このタキオンはG1を8冠達成している為、ウマ娘界では伝説的な存在となっています
超光速のプリンセス
かつてそう呼ばれていた、一人のウマ娘がいた。
クラシック三冠、秋シニア三冠、天皇賞春秋連覇。
出るレース全てで圧勝し、生涯でただ一度しか負けなかった伝説のウマ娘
まるで光のように駆け抜けるその姿は、見る者の目を眩ませた。
トレセン学園に在籍している者なら……。
いや、ウマ娘という存在を認識している者ならば誰でも知っている伝説。
ウマ娘界の伝説である、皇帝シンボリルドルフを超えたのではないかと言われた唯一の存在。
そんな、過去の栄光。
ただ1つの負け戦、URAファイナルズの決勝で、その全てを失ったそのウマ娘の名は
アグネスタキオン
これは既に終わってしまった物語の話。
伝説と、そう呼ばれていたウマ娘の話。
なんて。
私はそう嘯くしかない。
二度と満足に動かない自分の両足を眺める。
この脚の脆弱性はわかっていた。
そのためにプランAとプランBを用意した。
正直なところプランBの方が有力だったが、トレーナー君に出会ったことがきっかけ
で、プランAへの道が開けた。
彼は私に献身的だった。
彼は全てを差し出してくれた。
私が作った薬は全て飲んでくれた。
私が作った装置は全て試してくれた。
どんな副作用があっても、どんな奇妙なことになっても。
彼は狂気的なまでに私を手伝ってくれた。
その結果、私の脚でもレースを走り抜けられるようになれた。
こんなに脆い脚でも、他のウマ娘達のように全力で走ることが出来るようになれた。
全てはトレーナー君のおかげだと言っていい。
……なんて、私が口に出すことはないけれど。
私は心の底からそう思っている。
……そういえば、気になることがあったんだった。
……なぁ、モルモット君。
どうした?
何で君は私に……いや、なんでもない。
なんだよ、気になるだろ。言ってくれよ。
いやだね。
なんでだよ。
……今更こんなことを聞くのは野暮だって思ったからさ。
……。
気にしないでくれたまえ。
……あぁ、わかった。
そんなことより、私は甘いものが食べたくなってきたよ。
それじゃあ、売店にでも行こうか。
車椅子に乗って部屋を出る。
生涯賞金の一部を使って、私の部屋や私が普段使う施設のドアは全て自動ドアに改造した。
金銭は正直掃いて捨てるほどあるから、普段の生活で不自由がでないように色々と対応した。
というか、どこぞのお節介焼きに強引にそういう風にされた。
まぁ実際便利ではあって、この改造のおかげで私は車椅子のままどこへでもいけるんだが。
一応、感謝のような感情は抱いている。
売店へ向かう途中、マンハッタンカフェと出会った。
少し話をした後、別れ際に今日もずっと一緒なんですねとか言われた。
……何だその言い方は。
全く心外だ。
カフェに、空気に触れると1時間だけ異臭のする薬品のビンを投げつけた後、売店へたどり着いた。
そこで私はバームクーヘンと紅茶を買い、もう一度部屋に戻った。
今度は誰とも出会わなかったから、移動中はトレーナー君と話をしていた。
何の中身も無かったような気もするし、何か得るものがあったような気もする。
そんないつもどおりのどうでもいい会話をしながら帰った。
部屋に戻ると私は紅茶を用意して、おやつの準備をすすめる。
トレーナー君に紅茶を準備させていたこともあったが、いつの間にか私自身が私の淹れた紅茶でしか満足できなくなってしまい、いつからは紅茶は私の役目になった。
それは今でも変わらない。
歩けなくても紅茶ぐらいは作れるからね。
そうして準備したおやつセットを楽しんで、しばらくのんびりしていると、いつの間にか時間が経ってしまっていたようで、ドアがノックされる音がした。
少し残念な気持ちになりながら、入りたまえ、と声をかける。
そしていつもどおり、控えめにアグネスデジタル君が入ってきた。
デジタル君が来るということは、私はもう寮に帰る時間ということだ
ウマ娘の寮はトレーナー立ち入り禁止だし、流石に私もトレーナー君と一緒に風呂に入ったり寝かしつけてもらったりする気はないので、そのあたりは同室のデジタル君にお願いしている。
大変だろうに、彼女は自分から進んで引き受けてくれた。
ありがたい話だ。
私は彼女に感謝している。
トレーナー君に別れを告げ、部屋を出てデジタル君に車椅子を押してもらう。
電動なので一人でも動かせるのだが、寮に帰るときだけは彼女が押してくれるのだ。
ウマ娘たんを少しでも近くで観察したいからとのたまっていたが、実際の所彼女なりに心配してくれているのだと思っている。
……いや、実際本音なのかもしれないが。
……まぁ有り得るだろうね。
アグネス君に連れられて、食堂によってから寮の部屋に帰ってきた。
いつも通り、というのは些か失礼かもしれないが、いつも通り一緒に夕食をとり、風呂に入れてもらい、ベッドまで運んでもらった。
食堂で夕食を食べないのは、私の個人的な事情だ。
これでも現役時代……だな、現役時代だ。
現役時代には他のウマ娘たちと一緒に食堂で食事をしていた。
だが、走れなくなってからは食べる量も減ったし、車椅子が他の娘の迷惑になるだろうしということで、食堂では食事をとらなくなった。
まぁ……周りから変な目で見られるという理由も、ある。
車椅子のウマ娘はよほど珍しいようだ。
……というより、トレセン学園にいるウマ娘で車椅子が珍しいといった方がいいだろう。
ここは日本で随一の「走る場所」だ。
走れないウマ娘には居場所がない。
私は特殊なケースだからまだ在籍できるだけであって、本来ならとっくに退学している立場だろう。
怪我で引退するウマ娘は珍しいものではない。
私とて例外ではない。
いくら別の方面で活躍できても、走れない存在に意義はない。
一般社会ではそうでもないだろうが、ここはそういう場所だ。
だが、私は走れなくなった後、私自身の脚で走ることを決めたプランAの内容も含めて、ウマ娘の可能性を分析した研究結果を学園側にすべて公開した。
それが大層役に立っているようで、私の扱いはそれなりに良い。
だからこそまだ残っていられる。
……デジタル君が横で勉強している音が聞こえる。
彼女は言動からは考えられないほど優秀とよく言われている。
言動などどうでもいいだろうに。
勝つか、負けるか。
ウマ娘にはそれしかない。
横になりながら色々と考える。
明日は何をしよう、トレーナー君とどこかへ行こうか?
二人で一緒にまだトレーナーがついていないウマ娘達を見に行ってもいいな。
いい加減のんびりしているのにも飽きたし。
そろそろ何か初めても良いだろう。
プランAは失敗に終わったが、プランBはまだ続けられる。
だが、プランB筆頭候補であったカフェは自分でたどり着いてしまったし、そもそももうシニア期を卒業してしまう時期。
だから別の誰かを探すのもありだ。
今の新人たちにも可能性を感じる娘がいるかもしれない。
……将来的にはトレーナー君と二人で新人を育成するような活動をしても良い。
私はもう終わってしまったが、次に託せるものはあるはずだ。
トレーナー君もいつまでも私にくっついて、担当が増えないのも良くないだろう。
私との仲を勘ぐられてしまう。
そんなことを考えながら、私は眠りにつく。
明日も、この終わってしまった物語を紡ぐために。
なんて、私はいつからこんなに感傷に浸るようになってしまったのだろうと考えながら。
【とあるウマ娘視点】
アグネスタキオンさん。
URA決勝戦で最終直線中に転倒事故を起こしてしまったウマ娘。
そのレースまで全戦全勝で、レースの度に速くなっていると言われていた。
そして彼女は速くなりすぎてしまった。
ウマ娘の平均速度はおおよそ時速60Kmから70㎞程度と言われている。
だけど、彼女は時速80Kmを超える速度で走っていた。
ウマ娘の身体限界に迫り、追い越すほどの速度で走ってしまった。
その結果、身体が負荷に耐え切れず、レース中に脚が壊れてしまい、減速することなく転倒した。
人間の体より丈夫にできているとは言え、ウマ娘もそう頑丈ではない。
80Kmで走るバイクから突如地面に投げ出されればどうなるか、想像に難くない。
壁に激突すればまず即死、運よく植え込みに突っ込んでも助かるかどうかは微妙。
彼女も例に漏れず、そうなる運命だった。
だが、そこで彼女のトレーナーさんがコースに飛び出して彼女を庇った。
トレーナーさんがクッションとなり、彼女はギリギリのところで命をつないだ。
二度と走れず、歩けも、立つことすらできないだろうが、生き延びた。
だけど。
彼女を庇ったトレーナーは、搬送先で死亡した。
彼女の代わりに壁に叩きつけられた。
ウマ娘でも即死するような事柄に人間の体で耐えられるわけがない。
その事実を、タキオンさんは受け入れられていない。
トレーナーさんが生前に送ってくれたぬいぐるみを大事に抱えて、いつも一人で喋っている。
彼女にとっては、トレーナーさんは生きている。
彼女はあの日、文字通り全てを失った。
勝つことも、負けることも、走ることも、歩くことも、立つことも。
そして一番大切な存在も。
いかに精神が図太かろうが、彼女はまだ年若い娘。
一度に全てを失ってしまうことには耐え切れなかった。
彼女は、そうして狂ってしまったのだ。
学園側は彼女が落ち着くまでとりあえず在籍させ、落ち着いたらその後は本人に進路を任せるという、玉虫色だが温情のある判断を下している。
それは彼女がかつて最強のウマ娘で、この学園の生徒会長がシンボリルドルフさんで、学園長が秋川やよいさんだったからだろうと思う。
落ち着くことができるとは到底思えない状態ながらも、彼女が好きに生活できているのは、この学園の人が尽力してくれているからだ。
…………。
タキオンさん。
私はできれば、貴女と一緒に走ってみたかった。
マンハッタンカフェには「見える」為、アグネスタキオンにくっついているトレーナー(の残滓)を見て、今日もずっと一緒という発言をしました。