戦闘が終わり、一先ず各々の村に帰ることになった。勿論相手が撤退したのもあるが、なにより食糧が尽きてしまったからだ。
勝利の宴によって凄まじい勢いで兵糧が無くなるのに合わせ、孫公佑様の笑顔が引きつっていくのを見た時は背筋が凍った。今、全員正座をしながら孫公佑様の話を聞いているのはそういうことなのだろう。
帰路の中で各自食糧を調達しつつ戻らなければならなくなったが、罰も兼ねているようだ。曹軍により近隣の村が荒らされ、現地徴収ができないのもあるだろうが。
(まあ、こいつ捕まえればいいんですけどね。)
痺れる足を宥める振りをして足元に手を伸ばすと、掌の中でソレがもがいている。ソレとは何か。そう、蝗である。
田舎に生きるものにとって、まま一般的な非常食である、蝗だ。
種類や時期によっては中身がスカスカで食えたものではない場合もあるが、時には川の小海老に迫るくらいの味がある。肉をなかなか摂取できない時や害虫駆除で取りすぎた時などは、よく食卓に上がるものだ。
さりげなく空になった竹筒に押し込み、立ち上がって同郷の朋友の後に続く。この後も、皆で道々蝗を集めることになるだろう。
宴会中の孫公佑様の思案顔と、覚えていないが何か話をしていた事実が頭にこびり付きつつも自分たちの村へ歩を向けた。
ある程度の距離を進むと、誰ともなしに石で簡易な竃を作り、火を起こし始める。そろそろ休憩の頃合いのようだ。
思えば喉も乾いていたので、今まで道標代わりに辿ってきた小川に竹筒を浸す。川は水源の他に、短時間で変化しない特徴的な景観により、遠出に際して分かりやすい指標にもなるので本当に有難い。
さらに水汲みを終えたら、蝗の脚や羽をむしる作業に入る。口の中に引っかかって食感が良くないからだ。それを串焼きにし、火にかけているとエビのような香ばしい匂いが漂ってくる。そこへ灰をかけてしばらく待ち、しっかり焼け目が付いて塩味が染み込んだなら完成だ。猪のような臭みもないので、葱などの臭み消しがいらない点が手軽でいい。
火が通った串焼きをトン、トン、と叩き、塩味と異なり中に染み込まなかった灰を落とす。これで塩味・苦味が丁度良い塩梅になる。
各々に串焼きが手渡され、それが次々と口に入れられると、サクサク、カリカリという音が辺りに響き始める。灰の付いた表面の殻が歯で剥ぎ取られ、内側の薄皮が噛み切られていく音だ。
薄皮が突き破られていくと、その下にはしっかり火が通りつつも滑らかな食感の肉が顔を出す。エビのような旨味と染み込んだ塩味・苦味が舌の上に広がり、思わずまた酒が欲しくなる。
息で冷ましながら熱々の塩焼きを食うのはどうしてこうもうまいのか。湯冷ましの水を飲み干して一息つくと、また体力が湧いてきた。
日が暮れる前に村に着かなければいけない事もあり、皆重い腰を上げて出立の準備を始めている。焚き火の一部を松明にして、遭遇し得る狼・猪・熊に備えつつ出発だ。
この松明というのが野生生物相手には案外馬鹿にできない。近距離であれば本能的に恐れさせる火での威嚇を、遠距離であれば火の光や煙により詳細な探知の妨害をし、獲物と認識しにくくさせるのだ。戦闘の回避による防衛力という点では、剣や鎧よりも頼りになる。
松明の灯りが煌々と輝き、まるで落ちゆく夕日がもう一つあるかのようで、心なしか気分が高揚してくるのは何故だろうか。その煙で蚊や虻が寄り付きにくくなり、普段よりもずっと歩きやすいのも相まって、全員の歩調が少しだけ早くなっていた。
長い道のりを踏破して村が見えてきた。それと同時に知らず張っていた緊張の糸が緩んで・・・っ!?
ドドドドドドドドッ
無事故郷に着くと歓声に迎えられるかと思いきや、村の皆が一斉に突撃してくる衝撃に襲われた。後に、全員生きて帰ったか気になった為だと理由を聞かされたのだが、心臓に悪いにもほどがある。
何はともあれ勝利の一報に村が沸き立ち、そのまま2回目の宴となった。今度は村の食糧も使えるため、より豪勢なものが並び立っている。塩漬け肉や雀の焼鳥、醤に蕪の漬物と、大盤振る舞いだ。
飲んで騒いでの大騒ぎで、しまいには疲れてそのまま眠ってしまった。
その裏で、酒のもたらす凶報がそろりそろりと迫っていることに気付かずに。
翌朝、皆が鈍痛を訴える頭を抑えつつ雑魚寝から起きると、早々にとある事が発覚した。それは、圧倒的な物資の不足だった。普通に生活する分には問題ないのだが、曹軍を相手取るには全くもって足りないことが糜竺様からの情報で判明した。
徐州各地における連敗に、曹軍による収奪によって、武器も食糧も相当欠乏しているようなのだ。次の曹軍の攻撃を跳ね返すには、現状では不可能という他ない。本来ならなんてことない先日の浪費が、ここに来て事態をより深刻にしている。
とにかく、今からしなければならないことがはっきりした。それは、今後に向けた物資の増産である。
次の曹軍の襲撃を考えるなら、急いで補填・貯蔵しなくてはいけない。劉玄徳及び糜竺様によると、曹軍は先の戦闘による想定外の被害や袁家との小競り合い等ですぐには攻めてこられないとのことで、恐らくこの二朔望月(月の二週期)が勝負を分ける。
まず、保存の効く食料からだ。一朔望月(月の一周期)と半ばで収穫可能な小蕪の栽培を増やし、漬物にする計画を進めていく。それと並行して、魚や兎、猪の狩りをし、塩漬け燻製肉の増量を推し進める。もちろん塩の調達も必須なので、徐州の東の、海に接する村からの買い付け量も増やす。
ここまですれば、いざという時に食料が無いという事態は避けられるだろう。
また、竹などの汎用資材も忘れてはいけない。木材に比べて軽く、建築材・武器・防具・鳥獣用罠・燃料と色々な面で転用ができるので、あればあるほど良い。そのため、曹軍に蹂躙され、無人となってしまった西の村の竹林をどんどん刈りとっていくことになった。竹は生育が早いので、少し残しておけばむしろ太くて良い竹が次々伸びていくはずだ。
さらに、水の調達方法の安定化にも取り掛かる。仮に曹軍の攻撃を跳ね返せるようになっても、水を絶たれれば容易く滅ぼされるに相違ない。そこで着目されたのが、川、井戸に続く第三の水源たる雨で、伐採した大量の竹を活用してより着実に集めることに。
縦に割って内部の節を抜いた竹と、先端を弧の形にへこませた竹竿、口を斜めに切った竹筒を組み合わせれば、雨水収集器の完成だ。それらを屋根の端付近へ横並べに設置することで、大地に落ちる雨水をも回収し、潤沢な水資源を得られる目算である。
これで、食糧、資材、水に困ることはなくなるはずだ。投石や馬防柵などを駆使し、足止めと遠距離戦に徹すれば曹軍相手でも持ちこたえるのは不可能ではないだろう。たぶん。恐らく。きっと。
「いや、段々不安になってるじゃないですか。というか、それでもまだ足りませんよ。」
突然孫公佑様が村に訪れ、話を聞くなりそんなことを言ってきた。自分達もこの程度では足りないことは薄々分かっていたものの、やる気を削ぐような発言をするとはどういうことだ。そんな不満気な空気を出していると、孫公佑様から恐るべき提案が飛び出す。
「自分の全力で巻き返せないなら、相手のやりたい事を徹底的に妨害すればいいんです。あの西の村での戦いの後、宴会で私を手伝ってくれるといいましたよね。亥幣さん?」
酒はやはり魔物だった。