9-nine-つきいろつきものつきあかり   作:木炭鉢

1 / 4
「あら、随分久しぶりね」
「どうしたの、話し相手でも欲しくなった?」
「……冗談よ、怒らないで」
「大丈夫、これで上手く行くはず」
「でも忘れないで」
「私が、あなたが、どれだけ手を尽くしても」
「最後に選ぶのはあの子自身よ」
「でも、そうね」
「彼女の協力が得られれば、あるいは」
「……本当に察しが良いのね、あの子と同一存在とは思えない」
「さぁ、行ってらっしゃい」

「これを言うのは2回目ね」
「頼んだわよ、ナイン」



「1日目」

*****

 

 ―――――風の音が聞こえる。

 どこか寂し気なそれは、5月の夜を流れていく。

 人の温度が消えた空間で、それは酷く冷たい。

 あるいは単純に、高度が高いせいだろうか。

 住宅街の一角、マンションの屋上。

 夜景を一望できるその場所で、まずは両手の動作を確かめる。

 指先から、1本ずつ折り曲げる。

 拳を作り、開き、また握る。

 

感触が無い。

 強力な麻酔を掛けられたまま無理に動かしたような、不快な痺れだけを感じた。

 動く気の無い肉体を動かしているのだから、当然か。

 

 時間を掛けてようやく制御できた両足で立ち上がる。

 一度動けば簡単なもので、階段を下り、オートロックの内鍵を開け、外に出る。

 そのまま目的地へ歩き出す頃には、既に自分の体と遜色無いほどに動かせるようになった。

 やはり人間は、歩める生き物なのだと思う。

 

 九十九神社。

 全ての始まりの場所。

 人知れず神を失った境内に、砂利を踏む音だけが響く。

 目を向けた先、古びた本殿の隙間から、現代都市では滅多に見ることの無い橙色の光が漏れていた。

 

<コン、コン>

 

 乾いたノックの音に、跳ねるような気配。

 

「誰……?」

 

 警戒心がありありと浮かぶ声は、しかしどこか滲むように弱弱しい。

 

「驚かせて、すみません」

「!!」

 

 息を飲む音。

 間髪入れずに足音が響く。

 慌ただしく開かれた扉の向こうで、彼女はただ茫然と、こちらを見た。

 

「……」

「…………え?イメチェン?」

「え?」

 

 予想打にしない応答に、お互いの時間が止まる。

 先ほどまでの空気が一気に軟化した。

 

「いや、髪とか、それカラコン?目が真っ赤っか」

「え?」

「ちょーっと待ってー……パシャっとな、ほいよ」

 

 巫女装束の懐から取り出したスマホで手早く写真を撮り、こちらに見せてくる。

 そこに映っていたのは、慣れ親しんだ男の顔。

 けれど、その毛髪は白銀色に染まり、瞳は白うさぎのように赤く染まっていた。

 

「え!?」

「どしたの突然、ぼっち拗らせ過ぎておかしくなった?」

「いや、いやいやいや!」

「うぅ、ごめんね……先生、気づいてあげられなくって……」

「止めてください、やめろ!可哀そうな物を見る目でこっちを見るな!」

「ま冗談はここまでにしておいて」

 

 ため息を吐くようにして、彼女は尋ねる。

 

「それ、アーティファクトのせい?」

「……でしょうね」

「副作用みたいな?大丈夫?」

「今はなんとも」

「そか、取り合えず中入って、こんな時間にコソコソしてると怪しまれるから」

「分かりました」

 

 本殿の扉が閉まる。

 短くなった蝋燭の炎が揺らめく中、姿勢を正した彼女はポツリと、こぼす様に尋ねる。

 

「全部、終わったってことで良いのかな」

「その事で、ちょっとお話が。ソフィ?」

 

 呼び掛けると、何もない空間に歪みが生じ、形容しがたい闇色のゲートが現れた。

 その内から顔をのぞかせたのは、馴染みのある不気味な人形。

 大きな耳と体を真っ二つに割るファスナーが特徴的なマスコットは、その体を半分だけ出して、訝しむようにこちらを伺っている。

 

「……どういうこと」

「警戒するのも無理は無い、ちゃんと説明するから、何でも聞いてくれ」

「……」

 

 ふぅ、と息をつき、観念したように全身を見せる。

 

「え、何かモノモノしい雰囲気……」

「すみません、先生。少しそこで聞いていて下さい」

「あいよ、私にも分かる言葉で話してね」

 

 ふわふわと浮かぶ幻体は質問を考えているのだろう、しばらく沈黙し、やがて口を開いた。

 

「率直に聞くわ、あなた、誰?」

 

 首を傾げる先生。

 確かに毛髪も瞳も色が変わっているとは言え、判別ができないほどの変化ではない。

 その空気を感じ取ったのか、ソフィはこう続けた。

 

「見た目は多少違うけれど、姿形も声色も翔その物、けれど魂の気配が異なっている。そして何より―――――ごめんなさい、沙月。これから少しショックなことを言うわ」

 

 と、少し間を置いて。

 

「新海翔、私たちが良く知るあの子は、既に死んでいるの」

「………………ぇ」

 

 時間が止まったかのような沈黙の最後に、辛うじて吐き出した息が音になり、消えた。

 

「正確には、"止まった"と言うべきかしら。イーリスを倒す為、限界を超えてアーティファクトを行使した代償に、疲弊した魂は完全に停止した……私の目の前で」

「魂の死は肉体の死、後は塵になって消えるだけ、か?」

「……」

「すまない、警戒させたい訳じゃなかった。不快にさせたなら謝る」

「ハァ」

 

 何度目かの息を吐く。

 ある程度の察しが付いているのか、どこか飄々とした様子だった。

 

「あの、えっと、その」

 

 堪え切れないと言った具合に、彼女は声を出した。

 言葉を探す様に間を取って。

 

「本当に、翔は」

「はい」

 

 明言は避けた。

けれど怯えるようにビクンと震えた彼女は、きっと、理解したのだろう。

 理解して尚、分からないという風に。

 

「でも」

「自己紹介、しましょうか」

 

 長引かせてはいけないと、そう思った。

 

「俺は"ナイン"……オーバーロードのユーザーです」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。