船幽霊が去ってから数刻。薬売り達はまだ“アヤカシの海”から抜け出せずにいた。辺りは黒い雲に覆われたまま、船はこの暗い海を彷徨っている。そんな中で薬売りと常世はのんびり寝っ転がって寛いでいる。その傍で加世はじっと険しい顔で二人を見ていた。だって船幽霊が去った後、薬売りはこういった。
「次はどんなアヤカシが、現れるのやら……」
この状況を楽しんでいたので疑ってしまうのは無理もない。
(………師匠。加世が睨んでますよ)
(おやおや俺たちを疑うとは)
同じ存在だからできる以心伝心で伝える常世。楽しんでいる薬売りに(師匠が楽しんでいるから見てるんですよ)と常世は心の中で言う
「(仕方がないな)あんまり怖い顔をしていると……嫁の貰い手がなくなる」
薬売りの失礼なセリフに常世はすぐさま「可愛い顔がもったいない」と言う。
「なっ……!常世ちゃんは別にいいですけど大きなお世話です~!」
加世が顔を真っ赤にして頬をぷくーっと膨らませる。
「聞いても本当のこと言いそうにないけど、聞きます……薬売りさんが羅針盤を細工したんじゃないんですよね?」
「……どうだかね」
予想していたとは言え、やはりはぐらかされてしまう。
「加世。商い以外で接する師匠はこんな感じだから気にしない」
「常世ちゃん気にするよぉ」
「羅針盤に細工はしなかったとしても」
薬売りと常世はのっそりと起き上がり、傍らにある薬箱と向き合うような形で正座する。
「私もこの龍の三角、“アヤカシの海”へ連れてこられたんですよ」
常世はじっと薬売りを見る。自分たちはいつも誘われる形でモノノ怪がいる屋敷などに来るからだ。
「誰に?」
加世が訪ねた時、ちりんと鳴る退魔の剣。まるで「オレが連れてきたんだよ」と言う感じに鳴った。加世もそう思ったのか
「この剣って、命を持ってるとか?」
「さぁ、どうだか」
「まあ。謎な部分があるんだよね。この子は」
実際、形、真、理をすべて示し、退魔の剣を抜いた薬売りはまさに別人だ。常世は退魔の剣にいる者が薬売りと入れ替わる形で現れているんだと思っている。
「あのね! 薬売りさん!貴方がなんだかすごい人だってことは認めるわよ? でもね、だからってその勿体ぶった態度はあんまりだと思うのよ!?」
顔も良いし、凄い人。ただし勿体ぶった態度が残念と思っているようだ
「そんなんじゃ女の子にモテませんからね!」
でも薬売りは気にしていない。
「それに関しては大丈夫だよ加世」
「常世ちゃん」
「だって師匠には私がいるからね」
自信満々に答える常世。
(えぇ――――!常世ちゃん薬売りさんのお嫁さんになりたいの!?あ、小さい女の子にある「大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの!」とか「お父さんと結婚するの!」ってやつ!?)
その様子に加世は心の中で慌てる。
「加世さん?」
「加世?」
「あ」
薬売りと常世に声を掛けられ、加世は落ち着いた。
「前に、【アヤカシ】と【モノノ怪】は違うって言ってましたよね? 同じようなモノじゃないんですか? だって、アヤカシも八百万の神様も同じようなモノだって……」
その問いに分かりやすくアヤカシは「現し世に人や、獣や、鳥がいるのと等しく、この世ならざるアヤカシもあまねくいるモノ」。モノノ怪については「【モノ】とは荒ぶる神のこと」「【モノノ怪】の“怪”は【病】のこと」と幻殃斉が勝手に話に入ってきて説明した。その説明に常世は驚いたように幻殃斉を見る。
「………理解できてたんだ」
「な、なんだ其の目は!この私をどう思っている!?」
「知識は一応あるお調子者」
即答だった。その一方、加世はこれまでの説明を理解しようと「ってことは、【モノノ怪】は人を病のように祟る……?」と呟いている。
「加世。坂井の化猫も恨みでモノノ怪になったでしょ?」
常世の言葉にあの悲しい過去を思い出したのか「………うん」と加世は小さい声で頷く。
「常世の言う通り、恨み、悲しみ、憎しみ……激しい人の【情念】が【アヤカシ】と結びつくとどうなるか……もはや、封印の呪符など効かぬ“魔羅の鬼”」
「しかし、その退魔の剣なら斬れると」
佐々木が現れた。退魔の剣について聞けると思ったようだ。
「病んでるねぇ」
「う…うん」
「ただし【モノノ怪】の――」
「【形】と、【真】と、【理】がなければ抜けない……?」
「でも加世が知っている通り、偽りの【真】を言う人も居るから簡単に抜けない」
常世の言う通りだ。
「お主らが言う【真】と【理】とは何だ?」
「【真】とは、事の有り様。【理】とは、心の有り様」
「ほう……有り様とな?」
退魔の剣を抜いてほしいためかグイグイと聞いてくる佐々木。
「【真】とは出来事。【理】とは感情」
佐々木に分かりやすく説明する常世。すると加世が声を上げる
「じゃあ、この海にはアヤカシだけじゃなくって【モノノ怪】もいるって事なんですか!?」
しかし薬売りは答えない。一つの天秤が中からふよふよと浮いて出てくるだけ。その時だ。
「いぃぃやぁああああ!!」
遠くから菖源の悲鳴が聞こえた。