黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
今回はウマ娘編、とあるウマ娘とブラックテイルの話。
それに加えてもう1つ、といった具合です。
―――その人と出会ったのは、トレセン学園に入学が決まって、府中にやってきて、直ぐの事だった。
今後暮らす府中の中で、良い珈琲を取り扱っているお店を探そうと、街中を歩いていた時。
ふと、『お友達』が……私の傍に居たはずの『お友達』が、止まった。
「……どうか、しましたか?」
『………』
「……そっちに、何か?」
フヨフヨと、ある方向へと動き始めた『お友達』を、追いかける。
その先に何があるのか、目を凝らし……1つのお店を、見つけた。
珈琲ショップ。そこまで大きくない、恐らく個人経営のお店。
そこへ、迷わず『お友達』が壁をすり抜け入っていく。
追いかけるように、静かにお店に入って―――
「……おや、こんにちは」
―――『黒』が、そこに居た。
まるで、夜空の闇が、そこに留まっているかのような。
あるいは、深海の底を切り取ったかのような。
全てを呑み込む、『黒』が、そこに居て……
―――『お友達』が、『黒』の周りで、キャッキャキャッキャと、楽しそうにしていた。
「―――こ、こんにちは」
「もしかしてトレセン学園の、春からの新入生の方かな?」
「え、えぇ、そうです……貴方は?」
「私もトレセン学園の生徒だよ」
―――『お友達』が、『黒』の周りをグルグルしながら、顔を覗き込んだりしている。
「……珈琲が、お好きなんですか?」
「まぁ、こうしてショップに来たりするくらいには。と言っても、まだ素人の域を出ないけれどね……貴方は?」
「そう、ですね。私も、こうしてショップを探すくらいには……」
「なるほど、『同好の士』、という事だね」
柔らかな、見ているだけで心穏やかになるような微笑みを浮かべる『黒』。
―――そんな彼女の周りで、『お友達』が手を振ったり声をかけるような仕草をしている。
明らかに、『お友達』の様子が……なんというか、良い方向に、可笑しいような……
初めて見るほどに、『お友達』が、楽しそうにしている。
そんな『お友達』を目で追っていると、目の前の『黒』が、不思議そうに首を傾げる。
「あの、何か……?」
「あ、い、いえ……何でも、ありませんので」
「そう、ですか?」
少しだけ、首を傾げて。
しかし、深く追及はせず、目の前の『黒』が、口を開く。
「折角出会った同好の士、名前を教えて頂いても?」
「そう、ですね。同好の士と巡り合えた、記念に……」
こうした個人経営の小さなお店にまで、珈琲を求めてやってくる、トレセン学園の学生。
そんな彼女に、少し好感を持っているのは、事実で。
だから私は、それに応じて。
「私の名前は、『マンハッタンカフェ』……貴方は?」
「私の名前は―――――『ブラックテイル』」
互いに、名前を、名乗った。
互いの名前を、理解、した。
理解、してしまったのだ。
私と、彼女と………そして、『お友達』が。
【ブラック、テイル―――ブラックテイル、ブラックテイル!!】
―――ゾクリ、と。
背筋が寒くなるような、『声』が、響く。
この声は、『お友達』、の……!?
【ソウカ、オマエガ!アァ、ブラックテイル!!ブラックテイル!!】
響く声に、思わず顔を顰める。
それ程に、頭の中でガンガンと響くような声。
―――そして、何故か、目の前の彼女もまた、顔を顰めているのに、気付いた。
「ッ……どうか、しましたか……?」
「そういう貴方も……いや、その、空耳だとは思うんですけど、なんか変な声が……」
「それは、どんな声ですか……?」
「なんというか、その……私の名前を、呼んでいる、ような?ノイズがかかったような声がした、気が?」
……『お友達』の声が、聞こえている?
ノイズ混じりと言ってはいるが、今まで誰も、私以外誰も認識出来なかった『お友達』の声を、認識している。
「……後ろ、に」
「後ろ、に……………靄?黒い、靄?え、何これ?」
「―――見えるんですね、『お友達』、が」
彼女の後ろに居る、『お友達』。
私には見える。両手でピースサインしているお友達が。
しかし、彼女には『黒い靄』としか認識出来ないみたいだ。
―――だが、そこに『何か』が居る、という事は認識している。
「え、『お友達』……『これ』?」
「えぇ、『お友達』です……初めてです、『お友達』を認識出来る人に会ったのは」
「……あー、その、つまり、なんだ……幽霊、的な?」
「一般に分かりやすく言うならば、そう、ですね」
私の言葉に、何やら悩むような仕草をするブラックテイルさん。
「マンハッタンカフェ、って事は『あの』マンハッタンカフェだろう。彼女の名前を認識して、そうしたら『これ』の……『お友達』の声と姿がおぼろげだけど認識出来た。つまり彼女の名前を知る事で私の中で『お友達』の存在に近づけた、とも考えられる……」
「あの、何か……?」
「……………『お友達』の姿、って、どんな姿か分かります?私には黒い靄にしか認識出来ないのですが」
「『お友達』の姿、ですか?……私に似ています、けれど」
質問に、素直に答える。
そうすると、彼女がまた考える仕草を見せる。
しかし、その顔には先ほどまでの困惑は無くて。
「そうか、そうか。貴方に……『マンハッタンカフェ』に、似ている」
「え、えぇ……」
「貴方なのか、【親父殿】」
【―――――アァ、ソウダ。ソウダヨ、ブラックテイル】
「―――――認識したぞ、正しく」
―――『お友達』が、明確な意志を持って、私以外に話しかけた?
そして、その言葉を、彼女は……ブラックテイルさんは、正しく、認識、した?
初めての経験に、理解が追いつかない。
「【
【フフフ、ソウダナァ。マサカアエルトハオモワナカッタヨ】
「私も諦めて、自分の中に仕舞い込む予定だったんだけどね、あっちの事は」
【―――アァ、ダカラワカルノカ、《オレ》ガ】
「『マンハッタンカフェ』に似ている、それが最大のヒントだったよ」
【ナルホド、ナルホド。《アッチ》ジャア、ドラマデオレノカワリヲヤッテクレルホド、ニテイルコダッタカラナ。ツナガリガデキタンダロウサ】
「だからって背後霊になるか普通」
【グウゼンダヨ、グウゼン。シカシマァ、ソノグウゼンニカンシャシナイトナ】
遠慮のない会話が、ブラックテイルさんと『お友達』の間で繰り広げられている。
『あっち』とは何か?
『私に似ている』のが、何故『お友達』の特定につながったのか?
分からない事ばかりで、混乱してしまう。
「その子の【
【ゼンショシヨウ……ダガマァ、《オレ》ガコノコノソバニイルノハ、ナニモワルイコトヲスルタメジャナイ。マモッテイルンダヨ】
「守っている?」
【《レイバイタイシツ》トイウンダッタカ、《オレ》ミタイナノニエンガアル。イイヤツバカリジャナイ】
「悪霊の類から守っていると?」
【ソノツモリダ、ガ……オレジシンガヒキヨセルゲンインニナッテイルカモシレン】
「あー……色々特殊すぎるからね、今の貴方」
何が、目の前で繰り広げられている?
混乱している私をよそに、彼女と『お友達』の会話は続く。
【《オレ》ノチスジゼンインニイエルガ、キニカケテヤッテクレナイカ】
「あー……まぁ、自分の分かる範囲、だけなら」
【タノンダゾ。コノコノコトモナ】
「えぇ、分かりましたよ。折角出来た同好の士ですから」
【ア、ソウイエバサッキオマエノカタニチイサナアクリョウガツイテタゾ。カタコリトカシナカッタカ?】
「え、最近やたら左肩の肩凝り凄いなって思ってたんだけど、あれ悪霊?」
【オッパラッタゾ。チョットシタラタブンナオル】
「おー……ありがとう」
【ジャ、タノムゾ】
「はいはい」
―――会話は、終わったらしい。
「あ、ごめんなさい、マンハッタンカフェさん。急に声が鮮明に聞こえるようになったから……」
「……」
「あ、あれ?あ、あのー……!?」
ガシッ、と、腕を掴む。
逃がしてはならない。身体の奥底から湧き上がる衝動に、身を任せて。
「教えて、ください。『お友達』と、どういう関係ですか」
「えっと、マンハッタンカフェさん?」
「正体を、知っているんですか。『あっち』とは、何ですか」
「マ、マンハッタンカフェさーん?」
「お互いを知っているようなあの会話は、何ですか」
顔を、覗き込む。
困惑したようなその表情。
その顔、そこにある、深い蒼の瞳を。
吸い込まれそうな、その蒼―――
『―――仕方ない。ほんの僅かだけ、だよ』
―――――ナニカガ、ナガレコンデクル。
ジョウホウノコウズイ。
ヒビクカンセイ。オオゼイノヒト。
ナリヒビクアシオト。
デモ、ソノアシオトハアマリニ『オオイ』。
マルデ、【アシガ2バイ】アルカノヨウデ。
ミエルケシキ。
レースジョウ。カイセイノソラ。
ソシテ、カケヌケル―――――【アレ】、ハ―――――
【チョッカイカケルナ】
『深く知ろうとした、お仕置き、だよ』
【カンショウシスギルナ。キヅカレルゾ、《オレ》ミタイニ】
『分からないと思うけどね、【僕】の事』
【ダトシテモ、ダ】
『はぁい』
―――現実に、引き戻される。
急激に叩き込まれた情報の波に、もみくちゃにされていた思考が急激に落ち着く、その落差。
理解出来ない【ナニカ】への恐怖。
全てが合わさり、押し寄せて来た精神的な負担で、思わず膝をつく。
「い、今のは、一体……」
「だ、大丈夫ですか?」
「え、えぇ、大丈夫、です……」
差し出された手を取り、立ち上がる。
「す、すみません、取り乱してしまって……」
「いえ、いえ……まぁ、その、知りたい事も色々とあるでしょうし、用が済んだらトレセン学園に戻りませんか?街中じゃ目立ちますしね」
「え、えぇ、そうしましょう」
小さなお店とはいえ、人が居る場所ですることでは無かった。
反省しながら、お店の中を見る。
外見からの予想通り、こじんまりとしたお店。
静かで、珈琲の香りがフワリと漂う、落ち着く空間。
しかし、私達2人以外に、誰も居ない事に今更ながら気付く。
「あの、店員さんなどは……」
「あー、実は1時間ほど前に『急用が出来たから少しだけ店を見て貰って欲しい』って店長から頼まれてまして。仮店員、みたいな状況なんですよね。もうちょっとしたら戻ると思うんですけど」
「……良いんですか、それって」
「さぁ……でもまぁ、よくお世話になってるお店ですし、今日は特に予定も無い日でしたから」
言われて、彼女が今、私服の上にエプロンを付けている事に気付く。
それほどまでに、私には『お友達』しか目に行っていなかったわけだ。
「マンハッタンカフェさん、珈琲の好みは?ここのお店は苦みが強い珈琲がお勧めですけれど」
「そう、ですね。酸味と苦みのバランスが取れている方が好ましいですが……」
「なるほど、でしたらこっちの豆は……」
何時の間にか、彼女のペースに乗せられて。
店主が帰ってくるまでの30分、私と彼女は珈琲に関する話題で会話を弾ませた。
店主が戻って来たら、珈琲を買って、トレセン学園へ。
聞けば、彼女も美浦寮のウマ娘だという事で、彼女の部屋に。
「同室の方の許可などは……?」
「大丈夫です、しっかり許可は貰ってますから。どうぞ」
「お邪魔します……」
中は、特段変な所も無い、普通の部屋。
右側のベッド周りも、左側のベッド周りも、綺麗に整理されている。
右側に荷物を置いたあたり、どうやら彼女のベッドは右側らしい。
モノはそこまで多くない。
けれど、机の上に置いてあるフレンチプレスやドリッパーなどは、見ただけで分かる程丁寧に手入れされている。
「少し待ってください。折角ですし、珈琲を淹れますよ」
「良いんですか?」
「同好の士のおもてなしくらいさせて下さい」
パタパタと部屋を動き回り、準備するブラックテイルさん。
それを見ながら、部屋の方も見る。
ブラックテイルさん側もそうだが、反対側、同室の人の方もかなり綺麗だ。
机の上は本などが置かれている。内容は……背表紙だけだが、なにやら難しそうな本のようだ。
他には……あれは、折り畳み式のチェスボードだろうか。見るからに高級そうなモノが置かれている。
真っ先に目についたのはその辺りだった。
少し待っていると、ブラックテイルさんが珈琲を淹れ始める。
漂い始める珈琲の香り。ドリッパーから落ちていく珈琲の音。
心が落ち着く、とても良いモノ。
―――なの、だが。
「……ブラックテイルさん」
「はい?」
「だいぶ、『濃い』ですね」
「分かりますか」
「えぇ、はい」
「同室の子からも言われるんですけれど、まぁそこは同好の士からの評価も頂ければと」
漂う香りで分かる。分かってしまう。
これは、かなり『濃い』。
抽出に時間をかけているのだろうか、かなり濃い珈琲になっている。
「―――苦い珈琲が、好きなんです」
「ふむ……」
「苦く、濃く、余韻が長く残る……そういう珈琲が、好きでして。まぁ、自分の好みに合わせると、中々好んで飲んでくれる人が居なくなるんですけど」
ポタリ、と、最後の一滴が落ちる。
少しして、カップが1つ、差し出される。
「珈琲好きの人からしたらどうかな、って。語り合えそうな人と出会えて、嬉しいんです」
「ブラックテイルさん……」
「色々と話す前に、まずは一口、どうぞ」
「……頂きます」
カップを手に取り、口に近づける。
香りは、先ほどから感じている通り、かなり濃い珈琲であることを主張している。
意を決して、一口、飲む。
さて、味は、どうか―――
「―――――」
「……どう、でしょうか」
「……………ふむ、ふむ」
カップの中、漆黒の珈琲を眺めながら、考察する。
元々酸味の少ない豆を、深い焙煎をしたモノ。
それを数種類ブレンドしたものでしょう。
香りは強く、苦みも強い。酸味は僅か。
やや雑味も感じられますが……成程、お湯の温度を高くして淹れているのでしょうか。
そうすれば苦みが強く出やすいが、代わりに雑味も出やすい。
総じて、苦く濃い珈琲を求めた、彼女なりの到達点の1つ、なのでしょうね。
「―――『悪魔の様に黒く、地獄の様に熱く、天使の様に純粋で、恋の様に甘い』」
「タレーランの言葉ですね。最高の珈琲は、それらを満たした珈琲だとか」
「えぇ。当時、珈琲は砂糖をたっぷりと入れるのが主流とされていたと言われていますので、『恋の様に甘い』というのは、あまり分かりませんがね」
「ではまぁ最後の1つは除いて……どうでしょうかね」
「前2つについては良いのではないでしょうか。ただ、雑味がどうしても」
「温度高めに淹れてますからね、そこはどうしても……まぁ、求めているのはその領域ではないですし、そういう感想ではありません」
ジッ、と深い蒼の瞳が私に向けられる。
「どうでしたか?」
「雑味が少し気になりますが、個人的には良いのではないかと」
「おぉ、好感触。初めて貰えましたね、そういう評価」
「まぁ、万人受けはしないでしょうね……飲み慣れている私でも、中々濃いなと感じますので」
「もっと突き詰めたい気もするんですけどね。そうなるともはやエスプレッソの領域に行きかねませんし……」
「そこまで突き詰めるなら、モカエキスプレスが欲しくなりますね」
「ドリップ珈琲で濃く、苦く、酸味は控えめ、って言うのが好みなんですよね。エスプレッソも好きではありますが」
「……エスプレッソをブラックで飲むのは、欧州では一般的ではないと御存知ですか?」
「えっ」
「それに、モカエキスプレスなどの直火式で淹れた珈琲は『モカ』で、エスプレッソとは別物と言われています」
「えっ」
「……フフッ」
きょとん、とした表情のブラックテイルさん。
そんな彼女の表情に、思わず笑みがこぼれる。
「うーん、自分はまだまだ『にわか』だとは感じていましたが……」
「良かったら今度、色々と教えましょうか?」
「良いんですか?」
「数少ない同好の士、ですからね」
「では、お願いします」
「えぇ……ですが、それは今度の話、です」
緩んでいた空気を、引き締める。
ここからが個人的な本題なのだから。
「ブラックテイルさん。貴女には、『お友達』が見える……合っていますね?」
「えぇ、はい。今は……………居ない、みたいですね」
「近くには居ると思いますよ。ですが、確かにこの場には居ません」
「そうですか……私の認識では、『お友達』は所謂幽霊の類だと思っていますが」
「一般的に言うならば、そうでしょうね……信じるんですね、貴方は」
「正直、今まで信じてませんでしたが……『お友達』が見えてしまった以上、信じるしかないでしょう」
ふむ。
まぁ、ここまでは重要な話題じゃない。
「それで……『お友達』との、あの時の会話、ですが」
「……どう、話せば良いか、悩むところですがね」
「それは、どう悩んでいるのですか?」
「信じて貰えるか、どうか」
「……『お友達』という非科学的存在を認識している私でも、信じられないような事が?」
「えぇ、はい」
迷いなく、はっきりと。
ブラックテイルさんは、断言する。
「親友にも、両親にも、話してない事になります。恐らく信じて貰えないだろうから、墓まで持っていこうかと」
「そこまで、ですか」
「―――貴方が膝をついたあの時見えたモノ、分かります?」
「ッ………【アレ】、ですか?」
情報の洪水の中、確かに見えた景色があった。
レース場、だったはずだ。
観客席から、私はコースの方を見ていた。
恐らくあれは、東京レース場。
そして、そのコースを、【アレ】が、走っていた。
「貴方も、同じ光景を?」
「―――東京レース場の様な場所の、観客席と思われる場所から、コースを見ていた筈では?」
「……えぇ、そうです」
「そして、そこで貴方は……貴方がいう所の【アレ】を見て、そこで途切れたはずです」
「え、えぇ、はい」
どうやら、彼女も、同じものを見ていたらしい。
にしては、動揺も恐怖も感じていないようだが……
「―――【アレ】を、理解している。それが私です」
「アレ、を」
「えぇ。理解しています。説明も、出来るでしょうね……ただ、説明しても理解して貰えるとは思ってませんが」
「……【アレ】が、『お友達』の理解に繋がっているんですよね……?」
「えぇ。私が『お友達』の正体を特定したのは、【アレ】のお蔭です」
【アレ】と、私の後姿にそっくりである『お友達』。
そこに、どんな繋がりがあるというのだろうか……
それが分かっているからこそ、ブラックテイルさんは正体に気付いたというが。
「恐らく、【アレ】を理解出来るのは私だけでしょう」
「……何故、そう言えるのですか?」
「うーん……そこが、悩む最大の理由なんですよね……」
「ふむ……幽霊よりも、非現実的な事が、そこにあるんですね」
「幽霊については、まぁ現状『お友達』限定で認識出来る自分と、貴方は……」
「『お友達』以外も認識出来ます」
「なるほど。まぁ少なくとも2人、こうして認識できる訳ですから、そこは信じます。ただ、『こっち』はなぁ……」
「貴方が悩む理由を、理解出来る人の前例が無い?」
「えぇ、はい……しいて言うなら、『お友達』が唯一の例ですか」
「……?」
首を傾げる。
そんな私を見て、ブラックテイルさんは更に眉間に皺を寄せた。
「話す、か、いや、でもなぁ……」
「……どうしても、駄目ですか」
「……………………いや、話しましょう」
悩んだ末、ブラックテイルさんは、決心してくれた。
互いに珈琲を飲み、落ち着いた所で、彼女が口を開く。
「―――『平行世界』という概念を、御存知で?」
「……なんとなくは、ですが」
「まぁ、そうですね……仮に今、コインを投げたとすると、『表が出る世界』と『裏が出る世界』がある……そんな感じで、ある考え方をした時に、幾つもの世界が存在する、という考え方です」
「それが、関係あると」
「えぇ」
また、珈琲を口に含み、少し舌で転がして。
苦みで頭を落ち着かせながら、話を聞く。
「―――私は、『ある世界線』を知っている。夢の中で、ある世界線を知った」
「……それは、どんな?」
「その世界には、ウマ娘が居なかった。代わりに、貴方が『アレ』と呼んだ存在が居ました」
「そう、です、か」
―――『アレ』が居る世界。
それを、何故か目の前の彼女は、夢に見た。
「その世界では、『アレ』がレースを走っている……つまり、あの世界は『私達ウマ娘ではなく【アレ】がレースを走るようになった世界』、平行世界であると私は認識しています」
「なるほど……それで、『アレ』と『お友達』、そして『お友達』と『貴方』の関係はどう繋がるんですか?」
私の言葉に、少し視線を宙に向け。
覚悟を決めたような表情で、また私の方を彼女が見る。
「―――夢の中で、私は『アレ』の1体でした」
「えっ……?」
「そして、夢の中での私の親、それがあの世界での『お友達』です」
「え……えぇ……?」
この場に居ない『お友達』を思い出す。
『お友達』が、別の世界線では『アレ』になって。
その子供がブラックテイルさん……?
「それは、その……本当、なんです、ね?」
「えぇ、そうです……更に、なんですけれど」
「は、はい」
「あの世界での貴方、マンハッタンカフェ……貴方の事も、知ってます」
「―――それは、つまり」
「えぇ、そうです。あの世界で、貴方も『アレ』だった……そして、あの世界での貴方と『お友達』の姿も、とても似ていたんです」
「………だから、私と『お友達』が似ていると言った時、『お友達』の正体に気が付いた…………そう言う事、なんですね」
「えぇ。あの世界では、『私達が【アレ】である世界線』なんでしょうね。見覚えが無いだけで、他のウマ娘の方も、『アレ』として居たのかもしれませんね」
……私も、また、『アレ』の1体として、そこに居て。
そこでもまた、私と『お友達』は、そっくりだった……
「そう、ですか。そう言う繋がりがあって……それで、『お友達』もまた、『あの世界』と貴方が言う世界を、知っているんですね」
「えぇ、はい。どんな方法で知ったかは分かりませんがね……で、まぁ、お互いに『あ、こいつ分かってるな』、と」
「なる、ほど……………分かり、ました。いえ、理解し切れては、居ませんが……『お友達』と、貴方の関係については、なんとなく」
一般からすると、私と『お友達』の関係が理解出来ないし、そもそも『お友達』を認識しきれないように。
彼女と『お友達』の間にも、そのような関係がある。
つまり、そういう事なのだろう。
「なのでまぁ、言ってしまえば私と『お友達』は別世界線での親子で、さっきの会話は久しぶりの親子の会話みたいなものです」
「……お父さんには、いつもお世話に、なってます……?」
「あ、いえいえ、お気になさらず……結構楽しんでるみたいですし」
「それなら、良いのですが……」
「むしろこれからも宜しくお願いしますね。ほら、認識出来るの自分と貴方だけなので」
ニコニコと、笑顔でそう言うブラックテイルさん。
……出会って数時間という短い付き合いですが、なんとなく、彼女の人となりが分かって来た、気がします。
少なくとも、彼女は、善性の人で……個人的に、好ましい人だ。
「任され、ました」
「はい、任せました……それじゃあ、取りあえず今日の所はこれくらいで、大丈夫ですかね?」
「えぇ、知りたい事は教えて貰いましたし……」
「それじゃあ今度からは、同好の士として、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
気が付けば、カップは空に。
それなりに時間も経ってしまっていた。
ふと気が付くと、壁をすり抜けて『お友達』がやってきた。
『ハナシハオワッタカ』
「えぇ、終わりました……それじゃあ、また今度」
「えぇ、また今度。学園生活で困った時なんかも、手助け出来る事はあるかと思いますので」
「その時は、よろしくお願いしますね」
少し、名残惜しく感じる。
初めて出会う、同好の士だからだろうか。
それとも、彼女の言う『あの世界』での縁だろうか。
しかし、ずっと居る訳にもいかない。
彼女の部屋を出て、廊下を歩く。
すると、『お友達』が話しかけてくる。
『ブラックテイル、アイツノコトハオボエトイタホウガイイ』
「は、はぁ……」
『キット、アイツハタヨリニナル。イザトイウトキハ、エンリョセズタヨレ』
「良いん、ですか?」
『イイ。アイツハソウイウヤツダ。タヨラレタラ、ヨッポドジャナイカギリコトワラナイ』
「……『あの世界』でも、そうだったんですか?」
『……アァ、ソウダ』
少し視線を逸らしながら、『お友達』が言う。
……まぁ、そこまで言うのなら、今後頼る様にしましょう。
現状、ただ1人だけの、『お友達』を認識出来る人。
―――同好の士、その言葉だけで終わらせるつもりは、もう無いです。
「まさか前世の父が居るとは想定外すぎる……しかしまぁ背後霊?守護霊?なんかになるなんてなぁ……」
マンハッタンカフェさんが立ち去った後、ベッドでゴロンと横になって呟く。
まさかまさか、前世の父が記憶を持ったまま霊になって、前世で父にそっくりだった馬のウマ娘の守護霊的存在になってるなんて予想出来る筈もない。
「……ま、前世の話が出来る相手が出来た、位の認識で良いか。親父殿は親父殿で今生楽しんで……今、生……?」
……親父殿、生きてねぇ……
ま、まぁ、親父殿なりに楽しんでるっぽいしな!うん!
なら変に気にしすぎるよりは、『過去の話を共有できる人』位の認識で居た方がいいだろう。
変に気を遣わせるのもあれだしね、うん。
等と考えていると、コンコンッ、とノックの音。
―――あぁ、帰って来たんだな。
ノックなんて要らないというのに、毎度律儀な。
「どうぞ」
「―――ただいま」
「おかえり、遅かったね」
「なに、今日中に終わらせておきたい事があっただけでね」
「珈琲は要る?」
「頂こう」
バッグ等を机の上に置く『彼女』と話をしながら、珈琲を淹れる。
今回淹れるのは、マンハッタンカフェさんに振る舞った私好みの珈琲ではない。
やや酸味は控えめ、でも私好みの珈琲程抑えてはいない。
濃さもほどほどに。
つまり、万人受けしやすく調整した珈琲だ。
「大変だね、何時も……手伝えることがあったら、何時でも言ってね?」
「時折助けて貰っているだけでも十分有難いがね」
「ため込みすぎる傾向にあるからね、君は」
「……君が言うか?」
「日頃の行いを思い出して欲しいね。この間なんか……」
「参った、降参だ」
互いに珈琲を飲みながら、会話を続ける。
「『生徒会』、か」
「君が来てくれれば、もっと楽になるんだが」
「小市民でね、私は……生徒会の一員に相応しいとは思えないよ」
「そんな事はないと思うが。君の人となりはよく分かっている」
「そうかな?」
「そうだとも」
……いや、そうは思わないけどなぁ。
生徒会の面々を思い出し、首を傾げる。
「『神が賛ずる』と謳われたウマ娘レース界の生きる伝説、現生徒会長『シンザン』。『我が道を行く者』、副会長『タケホープ』。『誰よりも愛されたウマ娘』、広報担当『ハイセイコー』。書記、会計、庶務には『三強』、『テンポイント』、『トウショウボーイ』、『グリーングラス』………実績、人気を兼ね備えた方々の集まりに、何ももってない1生徒が紛れ込むなんて出来ないさ」
そう、生徒会と言うのは実績あるウマ娘の集まりなのだ。
そんな所に出入りしている目の前のウマ娘、ルームメイトの精神は鋼か何かで出来ているのだろうか?
そんな事を思いながら見ていると、ルームメイトが口を開く。
「何も持っていない、と言うのなら、私もだが?」
「君には『家』という大きな力があるだろう。それに、君には立派な志がある」
「ふむ……」
「公言出来るほどの大志を持たぬ生徒には、生徒会は縁遠い……少なくとも、今のガッチガチに実績ある人達が集まった生徒会に、憧れこそすれど、入ろうなんて思うのも烏滸がましい」
「そう、か……いや、参考になる意見だ。感謝する、テイル」
む、今の会話の何処にそんな参考になるような部分が……
まぁ、目の前の彼女はとても賢い。自分なんて足元に及ばない程に。
きっと、今の会話からでも何かを思いついたのだろう。
「参考になったなら良かったよ」
「感謝するのは私だ」
「……分かったよ。どういたしまして―――――『ルドルフ』」
―――遠くない未来に、『無敗クラシック3冠』、『7冠』を成し遂げる事になるだろうウマ娘。
『シンボリルドルフ』……それが、私のルームメイトだ。
……………私、君の孫と同期ってレベルで前世では歳離れてるんだけど、なんで???
マンハッタンカフェと……と言うよりも、どちらかと言うと『お友達』との話。
この世界線では『お友達』=『競走馬編のSSさん』となります。
冗談抜きで『I'm Your Father…』と産駒のウマソウル持ちウマ娘に言える状況。
なおブラックテイルからしたら『あ、親父殿なんだ、どうも』くらいの認識。
そして、ウマ娘編の話で少しちりばめていたルドルフとの関係も公開。
昔はルームメイト、と言う設定です。