黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

38 / 55
お待たせいたしました(土下座
仕事が…仕事が………

今回は学園案内編裏での出来事、とあるウマ娘視点の物語となります。


ウマ娘編第5話(裏) 『あの日』の思い出

ふと、視線をある方向へと向ける。

視線の先には、光を吸い込むような青毛のウマ娘の姿。

その後ろには、まだどこか幼さが隠せないウマ娘達が、期待に胸膨らませ、目を輝かせ歩く姿が。

 

「あら、あら……微笑ましい光景ですね」

「あ、学園案内……グラスちゃんの先輩、だよね?」

「はい。ブラックテイル先輩……フフッ、思い出しちゃいます」

「何を?」

 

スぺちゃんからの質問に、脳裏を過るのは、『あの日』の思い出。

 

「私が学園案内でここを訪れた日、ですね」

「グラスちゃんがここに来た日?」

「えぇ、そうです……先輩と初めて会った日、でもあります」

「そうなんだぁ……」

「はい」

 

 

 

――――それは、丁度、今日みたいな、とても天気のいい日の事。

 

 

 

「では、行ってきます」

「1人で大丈夫かい?」

「えぇ、大丈夫です」

「何か困ったら、遠慮せず連絡してね?」

「はい、分かっています」

 

学園案内のその日、私は1人で学園に向かう事になった。

両親共に急用が出来てしまい、他に方法が無かった。

日本に来てから、あまり日も経っていない中での事だったので、不安が無い、とは言えませんでしたが。

行かないという選択肢は無かった。

 

電車の乗り換え等に苦戦しながらも、無事に府中市まで到着して。

学園の前まで歩いた、その時に。

―――今の私を形作る、運命の出会いが、待っていました。

 

「―――こんにちは、栗毛のウマ娘さん」

「こ、こんにちは……あ、貴方、は?」

 

一言で表すのなら、その人は『黒』でした。

夜空の様に、全てを飲み込んでしまいそうな『黒』。

肩口よりも少し先、肩甲骨の辺りまで伸ばされた青毛の髪を、穏やかな風に靡かせて。

深海を思わせる深い蒼の瞳が、優しさを込められた視線を向けていて。

そんなウマ娘の方が、校門の前に居て。

見惚れていた私を見て、クスリと笑いながら、口を開いた。

 

「あぁ、失礼。自己紹介をさせて頂きますね。私は……そう、ですね」

 

自分の尻尾を左手で指さしながら。

 

「黒い尻尾の『ブラックテイル』、そう覚えて頂ければ」

 

『ブラックテイル』。

初めて聞いた、その名前。

―――なのに、どうしてでしょうか。

その名前を聞いただけで、その青毛の髪を見ただけで。

まるで、運命の人と出会えたような。

バカバカしいと一蹴されても可笑しくないような、そんな感情に襲われてしまって。

 

「あ、ブ、ブラックテイルさん……は、はい」

「はい。今日、学園案内に参加される方ですよね?案内を担当させて頂きますので、気軽に呼んで頂ければ」

「あ、その……不束者ですが、宜しく、お願いします」

「いえいえ、それを言うのならばこちらの方です……些か不慣れではありますが、精一杯案内をさせて頂きますので、宜しくお願いします」

「は、はい!」

 

不自然な挙動を繰り返す私に、とても優しく接してくれて。

そんな彼女は、首を少し傾げながら、話の流れからして当然の質問を口にして……

 

「お名前を伺っても、良いでしょうか?」

「あ、わ、私はグラスワンダーと……」

「―――――――――――ぐらす、わんだぁ、さん?」

 

何故か、目を見開いて。

ガシッ、と、私の手を掴んだ。

 

「―――――いや確かに先輩は栗毛だったし額に白い部分あったからその可能性は考えていたけれどまさか年下それも日本に本当に来てくれる可能性は少ないと見積もってたぞこの世界において前世と同じ歴史を辿るか分からなかったから『向こう』で大成される事も考えていたし常に先輩の名前が無いか海外レースにも目を通してそれでも名前が無いから何時先輩の名前が出て来るか気が気じゃなかったのにこうして会う事が出来るなんて」

「え、あ、あの」

「にしてもウマ娘になった先輩かわいいなぁリラもウマ娘になって美人さんになったけれど先輩は先輩でかわいいし綺麗だしというか小さいなぁ先輩前世でそこまで小さい印象なかったけれどどうしてだろういやそこはどうでも良い今こうして先輩が居る事それが重要だ今は成すべき事を成すそれが最優先喜ぶのは1人になるまで後回し後回し落ち着け落ち着け」

「あのー……ブラックテイルさん?」

「あっ、す、すみません!!」

 

私の声に反応して、慌てて距離を取るブラックテイルさん。

 

「すみませんその、ちょっと…………本当に、すみません」

「い、いえ……」

「……夢の中で、出会った方と名前が、同じだったもので……取り乱して、しまいました」

「夢の中、ですか?」

「えぇ、そうです……………とても、とても懐かしい夢の中で」

 

どこか遠くを見ながら、そう語るブラックテイルさんの姿は、懐かしんでいるようで……とても、悲しげで。

 

「すみません、グラスワンダーさん。貴女は貴女で……『向こうの貴方(グラス先輩)』は、『向こうの貴方』、です。勝手に重ねてしまって、申し訳ありません」

「い、いえ、そんな……気にしないで、ください」

「いえ、私の落ち度ですので……」

 

心の底から、申し訳なさそうに謝るその姿を見ると、何故だろう、こっちも罪悪感を感じてしまって。

どうして、だろうか……この人が自分に頭を下げる姿を、見たくない。そう感じていました。

 

「あ、あの……ブラックテイルさん。お詫びに、という言い方はアレですけれど……学園案内では、宜しくお願いしますね?」

「は、はい。私の出来る限りで、グラスワンダーさんに学園の事を理解して頂けますよう、案内させて頂きます……それでは、ついて来てください」

 

何処かションボリとした雰囲気を纏ったブラックテイルさん。

―――可愛い。

初対面の人にそう思ってしまうのは、悪いような気がしましたけれど。

でも、ブラックテイルさんの歩く後姿は、ちょっと可愛いな、と感じました。

 

 

 

「グラスワンダーさんは帰国子女、なんですね」

「えぇ、そうです」

「でも、日本語とてもお上手で……」

「ありがとうございます。元々、日本の文化等には憧れがありまして、向こうの先生から教わっていましたから」

「なるほど、そうでしたか」

 

学園案内で、私はブラックテイル先輩のグループで学園内を回る事に成功した。

というよりは、ブラックテイル先輩の方から周りに頼み込んでいた。

『先ほどこちらの方にご迷惑をおかけしてしまいましたので、汚名返上の機会を頂きたく……』と周りに頭を下げていくブラックテイル先輩と、『珍しいね、貴方がそう言う事するなんて』と意外そうな表情を浮かべながら了承していく他の案内役の人たちのやり取りから、ブラックテイル先輩の性格が何となく分かってくる。

この人は真面目で優しくて、誰からも慕われる、そんな人なのだろう、と。

 

そんなブラックテイル先輩は、早速私と同じ、学園案内希望のウマ娘に囲まれていて。

私との話が終れば、早速次の質問が矢継ぎ早に飛んでくる。

 

「先輩先輩、先輩ってまだデビューはされていないんですか?」

「そうですね、まだデビューはしていません。本格化が来ていないので」

「デビューしたら、どの路線を走るんですか!?」

「目指すのはクラシック路線でしょうかね……友人と、約束をしていますので」

「ダートとか、障害レースはどうですか?私ダートに行こうと思ってまして……」

「ダートは走った事がありますけど、障害は無いですね。ハードル走の大規模なモノ、とは認識していますけれど」

 

様々な質問に、1つ1つ、相手の顔を見て丁寧に答えていく。

そんな姿を見ていると……どうしてでしょうか。

何故か、胸の奥が、モヤモヤする、と言いますか……

ブラックテイル先輩が、他の人にばっかり視線を、意識を向けているのが……なんだか、好きじゃ、ない。

ほぼ初対面の人、なのに……どうしてでしょうか……当時は、本当に分からなくて。

 

「……なんだか、寒気しませんか……?」

「わ、私も……」

「大丈夫ですか?温かいものなら、コーヒーくらいなら直ぐに出せますけれど」

「い、いえ、大丈夫です!」

 

自分で、自分が今抱えているこの感情が、良く分からなくて。

初めての経験に、戸惑うばかりで。

 

「―――グラスワンダーさん?」

「え、あ……」

「どうか、されましたか?何か、悩んでいるような……そんな気が、しましたから」

「い、いえ、大丈夫ですので……」

「……何かありましたら、遠慮なく言ってくださいね。自分の出来る事でしたら、お手伝い致しますから」

 

優しい微笑み、それだけで、モヤモヤが晴れていくのが自分で分かる。

どうしてか、この人が傍に居るだけで、視線を私に向けてくれるだけで、嬉しくなる。

安心感すら感じてしまうのは、何故―――?

あの日の私には、ずっと分かりませんでした。

 

 

 

「―――やはり皆さんは、チーム『リギル』に興味があるのですね」

「目指すなら最強を目指したいので!」

「なるほど、なるほど……気持ちは分かりますよ。自分も、やはり目指すは頂点、その気持ちを持って日々を過ごしておりますから」

「先輩のチームは……」

「『アルタイル』です。歴史あるチームですので、名前を知っている人も居ますかね?」

「あ、名前は知ってます。けれど……」

「実績も、決して悪くはありませんよ。リギルに比べたら些か見劣りするかもしれませんが」

 

学園案内の際に、このような話をしたのも、鮮明に思い出せる。

当時、私も志望していたのはチーム『リギル』……つまり、『学園最強』と名高いチームでした。

 

「先輩は、リギルには?」

「興味が無かった、と言えば嘘になります。ですが……」

「ですが?」

「―――私に直接声をかけて下さったのが、アルタイルのトレーナー、都播さんでした。そして、声をかけて下さったその時、『この人の下が良い』、そう思ったんです」

「だから、アルタイルに?」

「えぇ、そうです」

 

ブラックテイルさんにとって、最も惹かれたのはリギルではなかった、そういう事らしい。

先輩の話を聞いて色々話し合い私達に対して、先輩が微笑みながら言った。

 

「リギルに興味を持ち、入団試験を受ける事は良い事だと思います。良い経験になるでしょうから……ですが、仮に、仮に入団出来なかったとしても、悲観しないでください。学園内のチームは、リギルだけではありません。リギルのメンバーじゃ無くても、強いウマ娘は沢山居るのは、御存知だと思います……『シリウス』のオグリキャップさん、『ベガ』のスーパークリークさんなんかは有名ですよね?」

 

『まぁ、クリークさんはサブトレの名瀬さんの指導の比率が高いらしいですけど』などという話をするブラックテイルさん。

しかし、そんな言葉も、話半分で聞き流してしまう程に、私は衝撃を受けていて。

私達は……少なくとも、私は、自分を恥じた。

『最強』という二文字に、目がくらんで。

他の可能性を、見ていなかった事に、気付かされたから。

 

「『カペラ』なんかも凄いですよ?ルドルフの同期で『マイルの皇帝』と呼ばれた二ホンピロウイナーさんだったり、史上初のティアラ3冠ウマ娘のメジロラモーヌさん、これまたマイルの実力者ダイイチルビーさんだったりが所属している凄い所ですからね……などと、選択肢は沢山ありますから。リギルだけ、道は1本だけ、という事はありませんので、視野を広く持って頂ければな、と」

 

周りの言葉を信じ込んで、道を、自分の可能性を狭めていた。

それを、広げて下さった。

ブラックテイルさんへの信頼が、少しずつ、確かに大きくなっていっていました。

 

 

 

「―――では、今日の最後のプログラムと参りましょうか。最後のプログラムは、在学生による模擬レース……ですが。今日案内役を務めた在学生と、トレセン学園のコースで走りたい方がいましたら、是非挑戦してみてください」

 

学園案内も残すところ、最後のプログラムに。

そのプログラムというのが、模擬レース……

希望者が居れば、在学生に挑めるというものだった。

 

学園案内を担当して下さった方と走れる。

そう聞いた時、私は直ぐにブラックテイル先輩を見た。

丁度先輩もこちらを見ていたのか、目が合って。

先輩が、優しく、そしてどこか申し訳なさそうに微笑みかけてくれたのを、今でも憶えている。

 

「せ、先輩。あの、その……」

「―――グラスワンダーさん。残念ながら、自分は、このプログラムには参加出来ないんです」

「え………?」

「まだ本格化が来ていませんので……多少トレーナーの下で知識や経験を積んだだけで、皆さんと余り変わりない存在ですから」

「そう、でしたか……それは、学園側の決まり、なんですか?」

「いえ、そういう訳ではありませんが……このプログラムで走る人は、ドリームトロフィーに出走されている猛者の方ばかりですから、そうした方と皆さんが走る事が出来る機会を、邪魔する訳にはいきませんから」

 

気を遣ってくださっている。故に、この場では走らない。

それが本心だというのが、分かってしまって……だからこそ、僅かに、しかし確かに、怒りが湧き上がる。

そうした理屈で抑えられる程にしか、『私達と走りたい』と思っていない、そう感じたから。

 

「―――走って下さらないのですか?」

「グラスワンダーさん?」

「そんなにも、私達と走るのが、嫌、なんですか?」

「……皆さんの為にならない、そう、思っていますが……走りたいとは、思いますよ」

「では、走って頂けませんか?私と、一緒に」

「……確認を、取ってきます」

 

他の在学生の方に、確認を取りに行くブラックテイル先輩。

どんな反応を貰うのだろうか、と、耳を傾けた。

 

「―――という訳で、他の人の迷惑にならなければなんですれど、自分も今回は参加しても良いでしょうか?」

「むしろ、何で今まで参加しなかったのかって疑問に思ってたんですけれども……そういう考えでしたか」

「未来の後輩の為、って考えは否定しないけど……私達も、君と走りたいとは思ってたんだよね」

「……お前、そんな理由で走るのを拒んでいたのか?」

「『そんな理由』って言われても……自分なんかと走るより、皆さんと走って頂いた方が、良い経験になると思うのは当然では?」

「そんな事は無いと思うけれど?」

「チッ……良いから走るぞ。お前と走る機会は余り無いからな」

「アダダダダッ、首根っこ掴まないでナリタブライアンさん!?」

「フルネームは止めろと何度も言っているだろう」

 

ナリタブライアンさん、URA史上4人目の3冠ウマ娘。

そんな彼女にガッシリと掴まれて、コースへと連行されていく。

―――なんだ、周りの人もブラックテイル先輩と走りたかったんだ。それも、3冠ウマ娘からも求められている。

それが分かって、少しホッとした。

―――なんで、自分はあの時ホッとしたのだろうか?

それは、今でも分からないですが。

 

「私は出る。こいつも出る。他も出るんだろう?」

「勿論、出るよ。未来の後輩と走りたいし……テイル、君ともね」

「楽しみですね。走るからには、全力で、ですよ?」

「分かっていますよ……えっと、私達と走ってみたい、という方は」

 

ブラックテイル先輩のその言葉に、『待っていた』とばかりに挙手する。

私の他にも、元気に手を挙げたのが1人。

 

「ハイ!エルコンドルパサー、皆さんと走りたいデース!!!」

「グラスワンダー、皆さんと走る事を希望いたします」

 

エルコンドルパサー、という方。

言葉の発音からして、どこかぎこちなさを感じる。

もしかしたら、私の様に海外からの帰国子女、もしくは海外からの留学生、だろうか?

―――まぁ、今その情報は必要ありません。

 

「他には………居ないみたいですね。それでは、在学生からは私、ブラックテイルが」

「ナリタブライアンだ」

「フジキセキ」

「メジロアルダンです」

「この4人が模擬レースを……あれ、そういえば何でリギルから2人も?」

「本当は1人、他の人が来る筈だったんだけど、急用で来られなくなってね。代理の立候補が無かったから、リギルの方で1人手配した、それがブライアンなんだよ」

「あまり乗り気では無かったが……テイル、お前と走れるのなら話は別だ」

「期待が、期待が重い……」

 

名だたる名ウマ娘達、そして、ブラックテイル先輩。

この方々と走れる機会を逃すなんて、勿体ない。

 

「距離はどうする?」

「本格化していない子と走る訳だから……マイル、いや短距離かな?」

「芝1200mでどうでしょう?」

「本格化してない人を考慮してくれると助かりますねホント……自分もまだですからね」

「ドリームトロフィーで待ってるから早く本格化しろ」

「アハハ……楽しみにしてる、って言うのは私もだけどね」

 

本格化を迎えてない私とエルコンドルパサーさん、そしてブラックテイルさん。

それを考慮して、1200m。

他の人だと……フジキセキさんは、確か短距離も走られていたと思いますが……あ、メジロアルダンさんは、ダートの短距離を走った事がありましたね。

他の方は……ナリタブライアンさん、高松宮記念に出走されていた、はずですね。

ですが、1着という訳ではなかったと記憶しています。

そう考えると、1番警戒すべきはフジキセキさん、でしょうか?

 

「芝1200mだから体力的には問題無し。恐らく逃げに該当する走りを出来るウマ娘は自分だけとなるとペースはある程度コントロール出来るからそこは問題ない。一番怖いのはブライアンの仕掛け時で、何を思って出たのかは別として高松宮記念で4着に入れる程度には短距離を走れるから確実に『来る』、そこが最大の不安要素……よし、腹括るぞブラックテイル大丈夫大丈夫やれるだけやってみるぞ『先輩』の前だぞ格好悪い所は見せられないぞ」

 

パンッ、という音で視線をそちらに向ける。

自らの頬を叩き、気合を入れたらしいブラックテイル先輩の姿。

スッ、と細められた深い蒼の双眸が、私達に鋭い視線を突き刺す。

 

「……よし、やろうか」

「―――そうだ、その眼だ、その顔だテイル!!」

「うん、良い表情だね……さぁ、イッツ、ショウタイム!」

「フフフッ、素敵ですよブラックテイルさん。さぁ、私達の織りなす最高の『今』を、皆さんに刻みましょう」

 

―――重圧が、私に圧し掛かる。

プレッシャー、という言葉が頭を過ぎり、それが間違いでは無いと一瞬で理解する。

私の横、エルコンドルパサーさんも『コレ』を感じているのだろう。

鳥肌が立ち、冷や汗をかいているその姿から、間違いはないだろう。

しかし、このプレッシャーの中でなお、ブラックテイル先輩は……私と同じく、本格化を迎えていないウマ娘のはずのその人は、どこまでも冷たい視線を周りに向けるだけで、冷や汗1つかかず、ゲートへと向かう。

 

「―――ゲートへ、行けるかい?ポニーちゃん」

「あっ……は、はい」

「だ、大丈夫デス!」

 

脚を動かす事すら難しい程の重圧に包まれた私達2人に、声をかけてくださったのは、フジキセキさんだった。

 

「うん、返事が出来るだけ、上出来だよ……君達には、私達の走りを、つまり競技者として経験を積んだウマ娘達の走りを見て貰いたいんだ」

「競技者としての経験を積んだウマ娘の走り……」

「テイルからは、私達3人とはまた違う事を感じて欲しいかな?ほら、彼女は本格化を迎えていないという一点では君達と同じだからね。最も君達に近く、だからこそ違いを感じられると思う」

 

『後は走りで語るよ』と話を切り上げ、私達をゲート前まで誘導し、ゲートへと入っていく。

そんなフジキセキさんに一礼し、深呼吸を1つ、意を決してゲートへと入る。

 

(ゲートの中、やっぱり狭くてあまり好きじゃないですね……ですが、集中、集中)

 

ゲートが開くその時を、己の心を落ち着けながら待つ。

 

ガコンッ、と言う開く音。

自分なりに良いスタートが出来た、そう思い―――私の横を、漆黒がすり抜けていく。

 

(そんな、なんて綺麗な―――!?)

 

先頭を進む漆黒、つまりブラックテイル先輩。

そのスムーズな動き出しに驚き、そして少し見惚れるも、直ぐに意識をレースに向ける。

先頭はブラックテイル先輩、その後ろフジキセキさん、並んでメジロアルダンさん。

そのすぐ後ろにエルコンドルパサーさん、その後ろに私で、最後にナリタブライアンさん。

位置取りからして、私やナリタブライアンさんの位置は『差し』にあたる位置だろう。

 

(終盤まで溜めて、一気に抜き去る!)

 

己の走りを、定める。

そんな私の考えなどは一切関係なく、レースは進んでいく。

1200m、所謂短距離のレース。

故に、たとえ本格化を迎えていないウマ娘のレースであろうと、走る時間はあまりにも短い。

―――今になって思えば、『差す』と決めたのは間違いでしたね。

本格化を迎えていないウマ娘が、本格化を迎え、実戦で切磋琢磨したウマ娘を差そうだなんて。

たとえ走り慣れていない距離だろうと、地力で捻じ伏せる事が可能なほどに、私と彼女たちの間には大きな差があった。

 

「此処ッ……!」

 

―――そう、勝ちに行くならば、前を走るべきだった。

ブラックテイル先輩は、間違いなく『勝ち』を狙っていたのだ。

ロングスパートを仕掛け、セーフティリードを作り、粘り勝つ。

それこそが、あの頃の先輩にとって、唯一の勝ち筋だと、自分で理解していたのだ。

 

「離される訳には!」

「遅れはとらないデース!」

 

それを分からず、私とエルコンドルパサーさんは『掛かった』。

自分で定めた走りを放り投げ、慌ててスパートをかけてしまったのだ。

 

ペース配分を考えないスパートは、体力を、脚の余力を容赦なく削っていって。

最終直線に入った頃には、もう余力何てものは存在しなかった。

未だロングスパートで駆け抜けるブラックテイル先輩の背中に、追いつけぬまま。

 

「さぁ、ここからだ!」

「失礼」

 

そして、仕掛け時を誤らなかったフジキセキさん、メジロアルダンさんに、あっさりと抜かれ―――

 

「―――待っていろ、テイル……!!!」

 

豪脚を以て、ナリタブライアンさんに千切られて。

『惨敗』の二文字を、容赦なく突きつけられて、模擬レースは終わりとなりました。

 

 

 

「チックショウ……負けた……!」

「テイル、口調口調、荒くなってるよ」

「ですが、それはテイルさんが昂っている……つまり、本気で走って下さった証ですわね。ありがとうございます、テイルさん」

「最善を尽し、最後まで諦めないその走り……お前とのレースは、本格化していないウマ娘を相手にしている事を忘れさせてくれる」

 

荒い息を吐き出しながら、悔しそうに周りを睨むブラックテイルさん。

結果として、1着ナリタブライアンさん、2着フジキセキさん、3着メジロアルダンさん、4着ブラックテイルさん、5着に私、6着にエルコンドルパサーさん。

着差はそれぞれ、ハナ差、クビ差、5バ身、5バ身、ほぼ同着のハナ差。

前3人は接戦であり、3人とブラックテイルさんの差は本格化を迎えたか否かの差、私とエルコンドルパサーさんの差も僅差。

では、同じ本格化を迎えていない私とブラックテイルさんの差は?

 

「さて、と……どうだったかな、ポニーちゃん?」

「どう、とは……?」

「このレースで、何を感じたかな?」

「本格化した人達とは、何もかもが違うと感じましたデス、けど……えっと、ブラックテイルさんとは、その、何て言えば……」

「―――『己の理解度』、でしょうか」

 

頭の中で考えた末、たどり着いたのは、『己の理解』、それこそが大きな差だと思った。

 

「自分はどの脚質なのか、脚質の中でどのような走りが出来るのか、相手の動きにどのような対応が出来るのか……そうした、自分の走りの理解、それがブラックテイルさんは出来ていて、私には出来ていませんでした」

「なるほど、ね」

「知識があったとして、確かな走りが出来てこそ、その知識を活かす事が出来るかと」

「あ、納得デス!ブラックテイルさんは、自分の走りに迷いが無かったデス!!」

 

迷わず、自分の出来る事を、全力で。

ロングスパートを仕掛けるブラックテイルさんからは、そうした意志を感じた。

それに動揺し、決めていた己の走りを捨てた私とは、違った。

 

「―――本格化も迎えていない、デビューもしていない、そういうウマ娘のはずだが……『何故か』コイツは自分の走りを確立している」

「ナリタブライアンさん……」

「出来る事を知っている。故にこいつは迷わず最善手を選んで、勝ちに来る……だからこそ、コイツと走ると、熱くなる」

「そうだね。迷いが無いんだ、テイルには」

「時には、私達ドリームトロフィーのウマ娘ですら、己の走りについて悩み考える時があります。ですが、テイルさんは確固たる自分を持っている……凄い事です」

 

何処かばつが悪そうに、ちょっと視線を逸らしているブラックテイルさん。

 

「前世分の経験があるからなぁ……」

「何か?」

「イエ、ナニモ」

「……まぁ、自分の走りをしっかり見つければ、本格化を迎えていなくてもここまで走れる、という事は分かっただろう」

 

ナリタブライアンさんの言葉に、頷く。

日本の言葉に『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉もある。

『己を知る』、つまり自分の事をしっかり理解する事。

その大切さを、ブラックテイル先輩の走る姿から教えて貰った。

 

「その上で、本格化を迎え、更に経験を積めば、私達のように走れるようになる」

「ウマ娘たるもの、やっぱり走りたいという気持ちがどうしてもある……トレセン学園で、一緒に走れることを楽しみにしているよ、ポニーちゃん」

「ドリームトロフィーで待っている。強くなって、私の前に来い」

「アハハ……皆さんが入学出来る事、心より祈らせて頂きますね」

 

こうして、学園見学は終わる事になる。

―――はず、でしたが。

 

「グラスワンダーさん」

「あ、は、はい」

「よければ、トークアプリの友達登録をしませんか?」

「……えっ?」

「貴方には、なにか、その、不思議な縁を感じたもので……勉強でも、なんでも、困ったことがありましたら、相談に乗りますよ」

「え、あ……よ、喜んで、お受けいたします」

 

学園から離れる前に、声をかけられて。

普段使いのトークアプリに、先輩のアカウントが登録されて。

 

「また、学園でお会いできるのを楽しみにしていますね」

「あ、ありがとう、ございます」

 

私だけ、握手までして、送って下さった。

そんな、学園案内の記憶―――

 

 

 

 

 

 

「―――ちゃん。グラスちゃん?」

「あ……ごめんなさい、スぺちゃん。あの時を思い出してまして」

「なんだか幸せそうだったね~……」

「そう、でしたか?」

「うん!」

 

―――幸せそう、と言う言葉に、納得する。

あの日こそ、私の運命の出会いの日。

スぺちゃんにとっての、サイレンススズカさんのような。

世界が変わったかのような、そんな衝撃を受けた日。

 

「あそこに居る子の中には、未来の後輩が居るんですよね」

「そうだね。スピカに入ってくれる子、居るといいなー」

「きっと居ますよ……ゴールドシップさんに順応出来るかまでは、分かりませんが」

「うぅ、そこだけどうにかなればなぁ……グラスちゃんのチームはそういうの無いもんね」

「アルタイルは性格的には普通な人が多いですから~」

 

スピカはスぺちゃんやスズカさん、テイオーさんにマックイーンさんと実力者揃い。

まだデビューしていませんが、ウオッカさんやスカーレットさん、ゴールドシップさんも確かな実力を秘めている。

ですが……些か以上に我が強いと言いますか、癖が強いと言いますか……

感性が普通の人では、中々定着しづらい。

トレーナーさんもやや放任主義と言いますか、自主性を重んじる傾向にある方ですので、それもまた相性の良し悪しに左右されやすい所である。

 

そういう事は、アルタイルにはない。

トレーナーさんはウマ娘1人1人を大事に、しっかりと見てくれる方ですし。

所属するウマ娘についても、癖が強いという子は……あえて言うなら、デジタルさんかしら?

そのデジタルさんでも、ゴールドシップさん程ではない。

 

「スぺちゃんは、どんな後輩が来てくれると嬉しいですか?」

「う~んと……食べるのが好きな子なら一緒にご飯を食べに行ったり出来るし、走るのが好きな子ならスズカさんと一緒にランニングにも行けるし……どんな子でも嬉しいかな!」

「スぺちゃんらしいですねぇ」

「そう言うグラスちゃんは?」

「そう、ですね……」

 

スぺちゃんの言葉で、少しだけ考えて。

パッと頭に浮かんだ言葉を、口にする。

 

「―――優しくて、誰にでも親身になって寄り添える人、でしょうか?」

 

視線の先、転んで膝を擦りむいた子に絆創膏を貼る先輩を見ながら、私はそう言う。

―――私の好きな人が、そう言う人だから。そんな人が来てくれると、嬉しいですね。

ヘクチッ、とくしゃみをする先輩を見て、私はクスリと笑った。




ウマ娘『グラスワンダー』の、本作でのブラックテイルとの出会いの物語。

グラスワンダー本人に、競走馬の頃の記憶はありません。
ですが、ウマ娘グラスワンダーに宿った『ブラックテイルと共に過ごしたグラスワンダー』の魂が、ブラックテイルという存在を覚えている。
そういうお話です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。