TS娘の美しき理想の遊戯   作:Haseyan

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第二章 天と地の隔たり
第一話 願わぬ新しい日常


「……朝か」

 

 じりじりと鳴り響く時計の音。そしてカーテンの隙間から差し込む陽の光。その二つに起床時間を知らされ、ベッドの上でゆっくりと起き上がった。乱雑に時計を叩き、けたたましい音を止める。

 その衝撃のせいか、軽くて細い白い房が肩から背中に流れ、寝ぼけた脳裏に疑問符が浮かんだ。数秒間、それが何なのか考え込んでしまい、答えに辿り着くと盛大な溜息を吐いた。

 

「はぁ……。戻ってる、わけないよね」

 

 胸元にぶら下がっている脂肪の塊と、真っ平らな股間をそれぞれ確かめて、今日も少女として──ルミとしての身体で一日が始まったことに辟易する。

 夢の中では男の身体だったのに、と心の中で愚痴りながらルミは部屋を後にした。

 

 廊下に出れば家の中心から物音がする。昨晩に説明されたばかりの間取りを思い出しながらリビングに向かって。

 

「おはよう。早かったな。朝食ならもう少しでできる」

 

「おはよう……いや本当に、何から何まで申し訳ないというか……」

 

 目が合ったのは、家主にしてルミの命の恩人。そして生活費の全てを賄ってくれている青年──アベルだ。異世界で絶賛ニート生活中のルミはへこへこと頭を下げるしかない。

 今日で王都に到着してから二日目。これがルミの新しい日常だった。

 

☆ ☆

 

 時は僅かに遡り、王都に到着した直後。

 年若い近衛騎士のカインの案内で王都に踏み込んだアベルとルミはそのままの足で騎士の詰め所に向かい、そして事情聴取を受けていた。

 質素なテーブルにアベルとルミが並んで座り、その向かい側でカインが次々と質問を投げかけてくる。

 

「それで、ガリガリの男は現在も逃亡中と」

 

「ああ。俺たちが倒せたのは片割れの男だけだ」

 

「魔物か悪魔だかは知りませんが、何かと契約した混ざり物の殺人鬼が野放しに……全く。兄貴は何をしていたんですか?」

 

 ついでに皮肉も。ルミとしても聞いていて気持ちの良い言葉ではないが、二人の関係性や事情を知らないため迂闊に口出しもできなかった。

 何も反論しないのを良いことに、カインの口撃は止まらない。

 

「あなたが本気を出せば二人ともその場で無力化できたのでは?」

 

「俺は、本気だった。手加減なんかしていない。それで一人を仕留めるのが精いっぱいだった」

 

「はっ、どうだか。まあいいです。人相書きを用意したいのでルミさんにはまた後日、協力をお願いします」

 

「わ、わかりました……」

 

 何故、アベルは強く言い返さないのだろうか。彼は優しい青年だが、聖人ではない。ハゲ頭の男と戦っている最中には、攻撃的な発言だって発していた。

 これだけ暴言を吐かれるのならば、少しぐらい反撃しても罰は当たらないだろうに。

 

「あとは……悪魔と遭遇したんでしたっけ」

 

「……これが悪魔の肉片だ。研究施設かどこかに回して欲しい」

 

「腐ってる……わけでもないですね。元からこんな腐肉みたいな見た目を?」

 

「ああ。無数の目玉を全身に埋め込んだ、人間大サイズの腐肉の塊みたいな見た目だった。空中を自在に飛び回る能力と、目玉が光るたびに放たれる魔力の砲撃。それと……魔法の効きが異常に悪い」

 

 最後の情報に関しては、ルミも初耳だった。カインも興味深そうに耳を傾ける。

 

「魔法の効きが?」

 

「風の魔法による切断、強風による叩き落し。どちらも通用しなかったが、耐えたというよりも効力が薄れていたように感じた」

 

「なら魔術は?」

 

「試していない。持ち合わせがなかった」

 

「ちゃんと用意しておいてくださいよ。それとも兄貴の実力なら魔法だけで十分だとでも?」

 

「……すまない」

 

 膝の上で拳を固くする。魔法だとか魔術だとか、ルミにはちんぷんかんぷんだが、アベルが不当な難癖をつけられているのは確かだった。

 やはり事情がどうとか、どうでもよい。アベルが黙っているのならば、ルミが言ってやろうか。怒りのままに立ち上がろうとして──

 

「ルミ」

 

「……っ」

 

「悪い。ただ、口を出さないでくれ」

 

 そんな悲しげな表情で止められてしまえば、部外者のルミは何も口にできなかった。きっと彼らの問題は、そう易々と解決できるほど単純ではないのだろう。

 浮かびかけていた腰を再び椅子に戻す。

 

「これぐらいですかね。騎士団でも調査を続けるので、何かあったらまた呼び出しを……」

 

「待て。まだ残ってる」

 

「まだですか? どれだけトラブルに巻き込まれているんです?」

 

 アベルと視線が絡んだ。説明しろと言うことだろう。ルミの特殊な事情についても。魔法や魔術とやらが存在する世界でも、異世界からの来訪者は聞いたことがないという。

 ならば、国の直下に所属する騎士団に相談するのは、正しい判断だろう。ほんの少しだけ迷って、それでもルミは口を開いた。

 

「えっと、僕のことで……その、僕はこの世界の住民ではありません」

 

「……は?」

 

 アベルに話した時と全く同じ反応だ。そのことに複雑な感情を抱きつつも、外には出さない。

 

「気が付いたら、小宇宙の中にいて……悪魔の襲撃でその小宇宙も崩壊したせいで、この世界の森の中で遭難していました。身体もなぜかその時に全くの別人に、男性だったはずなのにこんな女の子の姿になっていて」

 

「……………………あなたは、元の世界では男だった。けれど気が付いたらこの世界にいて、女性になっていたと??」

 

「えっと、嘘じゃないからね?」

 

 大量の疑問符と共にカインは盛大に顔を顰めた。言語化すれば「何を言っているんだ、この女は」と言った表情だ。

 

「カウンセリングなら紹介しますが?」

 

「頭がおかしくなったとかじゃないって!!」

 

「……まあ、そうですね。少し調べてみましょう。別の世界なんてそれこそ聞いたことありませんが」

 

 恐らく、いや確実に、信じていない。あくまで職務として頷いているだけだ。確かにこんな美少女が本当は男性ですと宣言したところで、誰も信じてくれないのはわかるが。

 ちなみにナルシストではない。純然たる事実だ。

 

「身分の証明はひとまず、ギルドで仮のものでも発行してください。異世界人の国籍なんて、どうすれば良いのか俺は知りませんので」

 

「え、それで大丈夫なの?」

 

「だから知りませんって。兄貴がそこらへんは何とかしてくれるでしょうし」

 

 何故か確信をもって断言するカイン。ルミはただでさえ迷惑をかけ、今後も迷惑をかける予定なのに、更に負担を重ねるのはいたたまれないのだが。

 アベルは対して気にした様子もなく、頷いて見せた。

 

「ならもう遅いので、ここまでにしましょう。先ほども言った通り、また呼び出すことになりますが、ルミさんはどこに泊まるつもりで?」

 

「俺の家だ」

 

「……ああ。確かに部屋が空いてますからね。なら兄貴の家に連絡を寄越します」

 

 これで終わりだ。身分証明書の仮発行とやらは明日で良い、と言うよりもこの時間ではどの施設も閉じているだろう。部屋に備え付けられた時計を見れば、時刻は既に深夜一時を回っている。

 

「じゃあ僕たちは失礼するね」

 

「ええ、夜道には気を付けて。騎士団としては恥ずかしながら、近頃は妙な噂も多いので」

 

 二人で立ち上がると、カインが詰め所の入り口まで再び案内してくれる。中々に息苦しい空間だった。早く横になって休みたい。疲労困憊の身体で詰め所を後にしようとして──

 

「それと兄貴」

 

「なんだ?」

 

「元男だなんて言ってる女性だからって、保護対象に手を出さないでくださいよ?」

 

 最後に特大の爆弾を置いていったと。ルミは盛大に頬をひきつらせた。

 

☆ ☆

 

 その後、丸一日を休養に費やし、二日目の朝。つまり今朝に繋がる。完成した朝食をテーブルに並べるのを手伝いながら、ルミはあくびを零した。

 

「朝は弱いのか?」

 

「慣れない環境と身体であまり寝れなくてさ……ベッドの中でじっとしてると、色々と気になって仕方がないの」

 

 視点の低さやいちいち揺れる胸。活動中でも強制的に気を引かれる状況は多いが、それ以上に就寝時間がルミには辛かった。

 やはり静かにしていると、考え込んでしまうのだ。元の世界に帰れるのか。元の身体に戻れるのか。帰ったところで今後の人生はどうなるのか。

 そして、今の自分が女性なのだと、寝狩りを打つたびに、何なら横になっているだけで突き付けられること。

 

「服の上からだとわかりにくいけど、それなりに大きくて邪魔なんだよ?」

 

「下品だし男の前だ。やめろ」

 

 布越しに自らの胸を揉む。柔らかいが、それだけだ。初めはいちいち緊張していたが、何度も水浴びや着替えを繰り返していればある程度は慣れてしまった。

 男として悲しいのかは、良くわからない。

 

「あ、ごめん……何回も言うけど、自分の身体って自覚が全然なくてさ。……何なら家賃代わりに触ってみる?」

 

「うぐ……っ!? だからやめろ! 別に見返りは求めてないって言ってるだろ」

 

「ごめんごめん」

 

 危うく、アベルが口にしていた牛乳を吹き出しかける。

 普段は冷静な人間が、露骨に狼狽える姿は実に面白い。初心な男性を揶揄う女性の気持ちが少し理解できてしまった。今後も不意打ちとして会話に差し込んでみようと思う。

 

「ルミがどう思っていようが、今のルミは女性なんだ。少なくとも他人から男として扱われることは絶対にない。だから、事情を知ってる俺相手だったとしても、そういう言動は慎め。何時か痛い目を見るぞ?」

 

「頭じゃわかってるつもりなんだけどね……」

 

 例えば風呂場だろうか。アベルの家に浴槽なんてものはないため、身体を清めるには風呂屋に向かう必要がある。そう、公共の浴場だ。

 当然、男性と女性に別れた施設になっている。

 何も考えていなかったルミは自然と男湯に踏み込もうとしてアベルに引きずり出されたし、女湯に入るにも酷い抵抗感を、或いは罪悪感を覚えた。

 

 身体が女性になっているという事実を認識しても、心は受け止め切れていないのだ。どうしても自分が男性のように行動してしまいそうになるし、女性専用の空間に踏み入る際には違和感が伴う。

 結局、女湯で入浴はしたが、全く落ち着くことができずにすぐ上がってしまった。

 

「まあ……すぐにどうこうできないのはわかってる。辛いだろうからな」

 

「正直、どうなんだろ。別に今は彼女とかはいなかったし……女性扱いされるのは慣れないけど、そんなに不快感があるわけでもないし」

 

「でも、男に戻りたいって気持ちは強いんだろ?」

 

「……うん、そうだね」

 

 何処まで行っても違和感が付きまとう生活が長時間続けば、それは十分なストレスになるだろう。今はまだ耐えられても、いずれ辛くなってくるのかもしれない。

 男として生まれてきたのだから、やはりルミは男性なのだ。

 

「元の世界、元の身体。あとはルミの友人か。色々と大変だろうけど、調べていれば何か手がかりは見つかるはずだ」

 

「だといいな」

 

「ただその前に生活の準備をする方が先だ。今日はギルドで仮身分証の発行と日用品の買い出しだな」

 

 そう言われて身体を見下ろす。纏っているのは集落で頂いたワンピースではなく、ダボダボな男物のシャツだ。アベルの私服を借りているのである。

 独り暮らしの男性の家に、小柄な少女が履けるようなズボンはあるわけなく、下半身には何も履いていない。アベルのシャツは大きく、ワンピースのように機能しているが、ギリギリ太ももを隠せるかどうかの丈しかない。

 

 実に目のやり場に困る。そんなルミの姿をアベルが一瞥したことにすかさず反応し、少しだけシャツを捲ってみた。白く眩しい太ももが僅かに晒される。

 

「……だから、やめろ」

 

「ごめんごめん」

 

 こんな美少女のセクシーショットならご褒美なると思っているのだが。これ以上は本気で怒られそうだと判断して、ルミは朝食に手を伸ばした。

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