桜が舞う校庭。それはアララギにとって随分と懐かしいものだった。目を瞑ると、この場所で過ごした日々が頭の中に蘇える。もう戻れないと思っていた場所に戻ってくるというのは少し不思議な気分でもある。
そして春の匂いのせいだろうか。自然とわくわくしている自分がいる。今年から高校教諭に一転した新人教師は心を少し躍らせながら校門をくぐる。
朝はまだ早く、校内にはあまり生徒は見られない。アララギが着任した「勇気高校」は彼の母校でもあり創立70年とそれなりに歴史のある高校で地元からも愛されている。当たりを見渡せば少し古びた校舎と大きな欅の木と桜の木が並びその歴史を感じさせる。
アララギは校舎の中へ入り職員室で新任教師である事を回って挨拶をした。中には自分が元プロデューラーであった事を知っている先生もいたが特別気を遣われることもなかった。それは、アララギにとってはとても幸せな事であった。そしてここは教育の現場なのだと再認識させられた。
「さっそくだけどアララギくんの配属は……2年1組の副担任だね。まあ肩の力を抜いて生徒とありのままで接して上げてね。」
「……はい…………!!」
「なんかもう力入ってない?大丈夫?」
「そ、そうでしょうか?」
記念すべきはじめての教え子となる生徒たちが決まった瞬間である。大袈裟かもしれないが感動すべき瞬間であった。
──それがすべてのはじまりであった。
*****
いわゆる、着任式を終えたアララギは少し緊張した足取りで2年1組へと担任教師とともに向かう。やっぱり初対面が大事だよなとか最初舐められたら終わりだなど雑念が頭の中を入り混じる。そんな中、担任教師がアララギに声をかける。
「いやー流石プロデューラーだねえ。子供たちからはエラく人気者だったね。」
着任式では当然、新任教師の挨拶があるのだが「アララギ・ユウリ」と紹介された瞬間一部からとてつもない拍手や歓声が起こった。もちろんそんな風に取り上げられるのは嫌なわけではないが、やはりここにはプロデューラーとしては来ていないのだ。
「いえいえ、自分はもうプロではありませんから……。少しずつでも早く一人前の指導者になれるようになります。」
「うん、その心意気だ。」
もう自分はプロではない。あの世界からはもう遠ざかったのだ。
だが、遠ざかったからといって何か変われたのだろうか。父とミハイロさんの勧めでなった教員という道に、俺は何が出来るのだろう。
『──らん坊、お前がセンコーなんて似合わねえよ。』
いつか聴いた懐かしい声。何故こんな時に思い出すのだろう。過ぎたいつかの空気がアララギの側を通り抜ける。
『……笑うなよ……アカネ…………。』
少し昔を思い出しながら空っぽの教師はついに自分が受け持つ教室へと足を踏み入れた。
教室には年の離れた男女がうじゃうじゃといる。そうだ、学校とはこういうものだった。そして自分はこの子達の先生になるのだと、真に自覚した。
「今日からみんなの副担任になるアララギ・ユウリだ。担当は現代文。よろしく!」
パチパチパチ
決まった。生徒への最初の挨拶、緊張していたがなんとか決まった。アララギはホッと安堵する。
「──おい、ユウキ、見ろよ、俺らのクラスに来たぜ。あの「魔王」がよ。」
「うん。まさか、まさかだね。」
「どうする?やるのか?」
「……もちろん…………!!」
アララギの挨拶が終えると、教室の窓際付近に座る明るい茶髪の少年と青髪の少年が何やらヒソヒソと話している。アララギはその気配を察知し少年たちを目視しあることに気付いた。
「──あの子は確か…………。」
見覚えのある顔だった。模型店に来てアドバイスを与えた兄弟のお兄さんの方。まさかこんなところで出会うとは思いもしなかった。
そしてこの運命的とも言える『縁』がこの物語のはじまりであり全てを加速させていった。
*****
今日は着任式という事もあり生徒の時間割自体は昼過ぎに終了した。アララギは一旦職員室に戻ろうとするが先程の青い髪の少年からの視線を感じる。目と目が合えばもちろん起こりうる事は一つしかないのだが分かっているからこそその真っ直ぐな視線を受け止めきれない。
自分はもうプロではないのだ。彼が期待する「アララギ・ユウリ」は存在しない。いや、そんなものは始めからいなかったかもしれない。期待された結果、空っぽである自分を見られるのが少し嫌だと思うのが素直なところである。アララギはそのまま教室を出て当てもなく歩いていった。
「ありゃりゃ、先生行っちまったな。」
「うーん、ちょっとガン見し過ぎたかな。」
「どうする?俺は今日も『あそこ』へ行くけど。」
「そうだね。ふうちゃんも行ってるだろうし俺も行くよ。」
少年達はそう言うと彼らの言う『あそこ』へ向かう。
「──はぁ……。」
一方アララギは気付けば旧校舎の方まで歩いていた。現在勇気高校で使用されている校舎の多くは数年前に建設された新校舎でありアララギにとってはこの旧校舎の方が馴染み深い。そしてその馴染み深さに惹かれたのか彼はいつの間にか理科準備室の前に立っていた。
『──おらおら、らん坊、何やってんだ!そんなんじゃ一生クロスケさんに勝てねえぞ!』
『──アタシは弱い奴には興味がねェ。もうちょいマシなってから来な。』
今日はやけに昔のことを思い出す。ここ数年こんなこと思い出す事も無かったのに。理科準備室。ここはかつてアララギにとって秘密の特訓場であった。戸を開けるそこにはいつも制服を着崩し赤い髪を結った、田舎のヤンキーのような女が1人いた。
アララギはそんな事はもうないと、起こるはずもないと分かっていながらも少し期待しながら戸を開ける。
「あれ?アララギ先生じゃないですか。」
「えっ、ウソなんでここがバレた?」
「兄さん、この人って……。」
そこには先ほどの青髪の少年たちと、これまた見覚えのある赤茶髪の少年がいた。そしてそばには模型──ガンプラがある。
「……えっと、お前ら何してるんだ?」
「もちろん、ガンプラバトルですよ!」
青髪の少年が元気よくそう言う。よく見れば教室の奥にはGPD用の筐体が置かれている。だがその外観はもう何年も前の世代のモデルだと一目でわかる。それだけではない、よく見ればアララギがかつてここに通っていた時のものとほとんど同じものである。
「……けど、それはもううん十年も前の筐体で動かないんじゃ……。」
「ところがどっこい、ウチの天才弟ふうちゃんがシステムを組み直して最新版のGPDとして機能してるんですよ〜!」
「大袈裟だよ兄さん……、俺はただそういうのが得意なだけで……。それに見つけたのは兄さんの方じゃないか。」
自慢げにえへんとする兄と少し自信の無さそうな弟。間違いないあの時の兄弟だ。あのオンボロ筐体のシステムを組み直すとはそうとうな機械オタクなのだろう。いや、この場合は『ガンプラバカ』と言った方がいいか。
「そうだ!先生ももちろんやっていきますよね!ガンプラバトル!」
「……俺は…………。」
もう辞めたんだ。ガンプラバトル。その言葉が言えなかった。この未来ある少年たちを前にその言葉が言えずにいた。教員になったとしても過去のキャリアからこう言われる事はもちろん覚悟していた。だがその日が来ても、この手でガンプラを動かすことはないとそう決めていた。
決めていたはずなのに、何故だかこの高鳴るこの鼓動。不思議とプロの時には感じなかったわくわくをこの少年たちから感じる。
『──いつまでぐずってやがる、行けよセンコー。』
赤い髪の女が教室の隅でそう言った気がした。アララギはそのまま筐体の方へ向かう。その手には何故か持ってくる意味もない愛機「紫雲」を片手にまっすぐ向かっていた。
「さあ、どいつからかかってくるんだ?」
「はい!俺です!」
「おいずるいぞ!ユウキ!」
「兄さん、抜けがけはよくないよ!」
他の2人をよそに青髪の少年が筐体の方へと向かう。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。」
「俺は……『イヌハラ・ユウキ』です。目標は世界一のデューラーです!」
「ほう、大きく出たな。ならもちろん俺のことも超えなきゃな。」
「もちろん…………!!」
少年、ユウキの顔はくしゃっと笑いそう答えてみせた。なぜだかその顔つきがアララギが背負っていた荷を少しだけ軽くさせる。こんなにも簡単なことでいいのだと。そう気付かされた。
please set your gumpula
Araragi'sMobile Suit
Shiun
VS.
Yuki'sMobile Suit
Gundam Sophiel
2人は愛機をセットさせユーザ情報が入ったカードキーをスキャンする。カードキーには対戦相手の戦歴や記録が表示される。ユウキの画面にはアララギのアマチュアではなくプロリーグでの華々しい戦歴の数々が表示される。
「これが本物……!!すごい、すごすぎる……!!」
ユウキは目を輝かせアララギの方を見る。そしてアララギは初めての教え子となるその少年を昔の自分を見つめるようにただ見ていた。
「紫雲行くぞ!」
「ガンダムソフィエル、空を駆ける……!!」
煌めく紫色のボディの騎士と青と白を基調とした天使がバトルフィールドへと放たれた。ステージ設定は障害物の少ない地上。
出撃するとお互いが真正面に現れバトル開始の合図とほぼ同時に攻撃を繰り出していた。
「先手は…もらったッ!!」
ユウキはそう言うと勢いよく右手に装備されたレールガンで砲撃を行う。かなり精密な射撃でアララギはこれをかわすでいっぱいだ。ミドルレンジよりも少し後方から実にいやらしい攻撃を行ってくる。これで足の遅い砲台タイプならまだしもどうやらそうではない。それはあのカスタムのヒントを与えたアララギが最もよく理解している。
「なるほど!俺が言ったことをちゃんとこなしているんだね!」
アララギがそう言ったもののユウキは何を指して言われているのかあまりピンと来ていない。どうやら本気であの模型店でアドバイスを与えた人間が『アララギ・ユウリ』だと気づいていないようだ。
「あ、兄さん!もしかしてアララギ先生ってあの時の!アドバイスをくれた人なんじゃ……!!」
「…………!!!確かに言われてみれば……!!」
「はぁ、この兄弟ってなんでこんなにも天然なのだろうか……。」
弟の方が気付き兄は驚愕をする。そして呆れる友人。アララギはその構図を見てクスッと笑った。とはいえ今は勝負の最中、気を抜くと一発でやられる。
「ユウキくん!俺を前にして気を抜くとはいい度胸だね!」
「……!?」
砲撃の一瞬の静止を見逃さなかったアララギはそのまま紫雲を持ち前の超スピードで接近させランスを構える。ソフィエルは一瞬防御の対応が遅れる。
先ほどまでの距離を一気に詰め攻守を一転させたのは流石としか言いようがない。紫雲は自らのアタッキングゾーンでランスを勢いよく真っ直ぐに突く。防御態勢の遅れたソフィエルであったがなんとか致命傷は避けた。だが状況は急所を避けたもののぼぼ串刺しの状態と変わらない。この一瞬で戦況を優位に持っていく手腕は流石というものである。
「もうおわりかい?」
「……まさか…………!!」
それでもユウキは諦めない。串刺しにされたまま右腕を上げレールガンを放とうとする。
「突き刺したままの方が狙いやすいってものさ……!!」
「まずい、この距離でマトモに食らったら無事ではいられない!!」
ユウキはこの実力差を埋めるためにあえて自らのアタッキングゾーン、いやさらに深いバイタルエリアとも言える距離に荒技で引きずり込んだ。一瞬の静止もどうやら誘いだったようだ。慌てて紫雲のランスを抜こうとするがソフィエルは片手と両脚を使い無理矢理にしがみつき離さない。そしてソフィエルは装備されたレールガンに出力を溜め込む。
「へへ、これで逃げられませんよ……。」
「やるなッ!でも……!!」
レールガンが放たれようとされる瞬間、紫雲は翼を広げ光の翼を展開する。光の翼を大きく広げた紫雲はそのままランスを引き抜きソフィエルの零距離射撃を回避した。
「逃したか、でもまだまだ奥の手があるッ!」
「こいッ、ユウキくん!」
闘いを終盤にして2人はニヤリと笑う。アララギは気づくと知らぬ間に勝敗を気にすることなくただ目の前の可能性との対峙を楽しんでいた。
「…………トランザムッ!!」
ユウキの掛け声と共にソフィエルは機体を紅潮させていく。瞬間機体スペックは一気に跳ね上がりビームサーベルを構え紫雲へと突貫する。一方で紫雲も光の翼を継続し紅く染め上がった天使を迎え撃つ。
ソフィエルは自らのアタッキングゾーンに入ると果敢に仕掛ける。砲撃戦を駆使していた先程までとは一転一気に接近戦で詰め寄るが紫雲は左手に装備された大楯で防御し跳ね除け目にも止まらない早業でランスを突く。
「……まだまだぁ!」
少年の横顔は笑っていた。その圧倒的な実力差に絶望に近いものを感じながらも彼には笑みが溢れていた。強者へと挑むその姿がアララギの眼には強く焼きついた。
どこまでもまっすぐな少年の眼差し。その眼差しを見て自分が失った純粋な気持ちを守りたいと素直にそう思った。いつか彼も自分と同じように絶望や虚無を抱える時が来たとしても、その眼差しをずっと大事にして欲しいと心から願った。これは綺麗事である。ただのエゴだ。それでも大人なら子供の次世代の可能性を守らなければならない。自分はいまそういう立場にあるのだ。
もう自分には、空っぽの器にはそんな気持ちがなくともせめて、この子の、この子たちの可能性だけは潰したくない。アララギはユウキの必死の連続攻撃を受けながらそんなことを思い始める。
ソフィエルは全身をランスで貫かれ穴だらけになっても立ち向かう。ビームサーベルもレールガンも破壊されても立ち向かう。蒼き天使は魔王に正面から対峙し続ける。
「…………ユウキくん、残念だけど君の翼はまだ俺には届かない……。」
「…………ッッ!」
「だからこそ、足掻け……!!その可能性の中だけでとどまるな!君だけの世界を俺に表現してみろッ!!」
ユウキにはアララギと紫雲がどこまでも、果てしなく大きく見えた。これが世界で一番強い者のスケールなのだと。額に汗をかきながらも彼はアララギに立ち向かっていく。その果てしない道を、いや空を翔ぶための翼をいつしか手に入れるため。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ユウキは腹の底から叫びながらアララギと紫雲へと向かう。ソフィエルのトランザムは既に切れかかっているがツインアイは最後の灯火を燃やすように光る。紅い閃光は限界を超えたスピードで直線を突き進み勢いよく強烈な右ストレートを紫雲の頭へと叩き込む。
「…………!!」
「一発……入れてやったぞ……!!!」
そういうとソフィエルは目の灯火を消し紅潮したボディも通常の色に戻りながら崩れ落ちていった。
──battle end──
winner Araragi
バトル終了の合図が出た。ソフィエルは再起不能。機体の稼働に限界が来たのだ。
「全く、無茶な闘い方をするな。」
「くそぅ、最後のはいけると思ったんだけどなぁ。」
ユウキは悔しそうに一言そう言った。そして無残な形になってしまったソフィエルを見つめる。地に堕ちた天使。ソフィエルを使いはじめてここまでこっ酷くやられたのははじめてだった。
「悔しいかい?」
「もちろんです。」
「そうか。じゃあまた来よう。」
「え?」
「また来るよ。次はもっとマシなバトルが出来ることを期待してるよ。」
アララギはそう言ってその場を立ち去った。そして最後の一撃を決して誉めなかった。彼ならもっとより高みを目指せるから。こんなところで満足してもらっては困る。
「アララギ・ユウリ……。いつか、あなたを超えてみせます……!!!」
青い髪の少年は握り拳をグッと作り立ち尽くす。これは後に修羅と呼ばれるほどの強さを纏う男の道のはじまり。空っぽの、なんの
*****
アララギは業務を終え帰宅すると机の上に飾った写真を見て一言言う。
「──アカネ……。俺は君がダイキライだったセンコーになったよ。それに君に負けず劣らずのガンプラバカと出会ってね……。」
届くはずのないその声。アララギは椅子に座るとユウキ達の顔を思い浮かべながら紙にトレーニングメニューを書き出していた。
こうしてアララギ・ユウリは自分にとってはじめてとなる教え子と出会ったのであった。
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