「ん???!んー!!」
俺の視界を埋めるマユリは瞳が潤んでいて、艶やかに頰を赤らめて、数度する瞬きは艶美にきらめく。
彼女との距離は数センチすら離れておらず、密着しているのは唇だけなのに全身を包まれるような安心感があった。
な、なななにしちゃってんの?こいつ!そういう雰囲気じゃないだろ、場所と状況を考えてだな……TPO常識だろ!!?
気づくとキスされてましたなんて笑えない。そんな妄想話はリア充の頭の中だけで繰り広げてればいいし、そもそもそんな事とは縁遠い存在のはずだ。
「やっと、気づいたんですね……遅いです」
「は?何言ってんだ?てか服着ろ服!なんだってこんな暗い所で……」
やばいやばいやばい。アスナにこんな状況を見られたら……切腹どころじゃすまない。どころか、土下座靴舐め以上の事を要求される気が……
うん。アスナには黙っていよう。彼女には何も言わない。俺は何もしていないのだから!!
しかし、目を開け閉じをしても尚もマユリの顔が視界に映る。かつてないほどの近接。
普段なら3メートルほどの距離を開けているのに今は数センチにも満たない。
「聞いてください……私は小さい頃、家に帰ったら両親と妹と叔母とが1人の少年によって殺されていました」
「そ、それよりも!はやく服をだな……」
然し、マユリは恥もせずに話の続きを俺に聞かせる。
口から出る言葉は重いようで軽い。慈しむような目付きで彼女は続けた
「見たところ私と同い年、いや、多分私よりも少し上の少年は人を殺すだけに飽き足らず………その……私を」
彼女から発せられる言葉の節々に恐怖や、憎しみを感じる。
先程まで俺は彼女の話よりも服のことやさっきの……あれのことを想像して、混乱状態に陥っていた。
「目を覚まして気づくと少年は立ち去っていて、何事もなかったように部屋が綺麗になってて……夢だったんだなと思って1日を過ごしました」
「………取り敢えず服は着ろ。」
ウィンドウからフーデットケープを取り出して被せる。お、男としては目のやり場に困る。話に集中できんからな。
「ありがとうございます。……でも、家族はいつまでたっても帰ってこない。何日経っても、帰ってこない。」
星空はきらめいて、マユリの瞳は虚ろに開く。対照的でつい彼女から目を背けてしまう
「その日のニュースを見てきずきました。私の見ていた夢は、夢なんかじゃなく苦い現実だったんだなと」
「なぁ……それって、11年前……の」
記憶が朧げだが、確か一家4人を殺した後、強姦……
苦い………さっきまでの甘い味はどこに行った?凄惨な過去は当事者以外にも強烈な印象を与える。ブラックコーヒーよりも苦いその記憶はつい砂糖を欲しがる子供の心境に似ている。
「多分それです…死体は家から持ち運ばれ、遠い山中で見つかって、葬式が大変でした」
その様子では葬式よりもマユリが大変だったのだろう。幼少期にそんな大事件の被害者になってしまえば………
「それから、一向に少年は捕まらず、私は遠い血縁の里親に預けられ、静かに暮らしてきました。」
言いづらそうにしていた続きは言うことができなかったのだろう。
「…」
「今までいじめとかもたくさんありました。優遇されているだとかで……でも、今やっとわかった気がします」
「?」
マユリはまた頰を赤らめて俺にキスをした。今度は長めの。舌はいれないものの濃厚なキスだった。
それも空白を埋めるような、満たすキス。
……流れがわからない。俺は彼女に何かしたのだろうか。涙をたくさん流したような痕があるし、彼女の言葉には悲しげな響きがある。
俺の体はキスを拒んでいるはずなのに、彼女の雰囲気がそうさせることを許さない。
「私の不幸は貴方のに比べれば、小さなもの………」
三度目のキスは、溢れた涙が口の中に入り涙の味で満たされた。
その場の空気感で楽しんでもらえれば。