・『黒竜』と戦っていないのでLv.8のまま。
・フレイヤとも出会っていないので無愛想がデフォ
・喧嘩は無意識に売って意図なく煽る。
『お前がベル・クラネルだな』
たった一人の家族だった祖父が亡くなって半年後。その日の出会いを、ベルは昨日の出来事のように覚えている。
西に沈んでいく太陽の光に照らされて輝く稲穂の海にいたベルが声をかけられて振り向くと、そこには真っ黒な青年が佇んでいた。
長袖の黒シャツに黒い長ズボン、首には漆黒のマフラーを巻き付け、髪や瞳も黒曜石のように美しい黒だった。ちっとも笑わない相貌と全ての感情を封じ込めているように静かな眼差しも、この青年のものならひどく自然に思えた。
同性のベルでも目を奪われる容姿をしているこの青年と認識はない。なのに、青年はベルのことをハッキリと認知しているようだった。
『魔が差した、とでも言えばいいのか……あの竜だけは確実に勝てるとは思えないからな。彼女にも思い残すことがないようにしろと言われたのを思い出したから、友人の忘れ形見を一目見てから行くつもりだった……本当に、俺は救えないな。彼女に時間がないのを知っているのに、最低な真似をしようとしている』
ブツブツと、青年は顔に手を当てて独白を続けていたが、やがて自嘲の笑みを浮かべながらベルの前までやって来た。
青年とベルの身長差は大きく、手を伸ばせば届く距離まで近付けば首を上に向けなければ視線を合わせられない。更に青年の腰には、英雄譚の挿絵でしか見たことがないような立派な剣が佩かれている。
それでも、ベルは青年を怖いとは思わなかった。なぜなら――
『初めまして、ベル。俺の名はレイン』
涙は零れてないし、嗚咽だって聞こえない……だけど、ベルには青年が泣くのを必死に我慢しているように思えたのだ。
『君の叔母の友人で――君の兄だ。腹違いのな』
♦♦♦
「うわぁー! レインさん、オラリオです、オラリオ! ここからでももう見えますよ!!」
「……
「はっはっは、白い坊主は初めてオラリオを目にする奴等と同じ反応をするな」
「それに比べて真っ黒な兄ちゃんは醒めてるっつーか……夢がねぇな。人生損するぞ」
どうして思ったことを口にしただけでボロクソ言われるんだ――この世界の理不尽を体験したレインが渋面を作る中、馬車の上で揺れるベルは笑顔ではしゃいでいた。
故郷の田舎で生活している間、世界中を旅してきたレインに色んな話を――しつこくせがんだせいでウザそうな顔をされながら――聞いてきたとはいえ、実物を見るのはベルは初めてなのだ。それも大好きな英雄譚の舞台にもなっている迷宮都市!
富と名声、運命の出会いだって存在する『世界の中心』。鳥肌が立つくらいの興奮で心を震わせたベルは、
「ありがとうございます、おじさん! 僕、ここで大丈夫です!」
ここまで無償で運んでくれた気のいい行商に礼を言いながら飛び降りようとした。
「阿呆。危ないし、この距離を走れば到着する頃には汗で気持ち悪くなるぞ」
が、獲物に飛びかかる蛇のように伸びたレインの手に首を掴まれ、容赦のない力で荷馬車に引き戻された。ぐぇっ、と潰れたカエルのような汚い声が口から飛び出す。
示し合わせたかのような一連の流れに、年老いた御者とヒューマンの行商は面白そうに笑い、ベルは恥ずかしさで真っ赤になった。
その後、オラリオの入口である巨大な石壁に辿り着いたのだが、
「ベル、検問には一人で行け。オラリオの中で合流するぞ」
「え、えぇっ!? 僕一人で知らない人達と難しいやり取りをしろってこと!? っていうかレインさんは検問を受けないんですか?」
「だって長いし……面倒臭いし……門番がむさくるしい野郎だし」
「どれが本音ですか!?」
「冗談はさておき……困ることが二つある。一つはどうでもいいが、もう一つが問題だ」
「何ですか……?」
「――俺、指名手配受けてるから。下手したらずっとオラリオに入れない」
指名手配って何をしてそうなったんですか――繰り返し叫ぼうとしたベルにビンタをかまして黙らせ、レインはとんでもなく高い巨壁に接近していく。不思議なことに、ベル以外の誰もレインに注目しない。
痛む頬を涙目でさすりながらレインが何をするつもりなのか目を向けていると、レインは壁際でぐっと膝をたわめた。そのままばんっと跳躍し、凄まじい速度で上昇していく。そして壁の向こう側に消え、戻ってくることはなかった。
首が痛くなるほど上を見ていたベルは、信じがたい光景に目を見開いて茫然とするしかなかった。当然、周囲からは奇妙なものを見る目を向けられ、再び恥ずかしい思いをすることになる。
♦♦♦
「随分と遅かったな……ナンパでもしていたのか?」
「してませんよ! 荷物を置くための宿を探していたのと、レインさんが密入国しちゃったことを頑張って隠していたんです!」
「ああ、動揺して怪しまれた訳か。……バレなきゃ犯罪じゃないという名言を知っているか?」
「それはまごうことなき迷言です!?」
待ち合わせの場所に選んだのは『冒険者墓地』。ベルがオラリオにある名所の名前をここかバベルくらいしか知らなかったのと、単純にベルがここに来たがっていたからである。ベルもレインも『古代』の英雄達の墓に黙祷を捧げ、今はレインの荷物を置くために宿へ向かっている。
「ここです、ここ。一晩八○○ヴァリスでご飯は出ませんけど、三日なら二○○○ヴァリスにしてくれるんですよ」
寂れた街路に建てられた木造の宿の扉を開けながらベルが宿代やサービスの説明をする。
「ふん……これで一泊が八○○ヴァリスか」
宿の中を一通り見渡したレインが鼻を鳴らす。
二階へ上がっていったベルの姿を尻目に、
デコピンをするように指を弾く。――剣で斬られたように壺は真っ二つになった。店主の顔が一気に青ざめる。
「わ、悪かった。好きなだけタダで泊まってくれていいし、なんなら食事も付ける。だから嘘を吐いたことは秘密にしてくれ。な?」
媚びるような笑みを浮かべた店主が渡してきた金貨の詰まった袋に見向きもせず、レインは背を向けてベルのいる二階へ歩みを進める。
「無駄な欲をかいたな……その金が貴様の命の価値だ」
店主は汚らしい体液を垂らしながらへたり込んだ。
翌日、ベルは謎のサービスを受けて首を傾げることになる。
「また、断られた……」
半円上の広場で僕は落ち込んでいた。石の段差で首を垂れさせて落ち込む僕は、きっと職を失ったことを家族に打ち明けられない父親に似た雰囲気を纏っている。
「運がないのもあるが……見る目もないな、お前は」
「うっ!?」
呆れているのを隠そうともせずに放たれたレインさんの言葉が僕の胸を抉る。早い話、僕は入団を求めた全ての【ファミリア】にすげなく断られていた。ちなみに十連敗である。
気合いとやる気を漲らせて、派閥のエンブレムが飾られた
結果、僕は断られてレインさんは入団を許可された――『目が節穴の猿ばかりがいる見世物小屋に入る気はない』とレインさんは入団を拒否したが。あからさまに差別されて心を直接殴られた気分だったけど、少しだけ気が楽になったのは内緒である。
「言っておくが、お前も目が節穴の猿に含んでいるからな」
「ぐはぁっ!」
胸を押さえて蹲る。そうだ、レインさんの忠告に耳を貸さずに色んな【ファミリア】に突撃して断られたのは僕だった……。頭の悪い兎を見るようなレインさんの目がとても痛い。
「……時間はまだあるな。よし、ついてこい」
「え?」
ちっとも立とうとしない僕の側でずっと佇んでいたレインさんが急に動き出す。この人が一度やると決めたら相手の反応を待たずに実行するのは半年の生活で身に染みてわかっているので、気持ちを切り替えながら慌てて立ち上がる。
少し絶望するくらいある足の長さの差で距離は開いていたけれど、露店で『じゃが丸くん』なるものを購入していたのですぐに追いつけた。揚げた芋料理を一つくれたことに感謝をしながら尋ねてみる。
「あの、どこに行くんですか?」
「ついてくればわかる」
「……」
それっきり、レインさんは何も言わなくなってしまった。この人、口数が少ないのに加えて、無駄なことが嫌いだからなぁ……。潔く諦める。
人混みが存在しないかの如くすいすい進んでいくレインさんに置いていかれないよう必死に足を進める。初めて見る大都市の街並みに感動する暇も、周囲の様子を確認する余裕もない。はぐれてしまえば本当に迷子になってしまう。
人混みがまばらになってレインさんの横に並んだ時、僕はへろへろだった。貧弱な僕の醜態にレインさんは小さく息を吐き、歩く速度を緩めてくれる。自他共に男性に厳しいことを認めているレインさんだけど、なんだかんだ言って優しい。
「着いたぞ」
休憩を挟むことなく歩いていたレインさんがようやく止まった。そのことに安堵しながら、額の汗を拭って顔を上げ――引き攣った笑みを零してしまった。
そこにあったのは周囲の建物と比べて群を抜いて高い長大な館。高層の塔が槍衾のように集まり、赤銅色の邸宅がいくつも重なっている姿は炎を連想させる。最も高い中央塔では滑稽な笑みを浮かべる
「あの、レインさん……ここって、ひょっとして……?」
「ひょっとしなくても【ロキ・ファミリア】だ。それにしても意外だな。都市最大派閥で世界的にも有名になっているとはいえ、あの超絶ド田舎にいたベルが知っているとは」
「昨日、レインさんと合流する前に人から聞きました……」
疲れとは別の汗が噴き出してくるのがわかる。今まで入団を申し込んだのは人員募集中の無名に近い中小派閥で、有名な【ファミリア】は一つもない。僕のような田舎者が何から何まで世話されることが申し訳なかったのもあるが、大手の【ファミリア】は一切の入団を受け付けていないと聞いたからだ。
正門に立つ二名の男女、彼等はきっと冒険者だ。僕みたいな凡人とは存在感が違う。……そういえば、レインさんからは彼等みたいな存在感を感じたことがない。どうしてだろう? そう思ってレインさんを見たら教えてくれた。
「……自慢じゃないが、俺はお前や他の輩とは格が違い過ぎる。気の小さい奴が殺気をぶつけられただけで命を落とすように、俺が存在感を剥き出しにすればあらゆる生命体が死に絶える。気を強化する『
いくら騙されやすい僕でもこの話は信じなかっただろう。だけど、オラリオの巨大な壁を軽々と飛び越えたあの跳躍力を見れば、否定することができなくなる。
今になってこの人がとんでもない存在じゃないのかと悟った僕を置いて、レインさんは門番に近付いた。
「止まれ。何の用だ」
「腰の得物を見るに入団希望者か?」
「まだ俺は決めていない。が、アイツは入団希望だ」
ちょっとぉ!? まだ心の準備ができてないんですが!? 大派閥の団員から測るような眼差しを向けられ、僕は慌てふためきながら直立した。通りすがりの住人にクスクスと笑われ耳が真っ赤になる。
「細いな。これまでに武器を振ったことはあるのか?」
「ない。得意な武器もこれから探す予定だ」
「……前職は何だ?」
「強いて言うなら農民だ。農具を使ってたから多少力はあるだろう」
「――話にならん」
変化はすぐだった。
「栄えある【ロキ・ファミリア】に武器も持たずにノコノコ現れ、更には前職が農民だと?
測る眼差しが侮蔑の視線になって、声音は僕を嘲笑うものになった。周囲の人達からも『身の程を弁えろ』と失笑や舌打ちをぶつけられた。
「ここには農民だった者がいると記憶しているが」
「ラウルさんのこと? あの人を貴方達みたいな田舎者と同列に扱わないでほしいわね。ロキ直々に眷属に選ばれ、今では団長の後釜として期待もされてるの。そこの子は見るからに才能ないじゃない」
(才能の有無を見分ける目はお前にはないがな)
「なんですかその目?」
「別に」
手足から熱が失われていく。胸に穴が開いたような虚無感が生まれる。寂しさと悔しさで涙が滲む。
ここから恥も外聞もなく逃げ出したかった。けれど、唯一の拠り所であるレインさんから離れることができない僕は反論の余地もないほど弱かった。痛いほどに手を握りしめて会話が終わるのを待つ。
「さっさと消えろ薄汚い田舎者。そろそろ幹部の皆さんが『遠征』の後始末から帰って来るんだ。邪魔になる前にどいておけ」
「……最後に聞きたい。ここで一番Lv.が高い者は誰だ?」
「はぁ? これだから田舎者は……【
「そうか、よくわかった」
レインさんがこちらにやって来る。よかった、やっとこの居心地の悪い場所から解放される――
「行くぞ。こんな
――空気が凍り付いた。
どこまでも冷たく、しんと静まり返った表情で吐き捨てられた侮蔑。なのに瞳は透き通っていて、僕は今の侮蔑をこの人が口にしたと信じられなかった。
「貴様、今なんと言った!!」
「……? 蛆虫派閥と言ったんだが、聞こえなかったのか? 『
真っ赤になって怒鳴り散らす男性団員に対して、レインさんは心底不思議そうな顔をして首を傾げる。そこに誤魔化す気が一切ないと嫌でもわかった。
当然、【ロキ・ファミリア】の怒りは凄まじいことになった。男性団員は怒りを隠そうともせずに武器を抜き放ち、女性団員は武器を抜いてはいないものの、逃がす気はないのかこちらに近付いてくる。凄惨な光景を予期した住民は急いで逃げ出し、荒くれや冒険者は見物だと言って立ち止まる。
「捕縛します。痛い目にあいたくないなら抵抗しない方がいいですよ」
「いいや、それだけでは生温い。ハッキリと後悔する痛みを与え、衆目の前で謝罪させねば【ロキ・ファミリア】の矜持に傷が付く!!」
「そんな真似をした方が矜持に傷が付くぞ……脳みそが筋肉なのか?」
レインさん、謝りましょうよ――そう促す前に放たれる煽り文句。頭から一気に血が引いた瞬間、【ロキ・ファミリア】の団員の姿が消えた。
そして――
「がばっ!?」
「へ、ぅ――?」
バキンッ!! ドゴッッ!! と凄まじい金属音や衝撃音がしたかと思えば、女性団員が目の前で膝から崩れ落ちていた。その近くには男性団員の持っていた剣が半ばから折れて地面にめり込み、肝心の男性団員は館の上階層から足だけが見えた。意識を失っているのか、どちらも起き上がって来る気配がない。
「今の内に行くぞ」
周りの人と同じように理解に努めていた僕はいつの間にかレインさんに抱えられていて、一気にこの場を離れていくことに微塵も抵抗することができなかった。
(せめて気持ちだけ――ごめんなさい!)
♦♦♦
「うぇぇぇ……」
ベルが排水溝に胃の中の物をぶちまけている。無理もない、その身に釣り合わない速度で動き回ったのだから。何度もえずく姿を見ていると流石に可哀想に思えたので、背を優しくさすっている。本気で走ってたら上半身と下半身が泣き別れしてたぜ、のブラックジョークは今度に取っておこう。
しかし、先程の【ロキ・ファミリア】には失望しかない。レインの実力を見抜けず、自身の力を過大評価しており、更には他者の功績を自分のものと勘違いする始末。あんなのを眷属にする神の気が知れない。きっと胸も頭も中身が詰まってない残念な神なのだろう。
そして未だにLv.6で燻っている無能ども。七年前の『大抗争』で仲間を失ったんじゃないのか、己の無力を自覚したのではないのか、更なる力を求めて進み続けることを誓ったのではなかったのか――失望を通り越して殺意が湧く。逃走の最中に『都市最強』と呼ばれる冒険者もLv.7で止まっていると聞いて、ついついベルを力一杯締め付けるところだった。
「うぼろぉぇぇぇ……!」
「いや、いつまで吐いてるんだ」
ベルの吐瀉物の音と匂いで思考が中断される。レインは精一杯気を遣って走ったので、これはベルの三半規管の問題だろう。面倒だが鍛えてやらねば、と密かに決意するレイン。
「それでどうする。最大派閥があんな団員しかいないようなこの都市で、まだ入れてくれそうな【ファミリア】を探すのか? 下位の派閥ならあれより酷いのが多いぞ」
「……」
【ロキ・ファミリア】の蔑みの声と眼差しは、ベルにとって惨めで悔しかっただろう。善人ばかりがいた田舎ではぶつけられることのなかった『悪意』に晒され、心が挫けそうになっている。
しょうがない……頑張って慰めの言葉を捻り出したレインが口を開こうとしたその時、
「おーい、そこの君ぃ。さっきからすっごい吐いてるけど大丈夫かい?」
白い少年は――慈悲深い竈の女神と出会った。
レインと【ロキ・ファミリア】の戦い。
男性団員が振り下ろした剣を踏ん付けて地面に埋め、動きが止まったところで剣腹を蹴って破壊。流れるように回し蹴りをぶち込んで吹っ飛ばす。
女性団員は顎に掠めるように拳を放ち、脳を揺らして気絶させた。もしこれで気絶しなかったら首の後ろを思いっきり手刀で殴ってた。こちらだと痣になるので初撃で気絶してよかったね。
ちなみにレインさんと呼んでいるのは「兄さんと呼ばれるのはむず痒い。それにいきなり現れた男を兄と呼ぶのはお前も抵抗があるだろう?」と言われたからです。