9-nine-つきいろつきものつきあかり   作:木炭鉢

2 / 4
第2話

*****

 

 元々の提案はソフィからでした。

 あ、“ここ”にいるソフィではなく、“先”のソフィからの、ですが。

 イーリスを打倒した枝は剪定することができない。

 この世界線は、彼らが迎えた悲劇を抱えたまま、当然のように前に伸びていくしかない。

 けれどそうした場合、1つ問題が生じました。

 残されたアーティファクトを回収する人間が、誰も残っていない。

 結果、アーティファクトユーザーが暴走し、力を乱用し、未来は大きく変わってしまった。

 それは、1つの枝に収束することが出来ないほどに。

 

 そこで、俺の出番です。

 相棒の……新海翔の同一存在である俺が、魂が停止する間際の彼に干渉し、肉体の崩壊を食い止める。

 ソフィの世界では、魂の研究が進められていました。

 当然です、あちらの世界の人間は魂と肉体の依存関係が深い。

 こちらの世界の人間とは、そもそも構造が違います。

 魂を修復すれば肉体が回復し、逆に魂を損傷すれば、それは傷として肉体を侵食する。

 アーティファクトに魂を攻撃する事を目的とした物が多かったのは、それが大きな要因だと、ソフィが言っていました。

 

 けれど、こちらの世界の住民はそうじゃない。

 だからこそ、肉体の物理的な法則のみに特化し、発達した“医療”という技術がある。

 盲点だったと、そう言っていました。

 ソフィはもう察しが付いていると思います。

 作ったんです、肉体の修復に焦点を当てたアーティファクトを。

 異世界の未知の技術を無理やり既存の技術に落とし込んで、多干渉にならないように、全てを秘密裏に。

 長い時間が掛かりました。

 途方もなく、長い時間が。

 

 けれど、それは完成しました。

 その頃には、俺もオーバーロードのユーザーとして成長していました。

 ……練習のためとは言え、他の枝の翔には少し悪いことをしましたね。楽しそうにしている時に限って、何度も所有権を奪われて。

 

 そして、条件は整いました。

 ソフィから肉体再生のアーティファクトを譲り受けて、この枝へ飛んで。

 後は、ご覧の通りです。

 

「体は翔くんで、魂がナインさん?」

「はい。最初は紛らわしい反応をしてしまって、すみません。ただ、ワザとではなくて、あれが素の反応なんです」

「そっか、魂が一緒なんだっけ」

 

 言って、彼女は。

 

「性格まで似てるなんて、ちょっと変な感じだね」

 

 寂しそうに、そう笑った。

 

「そっか、あなたが翔くんの代わりに、終わらせに来たんだね。そっか……そっか」

 

 静かに繰り返す。

 教員という役職だからだろうか。

それとも単に、大人なのか。

 現実を前に平静を保とうとしている彼女の姿が、どこか痛々しく映る。

 

「成瀬さん」

「……はい」

「翔のこと、どう思ってますか」

「はい?」

「ぶっちゃけ、愛せますか」

「はいぃ!?」

 

 突然の話題転換に、彼女は悲鳴のような声を上げた。

 ……こんなリアクションもするのか。

 

「え、ちょ、え!?何、突然何!?」

「ああ、と、すみません。また説明不足で……ソフィとの会話に慣れるとダメだな」

「ちょっと、私のせいにしないで」

 

 間髪入れず飛んできた講義に苦笑で返す。

 

「俺は決してふざけているわけではなくて、大切な事なんです。翔の現在の魂の状態は、さっきソフィが言ってましたよね」

「えっと、なんだっけ、ああもう、なんか頭がゴチャゴチャするぅ……止まってる?とかなんとか」

「はい。言葉の通り、動くことを止めているんです。翔本人の意思で」

「……意思?」

「簡潔に言えば、翔は消えたがっている」

 

 その言葉に一瞬目を見開き、けれど納得したように目を伏せる。

 分かってはいるのだろう。

 それでも、あえて言葉を紡ぐ。

 

「この枝では、失った物が多過ぎた。自分を導いてくれた同級生が、幼い頃から隣に居た妹が、敵同士からようやくお互いを理解できた先輩が、再開を誓った最愛の恋人が……そして、憎み切ることができず、それでも最後は自らの力で命を奪った、友が」

 

 気のせいか、ほんのりと、心臓が熱を帯びたような気がした。

 

「瞼を閉じれば、歩みを止めれば、その全てが終われるんです。他の枝で幸せに過ごす、そのたったひとつの犠牲として、彼は満足して眠ることができる」

 

 でも、と言葉を紡ぐ。

 

「翔は生きるべきだと思います。この先、もしかしたら、救いなんて無いのかも知れない。より多くの絶望が、その心を蝕むかも知れない」

 

 言葉を。

 俺の、心を。

 

「でも、それでも」

 

 紡ぐ。

 届くように。

 

「……生きて欲しいんです、たったひとりの、相棒なんです」

「……」

「まだ間に合う、今ならきっと―――――だから、お願いします」

 

 頭を下げる。

 

「翔の恋人になってあげて下さい!」

「だからぁ!説明足りてなーーーーーい!」

「いやだから、素敵な恋人でも作ってサクッと希望を持って貰おうと」

「だーかーらー!なんで私!?私、教師!翔くんは教え子!しかも親戚!数え役満でしょー!」

「でも翔の初恋って先生ですよ?」

「はいぃ!?」

「あら、そうなの?」

「別の枝で妹さんと2人で話してたところ聞いちゃって、ぶっちゃけるとこの作戦思いついたのそれが原因だったり」

「は、え、嘘!?冗談じゃなく!?」

「その頃は恋人が居るフリしてたんでしたっけ。それで自然消滅して、気づいたら今の距離感に落ち着いたとかで」

「あぁ~……やけに交友関係聞いてきた時期あったような……心当たりあるわぁ~……」

「真面目な話をすると」

 

 混濁した会話を断つように切り出す。

 

「翔は今、他人から認識されない状態にあります」

「…………そか、言ってたね」

 

 ああ、うう、と唸っていた彼女はピタリと動きを止め、真剣な面持ちを取り戻す。

 

「先生だけなんです。ソフィでも俺でもない、先生だけが翔に寄り添い、触れることができる……身勝手な話だと思います、困惑も当然ですよね」

 

 だから、と間を置き。

 

「時間を作ります。先生が、答えを出す時間を」

「世界の全ては答えを出すまで、可能性に過ぎません。正しさも間違いも、あなたが選び、あなたが決めることです」

「……そろそろ、接続が切れます」

 

 後半の方は、ちゃんと声に出ていただろうか。

 ノイズの混じり始めた視界で、最後に告げる。

 

「1週間後に、また来ます」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。