ガンプラバトル部(仮)が指導して約ひと月が経った。満開だった桜も散りはじめ季節は夏へと向かっていた。
アララギはいつものように授業を終えると理科準備室に足を運ぶ。今日の業務よりも明日の授業の準備よりも彼には大事なことがあった。
「──おーい、みんなきてるかーー?」
ガラッとドアを開ける。
そこにはGPDの筐体で既にバトルしている学生の姿があった。彼らは無我夢中でアララギの存在に気づかない。そしてまたバトルに参加していない学生は必死に見学している。
「──そこだぁッ……!!」
テルキが駆る赤と黒の大きな羽を持つビルドデスティニーが青と白の機体、ガンダムソフィエルに対して近接戦で攻め寄る。
「くそっ!このままじゃ不利だ!」
ソフィエルはガンナー型であるため近接戦はあまり得意としていない。一方でビルドデスティニーは対艦刀を装備しガンガン距離を詰める。
「ユウキ!今日は俺の勝ちだな!」
「まだまだ…………!!」
ソフィエルはビームサーベルを手に持ち近接戦闘を行う。だがビルドデスティニーとのパワーとは歴然の差。このまま押し切られて必殺のパルマフィオキーナでトドメを刺されるのがオチだろう。
「さぁ、どうする。ユウキくん。」
アララギは遠くから学生を見守る。ここから抜け出す手段はおそらく一つ。さあどうする。
「兄さん……笑ってるの…………?」
ユウキは額に汗を書きながらも笑っていた。
「同じ土俵に付き合ってやったんだ。次はこっちに付き合ってもらうよ?」
「……トランザムッ…………!!」
蒼い天使は機体を紅潮させ超スピードで背後をとる。トランザムシステム。一時的に機体スペックを向上させる代わりに一定時間を超えると放出した分のGN粒子を再チャージするために機体性能が大幅にダウンするというデメリットを持つ。短期決戦型のシステムだ。
「今日こそはそのスピードについていくんだよッ!」
デスティニーもまた羽根から大きな光の翼を広げソフィエルの攻撃に対応する。互いに残像が見えるほどのスピードだが機体を紅くするソフィエルの方が優勢だ。
「テルキ、残念だけど今日も俺の勝ちだ!」
「ちょこまかと!!」
ソフィエルは高速移動しながら精密な射撃をビルドデスティニーに放ち続ける。まさに無数のビームの雨。ビルドデスティニーはガードするも耐え続けるしかない。
「こいつで終わりだ……!!」
ソフィエルはライフルを捨てツインアイを光らせながらビルドデスティニーへと飛び込む。しかし近距離であればテルキにとっても好都合。
「しくじったな!ここで狩り取るッ!!」
手のひらには既にパルマフィオキーナのエネルギーを爆発させソフィエル目掛けて打ち込む。
「遅いッ…………!!」
ソフィエルはその渾身の一撃をひらりとかわした。ビルドデスティニーが捕らえたのは虚しくも赤い残像だった。そして交わしたと同時にボディに鋭いパンチを叩き込む。
「ウッ…………!!」
「勝負あり、だね。」
怯んだビルドデスティニーの目の前には必殺のレールガンを零距離で構えたソフィエルの姿があった。スピード対決を制したのは蒼き天使だった。
──battle end──
バトル終了の合図がされるとバーチャル空間は消え先程闘っていたガンプラもただの玩具に戻る。GPDはゲーム中に実際受けたダメージが現実のプラモにも還元される。そのためユウキ達は練習時はむやみに傷つけないためにトドメはささないようにしていた。
「2人とも、腕を上げたね。」
「あ、先生。」
バトルが終わった2人にアララギが声をかける。ユウキもテルキもバトルに夢中だったため少し驚いている。
「ユウキくんはトランザムの使うタイミングが上手くなったね。それとテルキくんも技の出し方が上手くなった。でもまだ距離感が掴めてないかも。」
「やった!先生に褒められた!」
「ちぇ、俺はどうせまだまだですよ。」
「テルキさんも途中までさずっと押してたじゃないか。」
「そうそう、あれだけ詰め寄られると俺も嫌だったよ?」
「でもま、最後のツメが甘いけどね!」
「ぐぬぬ………………。ユウキ次は勝つ!」
「ああ!いつでも!」
学生の姿を見て思う。彼らは本当に楽しそうにガンプラバトルをやると。確かに勝負ごとだから勝ち負けは当然つく。それでも彼らはそれが1番ではない。何よりも大切な「楽しむ」ということを持っている。それは自分自身が失ってしまった気持ちだった。もっと高いレベルを彼らが目指すことになっても「本当に大切な気持ち」だけは忘れてほしくない。
失ってしまった物だからこそ余計に眩しい。
その光を、輝きをずっと持っておきたかったというのが本音だ。
大人の失敗は繰り返してはならない。それがきっと俺がここにいる意味。責務なのだ。
「なんだよ、先生。ボーッとみちゃってさ。」
「テルキがあんまりにもブザマだったから唖然としてたんだよ。」
「兄さんそれは言い過ぎじゃ……?」
「……いいや。みんなもっと強くなるなって、ただそう思ってただけさ。」
3人はその言葉にきょとんとした。だが彼らは顔つきを変えて、当たり前だ。もっと強くなる。そう言った表情になった。根拠のない自信かもしれないが彼らはまだそれを持っていていい年代だ。いくら失敗してもいい。それは大人の自分が支えればいいのだ。だからもっと挑戦して強くなれ。アララギは言葉にはしなかったが目で訴えた。
「そういえば先生には師匠みたいな人っていたの?」
「え、突然どうした?」
「その、先生って滅茶苦茶強いからさ、その原点ってどこにあるのかと思って。」
テルキがふと思いついたようにアララギに問いかける。
「師匠……か……………。」
確かに小さい頃は父によく相手をしてもらっていたが師匠といえるまでの存在では無かった。
自分にとっての師匠はやはり。
『らん坊、テメーをアタシが最強のデューラーにしてやるよ。』
そう。あの人だ。あの赤い髪を後ろで結っていつも滅茶苦茶で破天荒なあの人。
「──アカイ・アカネ」
***
あの人との出会いは小学6年生の頃だった。夏休みの始まりの日でとても日差しの強い日だったのを今でも覚えてる。
父がプロデューラーというのもあって我が家にはたびたび腕利きのデューラーが集まっていた。そしてアカネもその中の1人だった。当時高校2年生の彼女は突然嵐のように店に現れ腕利きのデューラー達を鬼神の如くバタバタと倒した。赤い髪と鋭い眼光、機体の色も真っ赤で付いた通り名は「赤い死神」
アララギは子供ながらにその強さに憧れた。
「さてと、倒す奴はあとはクロスケさんだけか。」
「あ、あの!」
「あ?ガキがこんなとこうろちょろしてんじゃねぇよ。」
アララギは怖くて何も言えなかった。なぜ話しかけたのかすら分からないくらいに言葉が出なかった。その眼光が驚くほどに怖かったことを今でも覚えている。だけど勇気を出してアララギは声を出した。
「……どうしたら……そんなに強くなれますか?」
かすかすの声だった。声帯は震え足も今にも崩れ落ちそうだった。
それでも少年は強くなりたかった。父のように。父よりも強く。ただ純粋に。
「…………………………。」
アカネは何も言わなかったが少し間を置いてこう言い放った。
「勝つから強えんだよ。当たり前のことを聞くな。」
この言葉に衝撃を覚えたのは今でも覚えている。ここまで当たり前のことを言われた事はない。だがこの言葉の意味をアカネと過ごすようになりアララギは理解できるようになる。
その後、赤い髪の女はタバコに火をつけくわえたまま父と戦わず店を立ち去った。てっきり父とバトルするのかと思っていたアララギにとってその行動の意味が分からなかった。
「ついて来い、ガキ。」
赤髪の女はアララギを真夏の空の下に連れ出した。
女は制服を見るに近隣の勇気高校の生徒のようだ。だが制服は着くずしておりいわゆるヤンキーというよりレディースというべきだろう。しかも昼間から小学生男児を連れて歩いている。周囲からすればこれは異常だ。アララギはビクビクしながら女について行く。
「お前、名前は?」
「えっと……。アララギ・ユウリです。」
「なるほどね。お前クロスケさんのせがれか。」
アカネはアララギという姓に反応しニヤリと笑う。
「普通ならガキでいいんだがクロスケさんの子なら仕方ねえ。オメーは『坊や』だ。『坊や。』『らん坊』だよ。」
「はぁ……。」
健全なアララギ少年にはこのヤンキーのノリが全く理解出来なかった。
「なにが『はぁ』だ!返事は『はい!』だろ!!」
アカネが突如怒鳴る。そして続けてこう言う。
「決めたよ。オメーは今日からアタシの舎弟だ。」
「え?」
「まぁせいぜいありがたく思えや。赤い死神に教えを請えるんだからよ。」
これがアカネとの出会いだった。今思い返しても滅茶苦茶だ。話の展開なんてない。色々のものがぶっ飛んでる。だけどそれがこの女、「アカイ・アカネ」なのだ。
***
「え、アララギ先生の師匠ってヤンキーだったんですか?」
「そうそう。ほんと言ってることは滅茶苦茶で支離滅裂だったけどガンプラバトルにおいては無類の強さだったんだ。」
「で、なんか秘密の特訓場みたいなのってあったんですか?」
「ここだよ。」
「え?」
「まさにここなんだ。だから俺がはじめにここへ来た時君たちがいて本当に驚いたよ。」
理解準備室。ここにアカネとアララギは毎日のようにガンプラバトルに明け暮れた。アカネ曰くどこかの店の要らなくなった筐体を譲ってもらい教員には内緒で無理矢理持ち込んだらしい。なぜ理科準備室だったかというとここが学校の物置であったこともそうだが一番はアカネのサボり場だったと言うこと。授業もろくに出なかったアカネはだいたいはここにいた。
アララギは毎日アカネとの特訓に明け暮れた。今思えばなぜ自分のような格下の面倒なんて診てくれていたのかは不明だが多分きまぐれなんだろう。あの女はそれくらいの直感で生きている。深いところまで考えるだけ無駄だ。
とはいえ、アカネの方もアララギがここまで熱心に取り組み続くとは思わなかった。叩きがいがあると毎日のようにボコボコにしていた。
「どした?らん坊?もう終わりか?そんなんじゃ女ひとり満足させれねえぞ〜。」
「そんなの今は関係ないだろ!」
人を煽るときのアカネの顔は1番生き生きとしていた。あの悪魔のような顔は今でも忘れられない。
人間性はさておきそれでも反射神経、ゲームプラン、駆け引き、どれもデューラーとしてかなり高いレベルであったのは間違いない。本人は近接戦闘を好むが射撃もかなりの精度であり闘いにおいては穴がなかった。
もちろん、ビルダーとしての能力も高く、彼女が扱う近接用の機体「レッドストライク」の完成度はかなり高かった。ヤンキーというのはだいたい手先が器用なのだがアカネも例に漏れずその1人だった。
また、彼女が愛用する武器の一つとして日本刀があった。「不知火」と名付けられた刀で敵を次々と仕留めていく様をアララギは何度見たことか。余談ではあるがこの刀の使い方を教えたのはフウトと同じミハエロであった。
アララギは毎日学校が終わると裏口から高校に入りアカネに稽古を付けてもらった。毎日強くなれているような気がして楽しかった。実際、基本の動きはアカネの動きを見て学んだ。彼女は決して口では何も教えてくれなかった。だから見て真似て失敗してその繰り返しで自分のモノにしていった。
無論、不要な事もたくさん教わった。タバコ、酒、無免許運転、ナンパ、とにかくたくさんだ。
そしてある日俺はアカネから一本取った。
「ちょっとはマシな動きになってきたな!」
「おかげさまで!!」
アララギの機体とアカネの機体が強く交わる。お互いに距離を縮め格闘戦に持ち込む。高度な読み合い。常に勝負は一撃必殺で決まる。
「フェイントッ…………!!」
「らん坊、もう終わりか?」
「…………ッッ!!」
アララギはなんとかアカネのフェイントからのワンツーを受け止めた。いつもならここで倒れるところだがなんとか踏ん張った。
「へへっ、そうだよ。無駄にタマがついてるわけじゃないみたいだな!」
アカネが高速で攻め寄る。
「おらおら、どした?」
怒涛のラッシュだ。レッドストライクの強烈な一撃が何度もアララギの機体を襲う。
「勝負に勝つには、常に相手より速く、強く攻撃するしかない…………!!」
これはアカネの言葉だ。彼女は馬鹿だが強い。何故強いか。当たり前のことが出来るからだ。勝つためには常に相手を上回ればいい。ただそれだけ。そう簡単に言い放つ彼女の文言は何も間違っていない。
じゃあどうするか。どの姿勢から繰り出す攻撃に最もエネルギーがあるのか、どの距離感でいれば攻撃をかわせて反撃できるか。常にそれを考え続けるそれが師匠の、アカネの教えだ。
要するに勝てばいいのだ。そして勝つための当たり前を彼女は教えてくれた。
「へっ、ちったぁわかって来たかよ。」
アカネの攻撃が珍しくブレた。こんな勝機は滅多にない。アララギはすかさず攻撃を避け強烈なカウンターを食らわした。
「…………入った…………!!?」
「自分で驚いてんじゃねえよ。」
完全に入ったと思った攻撃だったがアカネはギリギリで致命傷を避け油断したアララギに蹴りを入れた。
「うっ!相変わらず大人気ないや。」
「馬鹿言え、これでも加減してやってんだよ。」
「なぁ、らん坊。いい事思いついた。」
「なに、アカネ?」
「お前今度の大会に出てみろ。勝つまでここに帰ってこなくていいぞ。」
アカネはそう言って大笑いした。本当に意味が分からなかった。それでも楽しかった。本当に楽しかった。
***
「とまあ、他にも色々あるけどこんな感じだな。」
「ほんと滅茶苦茶な人ですね……。」
「あぁ、ふうちゃんなんてアカネから言わせてみれば『なに小賢しくまとまってボクはアタマがいいですみたいな面してんじゃねえよ。そんなんじゃ何も成し遂げれねえぜ?』っていわれちゃうかもね。」
「俺ってそんな風に見えます!?」
少しがっかりした顔を見せるフウト。アララギはいつにもなく笑っていた。
「で、アカネさんはその後?」
「アカネはウチの父親の推薦で高3で学校やめてプロになったよ。いまも一応プロだけどその辺を彷徨いてるんじゃないかな。」
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『おい、らん坊。アタシは先に上で待ってる。』
『アタシを負かすくらい強くなって上がって来な。』
『アカネ、勝つまで帰ってくるなよ。』
『へっ。誰にモノ言ってやがる。こっちの台詞だ。』
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師と出会い。彼女が自分を強くしてくれた事は感謝している。そして強さを求めた自分に楽しさも同時に教えてくれた。本当に滅茶苦茶だったけど。
そして「勝つまで帰ってくるな。」この言葉は彼らにとって約束の言葉なのだろう。勝負師の相言葉なのだ。
あの伝説の女子高生を決して忘れる事は出来ない。
『なあ、アカネ。今なら少しだけわかるよなんで俺みたいな
アララギは3人の学生を前にそう思う。楽しみなのだ。今は自分が強くなることよりもこの子達が育つことが。いつか自分を超えてくれる日が来ることを、その可能性を誰よりも信じているから。もっとも何度も言うようにアカネの場合はほとんど気まぐれだったと思うが。
死神に育ててられた魔王は新たなる可能性を紡ぐ。
「アカネ、どこかで見てるか。クソ生意気な
放課後の空はきまって夕暮れだ。茜色の真っ赤な空。
あの頃とよく似た空とよく似た匂い。
教室の隅っこで煙草を吸う彼女の姿が一瞬、アララギには見えた。
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