退魔の剣が鳴った。源慧は虚ろ舟に向かって一心不乱にお経を唱える。
「“竜の三角”はこの【虚ろ舟】が生み出したモノノ怪であったか」
幻殃斉はお庸の屍を丁重に弔う事を提案する。加世も「出たいよね、きっと……」とお庸の事を想って言う。菖源と三國屋は屍を見るのが嫌なのか物凄く難色を示す。
「開けて……いいんですよね?」
加世は不安げに薬売りと常世に聞く
「加世たちの好きなように」
「この海をずっと漂い、朽ちてモノノ怪と成りたくないのなら」
「なっ……進んでモノノ怪になりたい人なんかいないでしょう!……それに、薬売りさんと常世ちゃんはモノノ怪になってしまった人を成仏させる為に、この海に呼ばれてきたんじゃないんですか?」
でも薬売りと常世は答えない。加世たちは開けることにした。
「この板ならどうでしょう」
「はい。これなら開けやすそうですよね」
「ああ。それでは板を」
加世たちは取っ手に長い板を通す。開けやすくするためだ
「では行くぞ……せーの!」
幻殃斉の掛け声で、皆一斉に力を入れる。当然開かない。
「開かないのは当然」
「五十年もたっていますからねェ」
のんびり言う薬売りと常世。それが不満なのか「薬売りさんも常世ちゃんも見てないで手伝ってよ!」と加世が言う
「よし、もう一回! せー……の!!」
「そうか」
「それもそうですねぇ」
薬売りと常世は袖から一瞬で小さく畳んだ札(しかも大量)を出す
「あ」
その光景に加世は覚えがある
「では……」
「避けてね」
「皆逃げてぇええ!!」
ババババババババババババ
「「わあああっ!?」」
弾丸の様に飛び、板に張り付いた札。加世のおかげで幻殃斉と三國屋もギリギリ避けられた。薬売りと常世は気にせず手を動かす。それに合わせて板は動き出す
「な……!?」
開け放たれたその中身を見た一同は、思わず息を呑む。お庸が居なかったのだ。当然一番驚いたのは羅針盤を細工してまでこの海に来たがっていた源慧だ。
「お庸は確かに、この中に……!」
「妹君がモノノ怪なのでは、ないようだ」
「違うモノがモノノ怪の様ですね」
「では、モノノ怪の【真】は、一体どこにあると?」
その問いに常世は天秤を用意する。
「……またモノノ怪との“距離”を測るのか?」
「今度は測るだけでなく……“手繰り寄せて”みようかと」
***
「私とお庸は、この海の近くにある小さな島で生まれた」
「モノノ怪の【真】を、話して……いただけますか?五十年前のこの【虚ろ舟】と、妹君にまつわる事々を」
先ほど薬売りに言われ、源慧は語る。二人はこの海の近くの小さな島で生まれた。でも同年代の子供はいなかったのでいつも一緒に過ごしていた。
「本当に仲が良かった。……いや、むしろ“良すぎた”のかもしれない」
(良すぎた?同年代の子供が居なかったなら仕方がないけど)
源慧が十五歳になったころ。島の大人たちに決められ、仏門に入ったそう。源慧はお庸の事を忘れようと修行に明け暮れていた。
「私が立派な僧侶になることを……祈り続けていたのだった。そうしているであろうことは、私には十分に分かっていたのだ。“兄”と“妹”。決して、結ばれることのない縁」
源慧はお庸の事を妹ではなく一人の女として愛していたのだ。しかし疑問が残る。お庸の事を愛しているのならばなぜ源慧が一緒に乗っていないのか。もし生贄は女一人と言われてたなら連れて逃げるはずなのに。
「私が修行を始めてから、五年が過ぎた頃のこと。“龍の三角”と呼ばれる海は、アヤカシが出る前でも頻繁に荒れて、多くの船が沈んでいた」
(だから生贄が必要だった)
実際、島からの文には『柱となって、海を鎮めて欲しい』とは書いていなかったが……それを望む心は、ありありと読み取れたとのこと。
「船出を控えた夜明けに……私はお庸と再会した。……お庸は、十六の美しい娘になっていた」
美しく成長したお庸と再会したばかり、怖くなったそうだ。
(………来た)
源慧の話に合わせて床に“黒い影”が現れた。
(この影は【真】の一部)
常世はそのまま話を聞く。なんとお庸が代わりに乗ると言ったのだ。彼女も源慧の事を愛していた。
(おかしい。ならなんで一緒に逃げなかったの?……まさか)
常世はある事に思いつく。坂井家のご隠居の様に偽りの【真】を言っているのかもしれない
「すぐに私も自害しよう。来世で再び逢おうと、心の中でお庸に言い続けた! しかし……死ぬ勇気すら、私にはなかった。縁もゆかりもない富士の山へ入り、修行の日々を送った……。私の修行の激しさを、人々は敬ったが、五十年の間、私はお庸の“鎮魂”を唱え続けてきたのだ……」
其の話に怒る加世。薬売りと常世は言う
「「違う」」
やはり薬売りも思ったようだ。そもそも源慧を愛して乗ったのならば龍の三角をアヤカシの海に変えてしまうほどの怨念を持つはずが無いからだ。
「そういえば、源慧殿。その手で隠されている“モノ”――どうされた?」
「!?」
指摘された源慧が、目を見開いて顔をこわばらせる。
「え?隠しているって…」
「み、右目?」
幻殃斉が言う通り、源慧が隠していたのは右目だったのだ。
「鎖で虚ろ舟を引き上げた影って……目に見えるよねぇ」
「ずっと、見ていたんだな。お庸さんを“畏れ”、己の心を“恐れ”、“おそれ”は“おそれ”を呼び、いつしか人が得心できぬほどの強大な影となって……貴方と“身を分かち”、海をさまよっていた」
カチンッ
「な、鳴った!?」
そんな加世に常世は言う。
「【真】が分かったって事」
「【真】は、貴方だ」
「あ。あれ?」
「薬売りはどこ行った!?」
「師匠は下」
下を覗き込むとふらついている源慧から“黒い何か”が溢れ出す。
「あの【海坊主】は、心の奥底にある別のモノを覆い隠すが為の、貴方の」
分 身
源慧から膨れ上がった黒い何かは、ついに抑えきれずに吹き出す。天井にまで膨れ上がった黒い影には、それに浮かんでいたあの“一つ目”があった。
「お、おい。斬らないといけないぞ!」
「あのなぜ彼は斬らないのですか!?」
「あれ?ねえ常世ちゃん。薬売りさんって全部示したっけ!?」
退魔の剣を抜く条件を一応理解している加世は慌てて常世に聞く。
「まだ。【理】を示してない。でもすぐに示される」
常世の言う通り、薬売りは「源慧殿に問う!」と叫ぶ。
「 【モノノ怪】を斬るということは、源慧殿の【心】を斬ること。二つに別れた心を一つとし、貴方が最初からなかったことにしたかった貴方の【本心】を、心へ戻すこととなる。それでもいいかと、問う!」
「え!?源慧様を斬るという事ですか!?」
「【形】が彼だからね。モノノ怪なら斬らないといけない。それにあの人腹を括っているよ」
そう…源慧は腹を括っていた。
「お願い致す……【斬って、くだされ】」
カチンッ
示された。
「承知……解き、放つ!」
退魔の剣を抜いた。入れ替わった薬売りに斬られる海坊主。そのまま塵のようにバラバラになり……消えてしまった。……が、それで終わりではなかった。天井から、虚ろ舟の影が現れ、それは段々崩れながら落ちてくる。崩れた影は……そのまま、少女の影になって、源慧の元に降り立った。
「源慧様!!」
「源慧さん!!」
「御坊様!!」
薬売りと常世と佐々木以外は倒れた源慧の下へ駆け寄った。
「源慧様……」
「大丈夫ですよ! 息もありますし!」
三國屋の言う通り生きている。倒れている源慧は憑き物が落ちたためなのか若々しくスッキリとした顔になっていた。
「常世。」
元の姿に戻った薬売りが甲板にいる常世の下へ行き、彼女に言う。
「龍の三角を出たな」
「はい。やっぱり海は青が綺麗ですね」
常世の言う通り綺麗な青い海が広がっていた。これでやっと江戸に行けるだろう。