黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
テイルの次走に向けて、そしてグラスワンダーの毎日王冠に向けて、となります。
次のレースが決まった。
12月に行われるジースリー、ラジオタンパ?杯3歳ステークス。
芝2000m、つまり皐月賞と同じ距離だ。
テキに伝わったんだ。俺はクラシックだって走りきれる馬だという主張が。
これで、まずクラシック路線のスタートラインには立てたかな。少しだけ安心だ。
さて、そうなればレースに向けて猛特訓!……とは、ならなかった。
レースまで3ヶ月あることもあって、軽いトレーニング程度に抑えてしっかりと身体を休ませる、とテキから言われてしまった。
過保護……とは言いきれないか、ついこの間までグラス先輩も怪我で長い間休んでいたんだし。
それに、なんやかんやで前走から1.5倍の距離を駆け抜けたんだ。脚の負担はたしかにあるかも。
というわけで、暫くは様子見との事。
それに、うちの厩舎にとって、重要なレースが待っている、というのもある。
ジーツー、毎日王冠。芝1800m。
そう、グラス先輩の復帰戦だ!
『グラス先輩、復帰戦、頑張ってくださいね!』
『気が早いよ、テイル……でも、ありがとう。頑張るよ』
いやぁ、楽しみだなぁ。なんとかレース見られないかなぁ。
テレビ中継ってあるのかな?なければラジオとか無いかな?
最悪競馬新聞でもいいから、なんとかレース内容知りたいな!
テキ、菊村さん、お願いします……!
「テキ!今の話、本当ですか!?」
「あぁ、間違いない」
ん?噂をすれば、ではないけど、テキと……グラス先輩を担当してる厩務員さん、小西さんの声だ。
一体何を話しているんだろうか?
ここは会話に耳を傾ける。ウマノイヤーは地獄耳なのだ。
「……毎日王冠に、サイレンススズカが出走を表明した」
「サイレンススズカ、エルコンドルパサー、そしてグラス……」
「無敗でここまで来たエルコンドルパサーとグラスの対決になる、それだけと思っていたんだけどね……1800mは、確かに彼の範囲。秋初戦に選んでも、可笑しくないか」
サイレンススズカ?と言う馬が、グラス先輩のレースに出て来るらしい?
だけど、それがどうしたんだろうか?
「……どう、しますか?」
「小西君、それは、どういう意味かな?」
「……グラスを、出しますか?サイレンススズカが出るとなれば、出走回避する馬が出てきても可笑しくありません。そこに便乗して、回避する、ってのは」
出走回避?って、どういう事だろう?
うーん……話の流れからすると、『相手が強すぎて勝てそうにないからそのレースを避ける』って事かな?
……つまり、サイレンススズカという馬は、それだけ強いって事、なのか?
『テイル、テキ達は、何て言ってるの?』
『たぶん、ですけど……グラス先輩の出るレースに、物凄く強い馬が出るみたいなんです。だから、負けるかもしれないレースにグラス先輩を出すかどうか、悩んでる、のかな?』
『……そう、か』
グラス先輩の声が、明らかに不機嫌そうになる。
「……小西君」
「本当なら、信じてやりたいですよ!『グラスだったら十分に勝機はある』って!『あのサイレンススズカにだって勝てる』って!!……でも、今のグラスだと、厳しい……いや、それすら、言ってあげられない……怪我明けで本調子じゃないグラスでは、僅かな可能性すら、掴めない……!」
……それほどまで、なのか。
サイレンススズカという馬の実力は、ジーワン馬とはいえ怪我明けであるグラス先輩では、勝てる可能性すら見えない程、隔絶しているのか。
小西さんの悔しそうな表情を見るに、あれは嘘なんかじゃなさそうだ。
「……小西君。君の言いたい事は、分からなくはない。勝ち目はとても薄い、と言わざるを得ないだろうね」
「はい」
「だけど……勝ち目が薄いからといって、逃げるのかい?」
「ッ!!」
「相手は、今年になってから無敗と化した、最速のサラブレッド……グラスはマル外だ、戦える機会は、他の馬と比べて圧倒的に少ない。これは、チャンスなんだよ」
「チャンス、ですか……」
「そう、チャンスだ。サイレンススズカを相手に、どこまで喰らいつけるか……これは、グラスの可能性を見るチャンスだよ」
「……………」
そっか、グラス先輩は外国産馬、出られるレースが限られてる。
だから、サイレンススズカという馬と戦える機会が限られてる……
貴重な一回を、回避したら逃してしまう事になるんだよな。
「小西君。誰だって、自分が惚れこんだ馬が負けるのは見たくないさ……私だって、出来れば、勝っている姿だけを見たいとも」
「テキ……」
「だが、競馬には絶対は存在しないんだ……悲しい事にね」
「……はい」
「小西君、信じてあげよう。グラスが最善を尽くしてくれる事をね。極々僅かな可能性をもぎ取って、勝つかもしれない。敗北したとして、そこから何かを学んでくれて、飛躍を遂げるかもしれない……そう、信じてあげるんだ」
「……はいっ!」
『テイル、話は終わったの、かな?』
『はい。グラス先輩は怪我明けなのもあって、勝つのは難しいかもしれないけど、レースには出て貰う。今出来る全力を出し切って、強い馬にどこまで追いつけるのかを見てみたいんだ、って、テキは言ってましたよ』
『そう、か……今の僕では、勝つのも難しい相手、か……』
テキと小西さんの会話を、グラス先輩に伝える。
不機嫌そうな雰囲気は薄れたけど、何と言うか……ピリピリしている?
『……強い馬の、名前は?』
『サイレンススズカ、って名前みたいです。今年に入ってから負けなしの、テキが知る限り最も速い馬』
『なるほど。サイレンススズカ……覚えておくよ』
……うん、これは、分かるな。
グラス先輩は、きっと自分の記憶に刻み込んだんだ。
『サイレンススズカ』という名前を……『強敵』の、名前を。
「グラスの奴、なんか気合入ってる感じがしますね」
「休み明けからずっと怪我した脚を庇ってたけど……今は、大分頻度が減ってますね」
―――あぁ、これは、なんだろうか。
「それもそうですけど……動作の一つ一つに、力が入ってるんですよね」
「うん、そうだね」
身体の奥底から、溢れてくるこの気持ちは、滾りは。
一体何故、どうしてだろうか。
抑えられないんだ。
「……まさか、ね?」
「どうしたんです?」
「さっきの会話を聞いて、理解して……勝ちたいと、思ってくれてる、とか、ね?」
「……いやいや、まさか……ない、ですよね?」
「……テイル、って前提があるから、ねぇ……テイルは、完全に僕たちのいう事を理解してるようだったけど、もしかしたらグラスも……?」
勝ちたい?
―――あぁ、そうだ。僕は、勝ちたい。
テキが知っている中で、最も速い馬だと、テイルは言っていた。
そんな相手が……僕では勝てないかもしれないという、そんな相手が居る。
今まで負けた事の無い、この僕でも、だ。
「……テイルが、教えたとか?」
「……もしそうだとしたら、凄いね。テイルとグラス、2頭が互いを良い方に刺激しあっている事になる」
テイル、僕のコーハイ。
僕の事を、『凄い』と言ってくれる、大切なコーハイ。
……見せてあげたいんだ。
僕は、テイルのセンパイである僕は、本当に凄い馬なのだと。
―――待っていろ、『
『グラス先輩、お疲れ様です』
『あぁ、テイル。お疲れ様』
『もう少しで、毎日王冠ですね……』
『うん』
なんやかんやで、毎日王冠まであと少しという所まで来ている。
グラス先輩の調子は、テキ曰く『まさかここまで調子を取り戻すなんて』と驚きを隠せない程だそうな。
自分も見ているが、1日1日でどんどん身体が仕上がっているのが分かる。
やっぱグラス先輩は凄い馬なんだな!
休み明けから、テキが驚く位に回復出来るなんて!
『テキの話ですけど、グラス先輩の相手は8頭らしいです。その中でもテキが注目しているのは、サイレンススズカとエルコンドルパサー』
『ふんふん』
『エルコンドルパサーはグラス先輩と同い年の馬です。しかもグラス先輩と同じく、新馬戦からここまで無敗。さらに、グラス先輩と俺に乗ってくれてる鳥場さんが鞍上を務めてるし、グラス先輩と同じく外国産馬……共通点多いですね?』
『そうだね』
グラス先輩の役に立ちたいので、ここは自分だけが出来る事で御手伝いだ。
そう、テキや厩務員さん達、そして鳥場さんや調教助手さん達の会話から情報を集める事!
そして、集めた情報を吟味して、グラス先輩に伝えるのだ。
『レースでは真ん中より前でのレースが多かったみたいですね。グラス先輩も、そういう走り方なんですよね?』
『うん、そうだね……セリアウ、だっけ?横並びになって走るのは』
『そうですね、競り合いになる可能性はあると思います』
まぁ、走り方は鞍上の違いでも変わってくる、というのはコスモス賞で学んだ事。
―――あぁ、そうだ。グラス先輩の鞍上は、変わらず鳥場さんが勤めて下さるそうだ。
悩みに悩んだ末、鳥場さんはグラス先輩を選んだ。
エルコンドルパサーの鞍上には、コスモス賞でマチカネカイセイの鞍上を務めてた人、海老名さんを推薦したらしい。
……あれ、じゃあやっぱ先行策かな?
『それで、サイレンススズカですけど、先輩よりも1歳上の馬ですね。去年はあんまり強いという話は無かったらしいんですけど、今年に入ってからは5戦5勝、ジーワンレースにも勝っているそうです』
『ふむ』
『なんでも、今サイレンススズカの鞍上を務めている人……
峪
話を聞くと、とても才能に満ちた騎手だそうだ。
『馬の言葉が分かってる』と言われる程に折り合いをつけるのが上手い騎手、って話は聞いた。
『走り方は先頭を行く逃げのスタイルみたいです。とにかく速い馬で、二回前のレースの……なんだっけ、キンコ賞?ってレースでは、2着の馬に対して10馬身近い差を付けての大差圧勝だったみたいですね』
『10馬身、って、僕たちが10頭並んだくらいの距離だったね?それだけ差を付けて……』
『どうも、聞いた話なんですけど、大きく逃げて、少し息を入れる……ちょっとペースを緩めて休ませて、最後加速する、っていう走り方らしいんですよね』
『休ませる?』
『はい。テキや鳥場さんは【溜める】なんて言い方もしてましたね……グラス先輩、ずっとトレーニングしてると疲れるじゃないですか?』
『まぁ、うん』
『そのまま続けるより、ちょっと休んでからトレーニングすると、体力にもやる気にも余裕がありますよね?』
『うん……あぁ、そう言う事なんだ』
『はい。サイレンススズカは、今の話を、レース中にやってるんですよ、多分』
……話してて頭の痛くなるような……
大きく引き離して、あえて休む事で気力、体力共に回復させて最後にまた加速する?
んな馬鹿な、と言いたいが、実際にやっているのだから何も言えない。しかもその結果が大差勝ちである。
なんて規格外の馬なんだ、サイレンススズカ……
『テキと鳥場さんの話だと、狙うなら【そこ】……息を入れるその一瞬だ、って言ってました』
『と、言うと?』
『息を入れる、つまり遅くなるタイミングで追い抜いて、相手の前を抑えるんですよ。そうすれば、たとえ前に出たくてもグラス先輩を追い抜くしかない。抑え続ければ、勝ちは狙えるはずです』
『……成程ね』
『問題はタイミング、ですかね……相手はそういう技術抜きで、ジーワンレースで先頭を走り続ける事が出来る快速馬です。それに付いて行って、抜き去るのは至難の業……難しい事、です』
『……そこは、トバさんに任せよう。僕たちの騎手は、僕たちを勝たせてくれる為に色々考えてくれる。それを信じて走る……だね?』
『はい!鳥場さんを信じて、全力で走れば、きっと勝てる可能性はありますよ!』
あ、グラス先輩、俺の言った事覚えてくれてたんだ。
騎手の鳥場さんを信じて走る。やっぱこれが大事だろう。
なんたって、鳥場さんは自分たちと比べて十倍、百倍、それ以上レースに出ているベテランだ。
自分たちの事も、そして相手の事も、しっかり把握して対策を考えてくれるはずだ。
なら、それを信じて走れば、勝利に近づけるはずだ。
……という持論を、グラス先輩に話した事があったんだけど、覚えてくれててとても嬉しい。
『そうだね……騎手にも、コーハイにも恵まれた。休む前よりも体調は良いぐらいだし、走る感覚も取り戻した……後は、レースの日に全力で走るだけだ』
そう語るグラス先輩は、とても穏やかそうに見えて……
しかし、瞳の奥には、隠し切れてない闘志の火が灯っていた。
テイルは少し休み。
グラスワンダーはテイルによって色々学んだり、良い刺激を貰ったり。
そして現れるT騎手とサイレンススズカ、というお話。
次回、1998年毎日王冠開幕。
私事ではありますが、ドトウが初回10連の先頭でやって来てくれました。
これはオペラオーを扱う小説を書く(まだ出てきてないけど)私に、『書いたら出る』現象が起きたのでしょうか?
ドトウの育成シナリオで、今まで疑問に思っていた事について触れられたのでウマ娘編で活かせそうです。
なにより、アヤベさんについても大きく触れられていたのが嬉しいですね。
アヤベさん実装して……マンハッタンカフェとエイシンフラッシュもして……(懇願)