TS娘の美しき理想の遊戯   作:Haseyan

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第四話 初めてのお留守番

 衣服などの生活用品の買い出しを行った日の夜。夕食を取り後は寝るだけという時間に、ルミの部屋を誰かがノックしていた。とは言え、来客の候補は一人しかない。

 特に警戒することもなく、扉に背中を向けたまま声を張り上げる。

 

「どうぞー」

 

「入るぞ。明日からのこ──」

 

 家主のアベルが部屋に踏み込んできて──ルミの背中を見るとすぐさま廊下にとんぼ返りしていった。謎の行動に首をかしげる。

 

「アベル? どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃないだろ!? 裸になってるならちゃんと言え!」

 

「あ、あー……そうだった。ごめんごめん」

 

 言われて初めて、ルミは自らの状況を思い出した。濡れた布で身体を清めている最中で、上半身が完全に露出している。染み一つない小さな背中がアベルには丸見えだったというわけだ。

 別に背中ならば良いのではないだろうか。なんて適当に考えていたのだが、確かに後ろ姿とはいえ美少女の裸体が眼前にあったらルミも動揺する。

 

「本当にあんたは……女装は嫌でも裸はセーフなのか?」

 

「うーん。女の子になっちゃったのは不可抗力だから仕方ないけど、あの服を着たのは自分の意思だからさ。そこの違いだと思う」

 

「……俺には良くわからん」

 

 扉の向こう側と会話しつつ、ルミは全身をくまなく拭いていく。可能ならば毎日、風呂屋に通いたいものだが、それなりに高価であるためニート状態のルミとしてはあまり頼みづらい。

 そもそも毎日、入浴するという文化がないのだ。これはこの世界の文化が、と言うよりも日本人が風呂好きすぎるだけだろう。もちろん、ルミも風呂でまったりするのは大好きだ。

 

「服着たからいいよー」

 

「……大丈夫そうだな」

 

「なんで警戒してるの?」

 

「ルミは実は裸のままとか、やりかねないだろ」

 

 アベルの発言のなんて失礼なことか。ギリギリのチラリズムで攻めることは少し考えたが、大事な場所を見せるような真似はしない。ルミの裸はそれなりに高いのだ。

 だから、しっかりと買ったばかりの寝巻に身を包んでいる。薄水色の手触りの良い女性物の寝巻。正直、さっき背中を見られた時よりもよっぽど恥ずかしい。

 

「まあ、いい。それより明日からの話だ」

 

「仕事で家を空けるんだっけ?」

 

「そうだ。四日は帰ってこないと思う。冷蔵庫の中身は勝手に使ってくれ。お金は自由に使えるものを置いていくから──」

 

 一つ一つ確認されていく、留守番中の注意事項。過保護なまでに細かな話にルミは頷きながらも苦笑した。まるで初めての留守番を頼まれた子供のようだ。

 ルミの中身は成人した男性だし、ルミの見た目そのままだったとしても、もう子供ではない。それでもアベルがこちらを気遣ってくれているのはわかったため、素直に耳を傾ける。

 

「──それと昼食は必ずギルドの酒場で取って、ミリアに顔を見せること。あとは……図書館か」

 

 図書館。現状、ルミが自由に使える唯一の情報源だ。こうして生活に目途が立った以上、次にやるべきことは調査。元の世界へと帰還方法と、逸れてしまった友人たちとの合流だろう。

 後者は現状、調査依頼の騎士団に申請する程度でやれることは少ない。前者に関しても期待はできないが、何も行動しないよりはましだった。

 

「場所は覚えたな?」

 

「うん、今日の帰りに寄ったところだよね。最悪、ミリアさんに聞くよ」

 

「そうしてくれ。少しは手がかりがあるといいな」

 

「……そうだね。専門機関に調査してもらえればいいんだけどね。それは難しいから」

 

 何の立場のない人間が異世界から来ました、と名乗り出たところで、大きな組織は動いてはくれまい。地道に手の届く範囲で調べるしかなかった。

 

「もっと大々的な騒ぎになってるかも、って思ってたんだけどね」

 

「ルミの予想だと大勢が転移していると思ってたんだったな?」

 

「そうそう。僕たちと同じ立場の人間はいくらでもいたし。偶然、僕たちだけが飛ばされたとは考えにくいよ」

 

 ルミ以外の転移者は噂すら聞かない。それが妙な点だった。仮にあの瞬間、ゲームにログインしていたプレイヤーが転移したとしたら、最低でも万単位の人間がこの世界に突如として出現したはずだ。

 流石に何かしらの影響は出る。出ないはずがない。だというのに、大都会の王都ですら噂一つ聞きやしない。

 

 転移者がごく限られた人間なのか。或いは何かしらの理由でもみ消されているのか。

 どちらにせよ、調べなくては理由がわからなかった。

 

「まあ、図書館で調べるのは構わない。ただ日が落ちる前には必ず家に帰れよ。あと路地裏には絶対に近づくな」

 

「何それー。子供じゃないんだからさ」

 

「今のあんたは子供じゃなくても女性だ。ルミはどうにも危機感に欠けてるきらいがある。いいな? 怖い目にあいたくなければ、何があっても約束は守れ」

 

「はーい」

 

「本当にわかってるのか……?」

 

 わかっているとも。アベルの言うことは尤もで、夜遅くに女性が一人で出歩くのは確かに危険だ。しっかりと頭に叩き込んでいく。

 初めての留守番。他人の家を借りるということで、注意深くはなるだろうがルミだって大人だ。何も問題はないだろう。

 

 不安げなアベルの視線もお構いなしに、ルミは能天気にそう考えていた。

 

☆ ☆

 

「へいへーい、こっちですぜ。旦那」

 

 人々が寝静まり、天高く月が昇る夜に。その月明りさえ届かない地下の通路を、男たちは歩いていた。先頭を歩くのは背の低く出っ張った歯が特徴的な中年の男性。手を揉み合わせながら背後の男にかしこまる姿は、実に滑稽だった。

 もう一人は彼とは対照的に、堂々と歩く若い青髪の男性。腰には幅広いサーベルを二本差し、見る者が見れば戦い慣れた人物だと即座に看破できるだけの闘志を漲らせていた。

 

「ったく、埃臭くてありゃしねえな」

 

「す、すみませんね。あっしらの商売じゃあまり綺麗な場所は借りれないもので」

 

「ああ、知ってるよ。糞が惨めな弱者を売り払う仕事だろ。そりゃ陰気臭い匂いも漂う」

 

 一切の遠慮ない悪口をぶつけられても尚、中年の男性はニコニコと作り物染みた笑みを絶やさない。それが青髪の男性の機嫌を更に損ねているとも知らずに、二人は歩き続けた。

 やがて辿り着くのは、開けた空間だ。奥には鉄格子によって隔離された大きな牢屋が並べてあって。

 そこに閉じ込められた“商品”を目にすると、青髪の男性は露骨に顔を顰めた。

 

「……ちっ」

 

「へ、へへ。どうでしょうか。近頃はあなた方のご支援もあって繁盛しておりましてな。この若い娘は純潔の元──」

 

「どうでもいい」

 

 必死に媚びる言葉の数々を無視して、牢屋に近づく。確かに綺麗どころばかりだなと、胸糞悪い想いで“商品”を眺めた。

 彼女らは皆、恐怖で怯えた目をしていた。或いは助けを求めるかのような目を。助けようと思えば、青髪の男性にはそれができるだけの力がある。権力で黙らせても良いし、武力で叩き潰しても良い。

 見た目に反して中年の男性は戦いの心得があるようだが、負けるつもりなど毛頭なかった。

 

 けれども。この商売を嫌悪すると同時に、犠牲者を助ける義理などどこにもない。見ればムカつく。だが、それだけ。わざわざ手を差し伸べる温情など、それこそ欠片も存在しなかった。

 さっさと終わらせてしまおう。青髪の男性は胸元から小さな水晶を取り出した。

 

「触れ」

 

「……っ、そ、の」

 

「良いから触れ」

 

 牢屋の中の一人を指名し、水晶に触れさせる。強い黄色の輝きを発し始めた。外れだ。

 

「次はお前だ。別に何も苦しくないから早くしろ」

 

 今度は弱い黄色。これも違う。その次はほとんど光らず判別に苦労したが、やはり黄色だ。また外れだった。

 

 初めはいちいち警戒していた“商品”たちだったが、特に苦痛がないとわかると素直に水晶に触れていく。黄色、黄色。また黄色。外ればかりだと青髪の男性は眉根を寄せる。

 そして最後の一人。

 

「……へえ、こりゃ」

 

 彼女にばかりは流石の男性も反応した。純粋に見た目が整い過ぎているのだ。非常に珍しい緑色の髪。長く伸ばされたそれには傷一つなく、背が高くスタイルの良い彼女を美しく彩っている。

 あまりに欠点の少ない容姿は、作り物のようにすら感じられた。

 

「お前もだ。さっさと触れ」

 

「……っ」

 

 恐る恐る女性が水晶に手を伸ばす。その指が触れてすぐ、変化は現れた。眩しいほどに水晶が輝く。女性が触れている間、ずっとずっと輝きを増し続けていく。

 ──神々しいほどの緑色に。

 

「はッ」

 

「な、何ですか……?」

 

 嬉しそうに青髪の男性は笑う。どこか豪快で屈託がないのに、それ以上の狂暴さが滲み出た獣の笑みだ。

 そのまま男性は、女性の細い手首を掴んだ。

 

「おい、こいつ貰っていく。いくらだ?」

 

「百四十二万ネマでいかがでしょうか?」

 

「わかった」

 

 金額を告げられるや否や、青髪の男性は白金貨三枚を──百五十万ネマを中年の男性に投げ渡す。

 

「釣りはいらねえ。もってけ」

 

「おお! こりゃ助かりますぜ旦那!」

 

 ぐふぐふと気色の悪い顔で白金貨を眺める中年から視線を逸らし、青髪の男性は言葉を続けた。

 

「いいか? 魔力計が緑色に光るやつだ。男でも女でもいい。そいつらを見つけたら連絡しろ。高く買い取ってやる」

 

「か、かしこまりました……しかし、彼女は一体何者なんですかい? 緑色に魔力計が光るだなんて聞いたことがねえんですが」

 

「あぁ? ああ、そうだな。こいつらは……」

 

 別に答える理由はない。だが、隠す理由もなかった。

 僅かに逡巡してから青髪の男性は頬を吊り上げて。

 

「地球とかいう場所から来た──兵隊だ」

 

 怯える女性を他所に、そう断言した。

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