黒き馬、世紀末を駆ける   作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男

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お待たせしました、第8話です。
内容は……タイトルの通り、です。


第8話 11月1日

「勝利ジョッキーインタビュー、本日は毎日王冠を制したサイレンススズカ号の騎手、峪騎手にインタビューをさせて頂きます。まず、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

カメラを、マイクを向けられるのは、騎手として高身長の男性だ。

峪穣。13万人の観客を集めたメインレース、毎日王冠を制した騎手である。

 

「峪さん、どうでしたかサイレンススズカは」

「いや、今日も彼らしい走りが出来ましたね。後続を気にしないで、彼のペースをしっかりと守って……レース前も、レース中も落ち着いてましたしね」

 

浮かべる表情は、とても良い笑みであった。

頷きつつも、質問を投げかける。

それは、自分が、そしてこのインタビューをこの場で聞く全ての人が、気にしている事だ。

 

「今日のレース、サイレンススズカを含めて3頭、注目を集めていた馬が居ました。レースを終えて、他2頭はどう思われましたか」

「他2頭、ですか……2着の馬、エルコンドルパサー、彼はとても強い馬ですね。2馬身半でサイレンススズカに着いてきたんですから。サイレンススズカは4歳の時あそこまで走れなかったですから」

「なるほど。では、グラスワンダーはどうでしょうか?」

 

エルコンドルパサーの強さは、4歳として破格のモノがある、そう言った。

なら、もう1頭はどうだろうか?

疑問に思った事を、そのまま質問として聞く。

 

「正直言って、驚きましたね」

「と、言いますと?」

「彼、8月に怪我から戻って来たばかりと聞いてたので、どうなんだろうと思ってたんですけど……いや、最終コーナーで仕掛けて来たときは、焦りましたね。もしこれが、怪我も無くレースに出てきてたら……もしかしたら、あそこで捕まったかもしれない、そう思っちゃいますね」

「やはり、5カ月の空白が大きい、と」

「そうですね。怪我明けから約2ヶ月でここまで仕上げたって言うのは、凄いですよホント。次走る時なんかは、多分完全に回復してるだろうから、怖いのと楽しみなので、半々ですね」

「ありがとうございます。では、最後に………」

 

 

 

 

 

「バテこそしたけど、最後は息を吹き返して4着、それも3着とはハナ差……復帰戦としては、十分でしょう。サイレンススズカ相手に、あと一歩まで迫れたというのも大きい。グラスワンダー復活は、十分に示せたかと」

「そう、ですね。まぁ、インタビューで峪さんも言ってましたけど、次走こそ、完全復活したグラスを見せる時です。ここでの走りは、グラスの評価に大きく関わるかと」

「だね。今回はまだ『怪我明け』という免罪符があったけど、次はそれも無くなる」

 

グラス先輩の復帰戦は、結果としてはサイレンススズカ、エルコンドルパサー、ビッグサンデーに次いでの4着、となった。

しかし、テキ達が話している通りなら、3着とはハナ差、5着には3/4も離しての4着だ。

怪我明け初戦でコレは、凄い!

 

『お疲れ様です、グラス先輩!』

『やぁ、テイル……ゴメンね、1着、取れなかったよ』

『いやいや、怪我明け初戦で、掲示板入るって凄い事じゃないですか!!これならきっと、ファンの人達もグラス先輩が頑張った事、認めてくれますって!』

『そう、かな……?』

 

「ところでテキ、グラスの次走ですけど……」

「……ジャパンカップを視野に入れるか、有馬記念を視野に入れるか、って所かな。グラスの3歳時の強さからして、有馬に呼ばれる可能性は十分にあると思う。だとすると、ジャパンカップからの有馬記念のローテ、今のグラスで大丈夫かどうか?って感じが少しね」

 

アリマ記念?

競馬素人の前世でも、聞いた事があるな。

たしか、年末に行われる大きなレース、だったような……

テキ達の話から考えると、ジャパンカップ?というレースと、アリマ記念、と言うレースは、多分ジーワンだろう。

どっちにも出られる可能性があるなんて、やっぱグラス先輩って凄い馬なんだなぁ。

 

「確か、エルコンドルパサーはジャパンカップ出走の方向で動いていた筈だね。あとはエアグルーヴに……スペシャルウィークも、出て来るかも知れないかな。彼は今年のダービー馬だしね、菊花賞後の調子を見て、出て来る可能性は十分にあると思う」

「うーん……2つのレース前に1つ挟んで、結果と調子を見て決定、でどうでしょうか?」

「それが良いかもしれないね。じゃあ、そうだな……11月7日、芝2500m、GⅡアルゼンチン共和国杯、これはどうだろう」

「良いですね。そこを走らせて、その結果を見ましょう」

「良し、分かった」

 

ん、グラス先輩の予定が決まったみたいだ。

11月7日……あんまり間は空いてないな。3週間くらいか。

とにかく、そこで行われる芝2500mのレース、か。

大きなレースの前哨戦、というモノらしい。

 

『グラス先輩、次のレースは3週間位先で、2500mみたいです』

『2500m、というと、今回のレースの半分を足した位、で良いのかな?』

『そうですね、かなり長い距離になります』

『始めてだな、そんなに長いのは……これは、楽しみだな』

 

「そうなると、グラスの調教を優先しつつ、そろそろテイルの調教もしっかりやっていきますか」

「そうだね、テイルの様子は問題なさそうだし、そろそろしっかりと調教しようか。テイルも次は2000mに挑戦だからね」

「スタミナをつけさせる必要がありますからね。まぁ、乗ったから言えますけど、2000mなら問題なさそうですよ、アイツは」

「そうか、鳥場さんがそう言ってくれるなら安心だね」

 

お、自分の調教も本格化するのか、気を引き締めないといけないね。

12月と先は長いけど、次のレースは芝2000m、皐月賞に向けての第一歩。

しかも、初の重賞レースだ。多分、出て来る馬達もレベルが上がってくる可能性は高い。

 

「クラシックを見据えて出走してくる馬達、テイルのライバル達になります。競い合う相手を見つけて、それを弾みにやる気を出してくれれば……なんて、思ってしまいますね」

「テイルならでは、って感じだね」 

「えぇ……そうだな、たとえば……いや、言うのは止めておきましょう。『あいつ』と重ねるような事は、あまりしたくは無いですから」

「……鳥場さん」

「テキ、大丈夫です。もう、3年も経ちました……大丈夫です」

「……分かりました」

 

……?何を、言いかけたのだろう?

3年前に、鳥場さんに、何かあったんだとは思うけど……

『あいつ』というのは、恐らくは競走馬だろうか?

自分と重ねる、という発言も合わせると……クラシック路線で、強い馬と走っていた馬が居たのかな?

それで、最終的に勝てなかった、とか?

 

『テイル、どうかしたの?』

『あぁ、先輩……鳥場さん達の会話を聞いてたんですけど、ちょっと疑問に思った事がありまして』

『ん?』

『僕たちよりも前に、鳥場さんが乗ってた馬の話みたいです。あんまり分からなかったですけど……鳥場さんと一緒に、もっとレースを勝ちたいな、って、思ったんですよ』

『そっか。僕も、勝ちたいな……』

 

グラス先輩との会話で、一度『あいつ』について考える事は止めた。

気にはなるけれど、鳥場さんの方で割り切ってるみたいだし、ならそれについては此処で終わりだ。

考えても分からないんだし、無理に考える必要も無い。

自分が考えるのは、次のレースについて。今は、それだけだ。

 

 

 

 

 

時間は流れて、もうすぐ11月、というところ。

具体的には、今週日曜日から11月だ。

グラス先輩のレースが近づいて来ているのはあるんだけど……テキの注目は、今週日曜日にあるみたい。

グラス先輩の調教で来ていた鳥場さんも、そして厩務員さん達も、少し雑談を交わしているけど、その話題は11月1日にあるみたいだ。

 

『テイル、何をしてるんだい?』

『あそこでテキ達が話してるので、それをちょっと聞いてるんですよ』

『あ、本当だ……僕も聞いてみよう』

 

2頭並んでテキ達を見つつ、耳を傾ける。

ウマノイヤーは地獄耳。さて、どんなことを話してるのかな?

 

「ついに、日曜日ですね」

「鳥場さんの乗る馬は居ないんでしたっけか」

「そうですね、他のレースでは乗るんですけど、天皇賞は居ないです」

「そうですか……いやぁ、言っちゃアレかもしれませんけど、楽しみですね。サイレンススズカがどれだけ離して勝つか!」

 

『サイレンススズカ……彼が、出るのかな?』

『天皇賞、って言ってましたね。名前からして天皇陛下と関わりのある重賞……たぶん、ジーワンですね』

『テンノーヘーカ?』

『うーん……とりあえず、とても凄い人です。自分も説明が難しいので、それ以上は……』

 

「芝2000m左回り……正直、サイレンススズカに負ける要素が無い」

「強いて言うなら、大外を引いて、その上で大きく出遅れる、位ですかね?」

「それか……まぁ、余り言いたくはないけれど、レース中の故障、ですかね」

「レース中の故障、か……どの馬にも可能性はありますからね」

 

『コショウ?』

『レース中に怪我をする、って事ですよ』

『そっか。誰でも、怪我をする事はあるよね』

『ですね』

 

「まぁ、サイレンススズカの大差勝ち、レコード樹立はいけそうですよね」

「うん……そうだね、可能性は十分にある」

「芝2000mになってからのレコードって、何時頃の奴ですかね?」

「どうだったか、1分58秒と59秒の間だったとは思うけど……」

「サイレンススズカのペースなら、十分レコードあり得ますよね」

「そうだけど……秋の天皇賞、1番人気、か」

 

あぁ、と全員が言った。

秋の天皇賞、1番人気、これがどうかしたのだろうか?

 

「ニッポーテイオー以来ずっと続いてるんでしたっけ?」

「1987年のニッポーテイオーが勝ってから、今年で11年目ですか」

「『秋の天皇賞は1番人気が勝てない』、か」

「でも、サイレンススズカですよ?」

「だよねぇ……きっと、この嫌なジンクスも踏みつぶしてくれるさ」

 

そんなジンクスがあるのか。

 

『ジンクス、って何だい?』

『そうですねぇ……何回も続いてる、あんまり良く無い事、ですかね?』

『へぇ』

『今回の話だと、サイレンススズカが次に出るレースでは、1番人気を集めた馬は1着になれない、って話です。何でも、過去10回、1番人気の馬が1位を逃してる、今年で11回目だからもう1回起きても可笑しくない、って』

『なるほど……でも、サイレンススズカが、負けるとは思えないな』

『グラス先輩も、そう思いますか?』

『うん、思うよ……彼は、圧倒的だった。間違いなく、規格外の馬さ』

 

うーん、実際に見たからこその、信頼か。

……実際に、見てみたかったなぁ……

 

 

 

 

 

1998年11月1日 天気は晴れ。

第118回となる秋の天皇賞。

その馬は、1枠1番、逃げ馬として最高の位置を引き当てた。

オッズ1.2倍、文句なしの1番人気として注目を集めたその馬は、サイレンススズカ。

鞍上の峪穣曰く、『文句なしの絶好調』。

パドックを悠々と歩くその姿に、観客も、その言葉を疑いなどしなかった。

 

誰もが、サイレンススズカが1着になると疑わなかった。

観客席でも『どれだけ差を離して勝つのか』『レコードは出るのか』という話題で盛り上がる観客が居る。

それほどまでの、サイレンススズカ圧勝ムード。

 

 

 

―――故に、このような結末になると、誰も想像しなかっただろう。

 

 

 

『天皇賞秋、スタートしました!スルリと前に抜け出しましたサイレンススズカ、峪穣とサイレンススズカが予想通り先頭を行きます!!その後ろをオフサイドトラップ、サイレントハンターが付いて行きます!!』

 

『早くも8馬身くらいの差を付けて、サイレンススズカと峪穣が行っています!!!大きくカメラを引いても、まだ後続見え、いえ、ようやく見えましたサイレントハンターです!これも単独の逃げ、そこから後ろは6馬身程でしょうか!?』

 

『さぁサイレンススズカ、残り1000mの標識をどれ位か、今通過しました57秒台!!57秒台で通過した!?57秒台で通過しましたサイレンススズカ峪穣!!!』

 

57秒台、驚異の、次元が違う程の超ハイペース。

しかしサイレンススズカは、スピードが落ちるような事は一切なく。

東京競馬場の第4コーナー、大欅の前を通過して―――

 

『後続は大丈夫か!?捕まえる事は出来るのか!?サイレンススズカ、今、大欅の前を―――』

 

 

 

ゴキッ、と言う音を、1人の男が耳にした。

 

 

 

『―――通過して、あぁっと!?ここで手ごたえが……これはどうなんだ?抑えるような恰好……サ、サイレンススズカ!サイレンススズカに故障発生です!!!』

 

峪穣が懸命に抑えながら、コースの外にサイレンススズカを誘導していく。

その場に崩れても可笑しくない、だが、サイレンススズカは倒れることなく、コースの外側まで移動した。

 

『何と言う事でしょうか!?4コーナーを迎える事無くレースを終えましたサイレンススズカ!!沈黙の日曜日!!!』

 

どれだけの人が、1着となった馬がゴール板を駆け抜けたのを見ただろうか。

多くの人達が、第4コーナーの奥、折れた足でなお前に行こうとする栗毛の馬と、それを必死に抑える1人の騎手を見ていた。

 

『軽い故障であってくれ』と、『走れなくなっても、せめて命は助かってくれ』と。

誰もが、そう願った。

 

しかし、サイレンススズカの故障は、無情にも軽いモノでは無く。

―――――左前脚、手根骨粉砕骨折。

サイレンススズカ号は、『予後不良』と診断が下された。




少々駆け足気味ではありますが、天皇賞(秋)となりました。
すみません、これ以上細かく書くと私の心が死にそうなので……
この話を書くために、何度も何度もネットに上がってる『あの日』の動画を見返した結果、ちょっとメンタルにダメージが……

もっとさらっと流す事も可能ではあったかもしれません。
しかし、今後の展開の為には、ある程度描写する必要がありました。
自分のメンタルの許容量と、今後の展開の為に必要な描写量、天秤にかけた結果がこの位、となりました。

次回はアルゼンチン共和国杯、そしてもう1つ予定しております。
その後もう1話挟むか、挟まずそのままウマ娘編の予定です。
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