの脳裏にはある光景が思い浮かぶ。

それは、目の前の少女の、レースを走る姿。

 

「―――いつも1番人気を背負って、初重賞の時も激戦の末勝利して……私はまだ、そこまで強くなれないので……だから、そんな理想のアヤベさんに勝ちたいという想いで、弥生賞は目いっぱい走れました!」

 

人気に、期待に応え、勝利を重ねる。

まさに、ナリタトップロードというウマ娘にとって、理想の姿であった。

そんな彼女に、手を差し出す。

 

「だから、次も勝負です!今度は、皐月賞で!!」

「………」

 

差し出された手と、ナリタトップロードの顔を交互に見て、おずおずと手を伸ばす。

そんなアドマイヤベガの手を、ナリタトップロードが力強く握る。

―――チャイムが鳴り響いたのは、そんな時であった。

 

「あ、皆のノート、職員室に持っていかなきゃ……アヤベさん!手当て、ありがとうございました!」

「あっ……」

 

頭を深く下げた後、ナリタトップロードが去っていく。

そんな彼女の姿を見送って、アドマイヤベガは自分の手を……先ほどまで握られた方の手を、じっと見る。

確かな温もりを、そして、手を握られた事で得た感情を考えようとして、思わず頭を振る。

 

(―――負けないから。あの子にも、誰にも……)

 

力強く拳を握り、目を閉じる。

先ほどの考えを振り払うように、何も考えまいと。

 

(だから見ていてね、お姉ちゃんの事―――――)

「―――アヤ?」

「ッ!」

「どうしたの?……いや、言わなくて良い。何となく分かるから」

 

ポン、と肩に手を置かれる。

振り返れば、アドマイヤベガの視線の先、『漆黒』の髪を靡かせた少女が、そこに居た。

 

「―――勝利を重ね、『彼女』に捧げる……アヤ、君のその姿勢はとても素敵だ。私は素直にそう思うよ」

「クロ……!」

「しかし、だ……君のその姿勢でいう『過程』を……レースを、競い合う事を楽しんでも良い、私はそうも思う」

「でも、それは!」

「君の気持ちも、考え方も分かる。けれど、その上で、私はそう思っている……何度も言っているし、その度に受け入れられてないのも分かってるけどね」

 

肩に置いていた手を、そっと頬に添え。

深い蒼の瞳が、慈しみを込めた視線をアドマイヤベガに向ける。

 

「―――アヤ。『そう思っている人も居る』、それだけは忘れないで」

「クロ……」

「私は君の理解者であるし、協力者でもある……だけど、なにより私は、君を誰よりも大事に思っている。『君』に……そう、アドマイヤベガに、幸せになって欲しい、そう思ってるよ」

 

添えた手を名残惜しそうに離して、ブラックテイルが去っていく。

そんな姿を、アドマイヤベガは複雑そうな表情で見ていた―――

 

 

―――――――――――――――

 

 

「恩返し、か……」

 

弥生賞の映像を見ながら、ナリタトップロードのトレーナーが呟く。

今朝の彼女との会話を……そして、彼女との出会いを、思い出しながら。

 

―――出会いは、まだ彼女が小さい頃まで遡る。

彼女の父親との縁があり、ウマ娘のレース教室に顔を出した、それがトレーナーと彼女の出会いであった。

幼いながら良い走りをしているウマ娘―――ただ、少し足運びが大雑把。それが初見の感想であった。

 

見ていく中で、ひたむきにトレーニングをこなす彼女の姿に惹かれるモノがあった。

そして、彼女がレースを走る機会があり、そこで繰り出した彼女の強みを―――長く使える脚、そして、緊張しても、逃げ出さずに前を向いて走れる『強さ』を見て、彼は選んだ。

 

『―――どうだい、ナリタトップロード。俺と、目指してみないか?トゥインクルシリーズの、頂点を』

 

―――このウマ娘と、共にクラシックロードを歩みたい、と。

―――このウマ娘となら、トゥインクルシリーズの『頂点』を、狙える、と。

 

「―――ガラでも無く、昔の事を……けど、トゥインクルシリーズの頂点、確かに手の届く所まで来た」

 

自分とナリタトップロードの原点を振り返り、そしてそこから今までの蹄跡を振り返る。

そして確信する。

自分たちは、確かに手の届く所に居る、と。

その障害になるだろうウマ娘のレースを、PCでまた再生する。

 

「本番で、奴さんがどう動くか……まともな末脚勝負になれば、こっちが不利……」

 

遥か後方から一気に迫る、鋭い末脚。

その末脚が発揮しやすい最終直線は、いわば向こうの土俵。

 

「コーナーも小回りで苦手……」

 

皐月賞の舞台、中山レース場のコースも問題であった。

今朝のトレーニングから分かる通り、ナリタトップロードはコーナー廻りをあまり得意としない。

4回コーナーがある中山の芝2000mというのは、彼女にとっては鬼門とも言えるだろう。

―――そして懸念点はまだ存在する。

 

「それに……他にも気を付けなきゃいけねぇヤツは……」

 

1枚の紙を手に取る。

それは、今現在の皐月賞出走候補と見られるウマ娘達を纏めた紙。

視線の先には、1人のウマ娘が映っていた。

 

 

 

『雨降る中山レース場、バ場状態は不良バ場との発表です』

『これから本日のメインレース、スプリングステークスが行われます』

 

―――天気は、生憎の雨、それもかなりの勢いとなっていた。

雨合羽を羽織った観客たちは、雨に負けぬ熱量を込めて、応援の声を張り上げる。

 

スプリングステークス。

中山レース場、芝1800mで行われるそのレースは、先日の弥生賞、そして今後行われる若葉ステークスに並んで、皐月賞トライアルレースとして認定されたレース。

このレースで上位の成績を収めたウマ娘達には、皐月賞の出走権が与えられる、未来のクラシックウマ娘誕生への一歩になる可能性を秘めたレースだ。

 

新しいクラシックウマ娘になる可能性を秘めたウマ娘を、間近で―――

未来のライバル誕生の瞬間を、この目で―――

レースを楽しむ観客達と、現役のウマ娘達の目的は一致し、雨の中でも、期待に胸膨らませた者達が数多く集っていた。

 

「―――ほんと、落ち着いたウマ娘だなぁ奴さんは」

「ですね!いつも冷静で、周りと話す余裕まで……!」

 

―――そんな中山レース場に、ナリタトップロードと、彼女のトレーナーはやって来ていた。

視線の先には、お目当てのウマ娘……未来のライバル、その1人が居る。

 

雨の中、『漆黒』の髪が艶めく。

落ち着いた優しい表情で、周囲のウマ娘達に挨拶を交わし、時には少し話し込むことまで。

―――ブラックテイル、彼女こそが、スプリングステークスの本命の1人であり、2人の偵察目標であった。

 

「メイクデビュー芝1200mを逃げ切り勝利、そこからオープン戦1800mを好位抜出で勝利、去年末の重賞、芝2000mでアドマイヤベガと同タイムでハナ差2着……今年に入ってからは調整に時間をかけて、今日が今年初レース」

「実績だけなら3戦2勝2着1回のオープンウマ娘、ですが……」

「あぁ……なんだあの落ち着きようは、まるで歴戦のウマ娘を見てるみてぇだ……」

 

視線の先、ブラックテイルの様子を見て、トレーナーが呟く。

どこまでも自然体。言ってしまえばそれだけ、ではある。

しかし、シニア級レースならまだしも、ここはクラシック路線に走るウマ娘達が集うレース。

実戦慣れしてる、とは言い難いウマ娘が集まる場所だ。

『掛かっている』ウマ娘が居たり、そこまで行かずとも落ち着きのない子が居ても可笑しくない。

 

しかし、視線の先に居る少女はどうだ。

まるで、何も感じていないかのように、平然と。

レース前のひりついた空気も、この大雨も、何も感じていないかのような―――

 

『―――さぁゲートインが始まります』

 

実況の言葉と同時に、ゲートインが始まる。

すると、談笑を切り上げ、ブラックテイルを初めとした数名のウマ娘が散らばる。

促されるままに、ブラックテイルがゲートへと入る。

 

『クラシック戦線への切符を手にするのは、どのウマ娘か!スプリングステークス―――スタートしました!!!』

 

ゲートが開く―――その瞬間、1人のウマ娘が先頭に立つ。

 

「なんてスタートだ……!」

 

トレーナーが思わず唸る。

明らかにスタートの良さが他のウマ娘と違う。

ゲートが開くタイミングが分かっていたかのような、そんなスタートを切り、そのまま先頭を奪う。

 

『先頭を行くのは青毛の髪、ブラックテイル、ブラックテイルです。左後方にワンダフルファング、その後ろにはゴールドコークがついてこの3人が先頭集団を形成しています』

 

「あの2人は前目のレースをするウマ娘、3人で引っ張り合う形か?」

 

トレーナーが今後の展開を予想する。

逃げ、先行の位置を得意とする3人のウマ娘達、彼女達が先頭を奪い合いながら加速し、レースは縦長の展開になるだろう。

ハイペースになる事も考えられる。そうなれば不良バ場も合わさりチキンレースとなるだろうか―――

 

「―――すみません、少し前に行きますね」

 

―――トレーナーの考えを、あっさりと裏切って。

『奪い合いなんてさせない、この場所は自分のモノだ』と言うかのように。

ブラックテイルが先頭を譲らず、リードを取り始める。

 

『さぁ第2コーナーから直線に入りますが、先頭3人順位変わらず、しかしブラックテイルがワンダフルファングに2バ身リードという形。かかっているようには見えません、落ち着いて走っているように見えますブラックテイル』

『伸び伸びと、自分のペースで走っているように見えますね』

 

「凄いです!あんなに酷いバ場を、苦にせず自由に…!」

「こりゃ驚いたな……だが、流石に体力の消費が激しいだろう、どこかでペースを落とさねぇと最後まで持たないんじゃねぇか?」

 

ナリタトップロードが目を輝かせる横で、トレーナーが呟く。

いくらなんでも、この不良バ場。

足元はぬかるみ、不自由を強いられる。

いつも以上に1歩1歩にかかる体力の消費量が多くなる事は想像に難くない。

どこかでペースを緩めない限りは厳しいだろう、そうトレーナーが考え―――

 

「―――落とさないわ、クロは、きっと」

「―――アヤベさん?」

「アドマイヤベガ……!」

「こんばんわ、トップロードさん、そしてトップロードさんのトレーナーさん」

 

後ろから、声がかけられる。

振り返れば、そこには見知った顔。

アドマイヤベガ、彼女がそこに居た。

 

「……『落とさない』、そう言ってたな?」

「えぇ。クロ……ブラックテイル、彼女は速度を落とさないわ」

「最後まで保てるのか?」

「……1つ、恐らく勘違いしてると思うの」

「勘違い、ですか?」

「えぇ」

 

トレーナーとアドマイヤベガの会話に、ナリタトップロードが首を傾げる。

アドマイヤベガが言う『勘違い』とは、何なのか、と。

 

『第3コーナーに差し掛かりますが、ブラックテイル先頭は変わらず、後続はタイムブレイカーが近づいて来ているが、2番手ワンダフルファングとブラックテイルの差がまだ3バ身程あります!先ほどから恐ろしい事に、差が縮まらないどころか段々と開き始めています!!!』

 

レースの方に目を向ければ、ブラックテイルが更に後続を突き放していくのが見える。

周りよりも速く走れば、それだけ疲れる。それは当然の事。

トレーナーの疑問は、ごく普通のモノの筈―――

 

「―――彼女が速い、と言うのは少し違う」

「何?」

「クロが走る速さは、恐らく普通の方だと思う」

「でも、あんなに速くて……」

「―――いや、まさか、そうか!」

「トレーナーさん?」

 

何かに気が付き、トレーナーが目を見開く。

 

「そうか、そういう事か!いやしかし、だとすると……」

「え、えぇっと……」

「……レースを見てれば分かるわ、トップロードさん」

「え、は、はい」

 

食い入るようにレースを見るトレーナーに驚いていると、アドマイヤベガからレースを見るよう促される。

言われた通りレースを見るナリタトップロード。

視線の先、そこには―――

 

『―――我々は、何を見せつけられているのか!?ブラックテイル加速!ブラックテイル加速!!このバ場で、この雨で!!あれだけ走ってまだ余力があるのかブラックテイル!?今単独で最終直線に入りました!!!』

 

―――蹂躙、とでも言える光景が広がっていた。

ただ1人、悠々と先頭を走るブラックテイル。

他のウマ娘も必死に脚を動かし前を目指すが、その伸びは芳しくない。

 

「な、なんて速い―――」

「―――いや、ブラックテイルが速いんじゃない」

「え、それって……?」

「『周りが遅い』……それが、この現状の正体だ」

 

トレーナーの言葉に、ナリタトップロードが考える。

『周りが遅い』、『ブラックテイルが速いんじゃない』、その2つを繋げる要素を探り―――見つけた。

 

「バ場状態……この不良バ場に、脚を捕られていない!」

「―――クロは、バ場状態が悪くても、踏み込む力の強さで強引に進めるの。その代わり、末脚の鋭さはそこまでだけど……」

「元々奴さんは逃げ先行、末脚勝負に持ち込むつもりはハナから無い」

「そういう事」

 

『―――5バ身!6バ身!!圧倒的な差をつけて!!!今、独走で、ゴールイン!!!我々に、信じられないような光景を見せつけてくれましたブラックテイル!!!その差はなんと、7バ身!!!』

 

7バ身差の、圧勝劇。

1800mという距離のレースにおいて、7バ身差というのは余りにも大きい。

それだけの圧勝劇を見せ―――ブラックテイルは、勝ち誇るでもなく、観客席に向かってペコリと頭を下げるだけ。

 

「―――あれが、超えるべき壁……!」

「とんでもねぇ相手だ……皐月賞でも、確実に強敵として立ちふさがるだろうな」

「……やっぱり、貴方を越えないといけないのね、クロ」

「アヤベさん、もう行っちゃうんですか?」

 

クルリと背を向け立ち去ろうとするアドマイヤベガにナリタトップロードが声をかける。

顔だけそっちに向け、アドマイヤベガが答える。

 

「今日此処に来たのは、超えるべき相手を見据える為……少しでも、鍛えないと」

「それは、そうですけど……」

「―――クロにも、貴方にも、私は負けられない……!」

 

鋭い視線と共に、言葉を吐き出して。

アドマイヤベガが出口へと歩いて行く。

それを、ナリタトップロードは、どこか悲しそうな表情で見るしか出来なかった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

―――スプリングステークスの結果を受け、世間ではナリタトップロード、アドマイヤベガに加え、ブラックテイルを交えた『3強』が皐月賞の冠を奪い合うと想定。

各レース誌も『3強形成』、『激戦必至』等と題し、様々な予想、特集を組むに至った。

 

そんな、衝撃のスプリングステークスから、ちょうど1週間後。

阪神レース場、クラシック級GⅢレース『毎日杯』―――

 

『―――さぁテイエムオペラオー抜け出した!先頭はテイエムオペラオー突き放した!!』

『先頭はテイエムオペラオー!3バ身から4バ身のリード!!』

 

―――栗毛のウマ娘が先頭を走る。

好位を常に維持し続け、最後先頭を奪い突き放す。

確かな実力を感じさせる、王道の走り。

 

『―――テイエムオペラオーゴールイン!!!』

『見事3連勝で重賞初制覇です!!!』

『ハードなローテーションの中、素晴らしい結果ですね』

『次走は日本ダービーでしょうか、今日のレースぶりからも、今後が気になるところですね』

 

2月に2戦、そして3月の末である今日のレースと、2ヶ月の間に3戦。

さらに遡れば1月半ばにも1戦している。

かなり詰めている、と思われても仕方の無いローテーションである。

重賞を制した事もあり、実況と解説は目標が日本ダービーであると推測する。

 

―――しかし、この場において、勝者である彼女以外、誰も知らない。

王冠を戴くこの少女が目指す場所は、次に走るレースは、ダービーではないと。

 

次に目指す場所、そこに至る『道』は、この重賞を制した事で見えた。

少女―――テイエムオペラオーは、笑みを深めた。

 

 

―――遡る事、2ヶ月前。

デビューこそ昨年の8月にしていたテイエムオペラオーであるが、レース時に足に怪我を負い、暫くを休養に充てていた。

脚の完治を告げられたのが12月の半ば……そこから急ピッチでレースに向けてのトレーニングを進めた。

そして1月、レースに出走したが4着……テイエムオペラオーには、内心焦りがあった。

 

1月のレースで同じ京都レース場に居た同期、メイショウドトウと共に学園のターフに現れたテイエムオペラオー。

内心の焦りは顔に出さず、メイショウドトウにタイマーで計って貰いながらターフを駆ける。

1周し、脚を止めると、メイショウドトウが興奮しながら近寄ってくる。

 

「す、す、凄いです!お怪我が治ったばかりなのに、こ、このタイム!」

 

―――00:00:00

2人の間に、僅かな沈黙が訪れた瞬間であった。

 

「―――ハッハッハッ!遂に光の速さに到達してしまったようだね!」

「す、すみません!押すボタン間違えましたぁ!!」

 

ペコペコと頭を下げるメイショウドトウ。

しかし、テイエムオペラオーは笑いながら答える。

 

「良いんだドトウ。君のお蔭で、明日の未勝利戦は勝てる気がするよ」

「―――明日勝って、次も、その次も勝って……必ず、間に合わせてみせる」

「ま、間に合わせる、って……何にですかぁ?」

 

メイショウドトウの疑問に、テイエムオペラオーが答える。

 

「―――皐月賞さ!僕の居ないクラシック戦線なんて、ヴィオレッタの居ない椿姫。観客をがっかりさせる訳にはいかないだろう?」

 

―――主役は自分である。自分の居ないクラシックレースなぞ物足りない。

そう言うテイエムオペラオーの表情は、自信に満ち溢れて見えたモノであった。

 

 

『―――テイエムオペラオー!テイエムオペラオーが勝ちました!』

 

―――未勝利戦、1800mダートを勝利。

 

『―――テイエムオペラオー、2連勝です!』

 

―――未勝利以上戦、2000m芝を勝利。

 

 

破竹の勢いで勝利を積み重ねるテイエムオペラオー。

しかし、1月に2回、もっと言えば1月半ばのレースも合わせると2ヶ月に3度のレース。

確実に、疲労が溜まって来ていた。

 

トレーニングの後、仰向けにターフの上で横になり、息を荒げるテイエムオペラオー。

険しい表情を浮かべながら、無理やりに起き上がり、メイショウドトウに声をかける。

 

「さぁ、もう1周頼む、よ……」

「オ、オペラオーさん!?」

 

ふらつき、遂には倒れそうになる彼女を、慌ててメイショウドトウが抱き留める。

なんとか倒れずに済み、テイエムオペラオーが今度はしっかりと立つ。

 

「すまないね」

「頑張り過ぎですよ、ここは一度お休みになられたほうが……」

 

メイショウドトウの言葉は、尤もな発言であった。

明らかに疲労が溜まっている状態。

ここは1度休み、英気を養い次に備えた方が良い、と。

―――しかし、テイエムオペラオーは否定する。

 

「―――それは許されないよ、ドトウ。苦難があるからこそ、僕の物語は観客を魅了する!」

 

芝居がかった物言い、仕草を交え、テイエムオペラオーが言葉を重ねる。

 

「聞こえてくるだろう!僕の登場を待ち望む声が!!僕の栄光を讃える声が!!!」

「幕は上がっているのだよドトウ!―――故に僕は証明する。皐月賞の舞台で、誰が主役に相応しい存在なのかをね!!!」

 

―――メイショウドトウは幻視する。

万雷の拍手、轟く歓声―――そして、それを受ける、テイエムオペラオーの姿を。

 

 

 

「―――ランチ時の学食は、まるで初演(プルミエ)を向かえたスカラ座のような賑わいだ」

 

毎日杯から数日後のトレセン学園食堂にて、テイエムオペラオーは1人呟く。

―――ウマ娘という種族は、総じて健啖家の傾向が強い。

稀に、ごく稀に、食が細いウマ娘、という存在も居るが、基本的に並の成人男性以上に食べる。

そんなウマ娘達が集う食堂というのは、とてもにぎわうモノである。

 

視線を向ければ、名だたる名ウマ娘の姿も見受けられる。

マチカネフクキタル、ミホノブルボン、サクラバクシンオー、ライスシャワー……

他にも、自身の同期達の姿を見つけた。

ナリタトップロードは、ライスシャワーや、これまた同期で―――何故か高知を主戦にしているハルウララというウマ娘と食事をしているのが見える。

そして、ブラックテイルとアドマイヤベガ、この2人が仲睦まじく、それはもう仲睦まじい姿を周りに見せながら、並んで食事を共にしている姿が。

 

さて、どうしたものか、何処か座れる席は―――

もう一度辺りを見渡して……1か所、とある机を見つける。

机の上に積まれた山のような料理、それを1人で食べているウマ娘。

 

「―――オグリさん。相席、お願いしても良いだろうか?」

「ン?ファマハン(構わん)

 

―――オグリキャップ。

地方、笠松から中央へと転入、その後数々の激戦を繰り広げた、一時代を作り上げた名ウマ娘。

そんな彼女だが、学園トップクラスの健啖家でもある。

机の上に広げられた無数の料理、並のウマ娘数人、ヘタをすると10人分はあるであろうソレが、彼女1人の為に存在するのがその証拠でもあった。

 

フホヒマヘ(少し待て)

 

オグリキャップが一度視線を机に、机の上にある料理に向ける。

目についた適当な皿――50cm以上の高さに盛られた料理の山が乗った皿を引き寄せ……

―――――常人の、並のウマ娘の理解が及ばない速度で料理を『飲み』、皿を片付けた。

 

フォウゴ(どうぞ)

「お、おぉ……」

 

常識外の光景と共に確保された席に、テイエムオペラオーがドン引きしながらも座る。

 

ヘンヒフホマイニヒハイ(先日の毎日杯)ミハヘヘモラッハガ(見させてもらったが)フハラヒイハヒリハッハ(素晴らしい走りだった)

「ありがとう。まさか、君程のウマ娘にも注目して貰えていただなんて」

 

リスかハムスターか、というレベルに頬を膨らませたオグリキャップの言葉を頭で変換し、テイエムオペラオーが答える。

テイエムオペラオーにとって……多くのウマ娘にとって、このオグリキャップという少女は憧れの存在の1人である。

GⅠの舞台で幾度も、様々なレースを繰り広げ、勝利を積み重ねた。

上澄みの中の、更なる上澄み。それがこの少女であった。

そんな彼女に注目されていた、というのは、テイエムオペラオーにとっても意外であった。

 

「毎日杯は、私にとっても、思い入れの深いレースだから……」

 

何処か懐かしむような、そんな表情を浮かべるオグリキャップ。

―――地方から中央へ上がって来た彼女が、中央で走った2つ目のレース、それが毎日杯であった。

自分の走ったレースの、今年の勝者。気にならないといえば、嘘になる……オグリキャップにとっては、今年のクラシック路線で気になったウマ娘にテイエムオペラオーを挙げる理由が、確かにあった。

 

「次のレースは、決まっているのか?」

「無論、皐月賞さ。その為に僕は、過酷なローテを乗り越えてきたのだから……その代償は小さくなかった。僕の身体は、疲労でボロボロさ」

 

オグリキャップの言葉に答えながら、テイエムオペラオーは自身の脚を見る。

絆創膏なり湿布なりが所々に目立つ、そんな脚。

 

「けど、それでも……」

「―――あぁ、君は出るべきだ」

 

自分の言葉を遮り、強く言い放ったオグリキャップを、テイエムオペラオーが見る。

 

―――オグリキャップという少女が地方から中央に移籍した時、制度の関係上、事前の申請等をクリアしなければ出走は認められないとされ、オグリキャップは皐月賞への出走は叶わなかった。

しかし、今ではその辺りが整備され、少しばかり登録料金などが必要となってしまうが、事前申請を逃した後からでも登録出来るようになっている。

勝負出来る実力があるならば、出るべきだ。クラシック3冠は、クラシック級のウマ娘にしか、出られないのだから―――

オグリキャップとしては、目の前のウマ娘には、後悔して欲しくなかった。

 

真っ直ぐに見つめて来る、オグリキャップの視線を受けて、笑みを深める。

 

「おぉ!オグリさんに賛同して貰えるとは!」

「君ならきっと、いい勝負になる。そう思ったから」

「ありがとう、オグリさん―――その言葉で僕の自信が、確信に変わったよ」

 

かの名ウマ娘、オグリキャップの言葉を受けて、テイエムオペラオーは笑う。

それと同時に、内心の焦りが消え去ったのを感じていた。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「~♪」

 

―――夜のトレセン学園、栗東寮。

その、とある一室で、楽し気な鼻歌が響く。

櫛を片手に、己の尻尾を手入れしているウマ娘は、ふと同室のウマ娘に視線を向ける。

視線の先では、ジャージに着替えたウマ娘が部屋を出ようとしている所であった。

 

「―――アヤベさん」

「……何?」

「こんな時間なのに、今日も行くんですか?」

 

同室のウマ娘、アドマイヤベガに声をかける。

元々ストイックな性格のウマ娘であるが、ここ最近は早朝から夜遅くまで、ずっとトレーニングをしている。

そんな彼女は、無言で部屋を出て行こうとする。

 

「いつも以上に、頑張ってますね」

「―――絶対に、負けられないから」

 

ルームメイトの発言に、思う所があったのだろうか。

漸く返って来た返事は、とても短く……だからこそ、強くそう思っているのだろうと感じさせるものであった。

 

「先に寝てて」

「あっ……」

 

部屋を出て行くアドマイヤベガを、彼女のルームメイト―――カレンチャンは、悲し気な表情で見送る事しか出来なかった。

 

 

 

―――走る、走る、走る。

ひたすらに、自身を追い込むように。

街灯を頼りに、街の喧噪から離れる方へと。

人々の営みから外れた、静かな、暗い道を、アドマイヤベガは1人走る。

 

脚に疲労を感じるまで走って、一度脚を止める。

そして、アドマイヤベガが空を見上げる。

街から離れた事で、夜空に浮かぶ星が見えるのを確認する。

 

「―――勝つ。絶対に。そうする事でしか、貴方に償えないから……」

 

―――星に、誓う。

それは、幼い頃から続けて来た、彼女にとっての大切な儀式であった。

 

 

 

―――アドマイヤベガが、自身が『双生児』であった、と知ったのは、幼いある日の事であった。

親友であり、家族同然の存在である幼馴染、ブラックテイルを経由して、アドマイヤベガは自身に『姉』もしくは『妹』と呼ぶべき存在が居た事を知る。

ブラックテイル自身、偶然知ってしまったこの事は、アドマイヤベガの両親から告げられるべきだろうと判断し、黙っているつもりだった。

 

しかし、ある日―――幼いウマ娘限定のレースでアドマイヤベガが走ったその日。

レースを終えたアドマイヤベガは、訳も分からず泣いてしまう。

何故、自分は泣いてしまったのか。どうしてだろうか。

悩んだ彼女は、親友であるブラックテイルに相談する。

この原因は何か、と。

その相談に対し、ブラックテイルは悩んだ末、2人でアドマイヤベガの両親に聞く事を提案。

そして、2人は―――正確には、事前にブラックテイルは知っていたが、アドマイヤベガはここで、自身が生まれる時に起きた悲劇を知る事となる。

 

自分と同時に生まれる筈であった存在は、亡くなってしまっていて。

自分が、残った。『残ってしまった』。もう1人の生を、『奪ってしまった』。

自責の念に駆られるアドマイヤベガを、ブラックテイルはずっと傍に寄り添って慰め、励ました。

ブラックテイルの献身もあり立ち直ったアドマイヤベガは、星空の下、親友に誓う。

 

『―――クロ。私は、レースを走る。走って、勝って、勝利を捧げる』

『あの子の分も、私が走る。あの子が得られる筈だった勝利を、栄光を、私が代わりに走って、捧げてみせる』

『きっとそれが、今を生きている私が、あの子に出来る、唯一の贖罪だから……』

 

彼女の代わりに生きている、それを『罪』と認識しているアドマイヤベガ。

違う、罪なんかじゃない、そうブラックテイルは言いたくて―――しかし、立ち直るきっかけとなった『ソレ』を取り上げてしまうと、親友は何を支えに生きていくのだろうか、という問題に直面し。

結果―――ブラックテイルは、強く否定する事は避けた。

 

『―――あの子の為に……うん、良いとは、思うよ』

『でもね、アヤ……贖罪、って言うのは、違うと思うんだ』

『君がレースを楽しんでくれた方が、あの子も喜んでくれると思う』

 

強く否定はせず、しかし、自分の意思を伝える。

自分の意見だけを伝えては、きっと受け入れて貰えないだろうから。

幼いながらに、ブラックテイルという少女はその考えにたどり着いた。

 

『……クロの提案でも、賛同は出来ないわ。贖罪の為、これは譲れない』

『うーん、そうか……なら、決めた』

『クロ?』

 

アドマイヤベガの言葉に、少しだけ悩んで。

ブラックテイルが、アドマイヤベガの手を取る。

 

『―――私は君に、贖罪以外の価値を、レースに見出して貰うのを目的にしようかな』

『それ、って……』

『一緒に走ろう、アヤ。一緒に走って、競い合って、高めあおう』

 

覗き込むように。

ブラックテイルが、ズイと顔を近付けて言う。

 

『一緒に走って、高めあって……その先に、一緒に行こう』

『その先……?』

『誰も見た事の無い世界、誰も成しえた事の無い偉業―――それを、2人で』

『誰も、成しえた事の無い……』

『うん。私達2人で、前人未到の領域に……そうしたら、きっと【あの子】も、喜んでくれると思うから』

 

フッ、と、ブラックテイルが微笑む。

 

『―――それと一緒に、君には走る楽しさを覚えて貰うさ』

『……一緒に走るのは、歓迎するわ。高めあって、その先、前人未到の領域を目指すのも』

『ん、今はそれで良いよ。一緒に走るようになったその時に、絶対に……ね?』

 

 

 

(―――最近、あの時の事を、良く思い出す)

(クロは、私に『レースを楽しんでも良い』、そう言ってくれるけれど……)

「―――【あの子】の居るべき場所を奪った私に、楽しむ権利なんて、無い」

 

―――アドマイヤベガにとって、トゥインクルシリーズとは、贖罪の場に他ならない。

【あの子】……遠く彼方へと旅立ってしまったその人が、本来得る筈であっただろう勝利を、栄光を、代わりに走り、捧げる舞台。

自分が、栄光を掴む権利を、祝福される未来を、【奪ってしまった】のだから―――楽しむなんて、許されない。彼女自身が、それを許さない。

 

「勝利を、栄光を―――全部、貴方に捧げるわ」

「それが、私に出来る、贖罪だから」

 

星々を見上げて、誓うアドマイヤベガ。

その表情は、どこか悲壮感すら感じさせるものであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「―――先輩」

「グラスさん」

 

朝食を食べているブラックテイルの所に、1人のウマ娘が現れる。

栗毛の髪を靡かせたウマ娘―――グラスワンダーが、朝食の載ったお盆を机にのせ、ブラックテイルの真向かいに座る。

 

「先日のスプリングカップ、お見事でした」

「ありがとうございます。グラスさんにそう言って貰えると、とても嬉しいですね」

 

中等部のグラスワンダーと、高等部のブラックテイル。

接点のあまりなさそうな2人だが、しかし、とても仲が良く、こうして会話に花を咲かせるのも良くある事であった。

 

「クラシック戦線、一生に一度の晴れ舞台……どうか悔いの無いよう」

「……グラスさんがそう言うと、言葉の重みが増しますね」

「……走れるなら、私も、走りたかったです」

「そう、ですよね」

 

―――グラスワンダー。

2年前にデビューを果たした彼女は、9月のメイクデビューから始まり、10月のオープン戦、11月のGⅢ戦、更には12月の朝日杯と4戦4勝、無敗のジュニアGⅠウマ娘の座を手に入れた。

しかし、翌年、つまり去年の1月から脚に不調が生じ、3月には骨折が発見され、そこから同年の10月までを棒に振ってしまう事となった。

同時期にデビューしたスペシャルウィークやセイウンスカイ、キングヘイロー、エルコンドルパサーといった面々が活躍する中、走れず悶々とした日々を送る事となった、悔しさや後悔が未だに残っていた。

 

どこか暗い表情を浮かべるグラスワンダー。

そんな彼女の手に、そっとブラックテイルが手を重ねる。

 

「―――見ていてください、グラスワンダーさん」

「先輩……」

「貴方が走れなかった舞台を、私が、必ず……」

 

ブラックテイルの蒼の瞳が、グラスワンダーをじっと見つめる。

 

「……私の未練を、託しても、良いですか?」

「何なりと」

「―――悔いの残らないよう、全力で、クラシック戦線を駆け抜けてください。貴方の大切なご友人と、一緒に」

「―――はい」

 

自分のような未練を残すな、と。

クラシック戦線を、全力で駆け抜けて欲しい、と。

グラスワンダーの願いを、ブラックテイルは確かに受け取って。

胸に刻み込むように、一度目を閉じ、空いてる手を胸の前で力強く握る。

 

「貴方の分も、走ります。走って……そして、栄冠を、掴んできます」

「その時を、楽しみに待っていますね」

 

力強く宣言するブラックテイル。

その姿に、グラスワンダーが微笑んだ。

―――きっと、この人なら。私の無念を、晴らしてくれる、と。

 

 

―――――――――――――――

 

 

―――ナリタトップロードが、学園内のコースを駆ける。

想定するのは、中山2000m、第3コーナーから最終直線まで。

 

(テイルさんは好位抜出か、逃げ切りか、どちらにしても私の前に居る筈!)

 

前方に、漆黒の髪を靡かせ走るウマ娘を幻視する。

逃げ、先行、どちらも高水準にこなすそのウマ娘は、ナリタトップロードの前を走ると予想。

スプリングステークスでの力強い走り、そして不良バ場の1800mを苦にしないスタミナ。

2000mでも問題なく、ブラックテイルというウマ娘は走り切るだろう。

 

(そして、アヤベさんの持ち味は、その鋭く切れる末脚……きっと最後の直線で、一気に仕掛けてくる筈!)

 

後方に、弥生賞で激戦を繰り広げたウマ娘の存在を置く。

恐らく世代屈指、歴代の追込型の名ウマ娘達にも引けを取らないだろうその末脚。

【中山の直線は短い】とは言われるが、他のレース場と比べれば、の話であり、その長さは310m程。

アドマイヤベガの末脚ならば、最後方からの直線一気で差し切る事も、十分に考えられる。

 

(だから―――此処ッ!!!)

 

前方を行くブラックテイルを捉え、尚且つ後方のアドマイヤベガに差し切られない、絶好の仕掛け時。

そのタイミングを、トレーニングの段階で身体に刻み込む。

人気に、期待に応える為にも―――何より、彼女達に勝ちたいという、自分の心からの想いの為にも。

 

そんな彼女の走りを、トレーナーはストップウォッチで計る。

 

(―――うん、良い感じに仕上がってる)

 

タイムは良好、そして何より、ナリタトップロード本人の気合も十分なのが見て分かる。

強敵として立ちふさがるだろう2人を相手に、十分勝機はある―――トレーナーはそう確信する。

応援してくれるウマ娘達の方を見るナリタトップロードに、トレーナーが近付く。

 

「―――絶好調じゃねぇか」

「はい!!でも、本番では、2人共もっともっと仕上げて来る筈です!もう一本、行ってきます!!」

「……そう気負いすぎるなよ」

「はーい!!」

 

(慢心しないのは、良い事なんだがなぁ)

 

走り出すナリタトップロードの背中を見ながら、トレーナーはそう思う。

だがそれがナリタトップロードというウマ娘の長所だ、とも思う。

 

(―――お前なら、取れる。皐月賞の冠を……トゥインクルシリーズの、頂点を)

 

 

―――――――――――――――

 

 

―――皐月賞、当日。

雨降る中山レース場に観客が多数押し寄せ、メインレースである皐月賞を―――クラシック3冠路線の初戦を、今か今かと待ち望む。

 

『―――さぁ、今年もこの日がやってきました。クラシック三冠レースの初戦、皐月賞です』

『いやぁ、待ちに待った、という感じです』

『そうですねぇ……本日は雨が降っていますが、例年にも増して、大きな盛り上がりを見せています』

 

実況席から、観客席を見る実況者。

視線の先には、自分の好きなウマ娘のグッズを片手に、レースを待ち望む人たちの姿が見られる。

 

『注目は何と言っても、1番人気アドマイヤベガと2番人気ナリタトップロード、3番人気ブラックテイルの【3強】ですね』

『人気的に、この3人が抜けていますね』

 

昨年のスペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローの3人による激闘が、脳裏に過る。

今年もまた、あの時のような、もしくはそれ以上の盛り上がりを見せてくれるのか―――

実況席の2人もまた、観客と同じく期待に胸を膨らませていた。

 

 

地下バ道を、ナリタトップロードが歩く。

コースへと続く、長い道の先、出口が見えてくると同時に、1人のウマ娘が見えてくる。

向こうもナリタトップロードに気が付いたのか、少し表情に険しさが宿る。

 

「アヤベさん」

「ッ……」

「いよいよ―――」

 

宣戦布告を。

そう思い、言葉を続けようとして―――

 

「―――ハーッハッハッハッ!!!!!!」

 

1人のウマ娘が、出口の陰から高笑いと共に現れる。

王冠を携えたウマ娘―――テイエムオペラオーが、腰に手を当て、堂々と2人の前に立ちふさがる。

 

「やぁやぁ、トップロードさんアヤベさん!ようこそ、世紀末覇王伝説第1の章の舞台へ!!」

「オペラオーちゃん……」

「クラシック3冠の冠はこの僕、テイエムオペラオーにこそ相応しい!―――そう思わないかい?」

 

どこまでも、自信ありげに。

己こそが主役だと、言葉で、態度で示すテイエムオペラオー。

そんなテイエムオペラオーを、2人が真っ直ぐに見つめる。

 

「―――否。断じて否」

 

3人とはまた違う、別のウマ娘の声が響き渡る。

全員が声の方に視線を向ける。

視線の先、暗い地下バ道の奥から、1人のウマ娘が歩いて来る。

 

「クロ……」

「オペラオーさん、トップロードさん……そして、アヤ。たとえ誰であっても、3冠の頂を譲る訳にはいかない」

「……クロにも、渡せない。私には、それを欲する理由があるの」

 

鋭いブラックテイルの視線に、アドマイヤベガが睨み返す。

家族同然の親友であっても、今この場においては、栄冠を奪い合うライバル。

譲れないモノが、ここにはある。

 

ひりついた空気の中、ナリタトップロードが口を開く。

 

「……ここに居る皆が積み重ねてきたモノは、確かに凄いです。でも、私も一杯練習してきました。トレーナーさんや、皆さんに支えられて……」

 

ナリタトップロードにも、譲れない想いがある。

主役は自分であると譲らないテイエムオペラオーの自信。

亡き【あの子】へと栄冠を捧げんとするアドマイヤベガの覚悟。

親しい少女の無念を晴らさんとするブラックテイルの決意。

それらに負けない―――支えてくれた全ての人への恩返しをしたいという、強い想いが。

 

「―――だから、絶対に負けません!」

 

力強く、宣言する。

―――勝つのは、自分だ。

4人がそれぞれの想いを胸に、レース場へと歩み出す。

 

 

 

―――――開幕を告げる、ファンファーレが鳴り響く。

遂に、待ち望んでいた皐月賞が始まる。

栄誉ある3冠路線の第1戦の開幕に、観客席のボルテージが跳ね上がる。

雨を吹き飛ばす勢いの歓声が、17人のウマ娘達に降り注いだ。

 

『―――中山レース場、芝2000m。今年の皐月賞は、17名で行われます』

『クラシック3冠の初戦、皐月賞。彼女達にとって、一生に一度きりの挑戦です』

 

ゲート前では、各ウマ娘がそれぞれ、これから始まるレースの準備をしていた。

ストレッチをするもの、瞑想するもの、祈るもの……

そうしたウマ娘達の中、2人のウマ娘が向きあう。

 

「アヤ」

「クロ……」

 

ブラックテイルと、アドマイヤベガ。

先ほど地下バ道で向き合った時とは違い、その表情は穏やかなモノだった。

 

「いよいよ、だね」

「そうね……」

「―――で、体調はどうなの?」

「ッ……」

 

耳元で囁かれたその言葉に、ビクリとアドマイヤベガが身体を震わせる。

 

「……………気付いて、いたのね」

「君の事、私が気付かないと思った?」

「……正直、万全とは言えないわ。でも、出るからには出来る限りを尽くす」

「ん、分かったよ」

 

―――アドマイヤベガは、体調を崩していた。

この場に立っているのは、『【あの子】の分も走らないといけない』という強迫観念とも言える想いがある為だ。

万全からは程遠い状態であろうと、クラシック3冠の舞台を出ないなんて選択肢は、彼女に存在しない。

 

そして、ブラックテイルはアドマイヤベガの性格を分かっている。

体調を崩していても、この舞台に上がってくるだろうと、分かっていた。

心配する気持ちは、当然ある。

 

「―――アヤ。共に走ろう。共に競おう。あの子に、私達の闘争を、捧げよう。あの日誓った舞台は、此処にある」

「―――えぇ。競い、高めあったその先で掴んだ栄冠こそ、あの子に捧げるに相応しいものだから」

 

―――しかし、同じレースを走るからには、容赦はしない。

互いに背を向けて、離れていく。

そこに先ほどまでの穏やかな表情は無く、ただ1人の、レースに全身全霊を注がんとする競技者の表情があった。

 

『各ウマ娘、ゲートへと向かいます』

 

1人、また1人とゲートへと収まっていく。

自信に満ち溢れた表情で、テイエムオペラオーが収まる。

 

「オペラオーさぁん……」

「……」

 

テイエムオペラオーの勝利を祈るメイショウドトウ。

見守るオグリキャップ。

 

『アドマイヤベガ、今ゲートに収まりました』

『流石1番人気、落ち着いていますね』

 

アドマイヤベガが収まる。

落ち着いた―――と見えてしまうのも仕方ない。

体調不良によって、余裕がないのだから。

 

「アヤベさん……」

 

同室のカレンチャンが不安そうにアドマイヤベガを見る。

彼女は、ブラックテイル以外で、体調不良を知る唯一のウマ娘であった。

 

『ブラックテイル、彼女もスッと収まります』

『メイクデビューからずっと、彼女は冷静な事で有名ですね』

 

程よく緊張感を保ちながら、雨を気持ちよさそうに受けてブラックテイルがゲートに収まる。

 

「フフッ、先輩、楽しそう……」

 

そんなブラックテイルを見て、グラスワンダーが微笑む。

 

『そして、ナリタトップロードもゲートに向かっています』

 

ナリタトップロードが、ゲートへと向かう。

途端、観客席から応援の声が飛んでくる。

 

「インチョー!いけるよー!!」

「がんばれよー!!」

「期待してるぞー!!」

 

『調子も良さそうですね。2番人気ながら、凄い歓声です』

 

実況の言う通り、2番人気であるが、歓声の量だけならアドマイヤベガに負けない、否、凌駕する勢い。

その歓声を受け、ナリタトップロードは―――

 

(―――これが、GⅠ……!!!)

 

―――普段以上に、重圧を感じていた。

GⅠという大舞台で、多くの人が自分を応援している。自分に期待している。

その事実が、彼女にプレッシャーを与えていた。

無意識のうちに、勝負服のスカートで手を拭いてしまうナリタトップロード。

 

(―――気負うなよ。お前さんなら、大丈夫だから)

 

トレーナーには、その仕草は見覚えがあった。

かつて、ナリタトップロードをスカウトしたその時から、彼女が見せるその仕草。

ナリタトップロードが緊張すると、無意識のうちに手汗を拭う、そういう癖だった。

少しばかり、不安が脳を過る。

 

『―――さぁ、クラシック3冠の第一関門を突破するのは、一体どのウマ娘か!』

 

一瞬の静寂が、中山レース場を包む。

まだか、まだか―――17人のウマ娘達の緊張が、焦りが、辺りを満たす。

 

―――ゲートが開き、レースが始まる。

 

『―――スタートしました!!!各ウマ娘、まずまず揃ったスタートといったところ』

「よし、いいスタートだ!」

 

ナリタトップロードのトレーナーが、好調な出だしに安堵する。

大きく出遅れたウマ娘が居ない展開。

数名のウマ娘達が先頭争いを繰り広げる中、ブラックテイルが静かに先頭集団の後ろに付く。

それをやや後ろの方でナリタトップロードが確認し、そのまま辺りを見渡す。

自身の外側にアドマイヤベガの姿を、そして後方にテイエムオペラオーの姿を確認する。

 

『さぁ、アクアオーシャンが先頭で各ウマ娘が第1コーナーに差し掛かります』

 

第1コーナーから2コーナーへ。

ナリタトップロードにとって、コーナーは鬼門―――

しかし、ナリタトップロード自身、コーナーを苦手としているのを自覚し、克服せんと努力を重ねて来た。

その甲斐あってか、大きく膨らむ事も無く、スムーズにコーナーを曲がっていく。

 

「ちゃんと、練習の成果が出てるじゃねぇか……!」

 

ナリタトップロードというウマ娘が積み重ねて来た努力は、無駄ではなかった。

クラシック3冠レースという、ウマ娘達にとって一生に一度の大舞台で、その成果が発揮されている。

その事実に、トレーナーの胸が熱くなる。

 

観客席の反対側、向こう正面に差し掛かる。

ナリタトップロードが一度辺りを見渡す。

先頭集団と言うべきウマ娘達が数名、その後ろにブラックテイル。

その後ろに3人程、そして自分の前に3人。

コースの内側にナリタトップロードが居て、外側少し後ろにアドマイヤベガ。

後ろにも数名居る……ナリタトップロードは、やや緩やかながら、全方位を包まれた状態となっていた。

 

「あれじゃ動けねぇ!」

「どうすんだよ……!?」

 

ナリタトップロードのファンが悲鳴を上げる―――

 

(ここは、強引に突破して……いえ、ここで脚を使う訳にはいきません!)

 

―――その悲鳴が、ナリタトップロードの冷静さを呼び戻した。

一瞬考えた通り、緩やかな包囲網だから突破するのは出来なくはない。

しかし、その為には脚を―――後半の勝負に使う余力を消費してしまう。

そうなってしまっては、僅かに後ろにいるウマ娘―――アドマイヤベガ、彼女の末脚に勝つ手段を失ってしまう。

思いとどまり、今は脚を溜める方向でナリタトップロードは動きを決める。

 

『ここまでほぼ平均ペース、しかし第3コーナーに差し掛かって―――』

 

第3コーナーへの差し掛かり。

3コーナー、4コーナー、そして最終直線へと繋がっていく重要な場面であり―――

 

「―――此処ッ!!」

 

―――遂に、1人のウマ娘が、勝負を仕掛けた。

 

『―――此処で外に持ち出したのはブラックテイル!ブラックテイルが仕掛けました!!他のウマ娘達も次々に仕掛けていく!!』

 

ブラックテイルが、身体を外に持ち出し、前のウマ娘を抜きにかかる。

コーナーでやや膨らんだ1人と、内を進む3人の間に出来た隙間を縫って、外へ膨らんだウマ娘の前に出る。

1人が仕掛けた事により、遅れまいと後続勢が次々に勝負を仕掛ける。

―――その中に、アドマイヤベガの姿もあった。

 

(脚が、重い―――けれど!!!)

 

体調不良が響き、その末脚は普段より鈍い。

しかし、諦めるなど言語道断。

出来る限りを尽くす、その一心でスパートをかける。

 

(アヤベさんが仕掛けたなら、私も!!)

 

それを見て、ナリタトップロードも動く。

コースのやや内側、他のウマ娘達の間を縫うように、スルスルと上がっていく。

 

『後方勢から内ナリタトップロード外アドマイヤベガ!大外回ってテイエムオペラオーも上がって来た!さぁ第4コーナー一団となって最終直線に入ります!!!皐月賞の栄誉はもう目の前だ!!!』

 

先頭集団3人のやや外側後方に、ブラックテイルが迫る。

少しばかりぬかるんだ地面を、脚力にものを言わせ強引に走破する。

―――その後ろで、アドマイヤベガが失速し始める。

 

「クッ……!」

「アヤベさん!?」

 

驚きながらも、垂れるアドマイヤベガを躱してナリタトップロードが前へと進む。

 

「ッ、厳しいか…!?」

 

躱す動作によって生じた、僅かなロス。

その僅かなロスが、致命的な差を生む事もある、それを知るからこそトレーナーが言葉を漏らす。

 

(―――負けない!皆の期待と、トレーナーさんの夢を―――ッ!!!)

 

―――しかし、ナリタトップロードの前に、『道』が現れる。

アドマイヤべを躱す為に、僅かに外に出た事で生じた、無理なく通れる『道』。

先頭集団と、ブラックテイルの間、僅かな、しかし確かに存在する、『道』が。

 

「そ、こ、だぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ナリタトップロードが、吼える。

力強く踏み込み、『道』を駆け抜ける。

 

「行けぇ!!!」

「行けー!!!」

「―――行け!!!」

 

観客が、クラスメイトが、そしてトレーナーが。

ナリタトップロードの咆哮に呼応するように、口にする。

『行け』、その一言が、ナリタトップロードに力を与える。

 

『―――間からナリタトップロード!ナリタトップロードだ!!!ブラックテイル粘る!ブラックテイルまだ粘る!!』

 

(行ける、このまま私が―――)

(負けて、たまるか―――)

 

ナリタトップロードが猛追し、躱されてたまるかとブラックテイルが粘る。

内でも1人、ブラックテイルを抜かさんとするウマ娘が走る。

3人の競り合い勝負になるか―――

 

(((―――――!?)))

 

―――ゾクリと、3人のウマ娘達の背中に、寒気が走る。

『何か』が、来てる。

自分たちより遥か後方から、驚異的な速度で、『誰か』が―――!!!

 

「―――オペラ、オー…!!」

「―――そうさ、来たのさ、この僕がッ!!!!!」

 

『―――大外からテイエムオペラオー!テイエムオペラオーが上がって来た!!これは凄い末脚だぁ!!!』

 

―――大外、遥か後方から、1人のウマ娘がグングンと上がってくる。

誰も予想していなかった、驚異の末脚で、王冠を戴くウマ娘が―――!

 

抜かせない、勝つのは自分だと、3人が鬼気迫る表情で走る。

しかし、全てを嘲笑うかのように、力強い走りで全てを抜き去って―――

 

『―――勝ったのは、テイエムオペラオー!!!テイエムオペラオー、皐月賞制覇です!!!』

 

―――歓声が、爆発する。

驚異的な末脚を持って、全てを抜き去った『最も速いウマ娘』を、讃える拍手が鳴り響く。

 

「お、オペラオーさぁん!!!」

 

頬を紅潮させ、メイショウドトウがテイエムオペラオーの名前を叫ぶ。

その声が届いたのか、あるいは元々の性分か、テイエムオペラオーが大きく観客席へ手を振る。

―――その背中を、ナリタトップロードが息を荒げながら見つめる。

 

(……凄かった。オペラオーちゃん、あんな凄い走りが出来るなんて………)

 

テイエムオペラオーの走りを知るが故、先ほどの走りに驚きを隠せない。

末脚自慢、というタイプでは無かったはずのテイエムオペラオーが。

追込型のウマ娘と遜色の無い末脚を発揮して、全てを抜き去ってくるなど、予想もしていなかった。

完全に意識外から、勝利を―――皐月賞の栄冠を、掻っ攫われた。

 

「―――逃げを打てば、あるいは結果は違ったか……?」

「ッ、テイルさん……」

「お疲れ様、トップロードさん」

 

聞こえて来た呟きに、思わず声の方を見る。

自分と同じように息を荒げるウマ娘―――ブラックテイル。

 

「最後、お互い詰めが甘かった……大外からの直線一気で、持っていかれたね」

「え、えぇ……」

 

―――悔しそうじゃ、ない?

自分とは違う風に見えてしまい、僅かに疑ってしまうナリタトップロード。

 

「―――次は、ダービーは、私が……!!!」

「ッ!?」

 

しかし、それは勘違いだったと、直ぐに分かる。

悔しそうに見えないだけ、表面的には分からないだけ。

言葉と共に放たれる圧力が、『次は負けない』という彼女の気持ちを、何よりも雄弁に語っていた。

そんな彼女の後方から、1人のウマ娘が近付いて来る。

 

「クロ……」

「アヤ、お疲れ様」

「―――ダービーは、万全で挑むわ」

「―――分かった。ダービーで、ね」

 

短い会話。

しかし、伝えたい事は伝えた、とアドマイヤベガが少しふらつきながら去っていく。

それを見て、ブラックテイルがナリタトップロードを見る。

 

「トップロードさん、次は負けないからね」

「え、あ……わ、私だって!ダービーは私が勝ちます!」

「うん、お互いまた全力で競い合おう。それじゃあ」

 

言い終えると同時に走り出し、アドマイヤベガの横に行くブラックテイル。

 

(そうだ、次は東京優駿、日本ダービー……)

 

―――『最も幸運なウマ娘が勝つ』と言われる、3冠レースの中でも特に名誉あるレース。

『そのレースを勝てたなら、引退しても良い』というトレーナーやウマ娘が居るほどの舞台。

アドマイヤベガやブラックテイルの様に、切り替えないと―――そう頭の中で考えても、過るのはレースの後悔ばかり。

ふと視線を感じ、ナリタトップロードがそちらを見ると、トレーナーと目が合う。

 

(―――もうちょっとだったのに。トレーナーさんに、クラシックの冠を、もうちょっとで……!)

 

申し訳なさのあまり、視線を逸らしてしまう。

責められているような、そんな風に感じてしまって。

トレーナーは自分を責めるような人では無い、頭で分かっていても、不甲斐なさから、悪く考えてしまう。

 

(もっと、上手く走れたはずなのに……もっと、もっと……!!)

 

後悔が押し寄せる。

もっとコーナリングを磨いていれば、スタミナを付けていれば、末脚を鍛えていれば―――最後の直線で気を緩めなければ。

あるいは、結果は変わっていたかもしれない。

観客の期待に応えられたかもしれない。

トレーナーへの恩返しも、出来たかも―――――

 

「―――ナリタトップロード!!!」

「ッ」

「よく頑張ったぁ!!!」

「凄かったぞぉ!!!」

「次も応援するよー!!!」

 

観客達からの声が、暗い考えに囚われていたナリタトップロードに届く。

どれだけナリタトップロード自身が満足していなかったとしても、その走りは―――その走りの為に積み重ねられた努力、そしてこのレースに込めた想いは、確かに観客へと届いていた。

 

ナリタトップロードが、視線をトレーナーに向ける。

視線の先、トレーナーは……責めるような視線を、ナリタトップロードに向けていなかった。

あるのは、『よくやった』と、労わる表情のみ。

それを見て、漸くナリタトップロードの中で、『次』への切り替えが行われる。

頬をパンッ、と一度叩き、改めて前を見る。

 

(―――悔やむのは、もう終わりです。応援してくれる皆の為にも、もっともっと、頑張って……日本ダービーこそは!!)

 

『次』を、期待されている。

その事実が、ナリタトップロードの気持ちを切り替えさせた。

『次』―――日本ダービーの舞台で。

『ダービートレーナー』の栄誉を、トレーナーに。

それで、皐月賞の分も纏めて、恩返しを果たす、と。

応援してくれている人たちに、自分が『ダービーウマ娘』になった姿を見せる、と。

 




ブラックテイル(Black Tail)
得意なこと:水泳
苦手なこと:険悪な雰囲気をそのままにする事
耳のこと :周りの会話に、ついつい聞き耳を立ててしまう
尻尾のこと:自分ひとりだけだと手入れを手抜きしがち
家族のこと:ウマ娘の妹が居て、とても仲が良い


という訳で、『競走馬ブラックテイルの走りと馬生をアイゲームス(いわばサ○ゲ)がウマ娘という形に落とし込んだ【ウマ娘ブラックテイル】がアニメに出てきたら』というのを私なりに考えてみました。
これで良かったのだろうか……未だに悩んでしまいますね。

流石に1話書くのに時間をかけすぎたので、次は競走馬編を書きます(宣言)
RTTT話も少しずつ書いて、2話の分が出来ましたら投稿致します。
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