「小娘ぇ!!」
今度は常世だ。
「次は私か」
「……常世ちゃん」
先ほど、それはそれは恐ろしい幻を見たせいで加世は心配そうに常世を見る。
「お前が一番、恐ろしいことはなんだ?」
「師匠がこの世から消えるのが恐ろしい」
べん
常世の目の前に薬売りがいる。薬売りが優しく頭を撫でた時だった。
ザシュッ!!!
目の前にいた薬売りが惨殺された。常世の顔や着物には薬売りの血がかかる
(これは幻。これは幻)
心の中で言い聞かせる常世。しかし顔にかかった血は生温かい。そのせいで本物の様に感じてしまう。
(こうなったら)
精神的に弱ってきた常世は髪に挿している簪を抜く。手に突き刺し、痛みで目を覚まさせるのだ。
「あああああぁぁぁぁ!!!」
突き刺そうとした瞬間だった。
パシ
「え」
何かに手首を掴まれる。驚いた時だ。
パァン!!
「!」
頬に痛みが走った。
「常世ちゃんしっかりして!」
「師匠?……加世?」
目の前には薬売り。彼の横で不安げに常世を見る加世がいた。様子からして薬売りが簪を自らの手に刺そうとした常世を止め、平手打ちをして目を覚まさせたようだ。
「……まったく。目を覚ますために簪を刺そうとする奴がいるか」
薬売りは呆れながら平手打ちを喰らった頬を優しく撫でる。
「だって師匠が……目の前で血まみれになって…怖くて怖くて」
だんだん涙目になる常世。薬売りは簪を常世の髪に挿してあげた後、優しく抱きしめる。
「お前の師匠はちゃんとここに居る」
「ししょお~~!」
「よしよし」
しがみつく常世に薬売りは優しくあやす。常世はなんだかんだで子供だった。
べん
「つ、次は俺か……」
琵琶の音を聞き、常世が泣くところを見て驚いた幻殃斉に緊張が走る。
「お前が一番、恐ろしいことはなんだ?」
「お、俺は……俺が一番怖いのは……っま、“饅頭”だ! 饅頭が怖い!」
有名な落語「饅頭が怖い」だ。落語を答える加世は呆れるが、幻は言った怖い物を出す。なので饅頭なら多少はマシだと思う。実際、幻殃斉は幻の饅頭を美味しそうに食べる。
「おぉ、なんと美味な酒蒸しの……うわああ!?」
美味しそうに食べていたのに饅頭の中を見て怯える幻殃斉。そして彼は海に吐いた。
「どんな幻を見せられたか……あんまし想像したくない」
「きっと海座頭のような魚が入ってたんだよ。……師匠、私はもう大丈夫です」
「そうか」
作戦失敗。具合が悪くなった幻殃斉であった。
「……さて、残ったる三人。誰から海座頭に答えますかな?」
源慧の言葉に「問うがいい。答えよう」と薬売りが言った。
「ねえ常世ちゃん。薬売りさんが怖いって思うものあるの?」
「うーん。師匠は本当に落ち着いているからねぇ」
加世の疑問に常世も悩む。そうしている内に「お前が本当に恐ろしいことはなんだ?」と聞いてきた。
「私が本当に恐ろしいこと。それは……この世の果てには【形】も【真】も【理】もない世界がただ存在しているということを知るのが、怖い」
「え?どういうこと?」
「この世にある物すべてが無い世界が存在していることを知ることが怖いって言ってるの。なんか意外」
加世の疑問に分かりやすく説明する常世。そうしている内に琵琶が鳴った。
「だ、大丈夫かなぁ」
「……師匠」
加世と常世はピクリと動かない薬売りを心配そうに見る。
「アヤカシが集う“モノノ怪の海”。その海へこの船を差し向けた理由お聞かせ願いたく」
恐ろしい幻に勝ったようだ。海座頭は琵琶の弦をべんと鳴らした。
「お前が本当に恐ろしいことはなんだ?」
「わ、私が……本当に、恐ろしいのは……私が本当に恐ろしいのは源慧様です」
菖源は自分の師匠が怖いと言ったのだ。菖源曰くこの江戸への旅ではおかしなことばかりしており、昨夜も御題目を唱えていたのに途中でなぜか追い出すように、風にあたって来いと言ったそう。
「そうは思いたくなかったのですが……私を上へと追いやった後、羅針盤に細工ができたのは――お師匠様だけです!」
羅針盤に細工をした犯人は源慧。一体何故こんなことをしたのか