―午前5時
ピピッ。アラームが鳴る。1日の始まりを告げる合図だ。
イヌハラ・フウトは顔を洗い、服を着替え、歯を磨くといった朝のルーティンをこなすとすぐに家を出た。
冬になると外は雪が積もり当たり前のように行っていたランニングが出来ない。そのため近頃は代わりに大学周りの除雪活動を行なっている。
今日も冷えるな。
そう思いながら雪をかき分ける。ただ無心で目の前の白い塊をひたすらにかき分ける。これは少し清掃の仕事と似ていた。特に頭を使うことのない単純作業。今日のトレーニングの目的はどうだとか、相手の特徴や戦略はなんなのかガンプラバトルのように頭を使うこともない。
兄イヌハラ・ユウキに敗北を機して一週間ほど経った。どうして負けたのだろうと思い返す事もないほどに完敗であった。圧倒的実力差。兄はおそらく最後まで本気を出していなかった。
あの後アララギには特に声もかけられる事なく何も無かったかのように日々が過ぎていく。フウトもいつも通りトレーニングをこなしては寝る日々を送っていたがまるで生きた心地がしない。
別に自分に過度な期待をしていたわけではない。だが先の出来事がフウトにとっては厳しい現実を突きつけたことには他ならならなかった。
確かに今のままもう一度プロとしてやり直せば中堅レベルまでは間違いないだろう。しかしそれ以上となると難しい。人によれば中堅レベルでやってるだけ凄いじゃないかとそう言う人もいる。
それじゃだめなんだ。フウトのプライドと意地がそれを邪魔する。まだまだこういう所は子供なのだなと実感する。
プロデューラーなら誰もが最強を目指す。どんどんと新しい世代も入ってくるためそうでなければ生き残れない。ではその最強は誰だ。現役においてはワールドシップ3連覇を成し遂げたイヌハラ・ユウキ。結果的にそこに行き着く。兄を倒したい。フウトが行き着く答えは結局そこにあった。
このまま続けるべきなのか、やはり夢を見ていたと思い清掃員に戻るのか。フウトはそんな事を永遠と考える。
―――――――――――――――――――――――
「――そして、また大きくなって帰ってきなさい。」
「その時は私とガンプラバトルをしてくれないか?」
「――約束だ。」
―――――――――――――――――――――――
管理人の言葉が頭をよぎる。
一体どうしたらいいのだろう。
何も見えない道に迷い込んだようだった。
「―イヌハラさーん。手、止まってますよ。」
「あ、すまん。」
シイナの声が耳に入りハッとする。
「……。」
「……。」
そしてお互いに黙り込む。フウトはシイナに気を使われていると思い気まずくなりシイナもまたそんなフウトを見て気まずくなる。
この無言の圧力の中シイナはやや目を逸らしながらコホンと息をつく。
「―イヌハラさん、明日お出かけしません?」
「え?」
「え?じゃないですよ。」
「たまにはリフレッシュして下さい。いつまでもそんな顔されてるとこっちの気がもちません。」
「リフレッシュならしてるつもりなんだけどな。それに出かけるなら1人でも…。」
「あー、もう!女の子が気を使ってデートしましょうって歳上の男性に勇気出して言ってるのにそれは無くないですか!?」
ぷくっとほっぺを膨らませて言うシイナ。
「…それに、お墓参り1人で行っちゃいましたよね?今回はその分も含めてです!」
「あ、あぁ。その節は悪かった。じゃあ明日だな。うん?いや明日でなくても今日でもいいぞ?」
こういったことに慣れていないフウトは間違った気遣いをする。何事も早く済ませる事が正しいがこの場合は違う。
「―女の子には色々と準備があるんです!」
「す、すまない。じゃあ明日駅前に10時に集合しよう。」
顔を赤らめたシイナは小さく首を縦に振る。
自分から遊びに誘った恥ずかしさからかやりとりを終えると逃げるように立ち去った。
「―デート…か…。」
フウトは天を見上げながら呟く。
――後日
「―うーん、こっちの服がいいかなあ。」
「いや、イヌハラさんってキレイめの格好が好きそうかも…?」
「―って、わたし何考えてるんだろ!」
「あぁもうこんな時間、早く支度しなきゃ!」
慌ただしく準備するシイナ。これが女の子の準備というやつなのだろうか。可愛らしいものである。
「―よし。」
鏡には毛先まで綺麗に整った髪。ほどよく施されたメイク。しかしいつもよりアイラインがくっきりと引かれまつ毛もピューラーで巻かれておりいつもより色っぽく見える。
シイナは少し緊張した足取りで待ち合わせ場所へと向かう。
駅前に着くとフウトが先に待っていた。
「―お待たせしました!」
「おう、シイナ。そんなに急ぐと転ぶぞ。」
地面が凍結しており滑りやすくなっている。
「きゃっ!」
「…ほらいわんこっちゃない。」
足を滑らせまんまと転けそうになるシイナ。それに手を貸すフウト。一気に2人の距離が近くなる。
「あっ…。」
つい恥ずかしくなりマフラーで顔を隠すシイナ。フウトもまたいつもとシイナの雰囲気が違うことに気づき少しドキッとする。
「ほら、いくぞ。」
「は、はい。」
辿々しい2人のデートがはじまる。
まずはじめに2人が行ったのは駅近くの大型模型店であった。
やはり2人はガンプラデューラーでありビルダー。足を運ぶのは当然なのだろう。
「うーん、やっぱりこのキット買おうかなあ。」
手に持つのはHGレジェンドガンダム。ドラグーンシステムを搭載するガンダムseed destinyに登場するMSだ。
「シイナもドラグーンを使うのか?」
「あったら便利かなあって思いまして。」
「それなら今度ジャスティスカイザーのドラグーンを使ってみるか?」
「え!?ほんとですか!」
フウトのドラグーンの使いっぷりに刺激を受けるシイナは前々から気になっていたようであった。
ちなみにこれは余談だがフウトがブレードを使い始めてからシイナもブレードを扱うようになった。
「まあ、シイナに使えたらの話だけどな。」
「わたしだってつかえますよー!」
2人はその後も模型店で修理に必要なマテリアルやキットを購入しその場を後にした。
「―ここのイタリアン美味しいですね!」
もぐもぐと美味しそうにパスタを頬張るシイナ。
模型店の次は昼食を取ることにした。
「テルキさんが前教えてくれたお店なんだ。喜んでもらえて良かった。」
「え、フシカワさんがこんなお店知ってるなんて意外…。」
「まあ、テルキさんは確かにこういうお店が似合う人ではないか…。」
店内は少し狭いが小さなシャンデリアや絵画などが飾られて良い雰囲気である。テルキがデートするなここがいいと自慢げに言っていた事を覚えていたフウトはそれを鵜呑みにしてシイナを連れてきた。
普段あまりこういったことに慣れていないフウトにとっては相手がどう思っているのかを聞くのは心臓に悪い。
「まあイヌハラさんが連れてきたっていうのも意外でしたけどね。」
「おいどういうことだ?」
「だってイヌハラさんといえば、ラーメンが牛丼か某餃子チェーン店にしか行かないじゃないですか。」
「それの何が悪い!ラーメンも牛丼も中華も完成された料理だろ!」
「体調管理もプロに必要な事なのでは…?」
「ぐぬぬ。」
言いまかしてふふっと笑うシイナ。フウトの方は何とか言い返そうと頭を回転させる。
「シイナだって似たようなもんじゃないのか?俺と練習後よくラーメン行ってるし。」
「あ、あれはちがうんですよー!わたしだって料理くらいはできますー!!」
「なんなら特別にイヌハラさんに食べさせてあげてもいいですよ?」
「ほう。そいつは楽しみだな。」
「た、楽しみにしててくださいね!」
強情なシイナの悪い癖が出来た。いつも食事は学校の食堂で取っているためあまり自炊をしない。しかし約束をしてしまった。なんとかやらなければ。
その後会計を済まし2人は次の目的地へと向かう。
お腹を満たした後は商店街のなかをぶらぶらと練り歩く。
「あっ、これ。」
シイナが雑貨屋で足を止め青色の雫型のイヤリングを手に持つ。
「これ、凄く綺麗…。」
「…ブルージルコン製か。」
シイナが手に取ったイヤリングは12月の誕生石であるブルージルコンで作られたものであった。
ダイヤモンドによく似た輝きを持ち光と角度を変えると虹色のように光る非常に美しい宝石である。
「シイナ、ちょっと耳を貸せ。」
「え?」
フウトはシイナの髪を耳にかけ器用にイヤリングをつける。
「…ち、近い…。」
シイナは急なフウトの行動に心拍数を上げさせられる。耐えられない。早くして。そんな気持ちでいっぱいだ。
「よし、出来た!」
「えっと、どうです……?」
「いいんじゃないか。よく似合ってる。」
耳にかけられた青く輝くイヤリングはシイナの白い肌とよく合っていた。そして耳にかかる髪の隙間から見える姿に趣を感じる。
「え!ほんとですか!やった!」
「―よし。今日色々と付き合ってくれたお礼だ。」
そう言ってフウトは雑貨屋の店員にイヤリングをつけたまま会計をしていいかと確認し一括で済ませた。
雑貨屋にしては質の良いものを置いていると思ったが表示された金額は想定よりも桁が一つ多かった。おそらく誕生石ということもありプレゼント用で仕入れていているのだろう。
「あの、もしかして…?」
「宝石言葉は『安らぎ』、『祈願』、『成功』、そして『夢想』だってよ。」
「え?」
「さ、行くぞ。」
やや強引にシイナを連れ出すフウト。シイナは急いでフウトを追う。髪に隠れたイヤリングがキラリと揺れ光る。
―その後も街を練り歩き気づけば日が暮れていた。冬になると日が落ちるのも早い。
いつの間にか2人は雪の中郊外を歩いていた。
「暗くなってきたな。」
「はい…。」
「今日はありがとな。」
「こちらこそです…。急に誘っちゃって。」
隣り合わせに歩く2人だが肩が当たると少し離れてはまた肩が当たる。この絶妙な距離感がじれったい。
「―その。お兄さんとのバトルこっそりみてたんです。ごめんなさい。」
「誰にも見られてないと思ったんだけどな。みっともないとこ見られたな。」
「みっともないだなんて!そんなことないです!」
「でもお兄さんとバトルしてる時のイヌハラさん、少し辛そうでした。」
「何かに囚われてるみたいで…。」
「―そっか…。」
囚われている。
確かにフウトはユウキに囚われているのかもしれない。それを分かっていてユウキは自分を不幸にしたと、そう言ったのかもしれない。
「……。」
「……。」
「―シイナ、ガンプラバトルしないか?」
「え?今ですか?」
「前に相手するって言った時すっぽかしたからな。その分だ。」
「急ですね…。わかりました。」
しかしシイナはその事を覚えていてくれたことが嬉しくニヤニヤするのをマフラーで上手く隠す。同時にこういったフウトの態度がズルいと思った。
2人はGPDの筐体を探し雪道を歩く。
「でもこんなところにガンプラバトルできるところなんてあるんですか…?」
「確かこの辺に。」
そう。この街外れにはあの筐体がある。
―フウトとシイナがはじめて出会ったあの場所が。
「あった。」
「ほんとにあった。」
この様子だと本当に何も覚えてないらしい。
なんの偶然かあれから5年経ちあの少女とこの道に入り込んだ。しかもあの時と同じ。フウトは迷っている。今ここでバトルすれば何かわかるかもしれない。
そんな直感が走る。
「旧式なのに電源生きてる…。」
「シイナ、やるぞ。」
「落ち込んでるからって手は抜きませんよ!」
「当たり前だ!」
2人は操縦席の方へと向かいお互いのガンプラをセットする。先の激闘で傷ついたジャスティスカイザーの修理はまだ完全ではなかった。
ここに来て、あの子とこうしてガンプラバトルをする日が来るとは思いもしなかった。
大人の顔つきになったあの日の少女の顔を見てフウトは時の流れを感じる。
Futo'sMobile Suit
Justice Kaiser infinity
VS.
Shina'sMobile Suit
Justice Snow white
「ジャスティスカイザー出るぞ。」
「スノーホワイト、いきます!」
2機のジャスティス系統の機体が出撃する。
ステージはまたしても雪山。2人がはじめてバトルした時と同じである。
「こちらからいきますよ!」
シイナが先手を仕掛けてきた。バックパックであるファトゥムをベースとしたものは以前よりも拡張されており。ウイングパーツが増えウイングパーツと兼用のブレードまで装備されている。
かなりの加速力と最大スピードである。
雪の中を白い機体が姿を消すように近づいてくる。
「速い!」
スノーホワイトはジャスティスカイザーを通り過ぎるようにビームサーベルで切り裂く。このスピードにフウトも眼では追いつけずディスプレイに頼る。
「そこっ!」
さらにスノーホワイトは旋回しながらビームサーベルで攻撃する。
「そいつは通させねえ!」
フウトもなんとかビームサーベルを取り出し対応する。
「今度はこっちの番だ!」
ジャスティスカイザーはバックパックに装備されたブレードを手に持ちスノーホワイトへと接近する。
「それならこっちだって!」
スノーホワイトもまたウイング部に取り付けられた長いブレードを取り出し攻撃に備える。
「面白いッ…!!」
ジャスティスカイザーがスノーホワイトのブレードを弾きまずは鋭い一撃を与える。
「まだまだ!」
それに負けじとスノーホワイトもジャスティスカイザーに速い一撃を与える。
こうしてお互いのバイタルエリアに入りながら攻撃、防御、隙があればカウンターと言った具合の肉弾戦がはじまった。
そしてお互いに後方に距離を取り、勢いをつけて切り込む。
「うぉぉぉおおお!!!」
「いっけえぇぇぇぇ!!!」
お互いのブレードが激しく重なる。
互いに押し合いを譲らない。
空中で長い時間押し合う。
「見えたッ!」
「そこっ!」
ついに均衡が破れようかという時に一筋の光が指す。
「なんだ…これは…?」
「光…?」
衝撃が生み出した白い光が2人を飲み込んでいく。
―――――――――――――――――――――――
「おおっとー!華麗なカウンターから勝利をもぎ取りました!勝者はイヌハラ・フウトとジャスティスカイザー!」
「―すごい…。カッコいい…。」
まだ少し幼なげな顔の少女がテレビでプロリーグの中継を見ていた。そしてそこに映るのはまだプロデューラーであった若き日の自分の姿。
そしてそれを食いつくようにみているオリーブ色の髪をした少女。
「ここは…?」
フウトはあの衝撃の後、目が覚めると、この風景を俯瞰するような視点でみていた。
さらに場面が切り替わる。
次に現れたのはフウトと同じインフィニットジャスティスを組み上げはじめてガンプラバトルをする少女の姿。その次に現れたのはフウトの映像を何度も見返し研究している姿。
―そして、恫喝されている場面。
「これは、シイナの記憶…?」
順番は上下しているかもしれないが夢のように次々と場面が変わりフウトにその景色を見せる。場面が現れては消え、現れては消え記憶の世界を隠すように雪が吹雪く。
「―そんな。ウチの娘は大丈夫なんですか!?」
「ええ。命に別状はありませんが…。」
「記憶が断片的に破壊されていて…。」
「それってつまり…。」
「記憶喪失です。」
「そんな…。」
記憶の世界が次にフウトに見せたのはシイナが記憶を失った場面。どうやら交通事故に遭ってしまったらしくその際頭を強く打った事が原因であったようだ。
「―交通事故か…。」
フウトもまた交通事故が原因でプロを引退する事となった。こんな偶然もあるものなのだなと。
「―これなに?」
「シイナが好きなガンプラだ。」
「プロデューラーに憧れて始めたんだよ。」
「ガン、プラ…。」
「プロデューラー、イヌハラ…。頭が…痛い…。」
「シイナ大丈夫か?あまり無理してはいけない。」
彼女が口ずさんだ言葉にハッキリと自分の苗字が含まれていた。
やはり。彼女が憧れたデューラーとは自分だったのだ。
次の記憶に移ろうとしたその瞬間。
「―やっと、会えた。イヌハラ・フウトさん」
「きみは…?」
―――――――――――――――――――――――
「ん……ここは?」
シイナもまた衝撃の後気を失っていた。
「―ふうちゃん、一緒にガンプラバトルしようよ!」
「うん!」
まだ目新しい赤い機体と青い機体を手に持つ少年。
イヌハラ・フウトとイヌハラ・ユウキである。
「これって…。」
シイナもまた俯瞰してフウトの記憶世界をたどる。
「―チーム四天王結成だ!」
「俺たちは日本一のチームになる!」
ユウキ、フウトに加えそこにはテルキとタロウの生き生きとした姿がある。
「―サワラ、これで終わりだぁッ!!」
「まだまだぁっ!!」
「―俺はみんなみたいに強くないんだ!だからこうするしかなかった!俺だって、俺だって本当はふうちゃんみたいに…!」
「兄さんは俺が止めるッ!」
「―契約満了だ。」
「引退…ですか。」
「君にはがっかりだよ。」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
短い間でしたがお世話になりました。」
次々と現れるフウトの記憶。フウトが生きてきた景色。シイナはそのシーンに一瞬、一瞬触れていく。
「―ケケッ、そんな機体でマジで俺らとやろうってのかよ!」
「うっせえ、ガンプラバトルってのはな、泣きながらするもんじゃねえんだよ。」
「―これは…?」
シイナにとって見覚えのある風景だった。まるで体験したことがあるような。この後ろ姿を見ていたような気がした。しかしそれが何なのか思い出せない。
「―うっ…!!」
白く透明な光がシイナを襲う。視界が真っ白になった。
「わたしは一体…?」
「―イヌハラさん……?」
―――――――――――――――――――――――
「―きみは……?」
「わたしはシイナ。だけどあなたの知っているシイナとは少し違う。」
「どういうことだ。」
「ほんの少し、会いにきてくれて嬉しかった。」
「―いつか遠いわたしを連れ出してね。」
激しい雪が2人の間を果てしなく降りしきる。
まるで2人を離す壁のように。
「待ってくれ…!」
「俺は、きみを……!!」
「きみを必ず迎えに……!!」
オリーブ色の髪をした女性は切ない顔で優しく微笑んだ。
フウトは雪でよく見えなかったがかすかにその姿が見えた。
どんどんフウトの目の前が白い景色へと移り変わる。それを必死にかき分けるフウト。
「俺は…。」
「うっ…!」
淡い光がフウトを照らす。思わず目を閉じた。
―――――――――――――――――――――――
冬の匂いがした。白く透明で儚い。そんな匂いがした。
気づけば操縦席は真っ暗となりバトルは中断されていた。どうやら旧式の筐体は先程の激しい打ち合いの衝撃に耐えられなかったようである。
しかしそれでは先ほど見ていた世界がなんだったのか説明がつかない。
「―シイナッ!」
フウトは急いでシイナの方へと向かう。
「―痛たたた。」
「シイナ大丈夫か!?」
「イヌハラさん、わたしは平気です。」
頭を少し抱えながらも大丈夫そうなシイナ。
「頭が痛むのか?」
「少し痛みますけど大丈夫です。それよりなにか思い出せそうなんですけどうまく…。」
フウトは息を呑む。
「―さっききみの記憶に触れた。」
「え?」
シイナは驚いた顔をする。
「その、わたしもイヌハラさんの記憶を。」
「そうなのか?」
なんの現象なのかは分からないがお互いの世界に干渉していたようである。
シイナの耳にかけられたイヤリングが怪しく煌めく。
―宝石言葉『夢想』まさか、そんなことはあるまい。
「でも確かにイヌハラさんともっと別の所で話してたような。」
「―シイナ。」
フウトはシイナの目を見る。
綺麗な琥珀色をした眼だ。
「え…?」
シイナはその強い眼差しに目を背けたくなる。
しかしその強く優しい眼がシイナの心を暖める。
「きみの記憶を一緒に探そう。」
「……。」
シイナは何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。
だがフウトの手をギュッと握りしめた。記憶とは別の本能が離さないでほしいと伝えているのだろうか。
「―フウトさん…。」
「シイナ…。」
2人は互いの名前をただ呼び合い降りしきる雪の中を立ち尽くした。
夜空には冬の星座が光っている。手を伸ばしても届きそうにない。遠すぎるその瞬きにいつか届く日は来るのだろうか。
12月12日。冬の冷たい風が吹くそんな日だった。
(続く)
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