さすが曹軍、冷静な判断ができる将がいるのか、全滅する前に急いで撤退していった。
ただ、隣の孫公祐様が「曹操が行商人に負けたと広めてやるか」と呟いていたので、今無事に帰れたとしても、無事では済まなくなるのだろう。
心の中で合掌しながら、すでに始められている戦利品漁りに自分も加わった。
まずは石に混ぜて発射していた、庚申薔薇の茎の回収から始める。これをどけないと、倒した曹軍の兵の身ぐるみを剥ぐこともままならない。
回収したら農地の周囲にばら撒いて、兎や猿などの害獣避けや害獣捕獲罠に転用可能なのもあってか、皆こぞって竹筒の中に集めている。
確かに、畑を荒らす害獣を捕らえて貴重な肉にできた時の喜びは語り尽くせないほどだから、真剣になるのも当然だ。特に、蕪や大根の皮を積み上げた中に薔薇の茎を混ぜた釣り餌で猪を弱らせ、捕獲し、猪鍋にできた時などは最高だろう。刻み白葱を混ぜ込んだ豆醤(まめひしお)を塗りたくると、いい感じに臭みが消えてこの世のものとは思えないほどの味になる。
庚申薔薇は、重ね着した麻布すら容易に貫通するほど棘が鋭く注意が必要だが、意外と人気があるのがよく分かる光景だ。花の部分を恋人や伴侶に贈っても喜ばれるし。
そうして戦利品の収集が進行する中、丘の向こう側から、劉玄徳軍の伏兵部隊が姿を現した。選りすぐりの弓兵というのは伊達ではなかったようで、あの正鵠を射る火矢の奇襲が勝敗を分けたと言っても過言ではない。
回収した戦利品、主に曹軍の武具の大半が報酬として彼らに渡されるようだが、あれだけの働きを見せられれば納得だ。
それに、我々にも得るものが無かったわけではない。曹軍の焼け落ちた荷台から、無事な酒壺が4、5個見つかった。これで酒宴を開けるとあらば、わずかな不満だって吹き飛んでしまう。
村の仲間が嬉々として竹の水筒を空にし、孫公祐様と劉玄徳軍の兵に続いて酒盛りを始めるのも無理からぬこと。角言う俺もさっさと酒を貰いに行って談笑に混ざりに行った。
話をしていくうちに、話題がことの発端である闕宣へと流れていき、興味深い裏話が出始めて思わず体ごと耳を傾けてしまった。
なんでも、闕宣は呂布並みに倫理観の飛んでる曹孟徳に危機感を抱き、倒そうとしていたらしい。
闕宣曰く、曹孟徳は都に弓引き、さらには、正義のためと宣って都の周囲の村で略奪を行った危険人物である。イナゴの如き大軍を維持するには、運んでくる食糧があろうと足りるはずがないのは誰の目にも明らかで、飢えで自滅していないのがその証拠。そんな奴が初めて得た領地で大人しくしているはずがなく、さらに、略奪は董卓の仕業だと喧伝して反省の色までないとくれば、最早滅ぼす他ないと。
もちろん、それにあたって闕宣も計画は立てていた。略奪で挑発してから防備を固くした自陣の砦におびきよせ、食糧が尽きたところを見計らって後ろから襲い、曹軍を壊滅させんとした。結果はあの通りであったが。
何故こんなことになったのか、顛末は明らかになったが、かえって解決が難しい問題になったことまで判明してしまった。
「これは泥沼の戦いになりそうだな・・・」と孫公祐様が呟いたが、全くその通りだ。先に殴ってしまったのなら、こちらから落とし所を提示することが難しいから。相手が戦力面で勝り、戦に自信を持っているのであれば、尚のこと。
主力兵が壊滅した徐州が、倫理感の壊れた曹孟徳相手にどうすれば生き残れるのか、秘策が欲しいところだ。
おや?孫公祐様がなにやら考え込んでいる。もしかして秘策を考えついたのだろうか。