黒き馬、世紀末を駆ける 作:馬券童貞は東京優駿に捧げた男
内容は……タイトルの通り、です。
「勝利ジョッキーインタビュー、本日は毎日王冠を制したサイレンススズカ号の騎手、峪騎手にインタビューをさせて頂きます。まず、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
カメラを、マイクを向けられるのは、騎手として高身長の男性だ。
峪穣。13万人の観客を集めたメインレース、毎日王冠を制した騎手である。
「峪さん、どうでしたかサイレンススズカは」
「いや、今日も彼らしい走りが出来ましたね。後続を気にしないで、彼のペースをしっかりと守って……レース前も、レース中も落ち着いてましたしね」
浮かべる表情は、とても良い笑みであった。
頷きつつも、質問を投げかける。
それは、自分が、そしてこのインタビューをこの場で聞く全ての人が、気にしている事だ。
「今日のレース、サイレンススズカを含めて3頭、注目を集めていた馬が居ました。レースを終えて、他2頭はどう思われましたか」
「他2頭、ですか……2着の馬、エルコンドルパサー、彼はとても強い馬ですね。2馬身半でサイレンススズカに着いてきたんですから。サイレンススズカは4歳の時あそこまで走れなかったですから」
「なるほど。では、グラスワンダーはどうでしょうか?」
エルコンドルパサーの強さは、4歳として破格のモノがある、そう言った。
なら、もう1頭はどうだろうか?
疑問に思った事を、そのまま質問として聞く。
「正直言って、驚きましたね」
「と、言いますと?」
「彼、8月に怪我から戻って来たばかりと聞いてたので、どうなんだろうと思ってたんですけど……いや、最終コーナーで仕掛けて来たときは、焦りましたね。もしこれが、怪我も無くレースに出てきてたら……もしかしたら、あそこで捕まったかもしれない、そう思っちゃいますね」
「やはり、5カ月の空白が大きい、と」
「そうですね。怪我明けから約2ヶ月でここまで仕上げたって言うのは、凄いですよホント。次走る時なんかは、多分完全に回復してるだろうから、怖いのと楽しみなので、半々ですね」
「ありがとうございます。では、最後に………」
「バテこそしたけど、最後は息を吹き返して4着、それも3着とはハナ差……復帰戦としては、十分でしょう。サイレンススズカ相手に、あと一歩まで迫れたというのも大きい。グラスワンダー復活は、十分に示せたかと」
「そう、ですね。まぁ、インタビューで峪さんも言ってましたけど、次走こそ、完全復活したグラスを見せる時です。ここでの走りは、グラスの評価に大きく関わるかと」
「だね。今回はまだ『怪我明け』という免罪符があったけど、次はそれも無くなる」
グラス先輩の復帰戦は、結果としてはサイレンススズカ、エルコンドルパサー、ビッグサンデーに次いでの4着、となった。
しかし、テキ達が話している通りなら、3着とはハナ差、5着には3/4も離しての4着だ。
怪我明け初戦でコレは、凄い!
『お疲れ様です、グラス先輩!』
『やぁ、テイル……ゴメンね、1着、取れなかったよ』
『いやいや、怪我明け初戦で、掲示板入るって凄い事じゃないですか!!これならきっと、ファンの人達もグラス先輩が頑張った事、認めてくれますって!』
『そう、かな……?』
「ところでテキ、グラスの次走ですけど……」
「……ジャパンカップを視野に入れるか、有馬記念を視野に入れるか、って所かな。グラスの3歳時の強さからして、有馬に呼ばれる可能性は十分にあると思う。だとすると、ジャパンカップからの有馬記念のローテ、今のグラスで大丈夫かどうか?って感じが少しね」
アリマ記念?
競馬素人の前世でも、聞いた事があるな。
たしか、年末に行われる大きなレース、だったような……
テキ達の話から考えると、ジャパンカップ?というレースと、アリマ記念、と言うレースは、多分ジーワンだろう。
どっちにも出られる可能性があるなんて、やっぱグラス先輩って凄い馬なんだなぁ。
「確か、エルコンドルパサーはジャパンカップ出走の方向で動いていた筈だね。あとはエアグルーヴに……スペシャルウィークも、出て来るかも知れないかな。彼は今年のダービー馬だしね、菊花賞後の調子を見て、出て来る可能性は十分にあると思う」
「うーん……2つのレース前に1つ挟んで、結果と調子を見て決定、でどうでしょうか?」
「それが良いかもしれないね。じゃあ、そうだな……11月7日、芝2500m、GⅡアルゼンチン共和国杯、これはどうだろう」
「良いですね。そこを走らせて、その結果を見ましょう」
「良し、分かった」
ん、グラス先輩の予定が決まったみたいだ。
11月7日……あんまり間は空いてないな。3週間くらいか。
とにかく、そこで行われる芝2500mのレース、か。
大きなレースの前哨戦、というモノらしい。
『グラス先輩、次のレースは3週間位先で、2500mみたいです』
『2500m、というと、今回のレースの半分を足した位、で良いのかな?』
『そうですね、かなり長い距離になります』
『始めてだな、そんなに長いのは……これは、楽しみだな』
「そうなると、グラスの調教を優先しつつ、そろそろテイルの調教もしっかりやっていきますか」
「そうだね、テイルの様子は問題なさそうだし、そろそろしっかりと調教しようか。テイルも次は2000mに挑戦だからね」
「スタミナをつけさせる必要がありますからね。まぁ、乗ったから言えますけど、2000mなら問題なさそうですよ、アイツは」
「そうか、鳥場さんがそう言ってくれるなら安心だね」
お、自分の調教も本格化するのか、気を引き締めないといけないね。
12月と先は長いけど、次のレースは芝2000m、皐月賞に向けての第一歩。
しかも、初の重賞レースだ。多分、出て来る馬達もレベルが上がってくる可能性は高い。
「クラシックを見据えて出走してくる馬達、テイルのライバル達になります。競い合う相手を見つけて、それを弾みにやる気を出してくれれば……なんて、思ってしまいますね」
「テイルならでは、って感じだね」
「えぇ……そうだな、たとえば……いや、言うのは止めておきましょう。『あいつ』と重ねるような事は、あまりしたくは無いですから」
「……鳥場さん」
「テキ、大丈夫です。もう、3年も経ちました……大丈夫です」
「……分かりました」
……?何を、言いかけたのだろう?
3年前に、鳥場さんに、何かあったんだとは思うけど……
『あいつ』というのは、恐らくは競走馬だろうか?
自分と重ねる、という発言も合わせると……クラシック路線で、強い馬と走っていた馬が居たのかな?
それで、最終的に勝てなかった、とか?
『テイル、どうかしたの?』
『あぁ、先輩……鳥場さん達の会話を聞いてたんですけど、ちょっと疑問に思った事がありまして』
『ん?』
『僕たちよりも前に、鳥場さんが乗ってた馬の話みたいです。あんまり分からなかったですけど……鳥場さんと一緒に、もっとレースを勝ちたいな、って、思ったんですよ』
『そっか。僕も、勝ちたいな……』
グラス先輩との会話で、一度『あいつ』について考える事は止めた。
気にはなるけれど、鳥場さんの方で割り切ってるみたいだし、ならそれについては此処で終わりだ。
考えても分からないんだし、無理に考える必要も無い。
自分が考えるのは、次のレースについて。今は、それだけだ。
時間は流れて、もうすぐ11月、というところ。
具体的には、今週日曜日から11月だ。
グラス先輩のレースが近づいて来ているのはあるんだけど……テキの注目は、今週日曜日にあるみたい。
グラス先輩の調教で来ていた鳥場さんも、そして厩務員さん達も、少し雑談を交わしているけど、その話題は11月1日にあるみたいだ。
『テイル、何をしてるんだい?』
『あそこでテキ達が話してるので、それをちょっと聞いてるんですよ』
『あ、本当だ……僕も聞いてみよう』
2頭並んでテキ達を見つつ、耳を傾ける。
ウマノイヤーは地獄耳。さて、どんなことを話してるのかな?
「ついに、日曜日ですね」
「鳥場さんの乗る馬は居ないんでしたっけか」
「そうですね、他のレースでは乗るんですけど、天皇賞は居ないです」
「そうですか……いやぁ、言っちゃアレかもしれませんけど、楽しみですね。サイレンススズカがどれだけ離して勝つか!」
『サイレンススズカ……彼が、出るのかな?』
『天皇賞、って言ってましたね。名前からして天皇陛下と関わりのある重賞……たぶん、ジーワンですね』
『テンノーヘーカ?』
『うーん……とりあえず、とても凄い人です。自分も説明が難しいので、それ以上は……』
「芝2000m左回り……正直、サイレンススズカに負ける要素が無い」
「強いて言うなら、大外を引いて、その上で大きく出遅れる、位ですかね?」
「それか……まぁ、余り言いたくはないけれど、レース中の故障、ですかね」
「レース中の故障、か……どの馬にも可能性はありますからね」
『コショウ?』
『レース中に怪我をする、って事ですよ』
『そっか。誰でも、怪我をする事はあるよね』
『ですね』
「まぁ、サイレンススズカの大差勝ち、レコード樹立はいけそうですよね」
「うん……そうだね、可能性は十分にある」
「芝2000mになってからのレコードって、何時頃の奴ですかね?」
「どうだったか、1分58秒と59秒の間だったとは思うけど……」
「サイレンススズカのペースなら、十分レコードあり得ますよね」
「そうだけど……秋の天皇賞、1番人気、か」
あぁ、と全員が言った。
秋の天皇賞、1番人気、これがどうかしたのだろうか?
「ニッポーテイオー以来ずっと続いてるんでしたっけ?」
「1987年のニッポーテイオーが勝ってから、今年で11年目ですか」
「『秋の天皇賞は1番人気が勝てない』、か」
「でも、サイレンススズカですよ?」
「だよねぇ……きっと、この嫌なジンクスも踏みつぶしてくれるさ」
そんなジンクスがあるのか。
『ジンクス、って何だい?』
『そうですねぇ……何回も続いてる、あんまり良く無い事、ですかね?』
『へぇ』
『今回の話だと、サイレンススズカが次に出るレースでは、1番人気を集めた馬は1着になれない、って話です。何でも、過去10回、1番人気の馬が1位を逃してる、今年で11回目だからもう1回起きても可笑しくない、って』
『なるほど……でも、サイレンススズカが、負けるとは思えないな』
『グラス先輩も、そう思いますか?』
『うん、思うよ……彼は、圧倒的だった。間違いなく、規格外の馬さ』
うーん、実際に見たからこその、信頼か。
……実際に、見てみたかったなぁ……
1998年11月1日 天気は晴れ。
第118回となる秋の天皇賞。
その馬は、1枠1番、逃げ馬として最高の位置を引き当てた。
オッズ1.2倍、文句なしの1番人気として注目を集めたその馬は、サイレンススズカ。
鞍上の峪穣曰く、『文句なしの絶好調』。
パドックを悠々と歩くその姿に、観客も、その言葉を疑いなどしなかった。
誰もが、サイレンススズカが1着になると疑わなかった。
観客席でも『どれだけ差を離して勝つのか』『レコードは出るのか』という話題で盛り上がる観客が居る。
それほどまでの、サイレンススズカ圧勝ムード。
―――故に、このような結末になると、誰も想像しなかっただろう。
『天皇賞秋、スタートしました!スルリと前に抜け出しましたサイレンススズカ、峪穣とサイレンススズカが予想通り先頭を行きます!!その後ろをオフサイドトラップ、サイレントハンターが付いて行きます!!』
『早くも8馬身くらいの差を付けて、サイレンススズカと峪穣が行っています!!!大きくカメラを引いても、まだ後続見え、いえ、ようやく見えましたサイレントハンターです!これも単独の逃げ、そこから後ろは6馬身程でしょうか!?』
『さぁサイレンススズカ、残り1000mの標識をどれ位か、今通過しました57秒台!!57秒台で通過した!?57秒台で通過しましたサイレンススズカ峪穣!!!』
57秒台、驚異の、次元が違う程の超ハイペース。
しかしサイレンススズカは、スピードが落ちるような事は一切なく。
東京競馬場の第4コーナー、大欅の前を通過して―――
『後続は大丈夫か!?捕まえる事は出来るのか!?サイレンススズカ、今、大欅の前を―――』
ゴキッ、と言う音を、1人の男が耳にした。
『―――通過して、あぁっと!?ここで手ごたえが……これはどうなんだ?抑えるような恰好……サ、サイレンススズカ!サイレンススズカに故障発生です!!!』
峪穣が懸命に抑えながら、コースの外にサイレンススズカを誘導していく。
その場に崩れても可笑しくない、だが、サイレンススズカは倒れることなく、コースの外側まで移動した。
『何と言う事でしょうか!?4コーナーを迎える事無くレースを終えましたサイレンススズカ!!沈黙の日曜日!!!』
どれだけの人が、1着となった馬がゴール板を駆け抜けたのを見ただろうか。
多くの人達が、第4コーナーの奥、折れた足でなお前に行こうとする栗毛の馬と、それを必死に抑える1人の騎手を見ていた。
『軽い故障であってくれ』と、『走れなくなっても、せめて命は助かってくれ』と。
誰もが、そう願った。
しかし、サイレンススズカの故障は、無情にも軽いモノでは無く。
―――――左前脚、手根骨粉砕骨折。
サイレンススズカ号は、『予後不良』と診断が下された。
少々駆け足気味ではありますが、天皇賞(秋)となりました。
すみません、これ以上細かく書くと私の心が死にそうなので……
この話を書くために、何度も何度もネットに上がってる『あの日』の動画を見返した結果、ちょっとメンタルにダメージが……
もっとさらっと流す事も可能ではあったかもしれません。
しかし、今後の展開の為には、ある程度描写する必要がありました。
自分のメンタルの許容量と、今後の展開の為に必要な描写量、天秤にかけた結果がこの位、となりました。
次回はアルゼンチン共和国杯、そしてもう1つ予定しております。
その後もう1話挟むか、挟まずそのままウマ娘編の予定です。