黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
主にグラス周りについて色々と触れる回です。
コーハイ、ブラックテイルという馬は、不思議な馬だ。
『おはようございます、グラス先輩』
『おはよう、テイル』
初めて出会ったあの時、彼は僕に色々と話しかけてきた。
その中で、僕の事を『センパイ』と呼んでも良いか?と聞いてきた。
センパイ、コーハイ、と言うのは、人の言葉で……キューシャに先に居た方がセンパイ、後から来た方がコーハイ、らしい。
聞けば、テイルは人の言葉が分かるらしい。凄いと思う。
『先輩、あと10分くらいでウォーミングアップ始まりますよ』
『10分……どれくらいだったかな?』
『あの時計の長い針が、太くて短い線を二回過ぎる位です』
しかも、テイルは人の事が良く分かっているらしい。
トケイ、というキカイがどういうモノか分かっていて、僕に『ジカン』というのがどういうモノか教えてくれた。
今では、僕も多少なら分かる様になっている。
テイルが言うには、彼はある時、とても長い夢を見たのだという。
自分が人間として生まれ、生活をする夢だった、らしい。
それも、1日、2日ではなくて、もっともっと長い時間を人として過ごした、そんな夢だとか。
『グラス先輩、今日も頑張りましょうね!』
『うん、頑張るよ』
長い夢の間で、人の知識、文化などに触れて、その記憶がある。
だから、彼は人の事を良く分かっているんだって。
珍しい経験をした馬も居るんだな、と、興味が湧いた。
いつも世話をしてくれる人、キュームインの人と共に歩く。
チョウキョウも終わって、バボウに戻る。
僕のレースは、暫く先になるらしい。
怪我が治ってまだ時間は経ってないから、様子見だと言っていた。
『先輩、10月のレースらしいですね』
『10月……暫く先、って事かな?』
『そうですね。先輩がここを離れてた時間の、半分……それよりも短いくらいです』
『そっか、そんなに先なんだね』
テイルのバボウは、僕のバボウのすぐ近くだ。
だから、最近は良くこうして話をする。
テイルに聞くと、どれくらい先なのか、僕でも分かる様に教えてくれる。
……テイルは、よく僕を『凄い』と言ってくれる。
ジーワンレースに勝って、僕に乗ってくれている人、トバさんの評価も高い、凄い馬だって。
だけど……テイルはテイルで、凄い馬だ。
人の事がなんでも分かっている。人の言葉について、僕に分かりやすく教えてくれる。
『先輩の復帰戦、見られるなら見てみたいですね』
『そっか……そうだね、出来るなら、見て欲しいかな』
『どうにかして見られないかな……テレビ、テレビを覗ければ!』
『テレビ?』
……人の事が良く分かるだけに、時折分からない言葉が出て来るけれど。
とても、とても面白いコーハイだ。
『そういえば、テキが言ってましたけど、グラス先輩は外国から来たんですか?』
『うん。えっと、何て言ったかな……アメリカ?』
『アメリカから!遠い所から来たんですね』
『そうだね、だいぶ遠い所から来たんだ』
アメリカ……そうだ、アメリカ、そんな名前だ。
僕は、遠い所で生まれて、此処に来た。
『テキが言ってました。外国生まれの馬は、出られるレースが少ないんだ、って』
『そう、なんだね』
『はい。日本の競馬にはクラシック路線、っていうレースがあるんですけど、外国生まれの馬は出られないみたいですね……グラス先輩が休んでいる間に、もう2つのレースが終っちゃいましたけど、凄く注目されるレースみたいで』
本当に、テイルは色々と詳しい。
僕を鍛えてくれる人……テキ、の話から、僕が休んでいる間に行われたレースについて、情報を集めたらしい。
『自分が厩舎に来たときには、クラシック1レース目の皐月賞が終わった頃だったみたいです。テキの調教した馬は居ないけど、それでもテキも注目するくらい、凄いレースみたいですよ』
『そうなんだ……』
『グラス先輩と同い年の馬しか出られないレースなので、もしかしたら先輩も誰かとレースで走る事になるかもしれませんね』
『同い年の馬だけ……そっか』
いつか、戦うかもしれない馬達のレース。
どんな馬が走ったのだろうか。
僕が出た事のあるレースで、一緒に走った馬の中に、もしかしたらその……クラシックロセン?のレースに出た馬も居るのだろうか。
『……先輩?』
『……ん?』
『いや、先輩の目つきが変わったから、気になって』
『目付き?』
『はい。なんか、その……真剣な目つきだったので』
『そう、かな?』
……そんな眼を、していたの、かな?
僕としては、そんなつもりはなかったけど。
「テイルとグラス、仲良いっすね」
「そうだね。少し不安だったけど、問題なさそうだ」
グラスワンダーの事を担当している厩務員、小西さんとそんな話をする。
自分が担当しているブラックテイルと、小西さんが担当しているグラスワンダー。
顔合わせしたのはつい1週間前。
グラスワンダーからすれば、厩舎に自分の居ない間に居座っていた新顔。
ブラックテイルからすれば、自分より前から厩舎に居たけど、最近まで遠くに居た見知らぬ先輩。
どうなるか、と不安だったけど……馬房から顔を出して、顔を見ながら何か会話するように嘶く2頭を見て、不安は無くなった。
「馬の言葉が分かれば、あいつらの会話を聞いてみたいですけどね」
「何を言っているのかな?なんだと思う?」
「上下関係を仕込んでる、とか?」
「そうかな?案外、好きな食べ物とか、そういう話かも」
「あー……」
実際の所、あの2頭は何を言っているのだろうか?
気になるけれど、答えを知る事は一生出来ないだろう。
分かるのは、仲が悪いわけではなさそうだ、という事だけ。
「2頭とも賢いからね、もしかしたら今度のレースについて相談してるのかもしれないね」
「もしそうなら、それは凄い事ですね……」
好き勝手に想像しながら、厩舎の掃除を進めていく。
会話こそしているけど、その手つきはお互い真面目だ。
俺はテイルに、小西さんはグラスに惚れこんでる人間だ。
自分の仕事が、こいつらの走りに繋がるかもしれない。
そう考えれば、手を抜くなんて出来やしない。
チラリと見れば、テイルとグラスは互いに顔を見ながら鳴き合っている。
……やっぱ、何か会話してるのかな?
そんな気がしてならなかった。
『テイル!』
『ん?……オルラントレバリー?』
『おう、久しぶりやな』
レースまで1週間程、トレセンでの調教も詰めの段階という頃。
調教馬場で、新馬戦で競い合った相手の1頭、オルラントレバリーに出会った。
『アンタ、次のレース近いらしいな』
『そうだね。あと1週間くらいだったはずだ』
『1週間?』
『そう。調教をあと何回かやったら、次はレース』
『ほーん』
グイグイと近づいて来て、話しかけてくる。
グラス先輩とはだいぶ違うな……先輩は割と大人しい性格だから、グイグイ来るオルラントレバリーとは逆だ。
『オルラントレバリーは?』
『呼びやすいように呼んでええで?ワイの名前、長いやろ』
『ん、じゃあレバリーで。レバリーの次のレースは?』
『なんやったかな……サンサイミショーリ?やったかな?前より長い距離らしいんや』
『三歳未勝利、か……次は、勝てると良いな』
『次は勝ったるわ!んでもってテイル!次アンタとやる時は絶対ワイが差し切ったるからな!!』
「レバリー落ち着け!……すみません、鳥場さん。なんかやたらとレバリーが絡みに行って……」
「もしかしたら、この間の新馬戦で負けたのを悔しがってるのかもしれませんね」
「あー……レバリー、調教に行くぞ!」
む、レバリーの騎手の人が、グイと手綱を引っ張った。
流石にこれ以上は駄目と判断したらしい。
結構身を寄せてきてたからなぁ。
『あーもー、アンちゃん引っ張らんでや!……駄目かい』
『ははは……また会おう、レバリー』
『またなー!!』
……また、か。
前世では、競馬は全く知らなかった。
だから、競走馬の将来については、良く分からない。
けれど……勝てない馬が、ずっと居られるとは限らない、というのはなんとなく分かる。
スポーツだってそうだ。所謂二軍落ち、契約解除、そういう話は聞いた事がある。
競馬にも、そういうのがあっても、可笑しくない。
……勝たないと、そうなってしまうんだろうか。
レバリーも……勿論、俺自身も。
「……テイル」
『鳥場さん……』
「僕たちも、行こうか」
『……はい』
駄目だ駄目だ、今度のレースの結果次第で、という言葉を気にしすぎている。
切り替えていかなきゃ。
『今日はまずはウッドチップコースで走り込み、っと』
他の馬を気にする事が出来るようになるには、まだ早い。
せめて、クラシック路線へと進めるようになってから。
もっと言うなら、クラシック第一戦、皐月賞への出走が決まってからだ。
そこまでは、レースについては自分の事だけに集中だ。
『期待に応えるって、決めたんだ。まだ、一歩目すら踏み出せない』
芝1800を走り切って、俺は芝を走れるぞ、クラシックに向けて調教してくれ、そうテキに示すんだ。
それで、ようやく第一歩が踏み出せる。
スタートラインにすら立ってないのに、何を不安に思ってるんだ。
『よし、頑張るぞー!』
「鳥場さん、少し良いかな。グラスの復帰戦についてなんだけど」
「グラスの……決めたんですか」
「うん。ただ、鳥場さんには苦しい選択を迫ってしまう」
「それは、どういう……」
「10月11日、毎日王冠」
「ッ……それ、は」
「……エルコンドルパサーも、出走表明を出してる。どちらも、主戦は鳥場さん、貴方だ」
調教も終わって休んでいると、テキと鳥場さんの会話が聞えて来た。
どうやら、グラス先輩の復帰戦が決まったらしい、けど……
鳥場さんが主戦を務めている、グラス先輩ともう1頭の馬が、被ってしまったらしい。
「……鳥場さん。悔しい気持ちはあるけれど、エルコンドルパサーを選ぶのは、どうかな?」
「テキ……」
「グラスは、復帰明けで状態はあまり良くない。夏負けの症状も出てるし、骨折した脚を庇いがちだ」
「……………」
「もちろん、強制はしません。まだ時間もありますから、今後を考えて、ゆっくり決めてください」
うーん、ジーワン馬であるグラス先輩と比べられるという事は、そのエルコンドルパサーという馬も、凄い馬なのだろう。
そう考えると、復帰明けのグラス先輩より、エルコンドルパサーを選んだ方が、鳥場さんの為にはなる……
「……考えて、おきます」
そう呟くように言った鳥場さんの表情は、とても辛そうだった。
悩んでいるんだろう。グラス先輩に乗るか、エルコンドルパサーに乗るか。
ジーワン馬のグラス先輩と、同じ位凄いだろうエルコンドルパサー、どっちに乗るか選べるなんて、鳥場さんは凄い騎手なんだな……
……そんな人に乗って貰ってるんだ、頑張らないとな。
主人公、競馬の現実について考える。
鳥場さん、重大な選択を迫られる。
主にやりたかったのはこの2つ。
あとは思い付きで、同トレセンの馬、オルランドレバリーと偶然再会させてみました。
今のうちに宣言します。
コスモス賞終了後、ウマ娘編を挟む予定です。
アプリ時空とアニメ時空の混ざった世界線を予定しております。
具体的に言うと、スピカやリギル、カノープスにシリウスといったチームはありますが、一部メンバーが変わっていたりします。