黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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お待たせしました、毎日王冠です。



第7話 毎日王冠

『グラス先輩、いよいよですね!』

『うん、いよいよだ……僕の、復帰戦』

 

10月11日。

今日は、グラス先輩の復帰戦、毎日王冠の日だ。

見送り、という訳では無いけれど、出発前に少し話す時間を取らせて貰った。

 

『……テイル。僕は、今出来る全力を出してくるよ』

『はい!』

『君に直接見て貰えないのは、すこし残念だけどね……きっと、テキやトバさんが話してくれると思う。僕の走りを』

『楽しみに待ってますよ!』

 

実際、凄く楽しみだ。

可能なら直接レース見たいなぁ……

ビデオカメラで誰か取りに行ってくれたりしないかな?

厩務員さん、ラジオで競馬聞いたりしない?盗み聞ぎするから。

 

「グラス、そろそろ行くぞー!」

『あ、グラス先輩、出発みたいですね』

『そっか……じゃあ、行ってくるよ』

『頑張って下さい!!』

 

大きく嘶いて、グラス先輩を送り出す。

 

 

 

「ほんと、テイルとグラスは仲良いなぁ……後輩に、良い所見せてやろうな、グラス」

『うん、頑張るさ』

「……お前、今お辞儀したのか?ますますテイルに似てきてるな……」

 

テイルが、イシヒョウジの方法を教えてくれたんだ。

言葉に対して『分かったよ』などの反応を伝える、あとは『おはようございます』などの挨拶は、首を縦に振ると良い、って。

真似してみたら、驚かれた。

 

「元々賢いなとは思ってたけど、テイルが来てからはもっと賢くなったな」

『テイルは人の生活を知ってるからね。それを教えて貰ったんだから、まぁ、ね』

 

彼は、人間として暮らす夢を見ている。

それも、とても長い時間……テイルが言うには、26年?だったかな。

僕が生まれてから今まで過ごしてきた時間を、8回か9回繰り返すくらい?と言ってた。

僕には想像もできないほど、長い時間。

そこで得た経験、知識がテイルにはある。

それを分けて貰ったんだから、僕も少しずつ賢くなるさ。

 

「……ごめんな、グラス。サイレンススズカが出るって聞いた時に、お前を疑ってさ」

『コニシさん?』

「怪我明けで、本調子じゃなかったからさ……『勝てないだろう』って、思っちまったんだ……お前が負ける姿が、どうしても見たくなくってさ……」

『……良いんだよ』

 

実際、あの時はまだ『勝ちたい』という想いは強くなかった。

テイルに色々と教えて貰ったからこそ、というのはある。

 

「でも、もう疑わないよ。お前は、最高の馬だ。勝っても、負けても、な」

『……あぁ。僕は、【凄いセンパイ】だからね』

「だから、全力で走ってこい。【グラスワンダーは帰って来たぞ】って、見ている人達全員に、教えてやろう」

 

そうだね。

僕は、怪我から復帰して、またレースに出る。

しかも、相手は同年代の無敗馬、そして、1歳上の……今居る馬達の中で、最速と言われる馬。

最高の舞台だ。

見せつけてあげるよ、僕の復帰を。

 

 

 

 

 

『さぁ、皆さまお待たせいたしました。今日は、東でも、西でも、競馬場に居る皆さまがワクワク、ドキドキされていると思います。どちらもGⅡなのですが……偉い事になってますからね。東京競馬場、13万人のお客さんが見守る中、天気に恵まれました秋の空の下、毎日王冠です。解説の吉岡さん、どうしましょう、もう2度と見られないような顔ぶれが揃ってますけど』

『そうですね、ここまでもう……馬券を気にしないで見てみたい、そういうレースと言うのは余り無いですから』

『いや、そうですよねぇ!』

『本当に、このレースに関してはもう、レースを見られる喜びと言うか、幸せと言うか……』

『えぇ、もう。ですが、当事者、そして走る馬達にとっては、自分たちの運命がかかっている、レースとはそう言うモノですからね……さぁ、吉岡さん、纏めをお願いします』

『そうですね、10カ月ぶりの復帰戦、古馬への初挑戦……色々とありますが、怪我前に見せた走りからして、グラスワンダーが強い、そう見てますがね』

 

 

多くの人達の声が聞える。

今までに見た事が無い程の、大勢の人達。

 

「グラス、凄い観客だね」

『うん、びっくりしたよ』

「皆、君の復帰を楽しみにしてたんだ……見せてあげよう、今の君を」

『うん』

 

トバさんの声に、頷く。

ゲートの前で待っていると、1頭、近づいて来る馬が居た。

 

「鳥場さん」

「海老名さん……」

「お手馬と元お手馬の対決、ですね」

「はは……エルコンドルパサー、久しぶりだね」

 

エルコンドルパサー。

僕と同い年の馬。僕と同じく、今まで無敗で進んできた馬か。

 

『Hey!そこの君!君がグラスワンダー?』

『うん、そうだよ。君が、エルコンドルパサーだね?』

『Yes!俺がエルコンドルパサーさ!……君に乗ってる人、前は僕にも乗ってくれてたんだ』

『そうみたいだね。こうして同じレースに出るってなってから、ずっと悩んでたみたい』

『ハハハッ、そうか!』

 

何と言うか、とても元気な馬だ。

話していて、嫌な感じはしないな。

 

『君の事を選んだ、って事は……君、俺より強いのかい?』

『どうだろうね?―――負けるつもりは、無いけど』

『―――あぁ、俺もだよ』

 

僕を見るその瞳は、視線は、とても力強い。

 

『グラスワンダー、いや、グラスと呼んでいいかな?』

『良いよ。君の事は、エル、って呼ぶよ』

『あぁ、それで良いさ。君とは仲良く出来そうだ!』

『うん、そうだね……良い走りをしよう、お互いに』

『あぁ、そうだな!』

 

「2頭とも、なんかにらみ合って動かないですね……」

「同い年かつ外国産馬同士、通じ合う所があるんですかね?」

「そう言うモノですかねぇ……」

「うーん……テイルと居るからかなぁ?なんかグラスも賢くなったというか、何と言うか……」

「テイル?」

「ブラックテイルです。コスモス賞で1着取った馬ですよ。物凄く賢い馬で」

「あぁ、あの青毛の!」

 

 

『4番エルコンドルパサーと6番グラスワンダー、ゲート前でにらみ合っていますね』

『初めて対面したライバルに、何か感じているのかもしれませんね』

『今日注目の2頭、レース前から火花を散らしあっている様子。注目を集めているもう1頭は……おっと、噂をすれば、という所でしょうか、2頭に近づいて行くのが見えますね!』

 

 

―――ゾワリ、と、言うべきか。

身体中が、急に冷えたような寒気がした。

エルも何かを感じたのか、揃って同じ方を見た。

そこに居たのは、僕のような色をした馬だ。

ただ、草のような色をしたモノを顔につけている。

 

「峪さん、どうも」

「どうも。なんだか、スズカがこっちに来たそうだったので、つい」

「注目の3頭揃い踏み、という事ですね」

「そうなりますね」

 

鞍上の人達が、何か話してるけれど。

それが気にならなくなる程に、目の前の馬に、惹かれていた。

 

『―――こんにちは』

 

ただの、挨拶。

だけど、僕は確信していた。

これだけの存在感、間違いない、この馬は……!

 

『こんにちは……サイレンススズカ』

『あれ、どこかで走った事が?』

『いや、初めて会うよ……話には聞いていたさ』

『グラス、この馬は?』

『サイレンススズカ、今居る馬で最速……最も速い、そういう馬さ』

『へぇ、最も速い馬か!それは楽しみだ!』

『好きに走っているだけなんだけどね……今日は、よろしく』

 

そう言うと、クルリと回って離れていく。

 

「っと、それじゃあ」

「えぇ、後はレースで」

「そうですね。ほら、エルコンドルパサー、そろそろ行こうか」

『Oh!分かった分かった、あっちに行くんだな?じゃあな、グラス!』

『じゃあね、エル』

 

 

『注目の3頭、それぞれにらみ合って別れていきました……これは、楽しみになってきましたね吉岡さん!』

『いやぁ、そうですね赤芝さん。この毎日王冠、凄い事になりそうですねぇ』

 

 

何処からか、音が聞こえる。

テイルが言うには、ファンファーレ、だったか。

レースが始まる事を周りに知らせる、そういう音。

その音が響き渡ると、人達が大きな声を上げた。

ビリビリと、僕の身体に伝わってくる。

 

 

『吉岡さん、この歓声……GⅠレースと言われたら信じそうですね』

『いや本当ですね、これがGⅡというのが信じられませんよ』

『テレビの前の皆さんの耳に達したでしょうか、この13万人の大歓声。展開は分かり切っている事がありますが、問題となるのは4歳2頭がどうつけるか、となります……吉岡さん、一言お願いします』

『まぁ、サイレンススズカを負かしに行く、という気持ちはさっきのにらみ合いを見ると2頭にはあると思いますから、どこで仕掛けるのか、っていうのが大事になるんじゃないかと思いますね』

『どこで仕掛けるか、それが重要と』

『はい』

『ありがとうございます』

 

 

ゲートに入る。

狭いゲートの中、今か、今かと待ち続ける。

あぁ、これだ。これがレースだ!

 

『お互いが、お互いを知り尽くしています。府中1800毎日王冠―――スタートしました!!』

 

良し、スタートは悪くない!

 

『出遅れた馬は居ません、がしかし後ろに下がりましたのはサンライズフラッグです。西日を浴びて、サイレンススズカが当然前に出ます。今日はどの様なペースで走るのか。2番手にはエルコンドルパサー、今日は海老名正利(まさとし)とのコンビです。その外には黄色い帽子、ランニングゲイル、少し後ろにはビッグサンデーが付いています。2番手につける3頭、その後ろにはグラスワンダー、鳥場(ひろし)と10カ月ぶりのレースです!すぐ後ろにはテイエムオオアラシ、しかしジワジワと前に、これは掛かり気味か?2頭の後ろにはプレストシンボリ、少し離れてワイルドバッハ、更に離れてサンライズフラッグという形です!』

 

 

「よし、良い位置だ。この位置をキープするよ、グラス」

『了解』

 

テイルから聞いていたけれど、先頭をサイレンススズカが走っている。

そして、その後ろにはエルコンドルパサーを含めた3頭。

隣で少しずつ前に行こうとしている馬も気になるところではある。

僕とエル以外は年上とは聞いていたが、やはりその分身体が鍛えられているのだろうか。

速い……あまりにも、速過ぎる!

 

「これが、サイレンススズカのペースか……!」

『なんて速さだ……!』

 

速い原因は、サイレンススズカか!

離されないように、追いかけてる。

その追いかける相手が、速過ぎるのだ。

 

 

『さぁ第3コーナーのカーブ、問題のペースですがここまで800mをサイレンススズカ、それほどちぎってはいません!45秒後半から46秒というペースです!現在5馬身程のリードで峪穣とサイレンススズカの逃げ!』

 

 

「―――行こうか、グラス」

『了、解……!』

 

トバさんの合図で、速度を上げていく。

サイレンススズカの『溜め』……僅かに速度を落とす、その瞬間を捉える為に、動く。

 

『2番手はランニングゲイル、その後ろはビッグサンデーだ!その後にエルコンドルパサー、そして外からグラスワンダーが早めに出て来たぞ!大欅を越えて、サイレンススズカに詰め寄ってくるのは外外グリーンの帽子!!』

 

もう少し、もう少し……!

 

『グラスワンダー鳥場弘、サイレンススズカを捉えに行く!』

 

「今だグラス!」

『ここで、仕掛ける!!』

 

ここしかない、というタイミングでムチが入る。

僕と、トバさん、完全に噛み合った、完璧なタイミングでの仕掛けだ。

ここで捉える!!

 

 

「―――スズカ」

『―――あぁ、行こうか』

 

 

もう少しで、前に入れる。

その、『もう少し』が来る前に、サイレンススズカが、加速していく。

いや、加速なんてものじゃない、速過ぎる……!!

 

『ビッグサンデー、エルコンドルパサーも迫ってくるが、最終直線でサイレンススズカ加速する!!グラスワンダー捉えきれない!!』

 

出鱈目にもほどがあるだろう!?

完璧なタイミングだった!出せる全力を出したはずだ!!

なのに、なのに、その背中が遠い……!!

 

『さぁサイレンススズカ、リードは2馬身半!グラスワンダー懸命に追う!後ろから迫るのはビッグサンデー、エルコンドルパサー海老名ァ!!!』

 

『グラス、ここからは俺のステージさ!!』

『エ、ルゥ……!!』

『速いなサイレンススズカ、だがまだだ!まだ、まだァ!!』

 

『大歓声巻き起こる中、坂を上る!!サイレンスまだ逃げッ!!』

 

上り坂で、息が苦しくなってくる。

くそ、サイレンススズカの背中が遠ざかっていく!

向こうが速いのもあるけれど、僕の脚がどんどん遅くなっている!!

 

『失速するグラスワンダー、躱してエルコンドルパサーが前に出る!!』

 

エルに、抜かれた!?

抜き返す……駄目だ、脚が重い!苦しい!

もう、追いつけ、ない……

後ろからもう1頭、更に1頭、抜かれて……

 

『速過ぎ、だろうがよぉ!!サイレンススズカァァ!!!』

 

『エルコンドルパサーよれるが懸命に、だが200を通過して先頭はサイレンススズカだサイレンススズカだ!!!』

 

駄目、なのか?

僕は……

 

 

 

―――頑張ってください!!―――

―――後輩に、良い所見せてやろうな、グラス――― 

―――見せてあげよう、今の君を―――

 

 

 

……そうだ。

僕の活躍を期待しているコーハイが居る!

僕の事を信じてくれるコニシさんが居る!

僕を勝たせてくれようとしてくれるトバさんが居る!!

 

『諦めて、たまるかッ!!!』

 

今出せる全力を、出し切れ、グラスワンダー!!!

 

『2番手はエルコンドルパサーだが離れているぞ!グラスワンダーは5番手、いや息を吹き返したか!?4番手、3番手に上がれるか!?』

 

『どけ、どけ、どけェェェ!!!』

 

『先頭はサイレンススズカ、これがグランプリホースの貫禄です!!!どこまで行っても逃げてやると言わんばかり!!!見事、見事ですサイレンススズカ!!!』

『これは、すごい……』

『天皇盾に向けて、視界は良好!時計は1分44秒9、上がり3ハロンは35秒1!2着エルコンドルパサー、3着はサンライズフラッグかグラスワンダーか写真判定、5着にプレストシンボリとなりました!!』

 

 

 

 

『ハァ、ハァ、ハァ………』

 

全力を出して、そこから更に絞り出した。

息が苦しい。もう数歩だって走れない。

 

『いやぁ、一番速いって言ってもあそこまで速いのかよサイレンススズカ!これは何も言えないくらいの完敗だなぁ!!』

『エ、ル……』

『グラス、最後の直線入る前にサイレンススズカの前に行こうとしたじゃん?あそこはGoodだったぜ!!あそこで前に出れてたら、また結果が違ってたかもな!!』

『は、はは……まぁ、失敗した、けどね……』

 

同じ位に疲れてるだろうに、なんて元気な奴だ……

呆れていると、少し奥から1頭、近づいて来る。

 

『―――今日は、ありがとう。良い走りが出来たよ』

『こっちこそ、最高に熱いレースが出来た!Thank You!!』

『ありがとう、ございます……良い、経験が、出来ましたよ……』

 

あれだけのペースで先頭を走り続けていたのに。

余裕そうな、顔をして……なんて、奴だ。

 

『この間とは違って、後ろから大きく音が聞こえた。【あの景色】に近づくには、もっと、もっと速く走らないと』

『『【あの景色】?』』

『うん。前に誰も居ない、音も聞こえてこない……自分と、この人だけしか居ない、そう思える景色。自分たちだけの場所さ。前のレースで、たどり着きそうだったんだ……うん、もう少しで、たどり着けそうな気がする』

『自分と、鞍上だけの世界……』

『うん。そこにたどり着けたら、何か見えそうな……そんな気が、してるんだ』

 

自分と鞍上だけの世界、か……

凄い、ような気はするけど。

それってつまり、テキも、コニシさんも、テイルも居ない……寂しい、世界だ。

 

『なんだか良く分からないけど、サイレンススズカ……スズカ、君は何と言うか、変わった馬だな』

『そう、かな?……そう、なのかも?』

『そうだな……まぁ、良いか!今日は最高に楽しかったぜ!いつかまた、一緒に走る事があったら、また最高のレースをしよう!Bye!!』

『うん、そうだね、また機会があったら、その時は』

『えぇ、はい……次こそは、貴方を捉えて見せます』

『ははっ、次もまた、自分が先頭を走らせて貰うさ』

 

 

 

 

 

1998年10月11日 毎日王冠 芝左1800m

 

1 サイレンススズカ 1:44:9

2 エルコンドルパサー 2.1/2

3 サンライズフラッグ 5

4 グラスワンダー ハナ

5 プレストシンボリ 3/4

 




史実と成績が変わった競走馬

グラスワンダー
史実では5着で、プレストシンボリにクビ差で敗れている。
が、本作ではブーストによりプレストシンボリに抜かれたあと差し返した。

プレストシンボリ
史実では4着で、位置は本作と同じサンライズフラッグと3/4差。
本作ではグラスワンダーを抜いた後、差し返された形になる。

サイレンススズカの強者感、そして先頭主義をウマ娘から逆輸入してみたかったのですが、上手く描写するのが難しいですね……あとあ○嶋節も難しい……
というか、レース描写が難しい。上手く書ける人が羨ましいです……
色んな作品に触れて、描写の勉強頑張ります。
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