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元々の提案はソフィからでした。
あ、“ここ”にいるソフィではなく、“先”のソフィからの、ですが。
イーリスを打倒した枝は剪定することができない。
この世界線は、彼らが迎えた悲劇を抱えたまま、当然のように前に伸びていくしかない。
けれどそうした場合、1つ問題が生じました。
残されたアーティファクトを回収する人間が、誰も残っていない。
結果、アーティファクトユーザーが暴走し、力を乱用し、未来は大きく変わってしまった。
それは、1つの枝に収束することが出来ないほどに。
そこで、俺の出番です。
相棒の……新海翔の同一存在である俺が、魂が停止する間際の彼に干渉し、肉体の崩壊を食い止める。
ソフィの世界では、魂の研究が進められていました。
当然です、あちらの世界の人間は魂と肉体の依存関係が深い。
こちらの世界の人間とは、そもそも構造が違います。
魂を修復すれば肉体が回復し、逆に魂を損傷すれば、それは傷として肉体を侵食する。
アーティファクトに魂を攻撃する事を目的とした物が多かったのは、それが大きな要因だと、ソフィが言っていました。
けれど、こちらの世界の住民はそうじゃない。
だからこそ、肉体の物理的な法則のみに特化し、発達した“医療”という技術がある。
盲点だったと、そう言っていました。
ソフィはもう察しが付いていると思います。
作ったんです、肉体の修復に焦点を当てたアーティファクトを。
異世界の未知の技術を無理やり既存の技術に落とし込んで、多干渉にならないように、全てを秘密裏に。
長い時間が掛かりました。
途方もなく、長い時間が。
けれど、それは完成しました。
その頃には、俺もオーバーロードのユーザーとして成長していました。
……練習のためとは言え、他の枝の翔には少し悪いことをしましたね。楽しそうにしている時に限って、何度も所有権を奪われて。
そして、条件は整いました。
ソフィから肉体再生のアーティファクトを譲り受けて、この枝へ飛んで。
後は、ご覧の通りです。
「体は翔くんで、魂がナインさん?」
「はい。最初は紛らわしい反応をしてしまって、すみません。ただ、ワザとではなくて、あれが素の反応なんです」
「そっか、魂が一緒なんだっけ」
言って、彼女は。
「性格まで似てるなんて、ちょっと変な感じだね」
寂しそうに、そう笑った。
「そっか、あなたが翔くんの代わりに、終わらせに来たんだね。そっか……そっか」
静かに繰り返す。
教員という役職だからだろうか。
それとも単に、大人なのか。
現実を前に平静を保とうとしている彼女の姿が、どこか痛々しく映る。
「成瀬さん」
「……はい」
「翔のこと、どう思ってますか」
「はい?」
「ぶっちゃけ、愛せますか」
「はいぃ!?」
突然の話題転換に、彼女は悲鳴のような声を上げた。
……こんなリアクションもするのか。
「え、ちょ、え!?何、突然何!?」
「ああ、と、すみません。また説明不足で……ソフィとの会話に慣れるとダメだな」
「ちょっと、私のせいにしないで」
間髪入れず飛んできた講義に苦笑で返す。
「俺は決してふざけているわけではなくて、大切な事なんです。翔の現在の魂の状態は、さっきソフィが言ってましたよね」
「えっと、なんだっけ、ああもう、なんか頭がゴチャゴチャするぅ……止まってる?とかなんとか」
「はい。言葉の通り、動くことを止めているんです。翔本人の意思で」
「……意思?」
「簡潔に言えば、翔は消えたがっている」
その言葉に一瞬目を見開き、けれど納得したように目を伏せる。
分かってはいるのだろう。
それでも、あえて言葉を紡ぐ。
「この枝では、失った物が多過ぎた。自分を導いてくれた同級生が、幼い頃から隣に居た妹が、敵同士からようやくお互いを理解できた先輩が、再開を誓った最愛の恋人が……そして、憎み切ることができず、それでも最後は自らの力で命を奪った、友が」
気のせいか、ほんのりと、心臓が熱を帯びたような気がした。
「瞼を閉じれば、歩みを止めれば、その全てが終われるんです。他の枝で幸せに過ごす、そのたったひとつの犠牲として、彼は満足して眠ることができる」
でも、と言葉を紡ぐ。
「翔は生きるべきだと思います。この先、もしかしたら、救いなんて無いのかも知れない。より多くの絶望が、その心を蝕むかも知れない」
言葉を。
俺の、心を。
「でも、それでも」
紡ぐ。
届くように。
「……生きて欲しいんです、たったひとりの、相棒なんです」
「……」
「まだ間に合う、今ならきっと―――――だから、お願いします」
頭を下げる。
「翔の恋人になってあげて下さい!」
「だからぁ!説明足りてなーーーーーい!」
「いやだから、素敵な恋人でも作ってサクッと希望を持って貰おうと」
「だーかーらー!なんで私!?私、教師!翔くんは教え子!しかも親戚!数え役満でしょー!」
「でも翔の初恋って先生ですよ?」
「はいぃ!?」
「あら、そうなの?」
「別の枝で妹さんと2人で話してたところ聞いちゃって、ぶっちゃけるとこの作戦思いついたのそれが原因だったり」
「は、え、嘘!?冗談じゃなく!?」
「その頃は恋人が居るフリしてたんでしたっけ。それで自然消滅して、気づいたら今の距離感に落ち着いたとかで」
「あぁ~……やけに交友関係聞いてきた時期あったような……心当たりあるわぁ~……」
「真面目な話をすると」
混濁した会話を断つように切り出す。
「翔は今、他人から認識されない状態にあります」
「…………そか、言ってたね」
ああ、うう、と唸っていた彼女はピタリと動きを止め、真剣な面持ちを取り戻す。
「先生だけなんです。ソフィでも俺でもない、先生だけが翔に寄り添い、触れることができる……身勝手な話だと思います、困惑も当然ですよね」
だから、と間を置き。
「時間を作ります。先生が、答えを出す時間を」
「世界の全ては答えを出すまで、可能性に過ぎません。正しさも間違いも、あなたが選び、あなたが決めることです」
「……そろそろ、接続が切れます」
後半の方は、ちゃんと声に出ていただろうか。
ノイズの混じり始めた視界で、最後に告げる。
「1週間後に、また来ます」