黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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お待たせしました第4話です。
主にグラス周りについて色々と触れる回です。


第4話 コスモス賞前

コーハイ、ブラックテイルという馬は、不思議な馬だ。

 

『おはようございます、グラス先輩』

『おはよう、テイル』

 

初めて出会ったあの時、彼は僕に色々と話しかけてきた。

その中で、僕の事を『センパイ』と呼んでも良いか?と聞いてきた。

センパイ、コーハイ、と言うのは、人の言葉で……キューシャに先に居た方がセンパイ、後から来た方がコーハイ、らしい。

聞けば、テイルは人の言葉が分かるらしい。凄いと思う。

 

『先輩、あと10分くらいでウォーミングアップ始まりますよ』

『10分……どれくらいだったかな?』

『あの時計の長い針が、太くて短い線を二回過ぎる位です』

 

しかも、テイルは人の事が良く分かっているらしい。

トケイ、というキカイがどういうモノか分かっていて、僕に『ジカン』というのがどういうモノか教えてくれた。

今では、僕も多少なら分かる様になっている。

 

テイルが言うには、彼はある時、とても長い夢を見たのだという。

自分が人間として生まれ、生活をする夢だった、らしい。

それも、1日、2日ではなくて、もっともっと長い時間を人として過ごした、そんな夢だとか。

 

『グラス先輩、今日も頑張りましょうね!』

『うん、頑張るよ』

 

長い夢の間で、人の知識、文化などに触れて、その記憶がある。

だから、彼は人の事を良く分かっているんだって。

珍しい経験をした馬も居るんだな、と、興味が湧いた。

 

 

 

いつも世話をしてくれる人、キュームインの人と共に歩く。

チョウキョウも終わって、バボウに戻る。

僕のレースは、暫く先になるらしい。

怪我が治ってまだ時間は経ってないから、様子見だと言っていた。

 

『先輩、10月のレースらしいですね』

『10月……暫く先、って事かな?』

『そうですね。先輩がここを離れてた時間の、半分……それよりも短いくらいです』

『そっか、そんなに先なんだね』

 

テイルのバボウは、僕のバボウのすぐ近くだ。

だから、最近は良くこうして話をする。

テイルに聞くと、どれくらい先なのか、僕でも分かる様に教えてくれる。

……テイルは、よく僕を『凄い』と言ってくれる。

ジーワンレースに勝って、僕に乗ってくれている人、トバさんの評価も高い、凄い馬だって。

だけど……テイルはテイルで、凄い馬だ。

人の事がなんでも分かっている。人の言葉について、僕に分かりやすく教えてくれる。

 

『先輩の復帰戦、見られるなら見てみたいですね』

『そっか……そうだね、出来るなら、見て欲しいかな』

『どうにかして見られないかな……テレビ、テレビを覗ければ!』

『テレビ?』

 

……人の事が良く分かるだけに、時折分からない言葉が出て来るけれど。

とても、とても面白いコーハイだ。

 

『そういえば、テキが言ってましたけど、グラス先輩は外国から来たんですか?』

『うん。えっと、何て言ったかな……アメリカ?』

『アメリカから!遠い所から来たんですね』

『そうだね、だいぶ遠い所から来たんだ』

 

アメリカ……そうだ、アメリカ、そんな名前だ。

僕は、遠い所で生まれて、此処に来た。

 

『テキが言ってました。外国生まれの馬は、出られるレースが少ないんだ、って』

『そう、なんだね』

『はい。日本の競馬にはクラシック路線、っていうレースがあるんですけど、外国生まれの馬は出られないみたいですね……グラス先輩が休んでいる間に、もう2つのレースが終っちゃいましたけど、凄く注目されるレースみたいで』

 

本当に、テイルは色々と詳しい。

僕を鍛えてくれる人……テキ、の話から、僕が休んでいる間に行われたレースについて、情報を集めたらしい。

 

『自分が厩舎に来たときには、クラシック1レース目の皐月賞が終わった頃だったみたいです。テキの調教した馬は居ないけど、それでもテキも注目するくらい、凄いレースみたいですよ』

『そうなんだ……』

『グラス先輩と同い年の馬しか出られないレースなので、もしかしたら先輩も誰かとレースで走る事になるかもしれませんね』

『同い年の馬だけ……そっか』

 

いつか、戦うかもしれない馬達のレース。

どんな馬が走ったのだろうか。

僕が出た事のあるレースで、一緒に走った馬の中に、もしかしたらその……クラシックロセン?のレースに出た馬も居るのだろうか。

 

『……先輩?』

『……ん?』

『いや、先輩の目つきが変わったから、気になって』

『目付き?』

『はい。なんか、その……真剣な目つきだったので』

『そう、かな?』

 

……そんな眼を、していたの、かな?

僕としては、そんなつもりはなかったけど。

 

 

 

「テイルとグラス、仲良いっすね」

「そうだね。少し不安だったけど、問題なさそうだ」

 

グラスワンダーの事を担当している厩務員、小西さんとそんな話をする。

自分が担当しているブラックテイルと、小西さんが担当しているグラスワンダー。

顔合わせしたのはつい1週間前。

グラスワンダーからすれば、厩舎に自分の居ない間に居座っていた新顔。

ブラックテイルからすれば、自分より前から厩舎に居たけど、最近まで遠くに居た見知らぬ先輩。

どうなるか、と不安だったけど……馬房から顔を出して、顔を見ながら何か会話するように嘶く2頭を見て、不安は無くなった。

 

「馬の言葉が分かれば、あいつらの会話を聞いてみたいですけどね」

「何を言っているのかな?なんだと思う?」

「上下関係を仕込んでる、とか?」

「そうかな?案外、好きな食べ物とか、そういう話かも」

「あー……」

 

実際の所、あの2頭は何を言っているのだろうか?

気になるけれど、答えを知る事は一生出来ないだろう。

分かるのは、仲が悪いわけではなさそうだ、という事だけ。

 

「2頭とも賢いからね、もしかしたら今度のレースについて相談してるのかもしれないね」

「もしそうなら、それは凄い事ですね……」

 

好き勝手に想像しながら、厩舎の掃除を進めていく。

会話こそしているけど、その手つきはお互い真面目だ。

俺はテイルに、小西さんはグラスに惚れこんでる人間だ。

自分の仕事が、こいつらの走りに繋がるかもしれない。

そう考えれば、手を抜くなんて出来やしない。

 

チラリと見れば、テイルとグラスは互いに顔を見ながら鳴き合っている。

……やっぱ、何か会話してるのかな?

そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

『テイル!』

『ん?……オルラントレバリー?』

『おう、久しぶりやな』

 

レースまで1週間程、トレセンでの調教も詰めの段階という頃。

調教馬場で、新馬戦で競い合った相手の1頭、オルラントレバリーに出会った。

 

『アンタ、次のレース近いらしいな』

『そうだね。あと1週間くらいだったはずだ』

『1週間?』

『そう。調教をあと何回かやったら、次はレース』

『ほーん』

 

グイグイと近づいて来て、話しかけてくる。

グラス先輩とはだいぶ違うな……先輩は割と大人しい性格だから、グイグイ来るオルラントレバリーとは逆だ。

 

『オルラントレバリーは?』

『呼びやすいように呼んでええで?ワイの名前、長いやろ』

『ん、じゃあレバリーで。レバリーの次のレースは?』

『なんやったかな……サンサイミショーリ?やったかな?前より長い距離らしいんや』

『三歳未勝利、か……次は、勝てると良いな』

『次は勝ったるわ!んでもってテイル!次アンタとやる時は絶対ワイが差し切ったるからな!!』

 

「レバリー落ち着け!……すみません、鳥場さん。なんかやたらとレバリーが絡みに行って……」

「もしかしたら、この間の新馬戦で負けたのを悔しがってるのかもしれませんね」

「あー……レバリー、調教に行くぞ!」

 

む、レバリーの騎手の人が、グイと手綱を引っ張った。

流石にこれ以上は駄目と判断したらしい。

結構身を寄せてきてたからなぁ。

 

『あーもー、アンちゃん引っ張らんでや!……駄目かい』

『ははは……また会おう、レバリー』

『またなー!!』

 

……また、か。

前世では、競馬は全く知らなかった。

だから、競走馬の将来については、良く分からない。

けれど……勝てない馬が、ずっと居られるとは限らない、というのはなんとなく分かる。

スポーツだってそうだ。所謂二軍落ち、契約解除、そういう話は聞いた事がある。

競馬にも、そういうのがあっても、可笑しくない。

……勝たないと、そうなってしまうんだろうか。

レバリーも……勿論、俺自身も。

 

「……テイル」

『鳥場さん……』

「僕たちも、行こうか」

『……はい』

 

駄目だ駄目だ、今度のレースの結果次第で、という言葉を気にしすぎている。

切り替えていかなきゃ。

 

『今日はまずはウッドチップコースで走り込み、っと』

 

他の馬を気にする事が出来るようになるには、まだ早い。

せめて、クラシック路線へと進めるようになってから。

もっと言うなら、クラシック第一戦、皐月賞への出走が決まってからだ。

そこまでは、レースについては自分の事だけに集中だ。

 

『期待に応えるって、決めたんだ。まだ、一歩目すら踏み出せない』

 

芝1800を走り切って、俺は芝を走れるぞ、クラシックに向けて調教してくれ、そうテキに示すんだ。

それで、ようやく第一歩が踏み出せる。

スタートラインにすら立ってないのに、何を不安に思ってるんだ。

 

『よし、頑張るぞー!』

 

 

 

「鳥場さん、少し良いかな。グラスの復帰戦についてなんだけど」

「グラスの……決めたんですか」

「うん。ただ、鳥場さんには苦しい選択を迫ってしまう」

「それは、どういう……」

「10月11日、毎日王冠」

「ッ……それ、は」

「……エルコンドルパサーも、出走表明を出してる。どちらも、主戦は鳥場さん、貴方だ」

 

調教も終わって休んでいると、テキと鳥場さんの会話が聞えて来た。

どうやら、グラス先輩の復帰戦が決まったらしい、けど……

鳥場さんが主戦を務めている、グラス先輩ともう1頭の馬が、被ってしまったらしい。

 

「……鳥場さん。悔しい気持ちはあるけれど、エルコンドルパサーを選ぶのは、どうかな?」

「テキ……」

「グラスは、復帰明けで状態はあまり良くない。夏負けの症状も出てるし、骨折した脚を庇いがちだ」

「……………」

「もちろん、強制はしません。まだ時間もありますから、今後を考えて、ゆっくり決めてください」

 

うーん、ジーワン馬であるグラス先輩と比べられるという事は、そのエルコンドルパサーという馬も、凄い馬なのだろう。

そう考えると、復帰明けのグラス先輩より、エルコンドルパサーを選んだ方が、鳥場さんの為にはなる……

 

「……考えて、おきます」

 

そう呟くように言った鳥場さんの表情は、とても辛そうだった。

悩んでいるんだろう。グラス先輩に乗るか、エルコンドルパサーに乗るか。

ジーワン馬のグラス先輩と、同じ位凄いだろうエルコンドルパサー、どっちに乗るか選べるなんて、鳥場さんは凄い騎手なんだな……

……そんな人に乗って貰ってるんだ、頑張らないとな。




主人公、競馬の現実について考える。
鳥場さん、重大な選択を迫られる。
主にやりたかったのはこの2つ。
あとは思い付きで、同トレセンの馬、オルランドレバリーと偶然再会させてみました。

今のうちに宣言します。
コスモス賞終了後、ウマ娘編を挟む予定です。
アプリ時空とアニメ時空の混ざった世界線を予定しております。
具体的に言うと、スピカやリギル、カノープスにシリウスといったチームはありますが、一部メンバーが変わっていたりします。
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