はい。えー、わたくしは今、曹操の本拠地「兗州」に来ております。
麋竺様の商売の伝手から、「兗州」に出入りしている商人の従僕として潜入させてもらった訳ですが、敵地のど真ん中なんですよね〜。
孫公祐様の献策から、劉玄徳直々の指令で派遣されることになりました。曹操にバレたら即車裂きの刑でしょう。
此度課せられた任務は、表向きは従僕として商家で働きつつ裏で情報収集をする、というものです。どんな商品がどれくらい出入りしているか分かれば、曹操の次の行動の予測ができ、その初っ端を潰せるそうで。
他にも検査済みの穀蔵にコクゾウムシを仕込む、或いは近く起こる曹軍の出撃の際、熱で消えない毒を水に混入させ、戦いができないようにするなど相手の出鼻を徹底的に挫くというものもあります。
———いや、自分にやらせる仕事ではなくない?
出立前、そんな疑問を孫公祐様に投げかけると、「曹孟徳の一手先をいくため」とのことだった。「もっと優れた商人や達人はいないのか」とも思ったが、あの猜疑心が強く頭の切れる曹孟徳が商人の観察と情報収集をしていないはずがなく、そんな中、不自然に実力者を紛れ込ませると逆にバレる可能性が高いそうだ。
その点、商品としての無名の従僕であれば、従来の取引関係の中で物々交換とともに移動しても違和感が無く、発覚しにくいらしい。
ちょうど先の戦争で劉備の伏兵が曹軍の糧食を散々に焼いた上、蝗害までも発生したため「兗州」における食糧需要が高まっており、その波に乗るとのことだ。
また、仲介する商人に疑われないよう、糜竺様が曹孟徳に乗り換えようとしているという偽情報を流すとともに、その証として「徐州」の粟を安値で売るとも聞いた。本来「徐州」からそのようなものが来るはずが無いので、より信憑性がでるとか。
元々曹操にとって、生産が大きく伸長していた「徐州」の粟は先の戦闘の狙いの一つでもあり、その輸送を派遣の隠れ蓑にする計画だと言っていた。
・・・そういうことであれば分からなくはない。ないのだが、やはり仕事が質・量ともに過重なのは否めない。
まあいい。部下に丸投げしまくる上司は、後でえらい目に会うものだ。
董卓の例があるように、それは皇帝サマだろうと変わらない。事態を制御しきれなくなるからな。
ともかく何かあったらすぐ逃げられるよう、逃走経路の確保と保存食の常備を心掛けつつ出立して、今に至る。険峻な崖や幅広な河川がある心強い抜け道を発見し、干飯もある程度備えられているので、竹を使った棒高跳びの準備をすれば自分だけ容易に踏破して逃げ延びられるだろう。
「最近本当に荷物が多いんだ!早くこっちにも来てくれ!」
おっと。そういえば、食糧や武器の行き来が激しくなっていたんだった。近々曹操が戦に出るらしく、なんでも、暴れ回っている呂奉先を迎え討つとか。
これはつまるところ、可能であれば曹軍に追従する時期が来たということだ。
というか、徐州からの木箱の裏に「追従し妨害せよ」という落書きにみせた暗号があったので、確定事項となってしまった。
全く、落書きで情報を送っているとはいえ、正鵠を射た予測と指示を出してくるから気が抜けない。実際、粟を持ち込んだ時に入念な検査があるとの予測の後に、実際に検査があったのだ。その上、曹軍の戦いも遠くない内に始まろうとしている。
もしかすると、いざという時に逃げようとしていることまで見抜かれているかもしれない。まあ、それでも逃げるが。
主人公が「曹操」と呼んでいるのは、本名を忘れないようにするためですね。
当時、「本名を呼ぶ」ことは呪術的に大きな意味があるので、効果があるかもと思ってやっています。
なお、そんな力はただの農民にはありません。