第一部はGBNができる少し前のGPDを主戦場とした物語です。拙い文章ではありますがよろしければこの物語にお付き合いください。
第一話「俺は清掃員」
ピピピッピピピッ……。
携帯のアラームが響く。
「──もうこんな時間か。」
朝五時。午前五時というのが、正しいのだろうか。多くの人はまだ眠っている時間だ。朝日が出てきてはいもののあたりはまだ薄暗い。季節は夏。日が登るにつれてどんどん気温が上昇する。考えただけでも嫌気がさす。生活リズムが崩壊した学生のようにいつまでも寝ていたいのだがそうもいかない。男はいつものようにゆっくりと目を開ける。そこにはいつもと変わらない薄汚れた白い天井が視界に入る。
男は少し肌寒さを感じていた。夏だというのに、何故か肌寒かった。
それにまだ寝ぼけているのか、頭がぼうっとしている。加えて何故もう聞こえないはずの懐かしい声が頭にぼんやりと鳴り響く。
『──ふうちゃん、ぜったいやくそくだよ!!これはきょうだいのやくそく!!』
青い髪の少年が自分に向けてにっこりとそう言っている。これはいつくらいだろう。もう何年前のことだろう。なのに頭の奥からずっと離れられない記憶。
──夢を見ていた気がした。遠い過去の。春の夢を、ずっと見ていた気がした。
「……さて、今日もいくか。」
眠い目をこすりながらゆっくりと体を起こす。男には今から労働という名の社会の歯車を回す立派な役目がある。男の朝は早い。毎日、毎日、この時間に起きては虚無感に襲われ働いての繰り返し。これが、現実。そして今日はいつもより気怠い。先ほどの夢のせいだろうか。それとも昨日もよく眠れなかったからだろうか。はたまたその両方だろうか。
顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え身支度をいつものようにさっと終わらせる。さて職場に向かおうかと部屋を出る前に、机の上にある金色のプラモデルが視界に入った。狭い四畳半の部屋のなかでその玩具は朝日を受けて煌めいている。
「お前も来るか?」
そう言って腰のホルダーにその金色のプラモデルを入れる。それは昨晩細部にディテールを追加し、金色に塗装したばかりでまだ目新しい。よく寝られなかったのはこの玩具のせいでもあった。よく見ると丁寧に仕上げられた跡が見られる。質感もちょうど良く飾っておくだけでは少々勿体ない。
時計を見るといつもの出発時間よりも後を針が指していた。そろそろ職場に行かないと遅れてしまう。いつものようにいぬこ号と名付けた原付バイクビーノに乗り彼は職場へと向かう。マシーンに名前をつけると愛着も湧いていいものだ。それに昔から色々なものに名前をつけていた。自分の製作した模型には特に、だ。少し痛々しいがいつまで経っても彼も男の子なのである。エンジンを吹かし男はまだ薄暗い道を走っていった。
***
「──おはようございます。」
「ああ、イヌハラくん、おはよう。今日もスーパーとトイレの清掃をお願いするね。」
「はい。任せてください。」
男の名は「イヌハラ・フウト」職業「清掃員」
人並みに高校を卒業し就職したものの色々あって安定した職にはつけず、いまはこうして清掃員として働いている。もうだいたい五年くらいになるだろうか。もちろん、清掃員だけでは生活していけないため掛け持ちでデリバリーのバイトやコンビニのバイトをしている。この清掃の仕事も正確に言えば非正規雇用であるが。それでも必死に毎日を生きている。
ちなみにここは、地下鉄と一体化している総合デパートのようなところで一回に食料品売り場としてスーパーがある。学生も多く施設の中は多くの人に利用されている。自分はこの街に来てまだ五年ほどしか経っていないので学生時代お世話にはならなかったが、もし自分も学生であったならばよく利用していただろう。そんな風に思いながら清掃の道具を準備する。
朝はこうして、毎日開店前のスーパーのタイルをモップで拭く。よくキャベツの葉っぱなどが落ちていて拾うのが少し面倒だ。だが五年目となれば慣れというものからか、面倒だと思う前に拾っている。慣れとは恐ろしいものだ。この生活にもずいぶんと慣れたものだ。変化のない日々。無機質でモノクロに見える世界。誰とも交わることのない日々。
こんな風に景色が見え始めたのはいつからだろう。それすらも覚えていない。
「こんなもんか。」
気がつけば薄暗かったあたりも陽が登り激しく照っており額からも汗が流れていた。今日も死んだ目をしてスーパーとトイレの掃除を終えタイムカードを切る。そして、社会の歯車は次の勤務地へと向かう。一体いつまでこんな生活をするつもりなのだろうと自分でも思う。人生の楽しみといえば、某牛丼チェーン店のネギ玉牛めしを食べることとネットサーフィン。
(──三〇も近くなってきてこんな楽しみしかないといえば笑われてしまうかもしれないが)
──そして
「やっと、完成させた百式を早く試したいもんだな。」
勤務を終えふと思う。実はフウトにはもうささやかな楽しみがあるのだ。
「ガンプラバトル」
自分が自由に製作したガンプラを使用して闘うという至ってシンプルであるものの最高にアツく高まる世界でも人気ホビーのひとつだ。虚無感の多い生活の中ではあるが高校生の頃から細く長く続けている。以前はもう少し真面目に取り組んでいたが最近はなあなあで取り組んでいる部分が多い。大人になって、いつしかその趣味に本気になれない自分がいるのは事実だ。今の彼には何かに全てを注ぎ込むエネルギーと余裕は無かった。ただ、今日は少しだけ当てのない予感を感じる。あのもう聞こえる事のない笑い声が脳裏からずっと離れない。今日の太陽は男を激しく照らしていた。
***
次の勤務地は駅から少し離れたところにある模型店である。現在地からなら大体二〇分くらいだろう。スピードは出さなくても勤務時間に間に合うが、フウトはなんとなくいぬこ号のアクセルを回した。腰のホルダーに入った金色の機体が夏の爽やかな風に煽られながら日光に反射して煌めく。
「──こんにちは。」
「やあ、イヌハラくん。今日もよろしくお願いするね。」
「任せてください。」
次の勤務地である模型店に着いた。ガンプラを愛する身としては最適な勤務地である。店長といつものやりとりをすると店内をぐるぐると清掃しはじめる。スーパーのようにキャベツの葉は落ちていないが、物を積んでいるためホコリなどがよく溜まっている。
ちなみに、ここの模型店は町の中でも広い方で、品揃えも豊富である。また、ガンプラバトルも行えるスペースがあり、最新システムである「GPデュエル」の筐体も導入されている。ガンプラバトル自体は自分が子供の頃からあったが、「GPデュエル」にアップグレードされ、進化を続けている。
そしてなぜフウトのような社会の底辺が模型店の「清掃員」として非正規とはいえ雇われているかというともう一つ理由があって、これらガンプラバトル用の筐体整備や調整も任されているからだ。高校時代に資格を取得していた事がこの道に繋がった。学生時代は学業に励むことも大事だ。
もちろん遊びも同じくらい大事だが。
「兄ちゃん! この赤いのカッコいいね!」
「ジャスティスガンダムか! カッコいいよな! 兄ちゃんも好きだなあ。でも兄ちゃんはこっちのケルディムの方が……。」
「えー!? 絶対ジャスティスの方がカッコいいよお!」
整備をしていると、学校帰りの小学生が楽しげにプラモを見ている。なぜだろう。懐かしささえ感じる。歳を取るとああいう姿を自分と重ねてしまいがちだ。
『──ふうちゃんのジャスティスかっこいいね!』
「──というか、ほぼ同じかもな。」
また、懐かしい声が聞こえた。
ボソッと声が漏れた。すると、自分の腰のホルダーに入った百式を見て、子供たちが物珍しげに寄ってきた。
「おじさんもガンプラバトルするの?」
弟の方が目をキラキラさせながら聴いてきた。
「ああやるよ。」
「ほんと!? おじさん強いの?」
「おじさん、こう見えてめちゃくちゃ強いよ。」
「学生の頃は全国大会なんかにもよく出ていたもんだよ」
「……」
子供は怪しい目つきでフウトを見る。フウトは何もおかしいこと言っていないだろという顔つき。
「おじさんみたいに髪がボサボサで髭もボーボーな人が強いわけないじゃないか!」
「おいおい、人は見た目じゃ……。」
少年は、店内のポスターを指差し、得意気に言った。
「強いっていうのはね! アララギ・サワラみたいな人のことを言うんだよ!!」
「アララギ・サワラ」、所謂彼は、日本のプロガンプラビルダー、いや最近ではデューラーというのか。黄色いアストレアをベースとした機体を駆使して高速で駆け抜けるその様は「黄色い閃光」とまで称されるほどの実力の持ち主だ。そして、フウトのような浮浪者手前のルックスとは比べるまでもないほどの美青年である。
「サワラねぇ……。あいつポスターにまで出てんのかよ。」
「あ、おじさん! 呼び捨てしちゃだめだぞ!!」
「あぁ、ごめん。ごめん。」
「すみません、弟が。さ、帰るぞ。帰ったら兄ちゃんのエクシア見せてやるから。」
「え!? ほんと!!」
ナイスタイミングでお兄さんが現れる。申し訳なさそうな顔つきでフウトに謝り弟をなだめる。とはいえなんとかガンプラバトル用の筐体の整備も終わったのであとは残して置いたトイレの清掃をすることにした。
***
──当たりはもう夕暮れになっていた。
小便器をせっせと磨いているときに、一五,六歳の少年がトイレに入ってきた。ウホッ、いい男! ……いやそうじゃない。この子から強い何かを感じる。俺は少年をガン見をしていた。この外見でガン見というのはやや犯罪じみているがそれでもそのまなざしは少年と少年の持つ何かに向いていた。
──俺は腰のホルダーに赤い機体が入っていることに気づいた。 おそらく、"強い何か"というのはこれだと直感的に理解した。俺は当然のようにホルダーから百式を取り出し、少年をガンプラバトルに誘う。
──デューラー同士、売られた喧嘩というのは買うというものだ。目と目が合えばガンプラバトルこの世界では当たり前のことだ。
二人は無言で謎の雰囲気のまま筐体へ向かう。フウトは珍しくニヤリとした表情を見せていた。
「ちょうど百式の調子を確かめたかったんだよ。」
Yu's Mobile Suit
Apollon Gundam
VS.
Futo's Mobile Suit
HYAKUーSHIKI
カードキーを差し込むことで自分と相手の情報が表示される。あの、強い何かを発していた機体の名前は「アポロンガンダム」という機体。見たところケルディムやデスティニーをベースとして赤と白で塗装されたミキシング機体だ。細部まで作り込まれていることは一目瞭然。そして、その特徴は、どこからどうみても「超近距離戦闘機」だということ。
「おもしれえ、漢の機体じゃねえか……。」
いつにもなく、ワクワクしていた。こんなのはいつぶりだろうか。
──「イヌハラ・フウト、百式出るぞ!!」
[BATTLE START]
合図があり、バトルがスタートする。ステージは宇宙。あちらの機体はあまり慣れていないのか動きが少しおぼつかない。
「とりあえず、距離を取って様子見だな。」
その矢先、ハンドガンで射撃をしてきた。しかし、狙いが甘く、避けたというよりは当たらなかった。先制してくる当たりやはり機体同様に乗り手も攻撃的な性格なのだろう。その後も若干やけくそ気味に射撃攻撃をしてきたがこちらには擦りもしない。
「おいおい、そんなもんかよ!!」
バックパックのバランサーを上手く稼働させ、射撃体制を取る。そして、ターゲットを見定め狙い撃つ。
「そこだ!」
ビームライフルから、勢いよく黄色い粒子が二発、三発と発射される。」
「当たった!?」
相手の肩を百式のビームライフルが掠めその後も連続で射撃を続ける。中距離で牽制を入れながら相手を寄せ付けないというのは近接タイプとの戦い方では基本である。
しかし、状況は一変する。
「ええい、洒落臭い!!」
こちらが、ビームライフルで牽制を入れているのにも関わらずアポロンガンダムは無謀にも突撃してきた。おそらく、左手に持っているGNソードⅡブラスターの銃身下部についている刃で近接戦に持ち込もうという魂胆だろう。
「いいぜ、かかってきな!! そういうの大好きだ!!」
分かっていながらも、分かっているからこそ、射撃をやめ、高速で接近してくる赤い機体をビームサーベルを構え迎え撃つ。
──この勝負は一瞬で着く
直感的にそう感じた。
「うおおおおおお!! !」
アポロンは刃をトップスピードに乗った状態で振りかぶりこちらの脇腹を狙ってきた。がそれはあまりにも単調な攻撃。素直すぎるのだ。簡単にその太刀筋は読める。
「舐めるな!」
こちらは、攻撃の際にできる隙、―つまり刃を振りかぶるその大きいアクションの隙に対しカウンターでケリをつけようという魂胆だ。あちらの技量はみたところまだまだ未熟だ。難しい話ではない。理論的には、難しい話では無いのだ。
"
Battle End
唐突にも終わりの合図。
「避けきれなかった……?」
状況を説明すると、百式の脇腹は切り裂かれ、上半身と下半身は真っ二つになっていた。一方でアポロンは攻撃した左腕とは逆の右腕で百式のカウンター攻撃を防いでおり、ビームサーベルが刺さった右腕はステージ内を彷徨っていた。
「はぁ、はぁ」
少年は無我夢中だったようだ。凄まじい集中力でアポロンガンダムを操作していたことを見れば分かる面白い子だな。自分の予測を上回る動き。あんなものを見せられて熱くならない奴は"デューラー"ではない。やはり、俺の"直感"は正しかった。
「君のガンプラかっこいいね。」
「あっ、ありがとうございます!!」
俺と少年はバトルが終わり、お互いの感想を言い合った。おっさんと少年、年代が離れていても楽しめるガンプラバトルとは素晴らしいものだ。ただ和気藹々と話す姿には何のしがらみもない。少しだけフウトのモノクロだった世界に色が戻り始めていた。
「ユウくん、またバトルしよう!」
「はい!!」
俺たちはそう言って別れた。きっといつか彼とまた会える。そんな気がしている。
この時、俺、イヌハラ・フウトは自分の中に埋まっていた熱い気持ちを思い出し始めていた。
「ガンプラバトル、もう一回極め直すか。」
(つづく)
2021/11/18 21:41 加筆修正
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